5.8
「どうして分かったの?」
そう聞くと、愛理ちゃんはポッケから布に包まれた石を取りだした。探し物を見つける石。よし姉の車に置いていったままだったのを思い出す。
「今日は、二度もこの石に助けられたね」
そう言って彼女が笑う。窓際の椅子を引いて座ると、彼女も近くの椅子に座った。
しばらく沈黙が続く。空の月明かりがこの部屋をぼんやりと照らす。その明かりに照らされた愛理ちゃんが艶やかで目をそらす。
「僕はさ、愛理ちゃんが思うよりもずっと普通だったんだ。触れたい。キスがしたい。あんな事も全部したい」
「あんな事?」
そう真顔で聞き返されて彼女の純粋さに一度黙るが、それは置いておいて話を戻す。
「それがダメだと分かっても、これまでの僕はずっと平気だった。君のことを知っていくのが楽しかったんだ」
彼女は黙って僕を見る。話してるうちに恥ずかしくなり、何してんだろって気持ちになる。
「知っていくうちにどんどん、僕にも願望が出始めた。そうして僕は、君を殺さずにキスをする為の力を手に入れた」
ゆっくりと立ち上がった彼女が僕の方に近づいてくる。パーカーを脱いで近くの机に置いた。半袖の下の白い腕が見える。
「正直に言うと浮かれてた。これで僕は、僕の夢を叶えられる。君の夢も叶えられる。そうして君を守れる。完璧だと思ったんだ」
横の席に座った愛理ちゃんの顔はほんの少し微笑んでる。その顔を見ていると、僕は僕を見失いそうで目を逸らした。
「ダメ、こっち見て」
そう言われた。ゆっくりと顔を見る。恥ずかしい。
「…君はもう、キスをしたいって思わなくなった。もちろんそれが良い選択なのは分かってる。だけど…」
本当に、僕は何を言ってるんだろう。改めて言葉にすると、バカバカしい話だ。情けなくって顔を下げようとすると、愛理ちゃんが顔を近づけてきた。本当に、もう少しで当たってしまうような距離。驚いて顔を後ろに下げると、彼女はイヒヒと笑った。
「嬉しい。ありがと」
「…いや、だから」
「私もずっと、颯稀くんとキスはしたいよ?」
「それは…僕を殺すってこと?」
愛理ちゃんが頬を膨らませる。
「それは…初めはそう思ってたけど、今はもう違う。私も何でこんな馬鹿な力を持ったんだろってずっと悔やんでる」
愛理ちゃんは机に肘をついて頬杖をする。
「実はね、私も颯稀くんの力を聞いた時嬉しかったんだ。私の罪滅ぼしは、颯稀くんの力で自分で自分を殺せば良いって思ったんだ」
「…ダメだよ」
「自分は死のうとしてるくせにぃ」
そう言われると何も言えない。
「私は、颯稀くんが思ってる願望を否定しないよ。だって私が、好きな子が欲しくて殺しちゃったんだもん」
冗談みたいに言おうとして口が回らない彼女は、やっぱり後ろめたいんだろう。
「だからね、そこは颯稀くんに決めてもらおうかなって思ってる。颯稀くんがどうしたいのか。颯稀くんが決めて」
立ち上がって愛理ちゃんは踊る様にくるりと回る。
「颯稀くん。大好きだよ」
口を開けて、僕も言葉を誂える。
「愛理ちゃんに会えて良かった。僕も大好きだ」
唇を細めて彼女が照れる。小さく回ってまた向き直った。
「じゃあ颯稀くん…」
そう言って彼女は目を閉じて両手を軽く前に出した。掌を開いて立つ。キスの合図だ。
いざこの場所に立つと、なかなか一歩が踏み出せない。なんと情けない男だろうか。愛理ちゃんが薄目を開ける。
「…どうしたの?」
「あはは、いや。ちょっとひよってる」
「もー」
「…最後にさ、花に水あげない?」
水を汲んできて土に水をかける。エキナセア、エリンジウム、アキメネス、コオニユリ。
「これ、ホオヅキ。幼稚園に咲いてた花だよ」
実の埋まった土の鉢を見せる。何も無い土を愛理ちゃんはじっくりと眺める。
「この子も、ちゃんと花咲くかな?」
「きっとね」
手に取った鉢を位置に戻す。廊下は暑いからもう一度空き教室に入る。愛理ちゃんは窓際に小走りで行き、さっきの場所に立った。
「次は、ちゃんと来てね」
そう言って、さっきと同じポーズを取って目を閉じた。一歩ずつゆっくりと、愛理ちゃんに近づく。
「で?どっちにするんだ?」
突然の声に驚く。声の方を見ると、窓際に男の子が座ってた。どう見ても透けている。人間では無い。
「…なんで今なの」
幽霊はガハハと笑う。空き教室の幽霊とやらは、随分と空気の読めない奴らしい。




