希望 8
ジュリアンの戴冠式を数日後に控えたある日
「王妃の勤めを、一つ引き継がせてください。」
ソフィアが、マディラを部屋から連れだす。
女王は、「記憶の羅針盤」というアイテムを取り出した。
中央に透明なガラス球があり、持ち主が思い浮かべた場所へと針が指す。
針が完全に回転しきった瞬間に、その場所へ移動する。
一度に移動できる距離が制限されているため、遠距離移動には数回の使用が必要なアイテムだった。
女王がそれを掲げると、二人の姿は急に消える。
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辿り着いた先は、どこかの塔の最上階のようだった。
地上数百メートルだろうか。360度、国土が見渡せる。
狭いガラス張りのような部屋の中に、柱のように木の幹が何本もこの空間の外側に立っている。
「ここは、聖樹エルニドの中です」
ソフィアはそう言って、詳しい内容を話す。
「古の契約で、この木の中でしか秘密を話してはいけないのです。
王家の者がエネルギーを供給し、そのエネルギーをエルニドが使って常に結界を張っているお陰で、外部から誰も侵入できません。
これは、王位継承者やその配偶者に能力の高い者を、と拘っている理由の一つ。
このことを、誰にも話さないでください。——ジュリアン様にも。
さもなくば、この木が枯れて結界が解けてしまう。あなたが話して良いのは、次にこの仕事を託す者一名のみ——そう、今、私があなたに話しているみたいに。」
そうして、この部屋の中心にある光の玉に、自分のエネルギーを供給する術をマディラは教えてもらった。
女王は、遠くの風景を見つめながら静かに言葉を紡いでいた。
「……先日のトラブルの後、侍女たちはちゃんと働いておりますか?」
女王は軽い調子で尋ねた。
その視線は依然として遠くの景色に注がれていた。
「はい、まだ打ち解けてはいないですが……、随分と良くしてくれるようになりました」
マディラが答える声は、少しばかりの不安を含んでいたが、一旦は状況が落ち着いていた。
「それはよかった。」
女王は小さく頷き、今度はマディラの方に視線を移した。
「今回の養子の件、異例の申し出がニーベルからありましたが……、何か特別な事情があったのですか」
ジュリアンからはなんと聞いているのだろうか。
ソフィアの質問に、マディラは言葉を選びながら話す。
「自分が家族から嫌われているので、ジュリアンが国外に出ることを提案してくれました。ただ——」
女王は少し身を乗り出し、興味深げに彼女を見つめた。
「ただ?」
「私は彼のことを信用しきれなくて。本当にそれが理由なのか、疑ってます。何かに利用されているんじゃないかって」
透明な小部屋の中に重い沈黙が流れる。
女王はその沈黙を破るように、ふっと微笑み、言葉を継いだ。
「ニーベルの人々は欲深いほうと聞きますが、その視点でジュリアン様を見ても、騙すとか利用する意図は見受けられません。どちらかというと……、何か隠している。話したいけど話せない、何かがおありかと」
女王の言葉に彼女は、少し戸惑いながらも頷いた。
「彼は、嘘をついているのです。だから、余計に彼の言動が信じられない」
ソフィアはしばしの沈黙の後、少し考えながら答える。
「まぁ、夫婦でも、何もかも赤裸々に話をするのは、稀ですけど」
「そうなのですか?」
「ええ。前王に先立たれましたけど、私から彼に生前伝えなかったこともありますし……、結局彼の口から答えが聞けなかったものもあります。究極的には、他人同士ですからね」
そんなものなのか、とマディラは人生の先輩の話に耳を傾ける。
「ジュリアン様は、ピュアとか正義感溢れる方ではなさそうですが、誠実な方だと思います。ただ、純粋な方が国王になられても、苦労されると思いますよ。世の中、ホントいろんな方がいらっしゃいますので……」
やや含みのある言い方で続け、ため息をつくソフィア。
「それ以上のことは、お二人でしかわからないことなので、私から何か申し上げることもありませんが、こうやってめぐり会ったのもご縁です。私で聞ける話があれば、どうぞ遠慮なく。」
女王は穏やかな笑顔を浮かべ、優しく諭すように言った。
ソフィアは少し冗談めかして、最後に付け加えた。
「エルニドの欠点は、眺めが良過ぎて、ついつい長居してしまうことです。そろそろ皆、行方不明と騒ぎ出すので、帰りましょう」
にっこり微笑みながらそう言って、彼女は記憶の羅針盤をもう一度取り出した。
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戴冠式当日
王都は華やかな装飾と歓声で満たされている。
市民たちは通りに集まり、新しい国王の誕生を祝うために色とりどりの旗を振りながら歌ったり踊ったりしている。
ジュリアンとマディラは豪華な馬車に乗って神殿へ向かう。
馬車は美しく装飾されており、二人は威厳を持って微笑み、群衆に手を振る。
神殿に到着した馬車が大きな門をくぐると、厳かな雰囲気が広がっている。
入り口の庭には近隣の貴族たちが集まり、新しい国王を迎え入れる準備をしてる。
神殿の入り口で、王国の高位の貴族たちや騎士たちがジュリアンとマディラを迎える。
彼らは敬意を込めて頭を下げ、彼に国王としての資質を称える。
王座の間には、煌びやかな装飾が施され、国旗が掲げられていた。
大聖堂のホールの中心にある王座には、歴代の王が使用してきた王冠が置かれている。
式典のために集まった民衆、貴族、そして聖職者たちが静かに待ち構えていた。
ジュリアンとマディラは荘厳な音楽が響く中、王座の間にゆっくりと入場。
彼らは中央の通路を歩き、周囲からは祝福と期待のまなざしが注がれている。
戴冠式が正式に始まる。
大司教がジュリアンの前に立ち、神への祈りを捧げる。
続いてジュリアンが国王としての誓いを立てた。
大司教が王冠をジュリアンの頭に掲げ、厳粛な言葉で彼を新しい国王として宣言。
その瞬間、会場全体が静寂に包まれ、彼の顔には責任と決意の表情が浮かんだ。
マディラはその傍らで静かに彼を見つめる。
戴冠式の一環として、マディラが新しい王妃として紹介される。
大司教が祝福の言葉を述べ、王と王妃の新しい始まりを祝い、会場全体で祝福の合唱が響き渡る。
人々は新しい王と王妃に期待を寄せ、希望に満ちた未来を信じていた。
戴冠式の最高潮として、新国王が民衆に向かって宣言を行う。
彼は感謝の意を述べ、国民との絆を強調し、未来へのビジョンを語る。
その力強い言葉に民衆は感動し、拍手と歓声が響き渡る。
最後に、会場に集まった全員が国王と王妃を讃えるために乾杯を行い、音楽が鳴り響いた。
人々は踊り出し、盛大な祝宴が始まる。
ジュリアンはその中心に立ち、互いに微笑み合いながら新しい人生の始まりを共に祝う。
彼らの未来に、幸在らん事を。
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戴冠式は喜びと共に幕を閉じたが、運命の歯車は静かに動き始めていた。
これから訪れる波乱の日々を、誰もまだ知る由もなかった。




