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偽りの天秤 誰がために君は泣く

あれから少し時間が経ち、うっすらとだが外が見えるようになった。

雪目防止用のゴーグルが無ければ、完全に失明していただろう。


「人間よ。さっきからそこにうずくまって何がしたいのだ?」

「まだまともに物が見えない。そちらは?」

「四肢がない状態でどうしろと!」

「お互い詰んでるな」


熱源もなく、どんどんと命の制限時間が迫ってくる。

もうこちらから話を持ちかけるしかない。


どんな話か?それは決まっている。


「なあ、死に損ない同士手を組まないか?」

「私になんの利点がある?まさか売り飛ばす気か?」

「そんな野暮なマネはしないよ。それに……エルフの相場なんて新聞にも載ってない」

「栄えある第一五工廠(こうしょう)の躰だ。安売りされてたまるか!」

「工廠?だか知らないけど、屑鉄か技術目的の分解が関の山じゃないか?」

「バカな、儀仗を勤めた身だぞ……こっちでもガラクタ扱いは変わらずか……」


どんどん身体は冷えていく。

今、このポンコツの謎の雰囲気に飲まれてはならない。


「君なら『最新型のゴーレム』と言い張れば中身がバレることはない。お人形さんのフリぐらいならできるかな?」

「この私を泥人形扱いだと!?……まあ今なら前衛芸術と言い張る手もあるが」

「泥?今はもっと高性能だよ。最高級品ならバラすまで本物との見分けがつかない」


戦闘用から愛玩用まで色んな種類がある。造形情報はどうにでもなるから、エルフ型があってもおかしくはない。理論上は。

だが現実に、そんな色物好きは……。


「わざわざゴーレムまでエルフ似にする変人と思われたら私の社会的信用が消えるし……」

「捨て石個体の貴様に信用があるのか?」


心に深く刺さった。その通りだからだ。

世間から見れば、私は汚職記者だ。

政治家から賄賂を受け取り、事実無根の記事を垂れ流した――。

そんな筋書き《でっちあげ》に沿った誹謗中傷を浴び、すべてを失った「元記者」……らしい。身に覚えが無いが。

だが今は口論の時間も惜しい。


「まずはこの雪原から元の収容所に戻らないと話が始まらない」

「自ら鳥かごに戻るのか?このまま脱獄すればいいだろう?」

「既に監獄だよ……この自然は」


実を言うと収容所自体の警備は甘い。逃げようと思えば逃げることは可能だ。だがその後は?

あたり一面は、凍結した木々が立ち枯れる死の森。加えて凶暴な野生動物の群れだ。一人で突破できる超人なら、最初から捕まっていない。


「……一度戻って機を狙うのか」

「私たちは直ぐに動けなくなるからね」

「だが私はどうなる?囚人の拾得物など没収だ」

「そこは……そうだな……」


段々と思考が纏まらなくなってきた。流石にこのまま立ち話は無理だ。

さっさと戻りつつ案を考えないと。


「まずは芸術作品を工業製品に戻す。話はそれからだ」


まだしっかりは見えてないが、おそらく腕と思われるものを拾った。


「これはここか?」


手当たり次第、四肢をつなげようとした。


「アァァァー!待て!それは右腕だ!なぜ左の肩にねじ込もうとする!?」

「今の私は細かいのが見えない。……次はこれだ。長いから足だろう」

「バカ!それは私の膝下だ!太ももを抜かして胴体から生やす奴があるか!」

「脚がずれてるのはまずいか……もう一度いこうか?」

「無駄に回数を増やすな!!!!」


悲鳴がやかましいが、今はこれが最高の気付け薬だ。

膝下を含めた六つの部品を半ば無理やりねじ込み――エルフは自力で立ち上がった。


「きさま……おぼえてろよ……」


先程までの威勢はどこへやら。エルフの声から覇気も消えていた。

私が見ないで繋げた結果は後で確認するとしよう。


「方向は指示する。収容所の近くまで私を運んでくれ」

「はあ?貴様自身の足で歩け!私は荷物持ちでは無い!」

「……もう、一歩も動けないんだ。頼む」

「……舌を噛んでも知らないぞ」


既に私の体は限界を迎えていた。

エルフは私を肩に担いだ。しかも横方向に……思ったより大胆だな。


「ここからの距離は?」

「集団で歩いて六時間。東に突き進んでくれ」

「私なら二時間で着く。それまでは耐えろよ!」


エルフは私を担いだまま、雪を蹴散らしつつ爆走した。

容赦ない振動が私の頭蓋をかき混ぜる。


「う……うう……吐きそう……」

「この程度で亜人(ヒト)はお手上げなのか?」

「機械と……生身は……別だよ!」

「凍死か脳震盪、好きな方を選べ!」

「……三半規管がイカれそうだ……」


もう意識が保てない。


……。

…………。


気が付くと……私は雪原に放り出されていた。いや、違う。収容所が目の前にある。視界も回復したようだ。


「た、耐えきった……」

「耐えた?二分で気絶したくせに!」

「気を失って正解だったよ。さてあそこに落ちている『ずた袋』が見えるか?あれが君の通行証代わりだ」

「本気か?あんなカビ臭い袋で誤魔化せるはずがない!」

「『戦友の亡き骸』だと言い張る。……誰も囚人の最期など確認したがらないさ」

「最初から不確定要素だらけだな……」

「大丈夫。看守たちも寒さで思考が死んでいる。上の連中以外の扱いは我々とあまり差がないからね」

「上の連中?」

「所長とその一味。囚人を使い潰して私腹を肥やす……汚職のプロだ」

「……なるほど。そいつらを血祭りにあげれば良いのか?」


エルフの物騒な提案に私は鼻で笑った。


「血祭りなんて生ぬるい。社会的に再起不能にして、貯め込んだ裏金をすべて吐き出させる」

「……金目的か。そんなに奪いたいのか?」

「奪う?返してもらうのだよ。私の労力に利子をつけてね」

「お前も中々に変わったやつだ」


……。

…………。


収容所の入り口。看守たちは、戻ってきた私を見て心底嫌そうな顔をした。


「囚人コードHC30……生きていたのか?」

「その袋の中身は?」


鋭い視線。だがそこに「正義感」はない。ただの「面倒事への警戒」だ。


「運悪く生き残りましたよ。袋の中は親しかった友人です。せめて墓だけでもと……見ますか?」


私は袋の口を少し緩めるフリをした。

隙間から見えたのは、泥と雪に汚れた、形容しがたい「何か」のパーツ。


「……結構。さっさと埋めてこい。病気がうつると困る」


看守は鼻を突き、私を追い払った。予想通りだ。

ここでは死体よりも、一食分のパンの行方の方が重要視される。


私は袋を引きずり……思った以上に重いが無理やり進み、裏手の墓地に辿り着いた。

周囲に人影がないことを確認し、浅い穴を掘る。


「起きろ」

「私を引き摺り回すとは良い度胸だな。腰の関節が死ぬかと思ったぞ」


袋から這い出したエルフが、不格好な手足で愚痴をこぼす。


「すんなり入れただろ。さて……君への最初の任務だ。所長の部屋にある『帳簿』を探してほしい」

「え?私が?」

「夜の墓場から這い出して、朝まで時間を気にせず動けるのは君しかいない」

「ちょっと待て!杜撰すぎる!計画も何もありゃしないじゃないか!」


抗議するエルフを、私は転がっていたスコップで押し付けた。


「いいか。こういうのは、何週間も張り込んで証拠を掴むのが基本。私は中から、君は外から。……二週間経っても私がここに来なかったら死んだと思ってくれ」

「……二週間か。それまでに、せいぜい野垂れ死ぬなよ、亜人(ヒト)よ」

「優しいお言葉、痛み入るよ。ところで、自慢の馬力は健在か?」

「はあ?私の出力を舐めるな」

「なら話は早い。自分で自分の墓穴を掘れ」

「貴様、悪魔か!?」


結局、エルフは泣きながら地面を掘った。

ちぐはぐな手足が生み出す馬鹿力で、あっという間に見事な穴が出来上がる。


「よし、入れ」

「待て、本当に埋める気か!?通気口は!?居住性は!?」

「そんなものはない。夜になったら自力で這い出せ」


私は無慈悲に土をかけた。


「ゴフッ!この鬼畜が!ちょっ……きさ……おぼえてろよ……!」


恨み言は土の下に沈黙した。これで潜伏完了だ。


――数日後。

収容所内に奇妙な噂が流れ始めた。


「……出たらしいぞ。裏の墓地に」

「ああ、夜に警邏中の新兵が腰を抜かしたってな」


食堂の隅で、私は看守たちのヒソヒソ話に耳を立てる。

噂の内容はこうだ。

深夜、月明かりの下で「右腕と左腕が逆についたゾンビ」が、ものすごい勢いで土を跳ね除けて這い出してくるのだという。


「しかも、何か呻きながら徘徊してるらしいな」

「なんて言ってたんだ?」

「ええと……『チョーボ……チョーボ……』とか何とか」


……帳簿のことか。

あいつ、真面目に探しているのはいいが、不気味すぎる。


「チョーボ?そんな囚人いたか?どうせ寒さで見せた幻覚だろう」

「昨日なんて『エルフが走ってた』なんて報告もありましたからね」

「ハハハ!最近の若いのはひ弱だな!」


上役たちは一蹴している。

過酷な極寒地、精神を病む看守も珍しくない。

「ポンコツによる怪奇現象」は、幸運にも「集団幻覚」として処理されていた。

私はスープを啜りながら、内心で頭を抱える。


頼むから、もう少し静かに隠密行動をしてくれ……。


……。

…………。


そして約束の二週間後の昼休み。

私は再び裏手の墓地へと足を運んだ。


「……生きてるか?」


土を少し退けると、バゴォォォン!!と土煙が舞った。


「遅い!!二週間どころか二世紀くらいに感じたぞ!!」


泥まみれのエルフが、逆さまについた左腕で私の胸ぐらを掴んできた。

真夜中何も知らずにこれを見たら、幽霊と勘違いするのも納得だ。


「……成果は?」

「隠し扉を見つけた。貴様らでは見えない波長で隠されている。……それと、これだ。焼却炉の近くに落ちていた」


私は焼け焦げた紙をエルフから奪った。


「複式帳簿の一部か……見事な手品だ。古典的だが美しさすらある」

「手品?ただの紙屑だろう」

「お金の記録は天秤だよ。左の皿に何に使ったかという原因を乗せ、右の皿に誰に払うかという結果を乗せる。この両方の重さがピタリと合えば、上層部は正しい記録だと信じて疑わない」

「ふむ。で、その天秤はどうなっている?」

「完璧に釣り合っている。左には高額な暖房設備の修理代と新品の毛布代、右には業者への未払い金。一桁のズレもない」


エルフは逆向きについた腕で器用に顎をさすった。


「待て。私の関節すら凍りつくこの極寒の中、暖房など一部でしか動いてないぞ」

「その通り。修理も毛布も全部嘘。架空の理由で架空の業者に金を払ったことにして、その分の現金を所長が自分の懐に入れている。数字の辻褄だけを合わせた泥棒さ」

「書類上の幻覚と……単純だが悪知恵が働く奴だな」

「問題はその盗んだ莫大な裏金がどこにあるかだ。外に持ち出せば足がつく」

「……まさか私が見つけた隠し扉か?」

「恐らくね。目に見えない光で守られた扉の先……そこに金塊か札束の山が眠っているはずさ」


私は燃えカスを懐にしまった。


「でも見えない扉を正面からぶち破れば流石に大騒ぎになる。だから裏口からお邪魔しよう」

「そんな便利なものがあるか?」


泥だらけの顔をしかめるエルフへ、私は上を指さしてみせる。


「通気口だよ。隠し部屋だろうとあるはずだ」

「なるほど、上からの侵入か。だが配管の構造などどうやって調べる?」

「昔暇つぶしで調べたんだ。図面がなくても道案内は完璧さ」


探るようにそびえる分厚い外壁を見上げた。


「この建物は帝国が建てたものじゃない。材質が立派過ぎる。中庭の雪かきに出た時、屋根の上に並んだ排気塔の数と位置を数えておいた」


あれは街では見ない変わった形だった。


「恐らくここは遺構か何かを監獄として再利用しているだけだろうね。天井裏には規則正しい金属の送風管が這っている。単純な迷路さ」


そこで言葉を切り、エルフの全身を上から下まで観察する。

細身で優美な外見に対し、その中身は規格外の質量だ。


「ただ、問題が一つある。お前、その見た目に反して体重が八十キロ近くあるじゃないか」


事実を突きつけられ、エルフの肩がピクリと跳ね上がった。


「成人男性よりも重い鉄と人工骨格の塊が、薄い鉄板のダクトを這いずり回ったら重みで天井が抜け落ちる。だから内側から鍵を開けるのは私の役目だ」

「八十キロ丁度だ!第一五工廠が誇る高強度チタンと完璧な擬似生体臓器のバランスを、ただの鉄アレイのように言うな!」


逆さまについた左腕を振り回し、顔を真っ赤にして猛抗議してくる。

その滑稽な姿に、私は思わずため息をこぼした。


「はいはい、お前が無駄に重くて精密なポンコツなのは分かってるよ。大人しく建物の裏で待ってろ。今夜出会った時の続きをやろう」


……。

…………。


その夜。私はトイレに行く振りをしてこっそりと墓地へ行った。


「いくぞ」

「そんな簡単に来れるものなのか?」

「今日の看守は酔ってたからな。鍵すらかけてなかった」

「……」


私たちは手早く隠し部屋がある廊下まで来ると、近くの木箱の裏に身を隠した。


キュポン、ガシャンという間抜けな音と共に、私は再びエルフを六つの部品に分解する。


《きさまっ……またこの屈辱を……!》

「声を出すな。重い胴体と手足はここに置いておく。頭だけは案内役として私が持っていくぞ」


私はエルフの生首を小脇に抱え、ダクトの鉄格子を外して這い込んだ。

中は完全に真っ暗だ。私はポケットからざっくりとした見取り図をエルフの顔面に出した。


「おいポンコツ、夜目は効くだろ?この通りに私を誘導してくれ」

《私を便利な道具のように扱うな!……全く。そこから三メートル直進して右だ》


エルフの的確な音声案内を頼りに、私は狭いダクトの中を這い進む。


「それにしてもおとぎ話に出てくるようなやつが、泥棒の懐中電灯とはね。旧式の実弾銃でももう少しマシな扱いを受けるぞ」

《言うな。私の輝かしい戦歴が泣いている……》


不意に、真下の廊下の方から「ひっ……あ、あああ……!」というくぐもった悲鳴と、ドサッという重い物が倒れる音が聞こえた。


「今の音はなんだ?」

《さあな。巡回中の看守が私の美しい造形に見惚れて腰を抜かしたのだろう》

「……嫌な予感しかしないな」


見えない扉の裏側に通じる通気口に辿り着き、私は隠し部屋へと降り立った。

そして内側から解錠し、そっと扉を開ける。


そこにはカンテラを落として白目を剥き、完全に気絶している若い看守の姿があった。

そのすぐ脇には木箱の裏から無造作にはみ出したエルフの青白い胴体と転がった脚がある。


「……バラバラ死体を見て気絶したか。早く中に入れるぞ」

《言った通りではないか。お前らはひ弱だな》


私はため息をつきながら、気絶した看守を跨いで胴体と手足を部屋の中に運び込んだ。

予想通り、部屋の隅には厳重な金庫が鎮座している。


「さて、元に戻すか。今回はサービスで左右の腕と脚を正しい位置に直してやろう」

《当たり前だ!この数日間、寝違えたような不快感で最悪だったのだぞ!早く頭を繋げ!》

「よし、準備はいいか?」

《いや待て!あの神経を繋ぐ激痛がまた来る。せめて心の準備を……》

「悪いが静かにしてもらうよ。ここで叫ばれたら全てが水の泡だからね」


私は懐から汚れたボロ布を取り出し、エルフの口に思い切りねじ込んだ。

さらに上から両手でしっかりと口元を押さえつける。


《んんっ!?ふんがっ!?》


抵抗する生首を、首の断面に力強く押し込んだ。


「んんんんんんんーーーーっ!!!」


ボロ布と私の手のひらの奥で、エルフが鼓膜の破れるような絶叫を上げるのが振動で伝わってくる。

端麗な顔は苦痛と屈辱で真っ赤に染まり、目からはポロポロと涙がこぼれていた。


「この調子で手足もだ!」

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


間髪入れず口を押えながら四肢を接続した。普通の人間相手なら窒息死しているだろう。やがて接続が完了し、痙攣が収まるのを待ってから手を離す。


「……ぷはっ!きさまっ、この悪魔!鬼畜!第一五工廠の誇りをなんだと……!」

「静かにしろって。さあ、完全復活だ。仕事の時間だ」


涙目のエルフは私の胸ぐらを掴もうとしたが、正しい位置に戻った手足の感触に気づき、不満げに鼻を鳴らして金庫の前に立った。

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