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断罪されるヒロインに転生したので、退学して本物の聖女を目指します!  作者: オレンジ方解石


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13.セレスティナ

 前世を思い出してから九年。わたくしは十七歳、レオ様は十八歳になりました。

 わたくし達は主に将来の人脈作りと有益な人材の発掘のため、例の三人の子息と共に週二、三回の頻度で王立学院に通っています。

 わたくしは才色兼備の学院の華として、男女の区別なく生徒達の憧れの的となり、レオ様も誰より凛々しく、未来のノベーラ大公にふさわしい威厳と気品を備えられて、成績も優秀な殿下に心奪われる女生徒(中には女教師も!)は後を絶ちません。それでも宝石のごとき紫の瞳は変わらずにわたくしだけを見つめて、ゆらぐことはありませんでした。

 そして何度目かの入学式の日。

 わたくし達は運命の時を迎えました。

 校門をくぐり、ずらずらと大ホールへ向かう新入生達の中に、奨学生の証である焦げ茶色の制服を着る女生徒が一人。


(あの少女だわ――――!)


 動いている姿を目にするのは今日がはじめてでしたが、わたくしは一目で直感しました。

 神官見習いの証に、鎖骨のあたりで切りそろえた癖のないストロベリーブロンド。ミントグリーンの瞳はきらきら輝いて長いまつ毛に縁どられ、口角は可愛らしくあがって所作も軽やか、手足は健康美にあふれています。

 すれ違う男子生徒達もちらちら彼女を盗み見ていました。

 アリシア・ソル。

 この漫画の舞台である乙女ゲームのヒロイン。

 実際は、この漫画における悪役(ヒドイン)

 レオ様や子息達を手玉にとり、このノベーラ大公国に重大な危機をもたらす偽りの聖女、傾国の悪女、最悪の魔女の登場でした。

 わたくしは隣に立つレオ様を見上げます。

 レオ様が、彼女の愛らしさの虜となってしまうのではないかと、不安だったのです。

 実はこの時点で、わたくしはすでにレオ様達にアリシア・ソルについて懸念を伝えていました。

 むろん、前世や漫画のことは明かせません。

 ですので「要注意人物かもしれません」という表現でレオ様にお伝えしたのです。

 枢機卿を父に持つイサークの話によれば、アリシア・ソルは「有名になりたい」と公言してはばからないとか。間違いなく、漫画どおりのヒドイン(悪役)、自己顕示欲の強い悪女です。


「アリシア・ソルは相当な野心家の様子、必ずレオ様に接近してきますわ。レオ様のお心をとらえて我が物とし、公太子妃の座を狙ってくるかも。そうなったら、わたくしは…………っ」


「落ち着いて、ティナ。ティナがそこまで言うなら、注意しておこう」


 わたくしの忠告にレオ様はそうおっしゃってくださいましたが、はたして。

 焦げ茶色の制服を着たストロベリーブロンドの少女を見つけると、レオ様は行く手をさえぎるように彼女の前に進み出ました。


「大神殿の聖神官見習いにして奨学生アリシア・ソルだな?」


 少女がうなずくと、レオ様も「そうか」と、事情を知る子息達と目で合図をかわします。

 そしてアリシア・ソルに宣言なさいました。


「さっそくだが、アリシア・ソル。私が愛しているのは、ティナただ一人。このデラクルス公爵令嬢セレスティナ・デラクルスこそが、私と大公陛下の認めた唯一にして正統な次期公太子妃であり、未来の大公妃だ。君がいかなる卑怯な手練手管を用いようと、私の心はけしてゆらがない。今後いっさい、私にもティナにも近づかないでくれ。もし、君がわずかでもティナに危害を加えたなら、即座に追放などでは済まない報いをうけさせると、ここで宣言しよう」


 レオ様は一息にそう言ってのけると、わたくしを優しく、かつ情熱的に抱き寄せました。


「行こう、ティナ。今までもこれからも、いついかなる時も私の心は君のものだ」


「レオ様…………っ」


 わたくしの胸と目尻に自然と熱いものが込みあげます。


「嬉しいです…………嬉しいです、レオ様…………っ」


 本心でした。

 レオ様の紫水晶の瞳は相変わらずわたくしだけを見つめて、わたくしだけを想っている。他の女が入り込む余地など、どこにもないのです。

 その事実を心から実感して、わたくしは目もくらむような幸福感に襲われました。

 熱い涙が一粒、頬をすべり落ちます。わたくしを抱き寄せたレオ様の腕に身をゆだねると、蕩けそうに甘い歓喜の嵐がわたくしの体内を満たしました。

 わたくしとレオ様はアリシア・ソルに背を向け、大ホールへむかいます。もはやゲームのヒロインなどに用はありません。

 三人の子息がなにやらアリシア・ソルを罵っていたようですが、それすらどうでもよいことでした。レオ様同様、彼らもわたくしへの敬愛がゆるがなかった、それだけのことです。

 わたくしはレオ様から注がれる愛と幸せに浸りながら、二人でその場を離れました。






 それから数日後。

 異世界転生漫画のヒドインの定番として、アリシア・ソルは必ず、身分もわきまえずにレオ様達にからんでくる。

 その予想は大きく外れました。

 彼女は学院の入学式を欠席したかと思うと、退学届を提出してきたというのです。

 わたくしは耳を疑いました。

 アリシア・ソルはただの生徒ではありません。後ろ盾のない孤児の平民ゆえ、貴族の厚意による援助を受けて入学した、奨学生です(彼女を後見するソル大神殿長が貴族です。これこそノブリス・オブリージュでしょう)。

 それなのに一日も通うことなく退学だなんて。後見人の面子を潰す行為です。いったい、なにを考えているのでしょう。やはり漫画どおりの、厚顔無恥で身勝手な性格のようです。

 わたくしはレオ様達と共に学院長に呼び出され、入学式の時の説明を求められました。

「アリシア・ソルを大勢の前で侮辱したのは事実か」と。

 最高位神官の証である紺色の長衣に白の神官服を重ね、金糸の刺しゅうの入った紺の帯をしめたソル大神殿長も、重々しく問うてきました。


「ソル見習いは『ノベーラの民として、あそこまで公太子夫妻の不興を買ってしまっては、学院に通うことなどできない』と申しております。私が見てきた限り、ソル見習いは貞淑かつ勤勉な娘で、日々、真剣に修練に励んでおります。なにより公太子殿下も他の方々も、ソル見習いとは入学式が初対面のはず。なにを根拠にそこまで彼女を非難したか、納得のいく説明をお聞かせ願いたい」


 まるで、わたくし達がアリシア・ソルを不当に罵倒したかのような、一方的な言い草。

 おそらくソル大神殿長は、すでにあの魔女に篭絡され、とりこまれているのでしょう。

 レオ様が堂々と反論なさいます。


「たしかにソル奨学生を責める形になったが、それは彼女が、公太子である私や、私の友人達にとりいろうとする不心得者だったために、注意しただけのこと。気が急いてあのような形になってしまったが、けして理由なく行った行為ではない。私の調査によれば、ソル奨学生は清貧を尊ぶべき神官見習いでありながら、常日頃から『有名になりたい』と公言してはばからないと聞く。本当に真面目で貞淑な娘なら、名声など求めるだろうか?」


 ソル大神殿長はむっつり、黙り込みます。

 そう。アリシア・ソルは数多の男を手玉にとる、この漫画最大の悪女。ヒドイン。

 それは、この世界(漫画)における絶対の真実。

 彼女をけん制したレオ様の判断は、けして間違ってはいません。わたくし達を恐れているという主張も嘘でしょう。傾国のヒドインです、あの程度の罵倒で傷つくはずがないのです。


(でも、今はそれを他者に納得させる術はない――――)


 アリシア・ソルの本性を知らせるなら、わたくしの前世や漫画のことまで明かさねばなりません。それをすれば、わたくしは確実に正気を疑われるでしょう。そうなればレオ様との婚約も破談になりかねません。

 今回の件をきっかけに、わたくしのレオ様への気持ちは一気に深まっていました。「いずれわたくしを捨てる方だから」と抑えていた心が、レオ様がわたくしの前できっぱりとアリシア・ソルを拒絶したことで、一気にあふれたのです。

 今のわたくしには、レオ様との婚約が白紙になるような危険は微塵も冒せませんでした。

 わたくしが表情をくもらせていると、レオ様がわたくしの手にご自身の手を置いて励ましてくださいます。


「何度でもくりかえそう、ティナ。この私、レオポルドの心は永遠に君のものだ。どんな魔女も悪女も、私の愛は変えられない。だから安心して笑っていてくれ、愛しい君」


「レオ様…………っ」


 わたくしが涙ぐめば、燃えるような赤毛のロドルフォも身を乗り出します。


「抜け駆けなさらないでいただきたい、レオポルド様。セレス嬢には、我々も忠誠を誓っている。いかなる魔女悪女が襲って来ようとも、返り討ちにして見せます」


 勇猛な騎士団長の息子の言葉に、理知的な宰相の子息ニコラスと、少女のように清楚な枢機卿の子息イサークもうなずきます。

 今はそれぞれに見目麗しく優秀に成長した、三人の子息達。

 彼らの瞳にも一様にセレスティナ(わたくし)への思慕が輝き、わたくしは入学式の日にそろってアリシア・ソルを糾弾した彼らに対しても、本気で頼もしさや好ましさを感じるようになっていました。

 固い絆で結ばれたわたくし達の姿に、不利を悟ったのでしょう。学院長やソル大神殿長や教頭達は「そのようなことは、あとになさっていただきたい」と、嫌味めいた注意をしてきましたが、それだけです。

 何度か話し合いを重ねたものの、けっきょくこの件はうやむやに終わりました。

 ソル大神殿長や学院長は、時間割を工夫することでアリシア・ソルを学院に通わせようと考えたようですが、アリシア・ソル自身が登校を拒んだと聞いています。

 あるいは不登校をよそおって「公爵令嬢に苛められた」と同情を買う作戦なのかもしれません。ヒドイン定番の、悪役令嬢に対する嫌がらせですね。

 近い未来、アリシア・ソルはふたたび確実にわたくし達の前に姿を現す。その前に、どうにかして彼女の悪事を暴き、本性を世間に知らしめることができれば。

 そう、頭をひねっていた矢先のことでした。

「アリシア・ソルは次期聖女に違いない」という噂が入ってきたのです。


「アリシア・ソルは現在、大神殿で毎日、貧しい者達を癒しています。聖神官が一日に発揮できる聖魔力は限りがあるため、聖神官に癒してもらえなかった患者達がこぞってアリシア・ソルを頼っているのです。そのため『新たな聖女に違いない』と、もっぱらの評判です」


 宮殿の、公太子専用談話室で。わたくしの焼いたフルーツケーキを味わいながらイサークが報告すれば、すでに二切れ目を食べ終えたロドルフォが身を乗り出します。


「どういうことだ? アリシア・ソルは悪女なのだろう? なのに聖女とは」


「まだ断定はできません。周囲の目を欺くため、善人を装っているのやもしれない」


「ニコラスの言うとおりだ。まだ結論を下すのは早計だ。なんといっても、聡明なティナがここまで警戒する人物だ。慎重に慎重を重ねたほうがいい」


 レオ様も同意され、ロドルフォやニコラス、イサーク達もいっせいにうなずきます。

 わたくしはお茶会を終えて公爵邸に帰宅すると、さっそく自室にこもって人払いし、長椅子に座って頼りになる下僕に相談しました。


「どうしたらいいのかしら、アベル。世間ではアリシア・ソルは『初代聖女アイシーリアの再来』とまで噂されているそうなの。ひどい展開だわ。アリシア・ソルの聖魔力は、本来セレスティナ(わたくし)のもの。普通の聖神官より大勢の人々を癒せるのは、真の聖女であるわたくしの聖魔力だからなのに。それなのにアリシア・ソルが次期聖女だなんて…………っ」


 たまらず、自分で自分を抱きしめます。

 とてつもない胸騒ぎがわたくしを襲いました。

 わたくしも漫画の内容すべてを思い出せたわけではありませんが、それでもアリシア・ソルの今の動きが本来の展開と大きく異なるのは、確実です。

 アリシア・ソルのあまりにも予想外な行動と展開。この差はいったい何に起因するのか。

 わたくしは認めざるをえませんでした。

 前世と漫画の件を思い出して以来、何度か脳裏をよぎっていた仮説。


「アリシア・ソルは…………いえ、アリシア・ソル()わたくしと同じ、転生してきた人間…………アリシア・ソルも漫画(運命)展開(未来)を知っている…………!!」


 アベルが無言で息を呑み、わたくしの背筋にぞっと悪寒が走りました。


「間違いないわ、定番だもの。ヒドインも悪役令嬢と同じ日本から転生してきた人間で、前世でこの漫画(世界)を読んでいる。だから聖女のふりをして、人々を欺いているのよ」


「だとすれば目的は、将来の、皇国の第三皇子による断罪の回避――――でしょうか?」


「――――もう一つあるわ。レオ様達の篭絡。悪役令嬢漫画のヒドインの定番ね、美男子に囲まれる逆ハーレムを望んでいるのだわ」


「ああ…………っ」と、わたくしは身をよじって呻きました。


「どうしたらいいの、アベル。ただでさえ強敵の魔女が、この先の展開を知っているチートまで備えているなんて! わたくし、勝てるのかしら?」


「落ち着いてくださいませ。セレスティナお嬢様が負ける要素がございません。セレスティナお嬢様はこの世界(マンガ)の主人公、悪役令嬢ではありませんか」


「でもレオ様はその漫画の中で、アリシア・ソルに誘惑されて道を誤る設定のキャラクターだもの。アリシア・ソルに本気で誘惑されれば、篭絡されてしまう可能性が高いわ。あんな魔女に、レオ様を奪われたくないのに…………っ」


 レオ様と出会って九年。レオ様からの降るような愛と優しさを一心に浴びたわたくしの心は、大きくレオ様にかたむいていました。

 セレスティナ(わたくし)はいずれ皇国の第三皇子と結ばれる運命(さだめ)。そうとわかっていながら、レオ様を手放したくない、あの方に愛されていたい、アリシア・ソルに奪われたくないと、痛切に願ってしまっていたのです。


「せめて、漫画の詳細を思い出せたら、対抗策も思いつくかもしれないのに…………」


 呟いた瞬間、とんでもない仮説がひらめきました。


「まさか…………まさかアリシア・ソルは、わたくしより詳しく漫画を覚えている? わたくしが忘れている情報を、アリシア・ソルは知っているとしたら…………!」


 全身を悪寒が走りました。


「だとしたら、わたくしは完全に負けてしまうわ。すでに漫画とは異なる展開になりはじめているもの。このままアリシア・ソルはわたくしに聖魔力を返さず、レオ様達もあの女に篭絡されて…………そうしたら、やはりわたくしはレオ様から婚約破棄…………っ!」


「だとしても、第三皇子がおります。セレスティナお嬢様が処刑されることはないでしょう」


「でも、レオ様はあの女に…………っ」


 涙をこらえるわたくしに、思案していたアベルは長椅子の前に膝をつき、声をひそめました。


「セレスティナお嬢様。一つ、提案がございます」


「なあに?」


「これを。九年前、母が残していった魔術の道具です」


 アベルがとり出して見せたのは、名刺ほどの大きさに折りたたんだ紙。


「魔法陣。―――――魔王召喚の魔術にございます」

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