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セカンダーズ、現実(リアル)が2つ?  作者: はまち矢
セカンダーズ、少女を救う?
3/39

03


 ことりと音を立てて、厚い木の椀が卓の上に置かれる。

堅焼きの黒いパンが幾つか用意されて、ほどほどに清潔な布の上に二、三個ずつ取り分けられた。

椀の中身は、野菜とガーリック、そして〈トカゲのしっぽ〉を骨ごとじっくり煮て作ったスープである。

仮にも人型のMOBが残した肉を食うことに、初めは難色を示す奴も居たが、普通にゲーム内で行っていた行為であると言われれば頷くしか無い。

無論、積極的に推奨したのはキュー子だ。曰く、リザードマン肉の味はワニに近いらしい。


「いやはや、今日も地の恵みと"化身アバター"様がたの働きに感謝ですな」


 食前の祈りを捧げるのは、三人が前線拠点としている開拓村の村長である。

強いて言うなら、側頭部から生えた羊角が特徴だろうか。〈夜人族ヨアルーリ〉は身体に個人個人で違った動物の様な特徴があらわれ、共通して夜にぼんやりと赤く目が光る。

種族的特徴以外は、禿頭の変哲もない老人であるが、ハキハキと動き回る身体からは未だ活力に満ち溢れた勢いを感じられた。

よぼよぼに老いるような男では、対魔族デモニオンの最前線に集落なぞ作っては居られないと言う事だろう。

三人に宿を貸しているのも単純な親切心などではなく、ある程度そこに利を見出しているに違いない。

それが「毎日香辛料の効いた肉が食卓に出る」と言うささやかな利か、あるいはもっと大きな得を目指しているのかまでは、知る由もないが。


「ほれ、カリンもお礼を言いなさい」

「ん……あの……」

「……ううむ、すみませんな。どうも、村以外の人に慣れてないようで」

「あぁ、いえいえ。あまり食料にも余裕が無いデスのに

 こうして温かい食事と清潔なベッドを用意してくれるだけでも有り難い事デス。

 リザードマンを狩るのはあくまで我々の個人的な理由によるものなので」


 まぁ、パーティ外での交渉事に関してはキュー子におまかせである。

戦力としてあまり役に立たない事を気にしてだろうか、こういう時、彼女は率先して前に立とうとする事が多くあった。

決して不快ではなく、むしろ義務教育中のアルフォースや社会人としての経験が浅いリッツよりもよほど的確に立ちまわるので、完全に任せきりとなっている。

そもそもが、今の関係からして二人は彼女に「雇用」されたようなものであるし。


 コショウをきかせた尻尾のスープは、くにくにとした脂身のコクもあり旨い。

固いパンも温かい汁に浸せば充分に食べられるものになるし、ホクっとしたカブと優しい甘みのキャベツは身体に安心をもたらしてくれる。

細かい調味料はキュー子が取り出したので、村長一家も喜んで相伴に預かっていた。

まぁ、一家と言っても村長とその息子、そしてカリンと言うらしい幼い孫娘の三人きりであるが。


「息子は、街との行き来が多いのでしてな」


 集落を開拓し土地を切り開くのは、リスクが大きい。それは、そこと取引する行商人達にとっても同様だ。

商品を仕入れていざ来てみれば、開拓した集落ごと無くなっている事も多いという。

防衛力がある事を示せれば道が引かれ、商人たちも我先にと集うようになるだろうが、この集落はまだその段階に至っていない。


「ここから村同士に道を繋げられれば、危険な森の中を通らずに街道を引くことが出来るのです。

 今はまだリザードマンの脅威に震える規模でしかありませんが、なんとか成功させたい物ですな」


 禿頭の老人は、そう言うと頭を叩いて笑い出した。

行商人はあまり定期的に立ち寄ってくれず、儲けに飢えた駆け出しの商人が博打気分で娯楽品を持って来るのが精々だ。

となると、どうにか計算を覚えて自力で取引を行わなければならない。

少なくない金を預ける仕事のため、信頼できる息子夫婦に任せているのだという。


 そんな"名も無き開拓村"は、国と未開拓地域を分ける境界線に数十とある。

当たり前だが、ゲームの中では行く機会も無い「設定だけの存在」だった所だ。


 日本人のアバタ―達が召喚された"聖都"から、中級狩場であるリザードマン達の砦まではやや遠い。

実時間20分、ゲーム内時間8時間。ゲーム的デフォルメの無い"ウェザールーン"では、よく調教された狗竜の力を借りて約3日ほどの旅路であった。

クエストNPCの台詞に、ほんの僅か設定が見えていただけの開拓村である。

キュー子が「立ち寄ってみましょう」と言い出さなければ、こうして寝床と拠点を借りれる事も無かっただろう。


 彼女は異文化の理解とコミュニケーションに手馴れているようで、また、ここが「一見良く知るゲームの中のような、ウェザールーンという全く異なる世界」であることを真に理解できている数少ない一人でもあった。

言葉にこそしないものの、アルもリッツも彼女のコミュ力に軽い尊敬めいた物を感じている。

実際、彼女が居なければ二人は未だに「ゲームの世界に放り出された」と言う認識のまま、慣れぬ野宿を続けていたはずだ。


「それにしても、もう一ヶ月かぁ……旅して戦って、なんかあっという間だったわね。

 はぁ~、村長さんの料理にケチつけるわけじゃないけど、白いごはんが食べたいわ……」

「わかる。米無いと、なんか物足りないよな」

「コメ……ですか?」

「我々の主食穀物デスよ。豊富な水を必要とするので、まぁこの辺での育成には向かないデスが」


 三人が揃って頷くと、天界の穀物はさぞかし美味しいのでしょうなぁ、と村長が分かっているのか微妙な感心の声を上げた。

丁寧に調理と味付けをすればなんとかなる野菜と違い、食べられぬほどでは無いとは言えパンの味は天と地だ。

開拓村で贅沢を言ってもお互い困るだけだが、心細くなる気持ちも分かる。真に食べ慣れた物は、離れた時に初めて気付く物なのであるからして。


「……あ、あの……〈大いなるひと〉はなんでも知っているって、本当なんですか?」

「はい?」


 物思いに耽っていた所に不意打ちで意外な質問を行われ、クァーティーはつい困ったような声を上げてしまった。


「これ、カリン」

「あ、いえいえいーんデスー、全然構わないデスよ。それで、なんでも知っている、とは?」

「その……わたしの友達の子が、友達とはぐれてしまったって言ってて、それで……」

「助けてあげたいの? 良い子じゃない……うーん、でもねー」


 熱心に噛み砕いていたスープを浸したパンを飲み込み、リッツは困り顔をした。

しかし残念ながら、いくら"アバター"と言えどもそのような事情では助けになってやることはできそうにも無い。

彼らの知識に有るのは、例えばあのMOBが何Lvであるとか、あのアイテムが欲しければどこに行けば良いとか、そういったものに限られている。


「……〈大いなるひと〉がどうかは知らねーけど。オレらが知ってるのはネットにある情報だけだ」

「ね、ねっと?」


 手元の匙に目を落としたまま答え始めたアルを、幼い瞳が困惑の色を浮かべて見つめた。


「そう、LnPでアドレス指定された無数の人間が、相互に繋がって思考と情報を共有しあう"薄く広がったスープ"。

 それが層的レイヤーネットワーク。オレたちがアクセスできるのは『0715』以前のそこだけ」

「えるえぬぴ……?」

「ちょっとアル! そんな言い方じゃアタシだって分かんないわよ」

「知ってることは知ってるし、知らないことは調べられないってことだよ。『意味が分からない』ってのはわかっただろ?」


 少女を言葉で冷たく突き放したまま、アルは最後の具をほとんど噛まずに飲み込んだ。

そして匙を置くと、パンくずの片付けも早々に席から立ち上がり、割り当てられた部屋の方へと戻っていく。


「ごちそうさま」


 それからしばらく、静かな食卓が続いた。



 □■□



「……あの」


 件の孫娘、カリンが三人の寝泊まりする部屋にやってきたのは、その暫く後であった。

クァーティーが顔を上げ、振り向いたリッツの紺色の髪が、滑らかな肩の上で曲線を描く。

アルだけは他の二人より少し離れた所に寝床を構え、居心地悪そうにやや世界観のズレた意匠の端末を弄っていた。多感なお年ごろである。


「んー? どうかしたの?」


 いかなアバターとは言え、蝋燭が消耗品である事は分かりきったことだ。使えば無くなってしまうし、無くなれば金を出して買わざるをえない。

なので3人とも、自然と夜になれば狩った動物の毛皮を布団に寝る態勢に入るようになっていた。

レベル差が有るとは言え、昼には命のやりとりをしていたからだろうか。狩り初日のリッツなどは、自分でも驚くほどすんなりと寝入ったものだ。


「ご、ごめんなさい。ちょっと、お話を、その……」


 そんな3人を見て、あるいは自分がお邪魔だと思ったのだろう。

何度か目を白黒とさせて、カリンはおどおどと扉の影に戻っていく。

おずおずと縮こまった少女の頭の上で、垂れた兎の耳がしゅんとしているのが見えた。


「す、すみません……」

「って、待った待った。せめて何を話したいのかくらいハッキリさせて行きなさいよ」

「そうデスよー。仲良くするくらい別に構いませんから、減るものでもナシ」

「……オレは良いよ。女の子同士のが、いいだろ」

「なぁーにぃー?」


 リッツに引き込まれ、部屋の中央にちょこんと座らせられたカリンが、体ごとぐるりと回されてアルフォースの方を向いた。


「駄目デスよ、アル君。異文化の女の子と話せる貴重な機会なんデスから、慣れていってくれないと」

「キュー子がやればいいじゃん……」

「いつまでも有ると思うな保護と金! 実際、こっちの礼儀くらい知っておかないと後が大変デスよ?

 という訳でカリンちゃん。早速、あのお兄ちゃんと仲良くなって来るデス」

「ひぇぇ……」


 背丈だけならば同じくらいの(ただし、頭身には大分違いが有るが)クァーティーに押され、カリンはアルに向かって歩を進めさせられていく。

パタン、と開いていた端末が閉じられる。10歳ほどであろうか、おどおどと俯く夜人族の少女を、アルは眉を顰めて睨み射た。


「……あ、あの」

「……」

「わたしまだ、アバター様に、お聞きしたいことが……その」

「なに?」


 決して意識した訳では無いのだろうが、どこか不機嫌さの滲んだ硬質な声に、カリンはビクリと身を震わせた。

くすんだ赤の双眸に、じわりと涙が滲む。


「……なんだよ、泣くなよ。さっきからさ、オレが悪いみたいじゃん」

「実際さっきの態度は最悪だったでしょ? あーあ、こりゃ異世界云々ってレベルじゃ無いわね」

「やはり、多少は愛想を覚えて貰わないといかんデスねー」

「くそっ」


 舌打ち一つ、アルフォースは自身のバックパックに手をかけると、その中身を乱暴にかき分けた。

バックパック、つまりアイテムインベントリだ。"M&V"では装備品以外に30スタックのアイテムをデフォルトで保持する事ができ、それらはバックパックの中に入っている、という扱いになっている。

勿論、ゲームに慣れてくれば30程度で足りるはずもなく、あの手この手で拡張することになるのだが。

それと一応、アイテム毎に重さも設定されていて、装備品等で満載にしていると重さで動きが鈍ったりなどもする……が、それはまぁ非力な後衛が長時間装備品狙いで狩りを続ける、などでもしない限りそうそう起こりはしないことであった。


「ほら、これやるよ」


 アルがそう言って取り出したのは、透明な小ビンに入れられた、色とりどりの星を模した菓子。


「〈コンペイトー〉? アル、そんなの持ってたの?」

「こっちに来る前はしばらくチャイルドホラー狩りしてた。ガチャでも引こうかと思って」

「あぁ、聖弱点。銀矢が有るならやりやすいわね」


 コンペイトー。低レベルから高レベルまで幅広い子供姿のMOBが落とす消費アイテムだ。

コンセプトがわかりやすいためか、複数のクエストで子供と会話する際のキーアイテムとして指定される場合もある。


 まったくの余談ではあるが、このコンペイトー、かつては「入手難易度の割に店売りでの値段が高い」と言う特性があった。

そのためサービス開始初期は、多くのコンペイトーが金策としてNPCと取引されていた時代があったそうだ。

PC間取引であれば良かったのだが、NPCを用いた金策が一般化するとあっという間にプレイヤー全体の資産が膨れ上がる。

ゲーム内でインフレが起きたMMOはPC間取引の桁が釣り上がり、資産0から始める新規参入者にとって非常に好ましくないバランスになってしまう。


 そのため運営は、コンペイトーの市場価値をNPC売価よりも高くするためのバランス調整を行う必要があった。

調整の一つが、俗にコンペイトーガチャと言われる〈食いしん坊妖精との取引〉である。

コンペイトーを10個ずつ渡す事でランダムの報酬が貰えるこのミニクエストは、時にPC間取引で100万を超える価格の宝石が報酬となる事もあると言う。

需要の増加があれば、取引価格も上がる。

今ではコンペイトーのPC間価値はNPC売価の2倍ほどで落ち着いており、"M&V"のインフレは回避されたのだった。


 閑話休題。


 アルが期待したコンペイトーの効果は、正しく機能したのだろう。

やや遠慮がちではあるものの、カリンはキラキラとした色とりどりの砂糖菓子に目が吸い寄せられているようであった。

業を煮やしたのか、やがてアルは少女の小さな手を掴むと、ねじ込むようにコンペイトーの瓶を握らせる。


「で、でも」

「いいよ。貰ってけよ、甘いから……多分だけど」

「あ、ありがとうございます……じゃなくて、えっと」


 いそいそと小瓶を服のポケットにしまいこみ、カリンはようやく、ぽつぽつと言葉を紡ぎだし。


「あの……アバター様がたは、本当に魔軍を倒すために天上からお越しになられたのですか?」

「あー……」


 カリンの問いに、横で話を聞いていたリッツが何と言ったものかと表情をしかめた。


 そもそもの発端は、〈"聖姫"ユーコニア=バーデクト〉が「魔族デモニオンの跳梁に対抗するため、天上から大いなるひとの化身を降ろす」儀式を行った事である。

『0715』前夜。"M&V"はその儀式と、呼び寄せられた〈"天上の化身"アバター〉を巡り発生する連続クエストの実装を主とし、大型アップデート「Story4.0 ヘヴンリー・パクト」を迎えるはずであった。

しかし普段通りに行われるはずだったアップデートは、何の不調か予定通りとは行かず……

サーバー機が必要なくなった時代としては異例の機器メンテナンスを挟み、結局一日越しの夜も遅い時刻に"M&V"の世界は再び開放される運びとなったのだ。


 ……『0715』が発生したのは、そのログイン開放から僅か15分後の出来事であった。


 "M&V"と"ウェザールーン"との違いは、この世界においても同じく儀式は遂行された事と、召喚されたのは〈大いなるひと〉ではなくキャラに入り込んだままのプレイヤーの集団だったと言うことのみ。

そして〈"聖姫"ユーコニア〉と儀式の中心に居た数名が、まるで代償を支払うかのように異世界ニホン側へ開いた穴に吸い込まれ、後には混乱する日本人と国家の重鎮達だけが残された。


 どちらかが加害者であるのか。あるいは、どちらも被害者であるのか。日本人と信興国は、未だ統一した見解を持てていない。

何せ、一言に日本人と言ってもウェザールーンに引きこまれた者だけで5000人ほどいるのだ。

統一見解どころか、個人個人の取りまとめすら難しいのが現状である。


 対する信興国バーデクトの重鎮達も、権威的なトップである〈聖姫〉と実務的なトップであった〈"教皇"クルースニク=ホーナー〉、更には騎士団の次期団長を同時に失い、その混乱は著しい。

何故か大抵のアバター達は〈"枢機卿"シド=バーデクト〉に懐いている(それが幾つかのクエストでの振る舞いが原因である事など、彼らには分かりよう筈もない)ため、どうにか今は致命的な溝は生まれずに済んでいるが。

歪みが目に見えるようになるのも時間の問題だと、クァーティーなどは常々発言している。


「んとねー、なんて言ったらいいのかなぁ」


 問いかけたカリンの瞳は、不安げに揺らめきながら三人にかわるがわる視点を動かしていた。

幼子にも分かりやすく、かつあまり突き放さない言い方をするためにはどうするのが良いのだろう。リッツが首を捻る。

そうだ、と言い切るには語弊がある。とは言え、違うと言ってしまうのは、あまりに冷たいのではないか。


「まぁ、うん、能力はあるんだけど……中身は違うって言うか……」

「良いんじゃねーの、別に」

「アル?」


 言葉を濁すリッツを、アルが手で制す。

そのままじっと、カリンの焦げ赤色の目に視線を合わせた後、くるりとクァーティーの方へ向きなおった。


「他の奴らはどうだか知らねーけど、少なくともオレたちは戦うんだろ?

 ここでしてるみたいに、魔軍もモンスターも狩りながら進むんじゃねーの?」

「まぁ、そうデスね。行きたい場所は多いデスから、敵も沢山湧きますよ」

「だったら良いじゃん。胸張って『魔軍倒します』って言っちゃってもさ。

 そもそも、魔物を倒せる能力を示すためにリザードマン狩ってんだし」


 フンと鼻を鳴らして、アルは自らがなめした毛皮の上にゴロリと横になった。

勿論、それは全てのアバターが魔軍と戦う道を選んだ事を意味してはいない。

いくら能力が強くとも、本物の"殺気"を目の当たりにして足が竦んでしまった者は居る。

中身が日本人である以上、それは仕方のないことだ。だが少なくとも、ここに居る3人は戦う事が出来る人間である。


「ま、天上ってのはどうかと思うけどさ。それで? オレらが魔軍と戦う奴らだったらどうして欲しいんだ」


 どちらにせよ、カリンはきっと本当に「天上から魔を滅する者が来てくれた」という安心が欲しくて問いかけた訳では無いのだ。

気弱な瞳の奥に、決意の光が宿る。こういう手合が案外意思の硬い人間であることを、アルフォースは知っていた。


「……次の誕生日に、友達と約束をしていて……会いに行きたいんです。あの……できたら、連れて行って欲しくて」

「待ち合わせ? そんなの……いや、どこでだよ」


 流石に子供とはいえ、村の中へ出かけるのにわざわざアバターを付き合わせることは無いだろうと察し、先を促す。


「森や、谷の方の……結構奥まった所にある花畑なんですけど、分かりますか」

「ひょっとして、あそこデスか。マームリングの森の、フィールド4」

「フィールド……?」

「あぁ、いや。花畑の中心に小さな湖があって、その脇にちょこんと岩が突き出てる所デス。バラの茂みの奥の」

「っ! そこです! そこで、間違いないはずです!」


 俯きがちだった少女の顔が、ぱぁっと喜色で染まった。

後になって思い返せば、あるいは本当にそんな場所があるのかすら半信半疑だったのかも知れない。

ここに至り、初めて彼女は確証を得たのだ。だが、無謀に過ぎた。


「マームリングの森かぁ……普通にリザードマンがPOPする範囲よねぇ。危なくない?」

「別に、良いだろ。そのくらい守ってやれば」

「待った、待ったデスよ! その話、あなたのお爺さんにはしているんデスか? 誘拐か何かに誤解でもされたらたまったもんじゃ無いデス」

「それは……」


 そこで、さらりと嘘をつけるほど器用でも無かったのだろう。

目の輝きは再び消え失せ、唇を噛んで下を向く。クァーティーはそんなカリンを見て、冷たく首を振った。


「駄目デス。流石にアクティブ(積極的にPCを襲う)MOBの湧く危険地帯に、保護者の許可も無く連れて行く訳には行きません。

 これはアバターがどうの以前に、人として常識的な判断デス」

「んー、まぁ、それもそうねー……ごめんね、カリンちゃん」

「……いえ……」


 見るからに肩を落とし、しょぼしょぼと退室して行く姿を哀れだとは思う。

だが、これが決して間違った判断であるとはクァーティーにもリッツにも思えなかった。

いくら高レベルのアバターが付くとはいえ、所詮二人である。事故の可能性は幾らでもあるのだ。

それを恐れるのが間違いである筈もない。


「これで、素直に諦めれば良いけどな」


 ただし今この時だけは、ボソリと呟いたアルが先の展開を予見していた。



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