1 絶倫猿の土下座と、男だらけの離宮計画
「クリス、どうか許してくれ!」
公爵家の長男ジルベルトが土下座した。
「浮気はもう絶対にしない。信じてくれ」
公爵家の居間で癇癪を起こしたクリスティーナを追いかけて、廊下での土下座。侍女たちが何事かと集まって来た。そんなことお構いなしで、床に額をくっつけた。
伯爵令嬢クリスティーナは、それでも怒りが治まらない。
「婚約発表から半年間に三人も浮気してよく言うわね。このー絶倫猿!」
──絶倫猿!
その言葉を聞いた十代の若い侍女たちは顔を赤らめた。
「なんと言われてもいい。僕にはクリス以外、愛してる人はいないよ」
顔を上げたジルベルト。まるでイタズラをして怒られた犬のような顔をしていた。涙目でうるうるしていた。
そして、見えない尻尾を丸めていた。
(悔しい。ただの馬鹿な浮気男だったら、とっくに愛想を尽かして次に行ってたけど、ジルベルトは愛嬌があって可愛いのよ。
それこそ部屋で暴れまくった飼い犬と同じだ。叱りつけても、捨てることはできない。
ジルベルトがもう少し悪辣で嫌な男だったら良かったのに。そしたらあっさり別れたわ)
クリスティーナは奥歯をぐっと噛みしめた。
(でも、女癖以外はいい人なのよ。
私の愚痴を黙って聞いてくれるし、人望もあって子供にも好かれる。それに……優しいの。
ほんと浮気さえしなければなんの問題もないのに。
これって性分だから死ぬまで治らないのかしら?)
クリスティーナは仁王立ちして腕組みした。
「婚約は解消──」
「ひいいいー」
ジルベルトが泣きそうになった。
「しません!」
クリスティーナがキッパリ言った。
「えっ?」
ジルベルトは狐につままれたような顔をした。
あの気の強いクリスティーナが許してくれた。
ほっと胸を撫で下ろした。
「ただし条件があります」
「条件? クリスの言うことなら何でも聞くよ」
「本当ですか?」
「もちろん!」
「女断ちをしてください」
「駄目だ。クリスとできないなんて死んでも嫌だ! 君ほどいい女はいない。ベッドの中で、最高の女だ」
必死の形相のジルベルト。迫力があった。
興味津々の十代の侍女たち。目をギラつかせて、うんうんと頷いた。
その視線を意識して、クリスティーナは顔を真っ赤にした。
「馬鹿、こんなところで何言ってるのよ」
たしなめる声に羞恥の響きがあった。
それを察した侍女長が手のひらを叩いた。
──パンパン!
「みんな、早く仕事に戻りなさい。手が止まってますよ」
侍女たちがしぶしぶ去っていった。
「私以外の女を断つのです。わかりましたか」
「……」
ジルベルトはブツブツ呟いた。
《それができたら苦労しないよ……》
「聞こえてるわよ」
クリスティーナの怒気を孕んだ声。
「ひいい、許してください!」
ジルベルトは再び床に額をつけて土下座をした。
「私とジルは、男女二人になれる場所で生活します。実はジルのお父様のランベルティ公爵から離宮の水晶宮を結婚したら住んでみたらと言われていたわね。そこで、結婚前に同棲いたします。何も問題なければ、半年後に結婚しましょう」
「ほんとかい? 僕と結婚してくれるの。マジで。うひゃー嬉しいよー」
今泣いたカラスがもう笑う。
立ち上がったジルベルトがクリスティーナをぎゅっと抱きしめた。
一ヶ月後、クリスティーナとジルベルトは公爵家の本邸から離宮の水晶宮に向かう馬車に乗り込んだ。公爵と夫人は名残惜しそうにクリスティーナに手を振った。
クリスティーナは二人に好かれていた。早く結婚式を挙げなさいとせっつかれていた。
(私もそうありたいと思う。だから確かめたいのよ)
郊外の森に囲まれた湖の畔にその屋敷があった。水晶宮と称される青い屋根の屋敷だ。
公爵は王室から離宮を下賜されたが、あまり使われていなかった。数人の下僕が維持管理のために住んでいた。
馬車が玄関前に到着して、クリスティーナとジルベルトが降りた。
迎えに出た執事がジルベルトとクリスティーナに声をかけた。
「水晶宮の執事のデルゾーニでございます。よろしくお願いいたします」
「うん、久しぶりだなデルゾーニ。こちらが僕の婚約者のクリスティーナだ」
「お初にお目にかかります」
「こちらこそよろしくね」
デルゾーニの脇には下僕たちが並んでいた。十名いた。
しかし、下僕たちを見て、ジルベルトが血相を変えた。信じられないという表情で首を振った。
「まさか……」
(まさかじゃないわよ。これが私と公爵が何度も打ち合わせた計画よ。フフフ)
「──下僕に侍女がいない! 男だらけの屋敷じゃないか!」
「そうよ。ここにいる女は私だけ。浮気はもう絶対にさせないわ」




