5.9
「愛理ちゃんには見えてないよ」
幽霊が説明する。
「お前が持ってるその石、それはおいらだ」
ポケットの石。有言実行の石。
「だせぇ言い方だな。おいらはこう呼んでるぜ」
指を立てて自信満々に幽霊は言う。
「改変能力」
ダサいダサくない云々以前に能力が違う。
「そりゃあ、使い方はおいらが一番よく知ってるからな」
それはそうと、何故平然と僕の思考を読んでるんだ。
「幽霊とは言ったが、実際はちょっと違う。愛理ちゃんの能力で、画面越しに言葉を書いてる。まぁおいらの改変で、愛理ちゃんはこのこと忘れてるけどな」
幽霊がガハハと笑う。よく分からない説明だ。というか、愛理ちゃんの能力はキスした人を殺す力だろう。
「おいらもそうだと思ったんだけどな。死んだらこうなってた。同じ幽霊も居ない。きっと彼女の能力はこうだ」
また指を立てて自信気に言う。
「キスした人を幽霊にして、自分の背後霊にさせる。そうだな…幽霊隷属化。とかどう?カッコくね?」
なるほど、まだ半信半疑だが、何故僕の前に出たんだ?
「今から2人はキスするんだろ?そしてそれは、今どっちが死んで幽霊になるか分からない。何だっけ、箱を開けるまで猫が生きてるかわからないやつ」
シュレディンガーの猫だ。具体的にその思考実験は、量子力学の不確定さを揶揄する話だ。
「そうそれ。今おふたりは、どっちが死ぬか決まってない。だからおいらは面白そうなお前の方に見えるようにしたってわけ」
さっき、改編能力と幽霊は説明した。ならばそれを使って、能力を無かったことには出来ないだろうか。
「おいらも試したけどさ。多分能力や代償を変える改変は出来ない。そこまで万能でも無いわ」
「颯稀くん?」
そう呼ばれて前を見る。愛理ちゃんが不思議そうに僕を見る。
「愛理ちゃんは、幽霊って信じる?」
何回か、この質問はした気がする。「触れ合うことが出来るか」そう言っていた彼女の言葉が、僕をこの力に目覚めさせた一つだろう。
「颯稀くんは幽霊になったら、会いに来てくれる?」
「…会いに行くよ。約束する」
そう言うと笑って愛理ちゃんはまた目を閉じた。
周りを見渡して幽霊が居ないことを確認する。ゆっくりと顔を近づける。彼女の匂いがする。小さな呼吸音がする。そうして僕は、愛理ちゃんとキスをした。
何秒経っただろう。あれと思い目を開けると愛理ちゃんが僕の手に触れていた。思わず手を離す。彼女が唇を離して胸を抑える。肌の感覚が無いのが裏目に出た。
「…嘘ついちゃった…ホントは私…こうするつもりだったの」
何度触れ直しても返ってこない。自分の力のことは自分が一番知ってるはずなのに、それでも試してしまう。彼女が僕の手を握った。喉に違和感が出る。それでも強く握り返す。
胸を抑えて苦しむ彼女は、それでも笑って僕を見る。小さく口を開いて何か話そうとした矢先、彼女の手が床に落ちた。
何分そうしていたか分からない。僕が殺した。こんなはずじゃなかった。必死に泣きやもうと目を擦って息を整える。こんな事なら、そう思って顔を上げると、目の前に愛理ちゃんが二人居る。
もう一人の薄い愛理ちゃんは、愛理ちゃんの死体を見つめている。
「…自分の顔を見るのははじめて」
そう顔をあげる。僕と目が合い少し驚く。
「え?颯稀くん?」
「…なに?」
男の子の幽霊はもう何処にもいない。代わりに目の前に愛理ちゃんの幽霊が居る。
「私の事…見えてるの?」
「見えてる…」
愛理ちゃんは嬉しそうな顔をして空き教室を飛ぶようにして僕の横に座った。ゆっくりと手を伸ばして来たけど、その手は僕のからだをすり抜けた。
「…やっぱり、幽霊は触れられないのかな…」
そう少し残念がる。そうか、男の子の幽霊はこれを伝えたかったんだ。ポケットに入った石を取り出す。三角錐のまじない石。僕が止まれと言ったら止まったのも、改変能力とやらで止めたのだろうか。いや、実際は有言実行なのだろう。どっちにしろ出来ることが多いのには変わりない。男の子の幽霊が改変と言ったのは、色んな使い方が出来るからだ。例えばこんなふうに。
「僕は、幽霊に触れられる」
石を持ってそう呟く。横に居た愛理ちゃんが不思議そうな顔をするので、その彼女の頬に手を伸ばす。
「ひゃっ」
手がなにかに触れて、愛理ちゃんが反応する。照れた顔をした愛理ちゃんともう一度キスをした。
「…恥ずかしいんで、わざわざ書かないでください」
愛理ちゃんの死体の傍らに何が落ちている。拾い上げると、それはまじない石だった。歪んではいるが、ハートの形といえなくもない。キスした人を幽霊にして従える力。まぁ使う事は二度と無いだろうけど、他の人に渡す気もない。ポケットにしまってゆっくりと立ち上がる。
深く息を吸って吐く。横たわる死体に目を落とす。
警察にはなんて言おう。僕は逮捕されるんだろうか。でもまぁ、横に愛理ちゃんが居るのなら何処でもいいか。
携帯を開いて番号を押す。足立さんに言われたことを思い出して、胸を叩いて泣きべそを抑える。もう泣いてない。受話器の向こうで話す声にゆっくりと話した。
「僕が…人を殺しました」




