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5:ルビーを贈ってくれる情熱だって無いけど

 付き合いを初めて数か月経った頃だっただろうか。ぽつりぽつりと、私は知り合いに“お付き合い報告”をした。それまではどうしても、照れの方が大きくて、とても口には出せなかったのだ。真っ先に話したのは、親友である佳乃子(かのこ)くらいだっただろう。

 当時、私と学人(がくと)が付き合っていることに関して、「意外だ」と驚く人は割と少なかった。報告した相手が、付き合いの長い人ばかりだったからかもしれない。「ようやくか」とため息を吐かれることの方がむしろ多かった。

 どういうことか、と訊ねれば、みな一様に目を見開く。

「え、だって昔から好きだったんだよね」「咲千(さち)鈴城(すずき)くんに構うのって、好きだからじゃなかったの?」

 ――どうやら、そういう認識をされていたらしい。


 正直、どうだったの、と訊ねられると、よくわからない、という答えがより正しい。今思えば、そうだったのかもしれない。けれどもし学人と付き合っていなければ、私の中では、単にそれは『転校生をフォローした』程度の認識のままだっただろう。



 付き合い始めたことに関しては驚かれないけれど、私が告白された側だと知ると、大半の人間が驚く。曰く、「咲千は告白される側には思えない(失礼な!)。鈴城くんが告白する側だというのも想像がつかない(確かに!)」ということらしい。

 私が苦笑していると、「まあ幸せなら良かった!」と締め括られる。話はそこで終了だ。


 だから、という訳でもないけれど。

 ……誰にも言っていないことがある。


 告白されてから、実際に付き合い始めるまでには、割と長い期間があった。

 というのも、私は、つまり、学人をそういう対象として見たことがなかった。いや、それだって今よくよく思い返してみれば、小中高の間で彼を意識したことや、ドキリと胸を高鳴らせたこともあったような気がしないでもない、のだけれど、何故かその時々の私の中には、学人を恋愛対象として見る選択肢が存在していなかった。

 だから学人からの告白というのはまさに青天の霹靂で、非常に衝撃的な出来事だった。


 大体、告白といったって熱の籠ったものではなく、「俺は、貴方が好き。付き合ってくれたら嬉しい」と無表情で淡々とした口調だったものだから、しばらくソレと気付かなかったくらいだ。だから最初に出てきた言葉が、「はあ、付き合うって、どこに?」だったことは、誰にも責められることじゃないと思う。

 困り顔で首を捻った学人が「……墓場?」と口にした時だって、「おじいさんの墓参りにでも行くのか」とのんきに考えていた。……改めて思い返すと、墓場っていうのも割とすごい返しだ。


 ――それが今じゃ、私の方が学人が好きで仕方がなくて、告白してきた学人自身はあんな調子で(まあ平常運転なんですけどね)。……まったく、世の中は何がどう転ぶか、わかったものではない――


 どうして告白しようと思ったの?

 何かのタイミングで、そう訊ねたことがある。彼は熱がありそうな目で私を見据え、それから真っ直ぐに答えた。

「咲千は俺のこと、そういう目で見てなかっただろ。俺が言わなきゃ、この先ずっと、そのままだから。俺はそれじゃ、嫌だったから」

 どちらかと言わずとも無気力な彼が、重い腰を上げてでも欲しいものが“私”だったのだ、と。それはなんと光栄なことだろうかと思った。



 ――ならば今、彼を動かしているものはなんだ。



「学人、出掛けるの?」

 彼は首肯で答える。どこに、と訊ねれば、ちょっとそこまで、というなんとも曖昧な答えが返ってくる。私も行こうかなー、と零せば、それは聞こえなかったフリをされた。

 いってきます、と静かでありながらハッキリした声と共に、ドアがパタリと閉まる。

 うぐぐぐ、完全に置いていかれた。

 私がついていったら困る用事ってなんだ! 浮気ではないと思う。あまりに堂々としすぎているし、その上誤魔化しが下手すぎる。まさか何かのサプライズか!? と期待する反面、しかし直近では誕生日も記念日も無いからなー、と項垂れる。一周回って、“やっぱり浮気かも”。

 最近、学人がこそこそと(という割には大胆に)活動している。以前、試しに尾行をしてみたのだが、すぐに見つかって家まで連行された。尾行の才能は、無いのかもしれない、私。


 なお、尾行才能無し疑惑を佳乃子に告げたら、「だろうね」と一蹴された。

「もうちょっと愛のあるフォローを……!」

「え、無理」

 にべもなかった。恋人と親友の無愛想ダブルパンチに、私の心は折れそうです。愛の鞭よりも飴が欲しいよ!



 一人残された部屋で、膝を抱える。

 何をしようかな。何をするにしても、学人の行動が気になって身が入らないんだけども、だからといって気にし過ぎて何も楽しめないのは損だと思う。何か熱中できること、……ってなんだろう。

 視線をふよふよと部屋の中へ彷徨わせる。何か私の欲求にヒットするようなものはないか。あ、埃を被った家庭用ゲーム機を発見。よし、久々にヨガでもするか! 汗を掻けば嫌な気分も吹っ飛ぶというものだ! でも使うためには、ゲーム機の掃除をしなえれば。ええい、ままよ。この際だ、やってやろうではないか。


 無駄に丹念に掃除をした後、早速ヨガのポーズに挑戦する。……こ、これ、意外に難しい。

「ふ、ぬううう」

 ぶるぶる震えながらしばらく試していたら、本格的に汗を掻いてきた。疲れた。重労働だ、これ。肩で息をしながら、ゲーム機を見下ろす。これ続けたら痩せるかな。でも続きそうもない気もする。だけど最近少しお腹のお肉のつまめるレベルがアップしたような気もする。試しにつまんでみる。……うん。

 後で考えようかな、と逃げの一手を投じた。現実なんて直視したくない。

 いそいそと片付けながら、「そうだ次はシャワーを浴びよう」と思い立つ。汗が気持ち悪かった。時間潰しにもなる。現実も忘れられる(目をお腹へ向けなければ)。これぞ一石三鳥だ!



 シャアアアアア、とシャワーの音の後ろで、キィ……バタン、とドアが開け閉めされる音がした。どうやら学人が帰ってきたようだ。今日はやけに早かったな、と顔を傾ぐ。シャワーを切り上げ、お風呂場を後にする。元の服に再度袖を通す気にはなれなくて、パジャマに着替える。


「学人、おかえ――りぃ!?」

「……何その声」

「いや、いやいや、それこっちの台詞だよ。何その恰好!」


 休日だというのにぴっしりとスーツを着込んだ学人を前に、慌てる。え、え、今日ほんとに何かあった? 私、よれよれのパジャマなんですけど!

 行き場を失ったような気持ちになって、自室に逃げ込もうとしたところを「待った」と捕獲される。


「聞いて欲しいことがあるんですが」

「聞いて欲しいこと」

「大事な話なんですが」

「大事な話」


 もはや単語を繰り返すことしかできない私は、この時になってようやっと、これは何か普段と違うぞ、ということに気付いた。良い話ですか、と訊きたくなるのをグッと堪える。これでなんでもない話だったら、泣くかもしれない。いやでも、このパターン知ってるよ、期待してガクーッと来るパターンだよ。わかってる、わかってるから、急に仕事が入ったとか、会社から呼び出し受けたとか、そういうパターンだから。あれ、おかしいな。既に泣けてきた。


「な、何でございましょう……」

「なんで泣いてるの」

「泣いてないもん」


 嘘つき、と笑う顔があまりにも優しいものだったから、調子が狂う。

 あーなんか昔こういうことあったな。小学生の時の肝試し。怖くないと嘯く私に、嘘つき、と彼が呆れたような顔で言ったのだ。なんでそんな丸わかりの、しょうもない嘘をつくんだと、そう言いたげだった。確かにその通りだなとも思ったけれど、変なところで意地を張る私は、前言を撤回することができなかったのだ。


 手を取られる。「昔から変わらないな、咲千は」という言葉に、同じことを思い出していたのだろうか、と頬を染める。別のことである可能性も高いけど。なにせ、私が意地を張るのなんて、いつものことだから。

 反射的に文句を言おうと、顔を上げた先に、四角い箱があった。ぱかりと開いた箱から覗く、キラリと光るダイヤモンドと目が合う。びっくりして涙が止まる。ついでに思考も止まる。あんぐりと口を開けた様があまりにも間抜けだったのか、学人はふっと笑った。



「受け取ってくれますか、咲千サン?」



「え……、え?」

「あんまり答えが遅いと、都合の良いように受け取るけど」

「え?」


 なにこれどういうこと、と呆けた声を漏らせば、見た通りだよ、と返ってくる。

「見た通りとはつまりどういうことでしょう」

 そんな阿呆なことを口にしてしまう程度に混乱している。思考回路はまだ復旧しない。学人は笑みを引っ込めて、いつもの無表情で首を(かたむ)ける。無表情(これ)は彼の照れ隠しでもあったのだと、気付いたのはいつのことだったか。

「墓場まで付き合って、てことだよ」


 ――ああ。

 笑みを浮かべて贈られた言葉よりも、余程心にストレートに入ってくる。


 へにゃり、と顔が崩れる。本当は、キメ顔を作っていたかったのに、無理だった。顔に感情を浮かべないのって、難しい。学人、よくできるな、あの無表情。私には無理。

 でも知っているのですよ、私は。少しだけ、貴方の耳の先が赤いこと。


「なんなら天国まで付き合ってあげるよ」

「行き先は地獄かもしれない」

「地獄でも良いってば」


 ああ、駄目だ。やっぱ泣ける。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「でもなんでスーツ?」

「正式な申し込みだったから」

 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら訊ねれば、彼はひどく真面目な顔で返し、目の前でネクタイを緩めた。「後で文句言われても嫌だし」とぼそりと追加された言葉は、サプライズ準備時間に免じて許してしんぜようではないか。


「じゃあなんで今日?」

 ちら、と彼は私を見る。

「せっかくだから驚かせようと思って。そういうの好きそうでしょ、貴方」だけど、と彼を続ける。「それっぽい日にすると、さすがの咲千でも勘付きそうだから」

 さすがの咲千でも(・・・・・・・・)、というフレーズが気になるが、ひとまず納得して、頷く。

 だから、なんでもない日に決行したのか。

 しかし彼の答えは、予想と異なっていた。


「だから――俺と咲千が初めて会った日にした」


「……え」

 目が泳いだのは、それが本当に今日だったかどうか、判断できなかったからだ。私の動揺を正確に読み取った学人は「大丈夫、ちゃんといろんな”資料”を集めて判断したから、合ってる」と力強く頷いた。資料って何!?

「最終的には両親に確認して、答え合わせした」

 ほう――って、待って。それ必然的にこっちの両親とそっちの両親も事情を知っているということでは。絶対親戚の集まりとかでネタにされるパターンだよ、それ。万が一にも私が断ったら、即座にお蔵入りになる気まずい記憶になるよ! その癖、酒が入ると心のブレーキが壊れて、蔵から出されるのだ!……ま、断らないですけどね! ああ、しかし新年会が今から憂鬱だ。彼らは、若者の青春は酒の肴にするに限る、と思っている節がある。


 るーるるー、と意味も無く歌う。

 ぽすん、とソファに深く座りながら、スーツのまま突っ立っている学人を見上げた。

「……ね、もういっこだけ訊いて良い?」

「いっこと言わず、いくらでもどうぞ」

 彼にしては珍しい太っ腹な言葉にぱちくりしながら、「じゃあ」と口を開く。


「なんで指輪くれたの?」


 学人は、面食らったような顔で「どこが好きかって話?」と訊き返した。違う、と首を横に振る。

「告白された時もね、いろいろ言われたの。『鈴城くんが? イメージ無い!』とか。実際、学人って自分からアレしたいコレしたいってあんまり無いから」

 下手したら、同棲しているのだからわざわざ籍を入れなくてもそれでいいじゃないか、などと言われかねない。むしろ、彼ならそう言いそうだ、と正直思っていた。

「……つまり、どれだけ好きかって話?」

「え、そういう話?」

「違うの?」

 そうなのか? 首を捻る私の前で、学人はしばらく悩んでから、「そういう話だ」と自ら結論付けた。



「俺が貴方を好きで仕方なくて、離れていくことなんて想像したくもなかったから。らしく(・・・)なくても、本気で捕まえておきたかったんだよ」



 ――学人の、絶妙なタイミングで繰り出されるストレートな攻撃は、やっぱり、ちょっと苦手かもしれない。

 癖になって、もっと欲しくなってしまうから。危険だ。


 私はなんとも言い難い感情を抱え、俯く。顔が熱い。耳も熱い。今鏡を見たら、きっと茹でダコが映るに違いない!

 その気持ちを知ってか知らずか、学人はこちらの緊張をますます煽るように、やけに丁寧な物腰で、「これからもよろしくお願いします」と耳打ちする。

「こ、こちらこそ、よろしく、お願いします」

 噛み噛みな返事は、降ってきた口付けの中に消えた。






 ――ねえ。






 私ね、意地っ張りだし、我儘たくさん言うし、割とすぐに拗ねる。ちょっと……えーと、もしかしたらだいぶ、面倒くさい、かもしれない。自覚はしているのですよ、ただ直せないだけで! 貴方はそんな私に辟易するのだろうけど。

 貴方だって昔から今まで、多分これからも、私のことを放って本の世界に入り浸るし、気付いて欲しいことに気付いてくれないし。テンションは抑えめで、熱く想いを語ることなんて滅多にないだろうけど、――それはまあ、学人だから。なんだかんだ言ったって、私は貴方が大好きだから。なるべく、仕方ないなあ、って許してあげようではないか。いやなに、礼には及ばない。お互い様だから、うん。



「その代わり……」

 ひたすら聞き役に徹している学人は、「何?」と首を傾ぐ。既に少々面倒そうだ。更に言うなら、「お互い様って言っている割に、何か要求しようとしてるぞ、こいつ」などと思っている顔だ。いつものことだ。

 私は気にせず、耳に顔を寄せる。真正面から言うには、恥ずかし過ぎたので。




 ――たまにでいいから、アイシテルって伝えてね。




 答えは、思っていたよりも早く返ってきた。






Fin.

最後までお付き合い頂き、ありがとうございます!

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