第32話 魂に刻まれた選択
古びた魔導書のページに、青白い文字が浮かび上がっていた。
【職業選定の魔導書】
使用者:ユウキ・コバヤシ
種族:人間
レベル:2
現在の職業:無職
設定済みジョブ:なし
使用可能ジョブ枠:1
選択可能ジョブ:複数
詳細を表示しますか?
ユウキは、魔導書に置いた手を動かせずにいた。
目の前にあるのは、革表紙に銀色の紋様が刻まれた一冊の本。
およそ三百年前、リュミナ聖教国に生まれた天才魔道具開発者、マーリン・グレイが生み出した職業選定の魔導書だった。
かつてジョブの選定には、高位司祭による儀式が必要だったという。しかし、この魔導書の発明によって、今では世界中の冒険者ギルドで職業を選べるようになった。
「緊張していますか?」
隣に立つ受付の女性が、穏やかに尋ねた。
「……少し」
「無理もありません。ジョブは一度選択すると、原則として変更できませんから」
ユウキは顔を上げた。
「変更できないんですか?」
「はい。ただし、人物レベルが上がればジョブ枠が増えることがあります。新しいジョブを追加することはできますが、すでに選んだジョブを自由に取り消すことはできません」
女性は魔導書へ視線を向けた。
「ですから、候補をよく確認してから決めてくださいね」
「……わかりました」
ユウキは深く息を吸い、魔導書のページへ触れた。
青白い光が広がり、新しい文字が浮かび上がる。
【選択可能ジョブ】
・奴隷
・鉱夫
・剣士
・斥候
・探索者
・治癒術師
・生存者
ユウキの指が止まった。
奴隷。
その二文字が目に入った瞬間、胸の奥が冷たくなる。
暗い坑道。
鳴り響く鞭の音。
手首に食い込む鉄の枷。
あの日々の記憶が、鮮明に蘇った。
「……どうして」
小さく声が漏れる。
バルドが隣から覗き込んだ。
「どうした?」
「……奴隷というジョブがありました」
トーマの表情が曇った。
ドランも、静かに魔導書を見つめる。
「俺、もう自由になったのに……」
ユウキが呟くと、受付の女性が穏やかに口を開いた。
「もしかして、ジョブとしての『奴隷』について、誤解されていませんか?」
ユウキは顔を上げた。
「……誤解、ですか?」
「はい。ジョブとしての奴隷と、社会的な身分としての奴隷は、まったく別のものなんです」
女性は魔導書のページを指さした。
「ジョブは、これまでの経験や技能、適性などをもとに、魂盤が選択可能と認めた職業です。ですから、『奴隷』というジョブを選んでも、誰かの所有物になるわけではありません」
「……本当ですか?」
「もちろんです。命令に従う義務が生まれることもありませんし、自由を失うこともありません」
ユウキはもう一度、奴隷という文字を見た。
女性は説明を続ける。
「それに、『奴隷』も他のジョブと同じように、能力値への補正や技能の獲得があります。決して、何の恩恵もない職業ではないんですよ」
「……技能も、ですか?」
「はい。詳しく見てみましょうか」
ユウキは少し迷ったあと、頷いた。
そして、奴隷の文字に触れる。
【ジョブ詳細】
名称:奴隷
分類:基本職・耐久系
【ジョブ補正】
VIT:+8%
MND:+8%
【初期獲得技能】
苦痛耐性 Lv.1
持久力強化 Lv.1
格闘術 Lv.1
【格闘術 Lv.1】
使用可能武技:双連撃
【成長特性】
耐性系・持久系・格闘系技能の習熟効率向上
【注意】
このジョブは社会的身分を変更しません。
設定後の解除・変更は原則不可。
ユウキは驚いた。
「格闘術……?」
「はい。格闘術は、拳や掌などを使った戦闘技術です。Lv.1では『双連撃』という、素早い二連撃を使用できるようになります」
トーマが身を乗り出した。
「じゃあ、奴隷のジョブでも戦えるようになるんだ!」
「ええ。ただし、技を習得しただけで強敵に勝てるわけではありません。武技を使いこなすには、身体能力と経験が必要です」
セシリアは微笑んだ。
「それでも、身体を守り、危険な状況で生き延びるための力になるでしょう」
ユウキは、表示された技能を見つめた。
苦痛耐性。
持久力強化。
格闘術。
確かに、厳しい生活を耐え抜いた人間が身につけてきたものと関係がありそうだった。
しかし、だからといって、あの日々が必要だったとは思わない。
奪われた自由も、受けた痛みも、正しいものではなかった。
それでも、自分たちが生き延びた経験そのものに価値がないわけではない。
「……なるほど」
ユウキは静かに呟いた。
「ジョブの名前だけで、決めつけちゃいけないんですね」
「はい。どのジョブにも、それぞれの特徴があります。大切なのは、自分がどう生きたいかを考えて選ぶことです」
その言葉に、バルドが頷いた。
「そういうことだ。過去を否定する必要はないが、過去に縛られる必要もない」
ユウキは小さく笑った。
「……ありがとうございます」
そして、魔導書の別の文字へ目を向けた。
剣士。
その名前を見た瞬間、胸の奥に小さな興味が生まれた。
「……剣士?」
ユウキは首を傾げる。
剣をまともに扱った経験はない。
鉱山では道具を使って抵抗したこともあったが、本格的な剣術など習ったことがなかった。
「あの、剣士というジョブも選べるみたいなんですけど、俺、剣なんてほとんど使ったことがなくて……」
「ジョブの解放は、経験だけで決まるわけではありません」
受付の女性が説明した。
「本人の資質や行動、適性によって候補が現れる場合もあります。剣士として成長できる可能性を、魔導書が認めたのでしょう」
「可能性……」
ユウキは剣士の文字に触れた。
【ジョブ詳細】
名称:剣士
分類:基本職・戦闘系
【ジョブ補正】
STR:+12%
AGI:+5%
【初期獲得技能】
剣術 Lv.1
身体強化 Lv.1
【剣術 Lv.1】
使用可能武技:二段斬り
【成長特性】
剣術系技能の習熟効率向上
【注意】
設定後の解除・変更は原則不可。
「……二段斬り」
ユウキは小さく呟いた。
「セシリアさん、この二段斬りっていうのは?」
受付の女性は、少し驚いたように顔を上げた。
「私の名前をご存じでしたか?」
「あっ、さっき別の方がそう呼んでいたので……」
女性は柔らかく笑った。
「ふふ、そうでしたか。改めまして、私はセシリア・アルノーと申します。リーヴェル支部で冒険者登録や依頼の受付を担当しています」
「ユウキ・コバヤシです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
セシリアは再び魔導書に目を向けた。
「二段斬りは、剣術 Lv.1で使用できる基本的な武技です。素早く二回の斬撃を繰り出す動作を補助してくれます」
「二回……」
「はい。ただし、必ず二回とも命中するわけではありません。剣の扱い方や間合い、相手の動きによって結果は変わります」
セシリアは続けた。
「剣術などの武器術は、レベルが一つ上がるごとに新しい武技を使えるようになります。通常の技能レベルの上限は十ですので、成長すればさらに高度な技を習得できますよ」
ユウキは目を輝かせた。
「じゃあ、練習していけば……」
「はい。少しずつ強くなれます。ただし、技能レベルと実戦経験は別ですから、焦らず訓練してくださいね」
ユウキは頷いた。
強くなりたい。
誰かを傷つけるためではない。
大切な人を守れるようになりたい。
エルナから託された治癒魔法も、大切な力だった。
しかし、傷ついた人を癒やすだけでなく、傷つけられる前に守れるようになりたかった。
ユウキは他のジョブの説明にも目を通した。
治癒術師。
探索者。
斥候。
どれも魅力的だった。
それでも、今の自分が選びたい道は決まっていた。
「……俺、剣士にします」
バルドが顔を向ける。
「もう決めたのか?」
「はい」
「一度選べば、簡単には変えられんぞ」
「わかっています」
ユウキは静かに答えた。
「俺、これまで何度も助けてもらいました。バルドさんにも、トーマにも、ドランさんにも……」
そして、エルナにも。
思い出すだけで、胸の奥が少し痛んだ。
「今度は俺も、誰かを守れるようになりたいんです」
バルドはしばらくユウキを見つめ、やがて穏やかに笑った。
「そうか。なら、自分の決めた道を歩け」
セシリアも頷く。
「では、最終確認を行いますね」
魔導書が淡く輝いた。
【ジョブ選択確認】
選択ジョブ:剣士
設定ジョブ枠:第1枠
一度選択したジョブは、
原則として解除・変更できません。
確定しますか?
【はい】 【いいえ】
ユウキは深く息を吸った。
そして、迷わず「はい」に触れた。
次の瞬間、魔導書が強い光を放った。
「……っ!」
胸の奥に、温かな感覚が広がっていく。
それは、略奪によって他人の技能を奪ったときとは違う感覚だった。
自分自身の内側に、新しい力が刻まれていく。
剣の握り方。
足の置き方。
身体の動かし方。
そして、二段斬りという武技の基本動作。
断片的な知識が、意識の中へ静かに定着していく。
しかし、それを実際の動きへ変えるには、まだ訓練が必要だと直感した。
光が収まった。
【ジョブ設定完了】
職業:剣士
設定済みジョブ:1 / 1
【取得技能】
剣術 Lv.1
身体強化 Lv.1
【重複技能確認】
身体強化 Lv.2を習得済み。
既存技能のレベルを維持します。
【使用可能武技】
二段斬り
ユウキは自分の両手を見つめた。
何かが変わった。
けれど、見た目には何も変わっていない。
「……これで、剣士になったんですか?」
セシリアは微笑んだ。
「はい。おめでとうございます、ユウキさん」
「やったじゃん!」
トーマが嬉しそうに声を上げた。
「ユウキ、剣士になったんだ!」
「まだ剣も持ってないけどね」
ユウキが笑うと、ドランが腕を組んだ。
「武器は必要だな。ただし、まずは宿と食事を確保することだ」
「そうですね」
ユウキは頷いた。
強くなるためにも、まずは生きていかなければならない。
◇◆◇
「次は、わしだな」
バルドが魔導書の前へ進んだ。
表紙へ手を置くと、青白い文字が浮かび上がる。
【使用者:バルド】
種族:人間
レベル:7
職業:無職
使用可能ジョブ枠:1
【選択可能ジョブ】
・奴隷
・鉱夫
・生存者
・守護者
バルドは、しばらく文字を見つめていた。
その視線が、奴隷という文字で止まる。
「……なるほどな」
ユウキが隣から尋ねた。
「バルドさんは、どうしますか?」
「そうだな」
バルドは小さく笑った。
「奴隷のジョブも、悪いものではなさそうだ。長い間、あの場所で働いてきたわしには、合っているのかもしれん」
セシリアが頷く。
「はい。耐久力や精神力を高めるジョブですし、格闘術も習得できますからね」
「だが、わしは別の道を選ぼうと思う」
バルドは、守護者の文字に触れた。
【守護者】
分類:基本職・防御系
【ジョブ補正】
最大HP:+12%
VIT:+10%
【初期獲得技能】
防御姿勢 Lv.1
盾術 Lv.1
【盾術 Lv.1】
使用可能武技:堅守
【成長特性】
防御・護衛系技能の習熟効率向上
「守護者……」
バルドは静かに呟いた。
ユウキが微笑む。
「バルドさんらしいですね」
「そう思うか?」
「はい。俺たち、何度も守ってもらいましたから」
バルドは少し困ったように笑った。
「守れなかったことも、あったがな」
「そんなことありません」
ユウキは首を振った。
「バルドさんがいなかったら、俺たちはここまで来られませんでした」
トーマも頷く。
「俺もそう思う!」
バルドはしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐いた。
「……なら、これからも守れるようにならんとな」
バルドは守護者を選択した。
【ジョブ設定完了】
職業:守護者
【取得技能】
防御姿勢 Lv.1
盾術 Lv.1
【使用可能武技】
堅守
セシリアが説明する。
「堅守は、盾を構えて正面からの攻撃を受け止めやすくする武技です。ただし、使用には盾が必要になります」
バルドは頷いた。
「なるほど。なら、盾も用意せねばならんな」
「はい。身体に合った重さのものを選んでくださいね」
続いて、トーマが前へ出た。
「次は俺!」
魔導書に触れる。
【使用者:トーマ】
種族:人間
レベル:2
職業:無職
使用可能ジョブ枠:1
【選択可能ジョブ】
・奴隷
・鉱夫
・斥候
・生存者
トーマは文字を見比べた。
「……斥候って、どんな仕事?」
セシリアが答える。
「周囲の探索や敵の発見、情報収集などを得意とする職業です」
「じゃあ、仲間より先に危険を見つけたりできるんだ!」
「そうですね。ただし、危険な場所へ一人で入ることもあるので、慎重さが求められます」
トーマは斥候の文字に触れた。
【斥候】
分類:基本職・探索系
【ジョブ補正】
AGI:+12%
DEX:+8%
【初期獲得技能】
気配遮断 Lv.1
短剣術 Lv.1
【短剣術 Lv.1】
使用可能武技:双牙突き
【成長特性】
索敵・隠密系技能の習熟効率向上
「双牙突き……!」
トーマの目が輝いた。
「これって、二回突く技?」
「はい。短剣を使った素早い二連続の刺突です」
セシリアは微笑んだ。
「ただし、短剣は間合いが短い武器ですから、相手へ近づく危険もあります」
「わかりました!」
トーマはユウキを見た。
「俺、これにする!」
「いいの?」
「うん。俺、みんなの役に立ちたいんだ」
その言葉に、ユウキは微笑んだ。
「じゃあ、一緒に頑張ろう」
「もちろん!」
トーマは斥候を確定した。
【ジョブ設定完了】
職業:斥候
【取得技能】
気配遮断 Lv.1
短剣術 Lv.1
【使用可能武技】
双牙突き
最後はドランだった。
「さて、わしも見てみるか」
魔導書に手を置く。
【使用者:ドラン】
種族:人間
レベル:5
職業:無職
使用可能ジョブ枠:1
【選択可能ジョブ】
・奴隷
・鉱夫
・修理工
・技工士
ドランは迷うことなく技工士の文字を選んだ。
【技工士】
分類:基本職・生産系
【ジョブ補正】
DEX:+15%
MND:+5%
【初期獲得技能】
工具適性 Lv.1
鎚術 Lv.1
【鎚術 Lv.1】
使用可能武技:重打
【成長特性】
修理・製作系技能の習熟効率向上
ドランは興味深そうに文字を読み返した。
「……鎚術か」
トーマが笑った。
「ドランさんにぴったりじゃん!」
「工具としての鎚と、武器としての鎚は違うぞ」
「でも、使えそうじゃない?」
「慣れればな」
ドランは小さく頷いた。
「技術は、いくらあっても困らん」
そして、技工士を選択した。
【ジョブ設定完了】
職業:技工士
【取得技能】
工具適性 Lv.1
鎚術 Lv.1
【使用可能武技】
重打
こうして、四人全員のジョブ選択が終わった。
剣士。
守護者。
斥候。
技工士。
同じ鉱山から逃げ出した四人が、それぞれ異なる職業を選んだ。
ユウキは、仲間たちの顔を見渡した。
これからは、与えられた仕事をするのではない。
自分たちの意思で、働き方も生き方も選べる。
そのことが、何より嬉しかった。
◇◆◇
「皆さん、おめでとうございます」
セシリアが笑顔で告げた。
「それでは、冒険者登録を進めましょう」
四人は受付へ案内された。
机の上には登録書類と、小さな金属製の装置が置かれている。
「まず、基本能力を確認させていただきます」
ユウキが首を傾げた。
「基本能力、ですか?」
「はい。私は解析 Lv.2を習得しています」
セシリアは説明を続ける。
「解析は、対象のレベル、HP、MP、基礎能力値、一般的な種族情報などを確認できる技能です」
「技能も見えるんですか?」
「一部の技能が確認できる場合もありますが、解析 Lv.2では詳細な技能情報まで正確に読み取ることは難しいですね」
セシリアは続けた。
「特に、固有権能や秘匿性の高い情報は確認できません」
ユウキは小さく頷いた。
自分が異世界から来たこと。
略奪という固有権能。
それらが、簡単に知られるわけではないらしい。
「また、解析にはご本人の同意をいただきます。確認した能力値を、ほかのお客様へ勝手に公開することもありません」
四人は順番に同意した。
「では、バルドさんから」
セシリアの瞳に淡い光が宿る。
「解析」
【解析結果】
名前:バルド
種族:人間
年齢:58
レベル:7
職業:守護者
HP:74 / 82
MP:9 / 9
STR:20
VIT:23
AGI:8
MAG:3
MND:20
DEX:15
セシリアは頷いた。
「バルドさんは筋力と耐久力、それから精神力が高いですね」
「長い間、鉱山で働いていたからな」
「守護者との相性もよさそうです。ただ、年齢による身体への負担には気をつけてくださいね」
「ああ。無茶はせんよ」
続いて、トーマ。
【解析結果】
名前:トーマ
種族:人間
年齢:16
レベル:2
職業:斥候
HP:35 / 35
MP:7 / 7
STR:9
VIT:8
AGI:12
MAG:3
MND:10
DEX:13
「敏捷性と器用さに適性がありますね」
「やった!」
トーマが嬉しそうに笑った。
「ただし、体力はまだ発展途上です。最初は無理のない依頼から始めてくださいね」
「はい!」
続いて、ドラン。
【解析結果】
名前:ドラン
種族:人間
年齢:46
レベル:5
職業:技工士
HP:57 / 57
MP:13 / 13
STR:13
VIT:14
AGI:8
MAG:5
MND:21
DEX:30
セシリアの目がわずかに大きくなった。
「……器用さが、かなり高いですね」
「そうなのか?」
「はい。技術職として、相当な適性があると思います」
ドランは少し考えた。
「工具を扱う仕事は長いからな」
「修理や製作に関する依頼もありますので、活躍できるかもしれませんね」
ドランは興味深そうに頷いた。
最後はユウキだった。
「ユウキさんも、よろしいですか?」
「……はい」
セシリアは技能を発動した。
【解析結果】
名前:ユウキ・コバヤシ
種族:人間
年齢:17
レベル:2
職業:剣士
HP:16 / 36
MP:5 / 8
STR:9
VIT:7
AGI:9
MAG:3
MND:12
DEX:11
セシリアは、わずかに眉を寄せた。
現在HPが、最大HPの半分にも達していない。
そして、解析できる情報にも限界があった。
種族は人間。
しかし、その出自や特殊な能力まではわからない。
解析 Lv.2では、秘匿情報を読み取ることができないのだ。
セシリアはそれ以上追及せず、ユウキへ顔を向けた。
「ユウキさん」
「はい?」
「身体の状態が、あまりよくありませんね」
ユウキは少し俯いた。
「……怪我をしていて」
「現在HPが半分にも達していません。今すぐ魔物と戦うのは危険です」
バルドが心配そうに顔を向けた。
「まだ、そんな状態だったのか」
「でも、前よりはよくなっています」
「だからといって、無理をしていいわけではないぞ」
ユウキは言葉に詰まった。
セシリアは優しく微笑んだ。
「剣士になったこと自体は問題ありません。でも、技能を習得したからといって、急に戦いが上手になるわけではありませんからね」
「……はい」
「まずは身体を治して、基礎的な訓練から始めましょう」
ユウキは頷いた。
エルナの言葉が、胸の奥に蘇る。
『自分も大切にしなさい』
今度こそ、その言葉を守ろうと思った。
◇◆◇
「次に、冒険者ランクについて説明します」
セシリアは机の上へ、一枚の紙を置いた。
【冒険者ランク】
Sランク:英雄級
Aランク:超一流冒険者
Bランク:上級冒険者
Cランク:熟練冒険者
Dランク:中堅冒険者
Eランク:初級冒険者
Fランク:新人冒険者
「冒険者は、原則として全員Fランクから始まります」
トーマが首を傾げた。
「レベルが高くても?」
「はい。冒険者ランクは人物レベルとは別の制度です」
セシリアは続けた。
「依頼の達成実績、戦闘能力、判断力、ギルドからの信用などを総合的に評価して昇格が決まります」
ドランが頷く。
「強ければいいというわけではないんだな」
「そのとおりです」
セシリアは微笑んだ。
「特にSランクは別格です。世界でも限られた人しか到達できない、冒険者の最高位なんですよ」
トーマが目を輝かせた。
「世界でも!?」
「はい。国家規模の危機を解決した者や、通常の冒険者では対処できない災厄を退けた者など、並外れた実力と功績を持つ人たちです」
ユウキは、Sランクと書かれた文字を見つめた。
今の自分には、想像もつかない領域だった。
「ちなみに、Fランクの皆さんが受けられるのは、町の雑務や比較的安全な採集が中心です。魔物討伐は基本的にEランク以上からになります」
バルドが頷いた。
「なら、最初は無理のない仕事からだな」
「はい。冒険者として最も大切なのは、依頼を達成して無事に帰ってくることですから」
◇◆◇
「それでは、最後に冒険者カードを発行します」
セシリアは小さな魔道具を取り出した。
銀色の枠に囲まれた装置で、中央には細かな魔法陣が刻まれている。
「登録には、本人の血液が一滴必要になります」
ユウキは顔を上げた。
「血、ですか?」
「はい。血液を介して魂盤と接続し、本人を認証する仕組みです」
セシリアは小さな針のついた器具を差し出した。
「少し痛みますが、傷は小さいので心配しないでくださいね」
ユウキは器具を受け取り、指先へ軽く押し当てた。
小さな痛み。
赤い血が一滴、指先に浮かぶ。
それを金属板へ垂らすと、魔法陣が淡く輝き始めた。
【血液認証完了】
登録者:ユウキ・コバヤシ
魂盤との接続を確認。
冒険者ランク:F
――カチリ。
小さな音とともに、一枚のカードが現れた。
セシリアはそれをユウキへ差し出す。
「ユウキ・コバヤシさん。冒険者登録、完了です」
ユウキはカードを受け取った。
銀灰色の金属板。
表面には、剣と盾を組み合わせた紋章と、自分の名前が刻まれている。
【冒険者ギルド登録証】
氏名:ユウキ・コバヤシ
所属:
アルヴェイン王国
リーヴェル支部
冒険者ランク:F
登録状態:有効
ユウキは、しばらくカードを見つめた。
そこには、自分の名前があった。
灰の鉱山では、番号で呼ばれたこともあった。
自分の意思では、何も決められなかった。
けれど、このカードは違う。
自分で選び、自分の意思で手に入れたものだった。
「……俺の、冒険者カード」
セシリアが微笑んだ。
「はい。ユウキさんが正式に冒険者となった証です」
続いて、バルド、トーマ、ドランも血液認証を行った。
四人のカードが完成する。
「やった!」
トーマが嬉しそうにカードを掲げた。
「俺も冒険者だ!」
バルドは自分のカードを眺め、静かに笑った。
「五十八歳になって、こんなものを持つとはな」
「何歳からでも、新しいことは始められますよ」
セシリアが答えた。
ドランはカードを裏返し、興味深そうに調べていた。
「血液認証で魂盤と接続するのか。よくできた魔道具だ」
「分解しないでくださいね?」
セシリアが冗談めかして言う。
「わかっている」
真顔で答えたドランを見て、トーマが笑った。
◇◆◇
「そういえば、もう一つ大切な説明があります」
セシリアが声をかけた。
「冒険者カードは、身分証明だけの道具ではありません」
ユウキが顔を上げる。
「ほかにも何かできるんですか?」
「はい。カードを通じて、自分のステータスや技能を確認できます」
トーマが目を輝かせた。
「本当に!?」
「ええ。それから、本人が表示した情報は、ほかの人にも見せることができます」
セシリアはカードを指さした。
「カードに魔力を流すか、『ステータス表示』と意識すれば、情報を映し出せます。表示された文字は、その場にいる人にも見える仕組みです」
ユウキは少し驚いた。
「じゃあ、ほかの人にも能力を見せられるんですね」
「はい。ただし、技能や固有権能まで表示する場合は注意してください。知られたくない情報を見せてしまう可能性がありますから」
ユウキの胸が小さく跳ねた。
略奪。
自分が持つ、あの力。
「表示には、基本情報と詳細情報の二種類があります」
セシリアは説明を続けた。
「基本情報では名前、冒険者ランク、職業などを確認できます。詳細情報では、能力値や習得技能なども表示されます」
「……わかりました」
「ただし、すべての情報が表示されるわけではありません。身体強化の応用技術など、特殊な鑑定能力でなければ確認できない情報も存在します」
ユウキは小さく頷いた。
技能レベルが同じでも、使い手の工夫や訓練によって、その扱い方は変わるらしい。
そして、そうした技術のすべてが、カードに記録されるわけではないのだ。
セシリアは微笑んだ。
「それでは、試してみましょうか」
「はい」
ユウキはカードを握り、心の中で念じた。
ステータス表示。
次の瞬間、カードから淡い光が広がった。
目の前に、半透明の文字が浮かび上がる。
ユウキは、周囲から見えにくいよう、表示を自分の正面へ小さく展開した。
【STATUS】
名前:ユウキ・コバヤシ
年齢:17
種族:人間(異界者)
レベル:2
【職業】
剣士
設定済みジョブ:1 / 1
HP:16 / 36
MP:5 / 8
【能力値】
STR:9
VIT:7
AGI:9
MAG:3
MND:12
DEX:11
【ジョブ補正】
STR:+12%
AGI:+5%
【固有権能】
略奪 Lv.1
【習得技能】
嗅覚強化 Lv.2
身体強化 Lv.2
採掘 Lv.1
振動感知 Lv.1
鑑定 Lv.2
治癒魔法 Lv.3
剣術 Lv.1
【使用可能武技】
二段斬り
ユウキは、じっと文字を見つめた。
剣士。
自分で選んだ職業。
そして、剣術 Lv.1。
その下には、二段斬りの文字がある。
身体強化 Lv.2も、以前のまま残っていた。
ジョブ取得によって身体強化 Lv.1が付与されたものの、すでに持っていたLv.2が優先されているらしい。
そして、もう一つ。
略奪。
それも、はっきり表示されていた。
ユウキは周囲を見回した。
今は、ほかの三人がそれぞれ自分のカードに夢中になっている。
セシリアも、次の説明を準備していた。
ユウキはすぐに表示を閉じた。
これを誰かに見せるときは、慎重にならなければならない。
そう思った。
続いて、バルドが詳細ステータスを表示した。
【STATUS】
名前:バルド
年齢:58
種族:人間
レベル:7
【職業】
守護者
設定済みジョブ:1 / 1
HP:74 / 82
MP:9 / 9
【能力値】
STR:20
VIT:23
AGI:8
MAG:3
MND:20
DEX:15
【習得技能】
採掘 Lv.3
筋力強化 Lv.1
危険察知 Lv.2
持久力強化 Lv.2
防御姿勢 Lv.1
盾術 Lv.1
【使用可能武技】
堅守
バルドは興味深そうに画面を眺めた。
「ほう。こうして見ると、わしにもいろいろできることがあるらしいな」
トーマが笑う。
「バルドは昔からすごいよ!」
バルドは苦笑した。
「褒めても何も出んぞ」
続いて、トーマ。
【STATUS】
名前:トーマ
年齢:16
種族:人間
レベル:2
【職業】
斥候
設定済みジョブ:1 / 1
HP:35 / 35
MP:7 / 7
【能力値】
STR:9
VIT:8
AGI:12
MAG:3
MND:10
DEX:13
【習得技能】
採掘 Lv.1
身軽 Lv.1
投擲 Lv.1
気配遮断 Lv.1
短剣術 Lv.1
【使用可能武技】
双牙突き
「おおっ!」
トーマが歓声を上げた。
「本当に短剣術が増えてる!」
そして、最後にドラン。
【STATUS】
名前:ドラン
年齢:46
種族:人間
レベル:5
【職業】
技工士
設定済みジョブ:1 / 1
HP:57 / 57
MP:13 / 13
【能力値】
STR:13
VIT:14
AGI:8
MAG:5
MND:21
DEX:30
【習得技能】
修理 Lv.3
精密作業 Lv.3
魔導具知識 Lv.2
罠解除 Lv.1
工具適性 Lv.1
鎚術 Lv.1
【使用可能武技】
重打
ドランはしばらく画面を見つめていた。
「なるほど。技能の成長まで確認できるなら、便利なものだ」
セシリアは頷いた。
「はい。冒険者にとって、自分の能力を把握することはとても大切です」
四人は、それぞれの冒険者カードを見つめた。
同じFランク。
同じように、冒険者としての第一歩を踏み出したばかり。
けれど、選んだジョブも、習得した技能も違っている。
それぞれが、自分だけの道を歩み始めていた。
◇◆◇
「それでは皆さん、これから依頼を探されますか?」
セシリアが尋ねた。
「はい。ただ、まだ宿も決めていなくて……」
ユウキが答える。
「でしたら、まずは無理のない仕事を探しましょう」
セシリアは掲示板へ目を向けた。
「Fランク向けでも、いろいろな依頼がありますよ」
バルドが頷いた。
「助かる」
「そういえば、皆さんは四人で活動される予定ですか?」
セシリアが尋ねる。
ユウキは仲間たちを見た。
バルド。
トーマ。
ドラン。
灰の鉱山から、ずっと一緒に歩いてきた人たち。
「……はい」
ユウキは答えた。
「できれば、これからも一緒にいたいです」
トーマが元気よく頷いた。
「もちろん!」
ドランも頷く。
「今さら別々に動く理由もない」
バルドは穏やかに笑った。
「わしも同じだ」
セシリアは嬉しそうに微笑んだ。
「それでしたら、パーティー登録もできますよ」
「パーティー?」
「はい。複数人で協力して依頼を受けるための登録です。報酬の分配や依頼の管理がしやすくなります」
ユウキは少し考えた。
これまでは、生き延びるために一緒にいた。
しかし、これからは違う。
自分たちの意思で、仲間として歩んでいける。
「……お願いします」
セシリアは新しい用紙を取り出した。
「では、パーティー名を決めていただけますか?」
四人は顔を見合わせた。
「……名前?」
トーマが呟く。
「考えてなかったな」
ドランも腕を組んだ。
バルドがユウキを見る。
「お前はどう思う?」
「俺、ですか?」
「ああ。お前が考えてくれ」
ユウキは戸惑った。
自分が決めていいのだろうか。
けれど、三人とも彼を見ていた。
誰も急かしてはいない。
ただ、言葉を待っている。
「……少し、考えてもいいですか?」
バルドは笑った。
「もちろんだ」
セシリアも微笑んだ。
「急がなくても大丈夫ですよ。皆さんで納得できる名前をつけてくださいね」
ユウキは頷いた。
そして、自分の冒険者カードをもう一度見た。
Fランク。
最も低い冒険者ランク。
けれど、そこには新しい文字が刻まれている。
剣士。
自分で選んだ、最初の職業。
これからどんな冒険が待っているのか。
まだ、わからない。
それでも。
「まずは、四人で生活できるようになりましょう」
ユウキが言う。
トーマが笑った。
「うん!」
ドランも頷く。
「ああ。それが先だ」
バルドは穏やかな表情を浮かべた。
「一つずつ、やっていこう」
ユウキは冒険者カードを大切にしまった。
灰の鉱山では、明日を迎えられるかどうかさえわからなかった。
しかし今は、明日を選ぶことができる。
そう思えるだけで、世界が少し違って見えた。
◇◆◇
四人が掲示板へ向かったあと、セシリアは受付の椅子に腰を下ろした。
机の上には、先ほどの登録記録が残っている。
ユウキ・コバヤシ。
十七歳。
レベル二。
職業、剣士。
セシリアは小さく眉を寄せた。
「……あの身体で、よくここまで」
詳しい事情は聞いていない。
けれど、四人の服装や傷跡を見れば、平穏な旅ではなかったことくらいはわかる。
そして、少し気になることがあった。
ユウキを解析したとき、一部の情報が読み取れなかったのだ。
ただ、解析 Lv.2は万能ではない。
秘匿性の高い情報や特殊な固有権能については、読み取れないこともある。
それが何を意味しているのか、今のセシリアにはわからなかった。
「……事情があるのかもしれないわね」
セシリアは静かに呟いた。
冒険者には、それぞれの事情がある。
すべてを知ることが、自分の仕事ではない。
必要なのは、彼らが安全に依頼を受け、無事に帰ってこられるよう支えることだ。
「まずは、元気になってもらわないと」
セシリアは立ち上がり、初心者向けの依頼書を確認し始めた。
その中に、一枚だけ気になるものがあった。
【Fランク依頼】
依頼内容:旧水路周辺の資材整理
依頼場所:リーヴェル南区
推奨人数:三名以上
備考:地下作業経験者歓迎
セシリアは依頼書を手に取った。
南区の旧水路。
最近、排水設備の点検が続いている場所だ。
地下作業に慣れた者なら、比較的取り組みやすいかもしれない。
ただ、ユウキの負傷を考えると、軽い作業だけを任せた方がよいだろう。
「……あの人たちに、向いているかもしれないわね」
セシリアはそう呟き、依頼書を受付へ置いた。
しかし、その依頼がユウキたちを新たな事件へと導くことになるとは、まだ誰も知らなかった。
――第二章 第2話 完。




