希望 6
アルバス城 後宮
マディラは女王と面会の予定があったが、なかなか現れない。
ジュリアンが一の間と呼ばれる、後宮内の最高位の部屋を訪れ、遅れて女王も到着する。
マディラの部屋は荒れ放題、しかも彼女は予定を聞かされていなかった。
「この前、今後の日程についての確認のため、女王陛下と君と僕で話し合うための待ち合わせに遅れて来た件は、ジョナサンがエレナに日程を確認したと言っていたね、確か」
そう思い出しながら、呟くジュリアン。
ブスッとした表情のエレナ。
「私が情報を止めていました。」
観念したように話を始める。
「自分だけではなく、何名かの城内の人間は、新しくいらした王子様は歓迎していても、婚約者様を受け入れる気になっていませんでしたので。」
ジュリアンは、何が起きたか正確に聞きとることに専念する。
怒ることなく、淡々とエレナに話の続きを促す。
「——当初は、王子様お一人が養子にこられると聞いておりましたので、どの貴族のお嬢様がこのお部屋に入られるのか、話が盛り上がっていたことがあったので、余計に。」
「それで、この部屋の業務についても、拒否したということですね」
ジュリアンは、先ほど女王の部屋にいた侍女が、自分が後宮に行くことを止めていたことを思い出した。
きっと彼女は、ここの状態を知っていたのだ。
彼に警戒し、口数が少なかったエレナ。
しかし聞き役に徹する態度に、少し心を許したのか、彼女は言葉を続ける。
「だってこの方、昼間は馬鹿みたいに食べたかと思ったら昼寝してるし。最初は、そのことでちょっとした嫌味を言っただけだったんですけど、全然こっちの嫌がらせに鈍感で、だんだんエスカレートしちゃいました」
あれは嫌味だったの……?
マディラは、この部屋に来て、何かを面と向かって言われたことは覚えていた。
しかし話を聞いても、ピンと来なかった。
——まぁ、イジメなんて慣れているけど。
マディラが気にしているのはそちらではなかった。
(王子の婚約者?あたしが??)
前から気にはなっていたが、やはりそう認識されいたのだ。
挙げ句の果てに嫌がらせに遭っていたかと思うと、ちょっと面白くない。
「食事の量は把握しておりませんが、僕と一緒の時も彼女は日中眠そうにしていました。」
そしてジュリアンは、若干トゲのある返しをした。
「それは妊婦だから仕方ないと思い、ゆとりを持ったスケジュールを提案していたのは僕ですけどね」
自分の恋人がただの怠け者扱いされそうだったので、若干腹が立っていた。
そこまでジュリアンとエレナのやりとりを静かに聞いた女王。
ソファーに横たわるマディラのそばまでいき、深々と頭を下げて陳謝する。
「急な状況の変化で、受け入れ体制が整っておらず、不愉快な思いをさせて申し訳ありません。」
ソフィアが謝ると思っていなかったエレナが、慌てて女王に謝る。
「ソフィア様、私たちがいけないのです。大変申し訳ありません」
女王は、使用人たちを冷静に見渡す。
「自分の子供たちが試練の間を通過できず、降嫁しました。このままだと国の存亡に関わるのでニーベルに無理を言って、婚約済みの王家の方を何とか養子に迎えた状況をわかってください。」
優雅に微笑んで侍女達に話しかける。
「この城は、私たちの家族を守るだけでなく、新しい家族を迎え入れる場所でもあります。
王子と共にこの国にやって来た彼女は、今やこの国の一員であり、我々が彼女を尊重し、大切にすることは、私たちの義務です。
どうかマディラ様も、暖かく支えてほしい。」
そこでジュリアンが一歩前に進んだ。
「女王陛下のご説明通り、急な依頼でこの国に来ました。来たからにはこの国に仕える覚悟が私にはあります。何でも教えて欲しいしですし、仲良くやっていきたい。」
彼は使用人たちに向けて、静かながらも決意を込めた表情で語る。
「婚約者である彼女もまた、私と同じく、この国の未来を共に担う存在です。どうか皆さん、彼女を家族として、敬意と愛情を持って受け入れてください。皆の協力を、どうかお願い致します。」
使用人たちはその場でお互いに顔を見合わせ、小さく頭を下げた。
彼らの中にあったわだかまりが、少しずつ和らぐ。
部屋の空気が柔らかく変わり始める。
女王は穏やかな微笑を浮かべ、ゆっくりとした動作でマディラの肩に手を置いた。
「今日明日ゆっくりして問題なければ、大丈夫でしょう」
医者がマディラの診断を終え、退室をする。
「話し合いが終わったから、ベッドで安静にして。僕は今日もこの後は忙しいけど、明日の夜はこっちに来れるから」
ジュリアンもそう伝え、女王とともに退室をした。
――――――――――
騒動の翌日
マディラは夕食も終わり、入浴も済ませていた。
あとは寝るだけだったので、ベッドで書類に目を通していた。
にわかに寝室の外が騒がしくなってきた音が聞こえてくる。
——ああ、そういえば来るって言ってたっけ。
ぼんやりと昨日の出来事を思い出す。
彼女は、ジュリアンに利用されているだけではないかと思い始めていた。
入国時に自分が王子だと嘘をつき、二人の苗字も隠している。
不信感を募らせている今、彼と顔を合わせづらい。
——大体、何の用事でこの部屋に来たんだろう。
マディラは若干不愉快にすら思っていた。
ここに来るって……ベッドひとつしかないけど、一緒に寝るの?
急にその事実に気づき、激しく動揺した。
扉がノックされる。
侍女がジュリアンが入室することを告げる。
間もなく彼が現れた。
風呂あがりで胸まである銀髪を縛らずに、部屋着姿の彼を初めて見たので、ドキッとする。
やっぱりそういうこと??
そう思いつつ、彼女は書類から目を離さない。
体調を聞かれても、動揺を隠すために、大丈夫とぶっきらぼうに答える。
内心は、同じベッドは初めてでパニック状態。
ベッドは広いので、これだけ端っこにいれば問題ないよね……。
と、思いつつ。
「……気持ちはわかったから、もっと真ん中に来たら?無理強いなんてしないよ、大体妊婦だし。」
ジュリアンは苦笑している。
「普通に、端すぎてベッドからずり落ちないか心配だよ」
ベッドの反対側に、当たり前のように入ってきた。
「何だか、不機嫌だね」
そう話しかけられても、しばらく書類から目を離さない。
だがこれ以上無視していたら、物理的に距離を詰められそうだ。
彼女は、意を決して話しだす。
「なんであっちの世界では、お父様の命令で「王女である自分に他国に養子に行け、同行者をつける」って説明だったのが、こっちの世界では「王子が養子に来た、婚約者も同行」に変わるわけ?何を企んでいるの」
刺々しく言って、ジュリアンを睨みつける。
「よくよく考えたら、私はあなたのことを何も知らない。名前しか知らない。
人間界であれだけ長い間、同じ時を共有してきたけど、英知翁としてのホンの一部だった。
何を考えているのか、信じていいのかどうか。何を目的に緑の世界に来たのか。
なぜ自分が王子だと嘘をつくのかも。「ニーベル一狡猾な英知翁」に、私は利用されるのかしら。」
彼と過ごしたあの時間は嘘じゃない。
あれだけ色んな問題が起きても守ってくれたジュリアンを信じて今まで過ごしてきた。
だけどそれでよかったのか?
何かに利用するつもりならすべてが納得いく。
自分の記憶が一部ないことをいいことに、都合の良い解釈を刷り込んでいるのではないか。
何度も「あなたのことを好きかどうかわからない」と彼女は言っている。
それでも傍にいたいなんて、真の目的があると考えなければ説明がつかないのだ。
「どうしても、僕には何か下心でもあるのではないかという疑いが付きまとうね……」
苦笑するジュリアン。
「一度芽生えた疑念は中々晴れないね。
どうして僕の悪評の数々が、君の耳に入ってしまったのか分からないけど。」
記憶を封じ込めているはずの風翁とのやりとり。
あの時の彼の言葉が、呪いのようにマディラの心の奥底に深く刺さってしまったかのようだ。
懸念していた、強引に養子の話を進めたツケが、今になって現れてしまった。
「所謂二枚舌外交をしたことは認めるよ。その説明をする時間が取れなくて、君の信頼を失いつつあることは自覚している。説明するね」
緑の世界に来ることになった経緯を、ジュリアンは話し始めた。




