02(新)
魔導の炎は、敵対した相手以外を熱することは無い。
ゲームであった頃はともかく、異世界でそれがどのような法則の元に成り立っているのか、知ることは出来ないが。
「はっははは……ちょ、超怖かった」
笑い止む事もせず、目の前のリザードマン達が完全に力を失ったのを確認すると、魔術師の女はへなへなと上半身を掻き抱く。
見れば厚ぼったい丸眼鏡の輝きも曇り、ガクガクと膝も笑っていた。
「大袈裟デスねぇ。一分も掛かってない、いつも通りの完封勝利デスよ?」
「いつも通りじゃ無いわよー……あいつ、一目散にこっちに向かって駆け込んできたし。
普段は大体、呆気に取られてる内にアタシとアルでスキルぶち込めば終わりじゃない」
実際、〈殴り賢者〉としての本領を発揮するのは久しぶり、いや0715以降は初めての経験である。
死んでも神殿に戻されるだけだと分かっているとはいえ、本気でこちらを殺しに来る怪物と相手の武器が届く距離で対峙するのは、元日本人にはプレッシャーが大きい。
「なのにコイツと来たら、即座に狙いをこっちに定めるわ、アイスブレスで火呪文を相殺とかしてくれるわ……
はぁ、ここが完全にゲームじゃないと分かってはいたつもりけど、ほんとビビったわ」
「ユニーク個体って奴かな、"M&V"にはそんなシステム無かったけど」
アル、と呼ばれた者だろう。全身鎧に身を包んだ、〈重騎士〉にして弩弓使い――
最大の強みである盾性能を捨て、ロマンに手を掛けた少年がフルフェイスヘルムの奥から答えた。
なお、彼のフルネーム……と言うか本来のキャラクターネームは"アルフォース"である。それらは今でも、日本人の精神を宿したアバターらであれば"注視"で見ることが出来る情報だ。
「路上教習みたいなもんデス。リッツさんも、その内慣れるデスよ」
わざとらしくイントネーションを変化させた言い方で肩を竦めるのは、ちまっこいのと評されていた〈マーチャント〉の少女だ。
〈賢者〉の女――リッツの腰くらいまでの身長で、精々が三~四頭身といった所であるが、〈小人族〉の種族特徴からするとこれでも大きい方である。
額を晒すよう、リボン付きカチューシャでまとめた髪型にワンピース。せいぜい一房だけくるりと反り返った前髪だけが特徴の、一見ただの村娘めいた地味な服装だ。
しかし、よくよく見ると装備のそれぞれが複数の〈モンスターハート〉で装飾されている事が分かるだろう。彼女もまた、元は歴戦の"プレイヤー"である。
「路上教習ねぇ。確かにあれも、めちゃくちゃ怖かったけどさぁ。同列に並べていいもんなの?」
「さぁ? オレ、まだ15だし、比べられない」
「若いなぁ……」
この世界で一週間程続けているリザードマン狩りは、アデプトが居ない群れであるなら、一体は〈マーチャント〉の少女が引きつけて倒すのが暗黙の了解になっていた。
リッツやアルと違い、素のリザードウォーリアとも互角のレベルしか持たない少女が含蓄を持って言うのであれば、確かなものなのかも知れないが。
「ま、この遠征の目的には我々が"ここ"での狩りに慣れる、と言うのも有るデスから。
むしろ怯えて震えて、乗り越えてくれた方が万々歳デス」
「その割にはキュー子、最初からわりと手慣れてなかった?」
「キュー子言うな。〈Qwerty〉の読み方は〈クァーティー〉だと言ったじゃないデスか」
「言いにくいじゃん。キュー子で良いでしょ、伝わるんだから」
キュゥべいみたいで嫌なんデスよ、と呟いたキュー子は「キュゥべいって何?」と尋ね返したアルによって、カートに沈んだ。
三話で首チョンパが話題を呼び一大ブームにもなった魔法少女アニメは、幾度かのリメイクを経てなお、既にアルが生まれるより三十年以上前の作品である。
「ま、私のメインは主戦場が〈ギルドバトル〉デスからね。VRとは言え、CPUには無い殺意と言うのは肌で感じ慣れてるんデス。
それが"M&V"のGvが敷居高い理由でも有ったんデスが」
元となったミラージュ&ヴィジョンズ・オンラインにも、例に漏れずギルド同士の戦いである"GvG"は用意されていた。
週の決まった時間、多数のギルドが入り混じって砦を攻め、あるいは防衛すると言う趣旨なのだが、その報酬、そして難易度共に紛れも無くレベルも装備も揃え終えた者に対する"エンドコンテンツ"であった。
――平たく言えば、廃人の中の廃人達の巣窟である。
仮想現実とは言え、人間に対して危害を加えるのだ。そして相手も、場合によっては悪辣な意思を剥き出しにしてこちらに斬りかかってくる。
これが中々、慣れていない者にとっては敷居が高い。チクっとする程度とはいえ痛みも感じる。リアルな体感ゲームが生み出す弊害と言えば、弊害であったが。
まぁつまり、同じ廃人と言ってもギルド解散まではボス討伐がメインであったリッツや、"ソリスト"と呼ばれる人種であったアルフォースには縁遠い話であった、と言う事だ。
クァーティーのメインキャラは、そんな廃オブ廃達の中でもトップレベルのギルドに所属するサブマスで、実質的ナンバー2であったという。
「【Black Legacy】の〈重騎士〉キャリッジと言えば、知る人ぞ知る有名プレイヤーだったのデスよー?
……ま、今はそのギルド自体が無くなっちゃいましたけど」
「それで、そんなGvプレイヤーが何でポク前なんかやってんだよ」
リザードマン達からごそごそと剥ぎ取りながら、アルフォースは問いかけた。
ちなみにポク前とは「小人族の前衛」の略であり、体格や基礎ステータスなどからあまり向いていないとされる組み合わせである。
スラングとしては、ポックリ逝く前衛とも揶揄されるほどだ。
「やりたくてやってんじゃ無いデスよーぅ。
メインから離れて、露店中に巻き込まれたんだから仕方ないじゃねーデスか」
「そうは言うけど、そもそも露店中にログインしてるってのが相当レアだぜ。
露店なんか、ログアウトしてる間に置いとくもんだろ」
プレイヤー間で自動的に物品を取引する〈露店開設〉は、マーチャント系の職を持つものだけが行えるスキルの一つ。
故に、あまりレベルも高くないマーチャントがキャラセレクトに並んでいる光景は、ままあるものではある。
とは言え、自動的に取引が行えるのだから中に人が居る理由もあまりない。
"ミラージュ&ヴィジョンズ"では、ユーザーからの要望も加味して露店を行っている間だけはログアウトもキャラチェンジも自由に出来るようになっていた。
『0715』にはログイン中のキャラクターだけが巻き込まれたのだから、露店専用のマーチャントと言うのはそれなりに珍しい存在である。
「それになんか、しゃべり方も変だし」
「"ロールプレイ"デスよ、これは。なんせメインキャラとは性別すら違っちゃったんデスよ?
演技くらいしないと違和感が辛くて辛くて」
「ま、気持ちは分かるけどね、ポクル可愛いし。
アタシも基本的には綺麗になったんだけどさぁ、一人称変えるべきかなぁとかこう、戸惑うわー。
なんかほら、今のアタシって知的じゃん? アタシって感じじゃないんじゃない?」
「分かんね」
その辺りは若干15のアルに理解して貰うには、難しい機微であっただろうか。
リッツには同意を得られたのだが、彼は表情を伺わせないフルフェイスヘルムの視線を落として、黙々と剥ぎ取りを再開した。
倒したモンスター達の死体は、やがて黒い紋様を残し消えて行く。光の粒となってリスポーンするアバター達とは対照的だ。アイテム化するためには、消えてしまう前に、素材を剥ぎ取らなければならない。
これが中々しんどい作業で、中には、戦うことは出来ても剥ぎ取りを嫌がるアバターも居るほどだ。
「うう、前は近づいてアクション一発だったのになぁ」
「微妙な所リアルになりましたよねぇ。何で素材化したモンスターの遺骸は消えないのかとか、謎のままデスのに」
鎧の重さをあまり感じなかったり、剣を振り回しても疲労する感覚が無かったりなど、M&Vが異世界ウェザールーンと化しても残っている「システム」は多くある。
何故、この世界にはそのようなシステムが残っているのだろうと、疑問に思う事はある。だが、自分たちはこの世界の法則全てを解き明かすために呼ばれたわけではないのだ。
基本的に日本人達にとって有り難いものが多いので、文句を付けるつもりもない。
「……だったら、〈ワープポータル〉も残しておけば良いのにな」
俯いたままのアルが、ぼそりと呟く。
RPGが「世界」になる中には、もちろん失われてしまった仕様もあったのだ。
街同士を繋ぐポータルNPCなどはその最たる物で、アバター達は「リスポーン」も失われてしまったのでは無いかとしばらくの間戦々恐々としていた。
「それは言いっこ無しデスよ。少なくとも、死に戻りが無くなってないだけ安心なんデスから」
「そのおかげで、『魔軍から人々を救済するため召喚された方々』ってのを否定できなくなっちゃったんだけどね」
「別に、嫌ならガンスルーでも良いと思うデスよ? ちょっと生きづらくなるかも知れないデスけどー」
少なくとも、知識や力を搾取する為に、非人道的な扱いをされる事はそう無いだろうとキュー子は言う。
もちろん、そういった馬鹿も完全にゼロでは無いだろうが、自衛できる範囲と言えるだろう。基本的に、アバターの身体能力はこの世界の平均よりもだいぶ高い。
それに少なくとも現在のリスポーン地点である〈信興国バーデクト〉の上層部においては、彼ら"アバター"が何者なのか、無理矢理に危害が加えられればどういった事態になるのかを、ある程度は認識しているはずだ。
理解しているかは、また別の話だが。
□■□
溢れる程にリザードマンの尾肉と爪を乗せたカートが、カラコロと音を立てて引かれていく。
一見普通の荷車だが、実はこれもクァーティーの『スキル』によるもので、出し入れ自由なものだ。
身長がアルフォースの半分にも届かない、小人族のクァーティーを気遣って、代わりに引くことを提案したことも有るのだが……10歩も歩かない内に足を引っ掛けて転んでしまった。
どうやら、〈マーチャント〉で無ければカートは引けないらしい。このようなゲームらしい不自由さは、数少ない「システム」の負の側面だろう。
「なぁ、とりあえず言われた通りにやってるけどさ。
これだけリザードマンの素材を集めて、一体どうするんだ?」
カートに詰め込んだ〈リザードマンの爪〉や〈トカゲのしっぽ〉などの素材を感慨深そうに眺めながら、アルが聞く。
「トカ尾はまぁ、料理の素材になるから金策として分からなくもないけどさ。爪なんて店売りだけだろ?
しかも店、ゲームの時みたいには動かないんじゃないの。こんなに同じ物売られても、オレなら困るけど」
一週間の間、三~五匹で固まっているリザードマンの群れを一日十回ほどのペースで掃討しているのだ。
必ずしも素材が残る訳ではないとはいえ、特にドロップ率の高い〈リザードマンの爪〉などはすでに百を超える数が集まっていた。
ふんふふんと軽く鼻歌を口ずさみながら、クァーティーは作業を続けながらそれに答える。
「あぁ、それデスか。簡単に言うなら、クエスト用デス。
どうせ端金にしかならんのデスし、適当な数集めて王宮にでも差し出しちゃいましょう。
平たく言えば討伐カウント代わりデスね」
「"クエスト"?」
リザードマンアーチャーの死体からかっぱいだ、まだ使えそうな弓をぴよんぴよんと弄んでいたリッツが顔を上げた。
装備は比較的レアなドロップなのだが、残念な事にリザードマンアーチャーが落とす弓は店で買えるものと変わりがない。
それでも、爪よりは商品として喜ばれるだろう。やや時間がたち、やけに近代的な手元の"端末装置"に目を落としていたアルフォースが声を上げた。
「……リザードマン狩りするクエストなんてあったか? 検索しても出てこないけど」
「無いデスよ?」
「無いんかい」
リッツが半目になって睨みつけてやると、ポクルの少女はチ、チ、チと指を振った。
「デスが、確実に『需要』はあります。街から一週間も動けば到着する、ほんの目と鼻の先に拠点を作られたんデスからね。
リザードマンは狩れば狩るほど手柄になる、美味しい獲物デスよ。例え経験値やドロップに見るものが無くとも、デス」
「つまり、点数稼ぎってワケ?」
「おや、アル君はそう言うのかっこわりーって思っちゃうタイプデスか? はー、男の子デスねぇ」
「……ちげーし」
ややイタズラっぽく問いかけると、兜の奥から憮然とした声が返ってくる。
どうにも、見た目は自分より背丈の低い少女から、ところどころで子供扱いされるような感じが気に食わないらしい。
クァーティーとしては、からかっている時もあれば素の時もある。それ以上に彼女は、外見と不相応な感じが強すぎるのだが。
「別に、どうするかはキュー子が決める事だろ。
オレはお前に付き合って冒険してる内は、ポーションとか色々揃えてくれるっていうから」
「ま、そうよね。アタシだって、こんな事になってまで事務仕事なんかしたくないわよ。
流石にモンスターと殴りあうのは怖いけど、やっぱ体動かしてる方が調子いいし」
素材にしなければならないとは言え、中腰のまま硬い皮膚をナイフで切断するのは中々辛い作業だ。
それに比べれば、人が踏み均し土が露出するようになった道を、護衛をしながら歩くほうがよっぽど楽なのは確かだろう。
この辺りは特に、茎も柔らかく背も高くない草が群生している。道端に咲く花を見つけて、リッツが感嘆の声を漏らした。
「見てみて、花畑よ花畑! うひゃー、絵本みたい」
「……別に、花畑くらい日本にだって残ってるだろ?」
「そうだけどさー、こういう一面の原っぱってのはもう無いじゃない。
ちょっとしたドッグランとか、人の手の入った公園とか……そういうのなら、残ってるけど」
「ま、好きにすればいいと思うけど。おい、そこ〈ジャイアントビー〉居るぞ」
「うへっ!?」
突如、背後を通り抜けていった羽音に驚いてか、リッツが目を丸くして辺りを伺う。
当の巨大蜂は既に、リッツの後ろを通りすぎて次の花畑へと向かっていた。巨大と言っても、15cm程度の低レベル帯の魔物である。
街を出たばかりの初心者にとっては恐ろしい相手だろうが、Lv90を超えたリッツに対しては、絡むのも馬鹿馬鹿しいほどの力量差が有る。
そうと知ってか知らずか、首をぶんぶかと振り回して警戒するリッツに、アルフォースは呆れたようにため息を吐く。
日本人の感覚が抜け切れないと、15cmサイズの蜂に生理的嫌悪感を覚えるのも確かなのだが。
「オレは別に、これはこれで納得してるけどさ。どうなるんだろうな、これから」
「それは、アタシ達が?」
「こっちの世界と……オレ達の世界も」
「まぁ当然、何らかのパラダイムシフトは起きるデスよねえ。
我々の技術・思想が持ち込まれるウェザールーンは言わずもがな、"あっち"の方も知らんぷりは出来ないはずデス」
リッツの心胆を寒からしめた、あのアデプトの兜をカートに放り入れ、クァーティーは空を見上げた。
別に、あの空を通じて地球が見えるわけでは無いのだけれど。5000人の日本人……その家族や友人なら、何万人になるか。
運営会社にとっては非常に災難だが、社会問題になるのはまず間違いないと言える。
「……向こうでどうなってるんだろうな、オレら。昏睡とか、行方不明とか、色々種類あるけど」
「まー、それも気になりますけどね。あの"穴"が閉じる直前、何人か吸い込まれてたデスよね?」
「あ、やっぱりキュー子もそう見えた? 絶対吸い込まれてたわよね。騎士さんと、お姫様と、あとお爺ちゃん」
リッツもまた"落ちてきた瞬間"のことは良く覚えてないが、それは確かに見た記憶があるのだと言う。
クァーティーの視点からは、また別のものが見えていた。アバター達が落ちてきたと思わしき"穴"の先。特徴的な、緑の線を引かれた電車の大型AR模型。
「新宿、旧ヤマノテ方面……」
仮に、あの3人があの時見えた光景の先までたどり着いていたとしたら。
ネットワークを通し、異世界"ウェザールーン"への穴が開くという未曾有の事態が起きた『0715』。
その爪痕は決して、どちらかの世界から一方的に奪うだけのものでは無かった。
※知人のアドバイスに従い1話を分割。ついでに少しシーンを差し込みました




