4.8
陽の光の色が変わった気がして窓の外を見る。もうすっかり山は無くなりまた大小色んな建物が通り過ぎる。見たことないスーパー、見たことない制服、その中にある見知ったコンビニが過ぎる度何だか安心感があった。
横で愛理ちゃんが寝ている。ロングシートの端っこの柱に手を置いて座ったまま器用に寝ている。ちらほら乗客はいるが、それぞれがそれぞれのグループで固まっていて近くに人は居ない。
少し揺れて愛理ちゃんの体勢が崩れる。思わず手を前に出した。僕の手で支えられていた彼女が起きて姿勢を戻す。
「わ…ごめんなさい、寝てました」
そう言って窓の外を眺め始めた。
手以外に触れたのは初めてだった。もちろん服越しではあるのだけれど、その柔らかな感覚が僕の頭に煩悩を刻む。掌を見つめて頭を振った。
駅から降りると微かに潮の香りがする。風も何だか暖かい。看板に砂浜の方角を示す文字と矢印が書いてある。
小さい頃、親戚の旅行で海に行った事がある。小さな港町の宿で、朝に釣りをして昼は海で遊んだ。いとこ達と赤くなるまで遊んで、その日のお風呂は日焼けで痛かった。そんな事を思い出す。海に縁のない僕にとって、この香り、この肌触りはそんな思い出の感覚だ。
ボロボロの建物を過ぎた時、見慣れない木々の奥に海が見えた。愛理ちゃんの歩く速度が上がる。
人の少ない砂浜を選んだけれど、それでもそれなりに人はいる。砂浜にシートを敷いて荷物を下ろす。
靴を脱いで裸足になる。横にいる愛理ちゃんが突如上を脱ぎ始めてドキリとした。
「その…びっくりさせたくて。水着買うの初めてで、変ですか?」
シンプルな白の水着、上からラッシュガードを羽織り、下はいつもの長ズボンを少し捲っている。肌の露出を抑えているつもりだろうが、その隙間から見えるおへそやお腹の線に目が行ってしまうのを必死で堪える。
「可愛い…」
本当はもっと穢らわしい言葉が浮かんだ。この時初めて、僕は触れられない彼女を恨んだ。
学生の荷物なんてたかが知れてるけれど、一応財布とかの貴重品を持って砂浜を歩く。水に足をつけてはしゃぐ彼女は実際可愛い。
泳ぐつもりはなかったし、もちろん彼女が水着を着てきた事も知らなかった。
「私、海に来たらやりたい事があったんです。シーグラスって知ってますか?」
海に流れた瓶などのガラスが、長い時間をかけて削れていき、丸みを帯びたくすんだなガラス玉になった物をそう呼ぶらしい。
「探してみよっか」
「はい!」
二人で屈んで砂を見る。綺麗な貝殻や変わったゴミを見つけてはそれについて話して盛り上がった。
「巻貝って、どうして音が鳴るんでしょうか」
そう言いながら愛理ちゃんは拾った貝を耳に当てる。しばらく真剣な顔をしたあと僕に手渡した。
「…近くに海があるので、海の音かどうかは分かりませんね」
そう言って笑った。
結局、シーグラスという物は見つけられなかった。どんな物なのか見てみたかったし、彼女の期待に応えられなくて悔しかったけど、彼女は落ち込むこともなく
「また海に来たら、探しましょう!」
と笑う。荷物を置いた所に戻ってきて二人で座り、買ってきたジュースを飲んで喉の乾きを誤魔化す。
15時を周り、人も少なくなった砂浜でぼんやりと海を眺める彼女を見る。
「…連れてきてくれて、ありがとうございます。ずっと、海は嫌いだったんです」
海を見ながら愛理ちゃんは笑う。首を傾げながら続きを聞く。
「私にとっては縁のないものだと思ってきました。誰かと一緒に並んで笑える事も。颯稀くんに会えて本当に嬉しいです」
彼女と目が合う。日差しに照らされた彼女の顔がキラキラしていて眩しい。きっと僕の顔は、反対に日の光を背に暗いのだろう。彼女が少し慌てる。
「ごめんなさい。なんだか暗い話でした。また一緒に海行きましょう。颯稀くん」
そう言ってさっき拾った巻貝に口を当てて、何かを呟いた愛理ちゃんはその巻貝を海に投げた。
同じ方向を向いていたい。その言葉を思い出す。
顔を合わせて目を合わせた僕たちは、同じ方向を向いていると言えるのだろうか。海を見る彼女と彼女を見る僕は、同じ方向を向いていると言えるのだろうか。
嫌な感情が湧いた。彼女の横顔に、首筋に、上着の下から覗くそのおへそに、砂の付いた足に、触れたいと思ってしまうのはいけない事なのだ。
「あぁ、君の代わりに僕が死ねたらいいのに」
そんな思いを喉の奥で止める。同じように巻貝にぶちまけようと周りを見渡して、巻貝が無いのでまた彼女を見る。叶わなくていいから、せめて僕の煩悩を紛らわす為に、彼女の手にタオルを被せて手を置く。お互いに手の形をずらして、布越しに手を握った。
近くにあったお土産屋さんみたいな所で商品を見ていると、赤黒いザラザラした石が置いてある。
「激レア、赤と黒のシーグラス」と名前が付いていて、横に値段が書いてある。
「せっかくなら、私たちで探した物が欲しいです。また一緒に海行きましょうね」
と言って彼女はその石を無視して他のぬいぐるみを見ている。
何だかまじない石みたいだなと思った。




