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おれが商標登録       :約2500文字

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/04/30

 夜。けたたましくインターホンが鳴り響き、おれは舌打ちをして、のろのろと起き上がった。頭を掻き、床に転がっている物を蹴飛ばして玄関へ向かい、ドアを開けた。

 そこに立っていたのはスーツ姿の小柄な男。背筋をぴんと伸ばして、妙に姿勢がいい。やや口角を上げて、いかにも『私はあなたの敵ではありませんよ』というような笑みを浮かべていた。だが、おれは知っている。あれは自分よりも馬鹿だと思っているやつに向ける表情だ。


「夜分遅くに失礼いたします。こちら、商標違反の件でご説明に参りました」


「はあ? 商標違反……?」


 思わず聞き返すと、男はこくりと頷いた。そしてスマートフォンを取り出し、おれの目の前に突き出した。画面には、どこかゆるい雰囲気のアニメキャラクターが映っていた。まん丸の大きな目に、これまた大きな口。どこかで見たことがあるような、ないような。いずれにせよ、可愛いとは思えなかった。


「こちらのキャラクター、『ゴミンちゃん』というのですが、設定上の本名があなたのお名前と同一でして。加えて、『ゴミン』『GOMIN』の三点すべて商標登録済みでございます。したがいまして、あなたがそのお名前を日常的に使用する行為は、商標権の侵害に該当するのでございます」


「はあ……?」


 おれはただ息を漏らした。言っている意味がまるでわからない。こんなもん、普通なら怒鳴りつけて追い返すところだが、あまりに突拍子もなさすぎて逆に興味が湧いてきた。おれは腕を組み、もう少し話を聞いてやることにした。


「で、そのゴミンちゃんってのは、どんなキャラなんだ?」


「はい。ゴミ拾いが大好きな子でございます」


「ほう。いい子じゃないか」


「拾ったゴミで創作活動を行うのが趣味でして、自宅にはわけのわからないガラクタや廃材が山ほど保管されております」


「おお……」


「それらを勝手に処分しようとすると激怒します」


「まあ、そうだろうな」


「他にも、大きな音を出すのが大好きで、叫んだり、叩いたり、物を燃やしたりします。家の敷地を越えて道路にまでゴミがあふれ出しており、それを近隣住民が注意すると石を投げてきます。口癖は『ゴミって言うな!』や『おれのもんだ』など。さらに――」


「なるほど、もういい。だいたいわかった」


 おれは片手を上げて話を遮った。


「それで、商標違反だとどうなるんだ?」


「はい。つきましては、商標利用料をお支払いいただきたく存じます」


「利用料? つまり金か?」


「はい。月収の2.5パーセントをロイヤリティとして徴収いたします」


「払えるか、そんなもん!」


 おれはとうとう声を張り上げた。


「あのな、こっちはこの名前で生まれて、ずっと生きてきたんだよ。後から商標だなんだ言われて、『はい、そうですか』といくかよ」


「はあ、しかしながら、こちら『ゴミンちゃん』は商工会公認の商標でして、無許可での使用はコンプライアンス違反に該当いたします」


「知らねえってんだよ」


「なお、徴収したロイヤリティは、『ゴミンちゃん』の好物である焼きそばを主軸とした地域活性化イベント、『焼きそばサミット』の運営資金などに充当されます」


「だから払わねえよ!」


「町おこしのためにもぜひご協力ください」


「知るかってんだ! 出てけよ! 出てけ!」


 おれは男の肩を掴み、玄関の外へ押し出してドアを閉めた。


「ぎゃっ!」


 その瞬間、鋭い悲鳴が上がった。男の手がドアに挟まった――いや、自分から差し込んできたのだ。


「ち、チイキ! 地域のためなんです!」


 男は隙間からこちらを覗き込んできた。


「か、関係ねえよ! 知らねえけど、特許ゴロってやつだろ! 帰れ!」


「ギイッ!」


 指がぎゅうと押しつぶされているのに、男はまったく引こうとしない。ほんのわずかでも力を緩めると、さらに手をねじ込もうとしてきた。おれは慌てて押し返した。

 なんてしつこいやつだ。こうなったら力づくで閉めるしかない。

 おれは歯を食いしばり、全体重をかけてドアを押し込んだ。

 挟まれた男の手がぶるぶると震え、皮膚はみるみる赤黒く変色していく。そして大きく腫れ上がり――いや、これはどうなっているんだ。

 指がどんどん太くなっていくではないか。関節の形が崩れ、肉が内側から押し広げられるように膨張し、まるで着ぐるみの手のようにぼってりとした異形へ変わっていく。


「地域のために……地域のために……」


 ドアの向こうから低くくぐもった声が聞こえ、隙間がじわじわと押し広げられていく。次の瞬間、ぬっと男の顔が隙間から覗いた。

 でかい――それは、もはや人間のサイズではなかった。その顔は岩のように膨張し、皮膚は引きつり、目には一切光がなかった。

 おれは悲鳴を上げ、勢いをつけて全身をドアに押しつけた。手のひらが汗ばみ、滑りそうになる。額から流れ落ちた汗が頬を伝い、顎を越えて床に落ちていく。首筋から胸元へと汗が染み込み、脇もじっとりと濡れ、酸っぱい匂いと独特な刺激臭が鼻を刺した。

 背中、足の裏にまで汗が滲み、やがて汗が目に入り、視界がかすんだ。

 ああ、暑い。苦しい。臭い……。息が詰まる。まるで着ぐるみの中に閉じ込められているみたいだ。暑い……熱い、熱い……。


 ――えっ。


 次の瞬間、おれは炎に囲まれていた。

 壁を舐めるように火が這い、天井を叩き、部屋のあらゆるものを飲み込んでいた。積み上げたものが赤々とした炎の中で形を崩していた。

 急な場面転換だ。これは……夢か。そうだ、夢だ。当然だ。

 商標だのなんだの、仕組みはよく知らんが、これまで普通に使ってきた名前で金を取るなんて話が現実にあるわけがない。


「は、は、は……」


 おれは喉を鳴らして笑った。だが、ひどく乾いていて、ひび割れたような音しか出なかった。

 しかし妙だ。布団から起き上がろうとしても、体がまったく動かない。夢の中でも、おれが集めたお宝が燃えていくのを見ているのは気分が悪い。

 長年かけて、町中のゴミ捨て場から助け、守ってきたものたちだ。

 おれが拾わなければ誰が救うというのだ。それなのに連中ときたら、まるでわかっちゃいない。人の家をゴミ屋敷だの、臭いだのと好き勝手言いやがって。

 騒音を出すなだの、捨てろだの、片付けろだの。やれ『みんな迷惑してるんだ』、やれ『道路にはみ出してるでしょ』、やれ『うちまで匂いが入ってくるんだよ』だのとのたまいやがって。衛生的に~、防犯上~、景観のために~、地域の……そうだ。地域の――。


 ――地域のために。


 連中の声が窓の外から聞こえた気がした。

 その直後、天井が音を立てて崩れ落ちた。

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