邂逅 6
笹薙家 リビング
真唯佳は帰宅後、自宅の一階で寛いでいた。
そこに彬と叉夜が集まり、真唯佳が何者かに襲われた話の経緯を説明された。
「……多分だけど、当面は通常の生活が送れると思う。」と付け足す彬に「なんでそんな事が言えるの?」と問いかける真唯佳。
「それは、良くも悪くも、君の力が完全には解放されていないからだよ」
彬は、静かにそう答えた。
どうやら自分は、異世界の不思議の国、ニーベルというところの姫らしい。
幼かった自分は、能力が制御できないので国で問題になったらしく、自分の父親である国王が力を封じ込めてしまったとのこと。
ただし問題が一つ。
生まれ故郷のニーベルは、特殊能力がないものは住む事ができない。
そこで父王は、人間として暮らすようにということで、人間界(というか日本)に自分を送り込んだ。
それが4−5歳の頃の話。
だけどその頃の話は全く覚えていない。
なので日本で何も知らず、とある家庭で生活していたある日、ちょっとした力に目覚めた。
力といっても、触っていないのに消しゴム程度のものが動かせるくらい。
時を同じくして、目の前に彬と叉夜が現れた。
どうやら、ニーベルは、私の力を封印していた術が切れかかっているのを察知したらしい。
そこで、力が暴走して人間界で被害を出すことなく全解放されるように、護衛兼教育係の騎士をつけることとした。
その任務に当たっているのが彬。
そして二人の身の回りの世話をする為に叉夜もついてきた。
それが、真唯佳が小学4年生の頃の話。
全ては予定通りに進むかと思われた……が、二つの誤算が起きる。
一つ目は、ちょうどその頃、真唯佳の家の近辺に、怪しいニーベル人が現れていたとのこと。
——真の目的は不明。
しかし、父王に反意を抱く一部の貴族たちが、王家のごく限られた者のみが知るはずだった姫の存在を嗅ぎつけた。
クーデターの駒として利用しようとしている可能性があるらしい。
そこで、真唯佳が以前住んでいた街から数百キロ離れた今の家に引っ越すことになる。
もう一つは、自分の封印がなかなか完全に解けないこと。
過去には、能力を高めようとトレーニングなど色んなことを試したが、あまり効果が得られなかった。
せいぜい街の奇人変人コンテストで入賞できるかどうか。
このくらいの能力だと、異世界間を繋ぐ「扉」を通った瞬間に、体に異変が生じてまともな生活が送れない。
正確な理由は解明されていない。
だが、力を持たぬ者が安易に異界へ踏み入らぬよう、世界そのものが拒んでいるのではないか——そんな推測がささやかれている。
実際、彼女がこの家の地下にある扉を抜け、故郷の地へ足を踏み出した刹那。
足は鉛のように重くなり、呼吸は浅く乱れた。
立っていることすらままならず、数分と持たずに人間界へと引き返すことを余儀なくされたのである。
——そうして幾度かの試みも虚しく、ただ時間だけが過ぎ、今に至る。
「君が王族に復帰していないから、まだ人間界にいることはバレている。
それはすなわち、今、君の身柄を確保したところで帰国できないという事を意味するから、彼らは焦る必要はない。
といっても、手中には収めておきたいだろうから、今後もなんらかの接触はあり得るだろうね。」
その彬の説明はなんだか、中途半端にしか能力に目覚めていないのは良いのか悪いのか、複雑な胸中である。
「何か手立てがあるのなら、わざわざ“ご挨拶”など挟む必要はない。不意を衝いて、そのまま君を攫ってしまえば済む話だ」
そこまでを、彼は言葉を区切るでもなく、感情の起伏もなく淡々と言い切った。
そしていつの間にか傍らに用意されていた茶器へと手を伸ばす。
叉夜が淹れた茶を、確かめるようにゆっくりと数口、喉へ流し込んだ。
その解説を聞き、朝の一連の出来事を思い出す。
「なるほど、流石"英知殿"ね。」
そうコメントをする真唯佳。
ニーベルでは、限られたものしか入れない王宮内で任務を遂行する貴族レベルになると、強力な特殊能力があるだけではなく、生まれながらの特性を持っているらしい。
そしてその、他者の追随を許さない特に優れた特性に、称号の「翁」をつけた別名で呼ばれる慣習があるとの事。
例えば、火を操るのに長けたものは「火の翁(若い時は翁子)」、並外れた腕力を有する貴族は「剛力翁」など。
彬の場合、「英知の翁子」と呼ばれているらしい。
剣術や体術、戦闘向きの魔術においては突出しているとは言い難い。
だがその代わりに、結界の構築や複雑な詠唱を要する高位魔術、さらには薬学に至るまで、幅広く深い知識を備えている。
とりわけ戦略的思考においては並ぶ者がなく、帰国の暁には国王直属の参謀に就くことがすでに約束されていた。
私生活においても、その研鑽は怠られない。
自室には常に書物が山と積まれ、暇さえあれば頁を繰っている。
かと思えば、見慣れぬ文字列を淡々とパソコンに打ち込み、何やら不可思議な術式——彼曰く“プログラミング”というらしい——を組み上げている姿も、しばしば目にするのだった。
「敵の素性はお分かりなのですか?」との叉夜の問いかけに
「確認中だよ。首謀者に大物の貴族がいるという噂だけど、候補が何人かいるらしく、そこは宮廷と連携をしないと。
今朝接触をしてきた者は、過去に目撃した不審者と同じ気がするから、そこを手がかりに、まずはこの近辺に何人いるか確認する。」
そう彬が答える。
「本当に……いつも通り生活していいの?」
そうおずおずと真唯佳は質問をする。
「選択肢は二つだ。この家の地下へ潜り、部屋から一歩も出ずに、能力が目覚めるその時まで——何週間でも、何ヶ月でも、ひたすら鍛錬を積むか」
そこまで聞いた瞬間、彼女の脳裏に、かつての苛烈な特訓の日々がよみがえる。
息が詰まるような閉塞感、容赦なく追い込まれる感覚。
思わず「げっ」と小さく、しかし抑えきれない声が漏れた。
彼はそれを意に介する様子もなく、静かに続ける。
「それが現実的でないというなら——国へ戻れない以上、これまで通りの生活を続けるしかない。
おそらく相手は君を殺しはしないよ。王家を揺さぶるための、貴重な交渉材料だからね」
淡々とした口調のまま、しかしわずかに声音を落とす。
「四六時中そばにいると約束はできないけれど、可能な限り僕が守る。何度か接触があれば、犯人につながる手掛かりも増えるはずだ。いずれ身元も割り出せるだろう」
彼女はしばし沈黙し、それから小さく息を吐いた。
「……じゃあ、これまで通りの生活を。そして——早く犯人が捕まると、いいな」
と呟く真唯佳。
「君が狙われているかどうかは別としても——基本は同じだよ。ひとりにならないこと、怪しげな場所には近づかないこと。それさえ守っていれば、あとはどうにかなる。……いや、どうにかする」
彼はそう言い切った。相手を安心させるためか、いつになく力を込めた声音だった。
「学校内では彬様がご対応なさるのでしたら、その他の外出時は私がお供いたします」
叉夜も、静かに申し出る。その落ち着いた物腰は頼もしく、真唯佳は思わず胸を撫で下ろした。
(王家としては……本音を言えば、彼女には能力に目覚めてほしくないはずだけどね)
彼は胸中でそう呟くが、言葉には出さぬまま、彼は静かに立ち上がった。
――――――――――
あれから1週間
始業式の日の事件が夢だったんじゃないかと思うくらい、何も起きていない。
絢祐と鈴乃は、自分たちに特殊能力があるのを知っている。
「ちょっと人に狙われているかも」という程度に説明をしておいたら、何となく気にかけてくれる程度。
余計な詮索をされない距離感がちょうどよかった。
変に気を遣われても嫌だし、かといって、また突発的に起きた時に誰も状況を理解してもらえないのも何だか辛い。
最初の数日は、何かにつけて敵がそばにいるんじゃないかとビクビクおどおどしていたけど、全くといって良いほど何もなかった。
そのうち「変に疑心暗鬼になるのはやめよう」と開き直り、真唯佳はいつも通りに過ごしていた。
以前と変わったことといえば、蒼がいることくらい。
始業式の翌日に隣のクラスにお礼に行った。
大きな声で「真唯佳ちゃん!」と叫ばれ、かなり注目を浴びた。
そして廊下などですれ違うたびにブンブン大きく手を振って挨拶をしてくるので、かなり恥ずかしい。
まるで子犬に懐かれたご主人様のようで、どこからでも見つけてダッシュで駆けつけてくる。
見るに見かねた彬から忠告を受けた。
「彼には気をつけるように。あの強引な近づき方は不自然だ」
確かに、真唯佳も初めは、強引で怪しい少年だと警戒していたが——。
蒼はいつも挨拶をして、ひとこと二言言葉を交わすと、「じゃ!」と言って去っていく。
それ以上のことは特になく、自分の周りが賑やかになったかなという程度だった。




