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1. 出会い 偽りのルーンと旧世界の遺物

意識が浮上すると同時に全身を軋むような鈍痛が襲う。


ここは細胞単位で凍りついていく永久凍土のど真ん中。

いったい全体どうして私はこんな所に吹っ飛ばされているのだろうか。


痛む胴体を無理やり起こして周囲を見渡す。

周りには見渡す限りの死屍累々。

看守どもはとうに逃げだしたのか姿すら見えない。


なんでこんな状況に……そうだ!

先ほど巨大な龍に襲われていたんだった!


急いで雪に落ちていたピッケルを拾い上げる。

だがそれと同時に背後から生温かい吐息を感じてしまった。


やられる!

いやそもそも龍の硬い鱗にただのピッケルなんて効くのか?


一瞬の逡巡ののち、私はヤケクソでピッケルを握りしめ振り返った。

目の前にそびえ立つのは体高四メートルはあろうかという立派な龍。


目に刺したかったが届くわけがない。

ええいままよ!

半ばヤケクソで鼻先へピッケルを突き出す。


……あれ?

動かないぞ?


「生き残りは貴様だけか」


唐突に頭上から声が降ってくる。


「りゅ、龍が喋った!?」

「龍だと?貴様の目は節穴か」


呆れたような声と共に何者かが龍の頭から飛び降りた。

主を失った巨大な龍の体はそのままズシンと雪原に倒れ込む。


よく見ると龍の頭頂部にはぽっかりと大穴が開き脳髄がドロドロに焼き切られているではないか。


「私は第一五工廠(こうしょう)、最後の生き残りだぞ?」

「……じゅうご?こうしょう?何を言ってるんだ?」


そこに立っていたのはガラス細工のように端正な顔立ちと特徴的に尖った耳を持つ人型だった。

人間であれば数分と持たずに凍死するであろう薄い布きれのような軽装。

そして右手に握りしめた薄っすらと燐光を放つ機械仕掛けの剣。

今は展開していないが先ほど龍の脳天をぶち抜いたのは間違いなくその熱線だろう。


……間違いない。

得体の知れないと噂に聞くあの種族だ。


「お前がエルフか?」

「そうだ。流石に知っているか」


しかし目の前に立つそれは私の知るエルフの神秘的な特徴からひどくかけ離れている。

まるで全身打撲でもしたかのようにグルグル巻きにされた汚い包帯。

継ぎ接ぎだらけのボロ布。

そして塗装の剥げた不格好な剣の柄とそこから背中へ伸びている極太のケーブル。


「……なんだ君は。野盗にでも袋叩きにされたのか?歩くミイラにしか見えないが」


死の淵に立っているはずなのに、私の口から出たのはただの呆れ声だった。

初対面の挨拶としては最悪の部類。

だがそれほどまでにその立ち姿は間抜けで痛々しかったのだ。


(エルフ)のみならず亜人(ヒト)にまで馬鹿にされるとは!」


屈辱に美貌を歪めたエルフは私へ向けて重々しい機械剣の開口部を突きつける。


「決闘を申し込みたい。貴様の名は?」


その瞳に宿るのは一丁前な殺意。

分厚い強化鎧に身を包んだ正規兵や魔術師ならともかく私のような下っ端の囚人兵がサシで太刀打ちできる相手ではない。


「名乗るならそちらからが礼儀じゃないか?」


半ばヤケクソ気味にそう吐き捨てた直後。

エルフの動きがまるで寒さで凍りついたかのようにピタリと静止した。


「名前だと?名前……私の……」


剣を構えた不自然な体勢のまま瞬きすら忘れて固まるエルフ。

徐々に目頭から凍り始めているではないか。

微かに息はしているようだが思考回路がショートしているのは確実だ。


「おい大丈夫か?バネの巻き直しでもいるのか?」


応答はない。

このまま放っておけばただの立派な氷像として後世に残るだろう。

私は警戒しながらもゆっくりとエルフに近づく。


全く動かない。

なら今のうちに武器を奪ってしまうのが最適解だ。


腕に少し触れても反応がないのを確認。

私は恐る恐る剣の柄に手をかけ一気に引き抜こうとした。


……その瞬間だった。


キュポンッ!


シャンパンの栓を抜くようなやけに間抜けな音が鳴り響く。

同時に私の腕にズシリと生々しい重みがのしかかった。


「……え?」


見れば私の腕の中にはエルフの右腕が丸ごと抱えられている。

剣だけを奪うつもりだったのだ。

だがエルフの強靭な死後硬直のせいで剣の柄を握った腕ごと肩の接合部からすっぽ抜けてしまったらしい。


「貴様!私の腕に何を!!」


突然意識を取り戻したエルフが激昂し私に掴みかかろうと一歩踏み出す。

だが右腕は私の手の中だ。


右腕という支えを失い私の抱えた手の中から重厚な剣が滑り落ちる。

しかしエルフの肩から伸びたケーブルがそれを中途半端に空中で引き留めた。


「あっ」


宙ぶらりんになった剣の自重。

それに引っ張られたケーブルがエルフの全身の接合部に致命的な過負荷をかける。


ガシャアアンッ!!


「そうはならないだろ!」


私は思わず全力でツッコミを入れた。

剣の重みに肩を引っ張られたエルフはあろうことか残った左腕と両脚までが見事にスッポ抜け雪の上にバラバラの残骸となって転がったのだ。


《しまった!無理やり剣を搭載した負荷で分解清掃状態に切り替わるとは!》


雪に顔を埋めたまま胴体と泣き別れした生首が叫ぶ。

その声すら先ほどとは違い安物のスピーカーから流れる物悲しい電子音そのものだ。


「なんで剣に振り回されただけで脚まで崩れるんだ!?作り方が前衛的すぎる!」

《私の思考回路を読み切って硬直させ挙句分解させるとは!》

「褒め言葉として受け取るよ!何もかも間違っているけど!」


底抜けのポンコツだとは思っていたがここまでの完全な自滅は想定外極まりない。


「ところでこの剣のボタンは?」

《無駄だ……貴様では起動できん》

「物は試しっと」


カチッ。


ボタンを押した瞬間シューという風切り音とチリチリという音が鳴りだす。

剣の開口部からは柔らかな青色の燐光が発生し剣の周りの空気が陽炎のように揺らめいた。


「おおこれはあったかい。まるで火鉢だ」

《勝手に暖をとるな!》

「うるさい!こっちは寒くて凍えそうなんだよ!」

《熱効率が悪すぎる!私を干からびさせる気か!》

「……使い方がよく分からないな。それに生首の声は聞き取りにくい」


凍えるのは嫌だが、ひどいノイズのせいで思考がまとまらない。私は渋々剣の電源を切り雪の上に転がるエルフの生首に近寄った。


《何をする気だ?》

「首と胴体をくっつければ元に戻るんだろう?分解なんたらとか言ってたし……ん?この首の断面接合部分にある刻印……これは一体?」


私はエルフの生首の断面を覗き込む。


《気安く触るな!それは我が第一五工廠(こうしょう)の……いや貴様ら亜人(ヒト)の学者曰く『神が土くれに命を吹き込んだ際に刻んだ神聖なる魔法のルーン』だそうだ。ひれ伏すがいい》


生首だけだというのにエルフはふんぞり返るように自慢げに言い放つ。

確かに学者の本で読んだことがある。

エルフの骨には解読不能な古代の神聖文字が刻まれていると。


だが私はその文字列『LOT-15C-00000』という読めないが画数の少ない記号に疑問を抱く。


「これが本当に魔法なのか?」

《なんだと?》

「よく使われる魔法の字体と違いすぎる。何より文字数が足りない」


文字の深さ。

角の立ち方。

寸分の狂いもない均一な間隔。


「生き物が入れたものには見えない。ただ深い意味も無く機械で物理的に打刻した痕のようだ」

《……っ》

「工場で大量生産される製品の製造番号(シリアルナンバー)の打刻と同じでは?」


エルフは無言になった。君らは恐らく神の使いでもなんでもない。


「いつしかの工場で量産されたただの製品(からくり)じゃないか?」


エルフの瞳孔のレンズが驚愕にチカッと青く点滅する。


《貴様……文字の意味ではなく打刻の跡から私の生産ルーツを割り出したか!?》

「読みが当たって良かった。魔法とかには疎くてね。余計な知識が無くて良かったよ」


軽く息を吐き私は続ける。


「さてその低品質なスピーカーはやめにしよう。仕様通りに分割した工業製品なら元に戻すのも簡単なはず」

《確かに戻るが心の準備というものがだな》

「問答無用」

「んがーーーー!!!!」


私が生首を胴体にガッチリ差し込んだ瞬間。

微塵も動かなかった胴体がビチビチと魚のように暴れ狂う。

端麗な容姿からは想像もできないほど野太い絶叫が雪原に響き渡った。


「よし繋がった。四肢が無くても元気だね」

「いきなり神経を再接続する苦痛が分からないのか!この野蛮人!」

「神経がバラけた人間はもう元には戻らないからな」


エルフの耳障りな悲鳴をよそに首のつながったところを観察してみる。

……何もない。

さっきまで完全に分かれた部品だったのに今や一体成形かのようだ。

傷一つない。


「繋ぎ目は?」

「はぁ?それすら残しっぱなしの旧型と一緒にするな!」


エルフからは怒りと傲慢さが入り混じった視線を感じる。

どうやら性能の高さと頭の良さは比例しないらしい。


「機械のくせにこうやって見ると妙に生々しい……流石だ」

「気安く頬をツンツンするな!」


段々とこいつにどう接すれば良いのか分からなくなってきた。

血も涙もない冷酷な異種族と聞いていたが目の前のこいつは感情的でしかも致命的にポンコツだ。


初めてエルフという存在に興味を持ったが今はそれ以上に切実な問題がある。

私は剣を拾い再び電源を入れた。


「この状態だと寒すぎる。剣の温度をもっと上げられないか?」

「暖房じゃないんだ!そんな機能あるわけないだろ!」


私は手元にある剣を適当に弄ってみた。


「それは!おい馬鹿やめろ!」


カチッ。


適当なボタンを強く押し込んだ瞬間パチン!という破裂音が鳴った。

直後網膜に降り注ぐ殺人的な輝き。

私の視界は一瞬にしてドス黒い紫色に塗り潰された。


「危ない!剣を振り回すな!」


エルフが何か叫んでいるが構っている余裕はない。

剣からはジリジリと甲高い異音が響き鼻を刺すような鋭いオゾン臭が充満していく!


「目が……鼻が!」


目を閉じても網膜を貫通して刺さるほどの強烈な光に完全にやられた。

上下左右の感覚すらもう無い。

ついには手元が狂い落とした剣の切っ先が雪面に触れてしまう。


ドパンッ!!


足元から爆竹を千倍にしたような大破裂音が鳴り響いた。

ドス黒い紫に染まった視界は何一つ見えないままだ。

だが次の瞬間顔面に猛烈な熱の壁が叩きつけられる。

剣の熱で雪が一瞬で蒸発し超高温の水蒸気爆発が起きたのだ。


「熱っつ!!!」

「隙だらけの貴様に何もできないとは……『手も足も出ない』とはこういうことか」


視界を奪われのたうち回る私のそばで、このポンコツエルフは声のトーンだけで一人納得しているのがわかる。


だがあれだけ長く感じた出来事も一瞬のことだった。

まだ目は見えないがあの剣の危険な異音が聞こえない。


「け、剣は?」

「機関部への供給が……断たれた」

「どういうこと?」

「貴様まだ見えないのか?ケーブルが切れた!どうしてくれる?最後の武器だった電離剣(プラズマブレード)すらも失ったではないか!」


ひどく注文の多いエルフだ。

だがここで私は急激に冷え込む自身の状況を思い出した。

このポンコツエルフをここで見捨ててはいけない。

私一人の力ではこの極寒の雪原から生きて帰ることは叶わないのだ。

ならばこいつの規格外の力を利用してどうにかするしか生き残る選択肢がない。


「なあエルフよ。お前の目的は何だ?」

「……私はただ廃棄処分に抗って逃げたらここに辿り着いた」

「廃棄処分!?悪辣な資本家も真っ青な労働環境だな」


生身を機械に置き換えるだけでは飽き足らず不要になればただの鉄くず同然にスクラップにするというのか。


「だが隠密の天才たる私が追っ手に見つかるはずもない。この雪原は予想外だったが」


見えない視界の足元から自慢げな声が聞こえてくる。

四肢をもがれたダルマ状態のくせにやけに態度のデカい奴だ。


「地図は?」

「当然脳内にあるぞ。だが……たった数百年の間で全てが綺麗に変わっている。何があった?」

「……機械にされると感覚が老人になるのか?」


私は呆れ果てて思わずため息をついた。

数百年も経てば地形だって変わるだろうに。


「お前たちの時間感覚がぬるすぎるだけだ!私はこの精緻な地図を完全に信じて進んだのだぞ!なのに道がないとはどういうことだ!」

「単に君がポンコツなだけじゃないか」

「だいたいなんだ!我々エルフにルーンだの魔術だの見当外れなことを好き勝手言いおって。おかげで今まで会った亜人(ヒト)とは話が1ビットも通じなかった」

「エルフは人智を超えた生命体というのが常識だからね。正直今も君の話の半分すら理解できてないよ」


見えない視界の中でもエルフが雪の上でジタバタと不器用に身をよじっているのが気配でわかる。


「そして遂には手脚もバラされ動けない!もう私の処理限界を超えている!煮るなり焼くなり好きにしろ!」

「……機械のくせに随分と人間臭くヤケになるじゃないか」

「この程度はただの予測不良だ。真のヤケクソは敵陣のど真ん中で暴れて自爆することを言う!」


自爆。

そのあまりに物騒な単語に私の背筋がスッと凍りついた。


「過激すぎるだろ……待てよ?いきなり自爆するしかねぇとか言わないよね!?」

「その手があったか」


ポンッと手を打つような明るい声。

いや腕はないはずなのだが確かにそんな幻聴が聞こえた気がした。


突如眩い光が瞼の裏に溢れ出す。

目の痛みはまだ引かず閉じたままだが恐らくエルフ自身が発光しているのだろう。

その瞬間に私は自身の終わりを確信した。


「私の人生もここまでか……来世は戦闘型で生まれたかったな」

「勝手に幕を引くな!まだ何も始まってないだろ!」


だが光は弱々しく明滅したかと思うとプツンと途切れ何も無かったかのように元の静寂へと戻る。


「ははは!貴様は運が良い。信管すら動かんとはな!」

「……部品の保証期間が過ぎてて助かったよ」


何も解決していないがひとまずこの瞬間の死は回避できた。

だがどうやってこの雪原から帰れば良いのだろうか?


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