9.いざない
勇者様が立ち寄った村の事を知る。
大雑把にざっくりと、村の事とはひとくくりにしてみても、一体何を知るべきなのか。
ふわふわとした、地に足の付かない目的を定めた私の調査は難航した。
例えば、風土を知る。
例えば、歴史を知る。
例えば、風習を知る。
例えば、人を知る。
私が、そのために活動してから三日の時が過ぎ、実際に私がそう出来たのはその内のほんのわずかだけだったように感じる。
例えば、村の脇を沿うように南から北へと川が流れ、その豊富な水は主に農業用水として使用されている、だとか。
例えば、飲料水については、主に井戸にその源を委ねている、だとか。
例えば、過去にも幾度も歴代の勇者により、村を窮地から救われている、とか。
例えば、血減らしの儀とやらも、かつての勇者よりもたらされたものである、とか。
すっかり日も落ちて、暗い部屋の中。
虫達の声を聞きながらランプに灯を点し、そんな、ほんの僅かな今日見知ったこの村についての事を紙にしたためていく。
些細なことでも、知っている、という事が物語に何かしらの奥深さを与えてくれる事を信じて。
でも、こうして自分が物語を書く事になるなんて、ちょっと想像してませんでした。
そりゃあ、本を読むのは好きですし、公私問わず結構本は読みますけど。
まぁ、こっそりと、誰にも見せるつもりのない物語を書いたことはありますけど。
沢山の読み手が付く前提で、物語を書くなんてのとはまた別じゃないですか。
橙に照らされて、とろけそうな硝子の輪郭を見ていると、不思議と自分の内面と向き合わされるような気がした。
そんな事を考えていると、何時しか私の意識は深いまどろみの中へと落ちていった。
翌朝、意識に割り込むように幾度となく戸を叩く音に気づいた私は、思わず跳ね起きた。
「ひゃ、はい!?」
その音が自分を呼ぶものだと認識し、反応が遅れた慌てもあって、つい、そう口に出す。
すると、それを承諾と受け取ったのか、その音の主は扉を開けて部屋へと入ってきた。
「入るよ、おや……随分な顔だね、今起きたとこかい」
「あー……あの時のお婆さん? な、なんでここに……」
「おや、言わなかったかの。三日後に迎えにいくよ、とさ」
いや、まぁ……聞きましたけどね。
部屋に直接来るなんて思っても見ないじゃないですか。
なんか、村長さんといい、この村にきてからこんな事ばかりなような気もします。
他人との敷居が低いというか、こういうのもこの村の風土やあの作り出すものなんでしょうか。
「それで……どんなご用件で……?」
分かってはいるが、聞かずにはいられない、というあれでしょうか。
思わず私の口をついて出た言葉を自分なりに分析してみる。
「儂が来たんだ、用件くらい察せそうなもんじゃあないか」
「えーと……アレ、でしょうか」
「ほう? アレとな」
「その……あの、何か血なまぐさい感じの」
「……ふん、分かってるじゃないか、なんだい、まだ怖気づいてるのかい」
少し笑いながら、お婆さんは私の顔を覗き込んでくる。
「まぁ、お前さんならそんなに怖気づく事もないだろうよ、むしろ歓迎されるさね」
「か、歓迎ですか……それは血色がいいとか、血が美味しそうとか、そういう事で……?」
「……ぷっハハハハ! 何を勘違いしてるのか知らんが、別に殺されやせんわ! 」
堪えかねたようにそう笑うと、お婆さんはこう続けた。
「まぁ、ひとまずその服じゃあの…………生贄に相応しく、綺麗な服に着替えておいで、この前会った時に着ていたようなのでいいさね」
言われて、私は自分がまだ寝巻き姿だった事を思い出した。
「わ、分かりましたから! すぐ着替えますから! こっちを見ずに出て行ってください!」
慌ててそう言いながら、頬が少し火照るのを感じた。
っていうか、生贄って何ですか……!?