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セカンダーズ、現実(リアル)が2つ?  作者: はまち矢
セカンダーズ、休みを過ごす?
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「……つまり、旅に慣れた人材が欲しいと?」

「ま、そゆことデス。人手って言っても、そんな力仕事にしか役に立たないようなのは要りません。

 あくまで、我々の足りない所を埋めてくれる人材が必要なのデスよ」

「お話は分かりましたが……」


 そこで一旦言葉を区切り、ミルドニアン司教はやや仰々しく首を振った。

たったこれだけの内容に到るまでに、クァーティーは時には神殿の美しさを讃え、時には冒険譚を語り、時にはあえて中座するなどの手練手管を用いている。

互いに少しずつ手札を見せ合うことで、相手が何を望んでいるか、こちらは何をテーブルに乗せられるかを探り合うのだ。

押したり引いたりの駆け引きの中、本題の要求が議題に上がるようになれば交渉もやっと佳境に入ったと言えるだろう。


「別に、我々の戦いに付いて来れるレベルの精兵を要求してるわけでも無いのデスよ。というか、それは流石に無茶な要求でしょう?」


 そうして後はお互いの条件を詰めるまでになり、クァーティーが掴んだ手応えは「やや優勢」と言ったところだろうか。

本来望んでいただけの要求はできそうも無い。とはいえ、肝心要の部分は通すことができるはず。

故に、「やや優勢」。逆に言えば、ややが付く程度でしかない。エリートとはいえ、まだ30にもなっていないであろう若造相手にである。

クァーティーは己の衰えを自覚した。あるいは、事前準備の足りなさか。心なしか、触角の反り返る勢いも鈍い。


(現場離れてから、まだ5年のはずなんデスけどねぇ……)


 むしろ、5年が"まだ"に過ぎないという感覚が既に年寄りじみているのだろうか。

はぁぁと重くため息をついたクァーティーを、しかしミルドニアンはやや大げさなジェスチャーとして受け取ったようであった。


「ずいぶんと、お疲れのようで」

「あー……えぇ、やはり頭でっかちデスね、"我々"は。野外に泊まれば虫は出るし、身体は冷える。

 火も焚いて消えないように注意しなければいけないと分かっては居ても、これがなかなか手も足も出させてくれないのデス。

 知識では無く、体系だった"知恵"が足りていない、とでも言うべきでしょうか」


 そして、旅による疲労が貯まっているのもまた事実である。

ネットワーク構築用の衛星が世界を覆うように打ち上げられ、レイラインを描く現代社会。

有線は趣味の産物となり、各通信会社はたとえ富士の山頂であっても都心とまるで変わらぬ回線速度を謳う。

自然と触れ合うためにキャンプに赴いた所で、化学成分でできた虫除けもあれば調理用のガスも電気もある。

疲労困憊のまま街へと帰りついた時、「この世界にも魔法が有るのだから何とかなるだろう」と思いながら立てていた計画に、クァーティーは大きく赤線を引かざるを得なかった。


 とりあえず、改めて旅の準備が整うまでの間、リッツとアルの二人には存分に羽を伸ばすよう勧めてはいるが。


妖精ピクシーが囁いてくれれば楽なんデスけどねー……」

妖精シェイキー?」

「ああいえ、こちらの話デスが」


 妖精シェイキーがこちらの世界の種族名であるのに対し、クァーティーの言う妖精ピクシーは、只のやや格好つけた言い回し(ネットミーム)だ。

それも、少し古いセンスである。クァーティーとしては、無理矢理略称をつけるよりこういった言い回しを好むのだが。


「デスから故に、"この世界"で旅慣れた人の力を借りたいのデス。ユピ教には巡礼者も居るのデスよね?」

「ふむ……しかし、彼らに狗竜車の御者が務まるかと言うと、難しいと思いますが」


 複数人を乗せることを前提とした長距離移動用の狗竜車は、2匹立てのものが基本となっている。

仮に道半ばで1匹が何らかの怪我や病気で歩けなくなったとしても、もう1匹と人の力で引き返すことができるからだ。

そして2匹を平行して歩かせなければならない分、ただ狗竜を操るのとは別の技術や資格も必要とされる。

現代風に言えば、中型免許と大型免許の違いと言えば分かりやすいかもしれない。


「それはそうかも知れないデスが、教会にも荷物を抱えての"巡礼"を生業とする方もいらっしゃるのでしょう?

 どうにか一人、お貸し頂くわけにはなりませんデスかね。かの古代都市が復活を遂げるとあれば、そちらにも無益なわけでは無いはずデス」

「ふーむ、困りましたね。彼らは確かに我々の信者でも有るのですが、同時にライダーズギルドの構成員でも有るのですよ。

 あなた方は少し――我々はそれが、悲しい誤解だと承知しては居ますが――彼らのトップを怒らせてしまった訳ですから、今は少々、時期が悪いのでは無いかと」

「うぐ……それは……」


 言葉尻の柔らかさとは裏腹に、鋭い目つきで警告するミルドニアン司教にクァーティーは鼻白む。

そうか。てっきり所属としてはこちらが主だと思い込んでいたが、出向であるという可能性もあったか。

滞在日数の少なさ故に致し方ない部分もあったが、これはクァーティーにとって致命的な勘違いであった。

"協会ユニオン"とやらの話が纏まれば拗れた部分も時間の流れが解決してくれるのだろうが、それでは出発が何時になるか分かったものではない。

だが、ここで無理に急かせば交渉のアドバンテージを捨てることになるだろう。それだけの理由は果たして自分に有るのだろうか……?




(……一旦、整理しましょうか)


 開拓村での経験から分かったのは、「クエストやストーリーが始まる原因は既にこの世界にある」という事実だ。

それらの「元となる因果」をひっくるめて【話の種(ストーリーシード)】とでも呼称するとしよう。

ならば、その【話の種】はアバターが介入しなくても勝手に開花するのか、それともアバターが居ることでストーリーが進行するのか。これが、一番の問題である。


(そう、例えば〈花畑の約束〉クエストのシードが、【カリンの誕生日】なのは間違いないはず)


 "M&V"内でのカリンは、まさにプレイヤー達がマルメロから娘の誕生日を聞き出した次の週にベヒモスの襲撃によって死亡してしまうはずであった。

逆に言えば、プレイヤーがマルメロから話を聞くまでは絶対に"カリンがエインセルと約束した誕生日はやってこない"のである。

そのプレイヤーが春に話を聞けば春が。冬に話を聞けば冬が彼女の誕生日となるよう、ゲーム内では作られていた。


 では、はたしてこの世界ではどうか?


 クァーティーたち3人は1週間ほど開拓村に滞在し、カリンから約束に関する相談事を聞かされ、そして〈花畑の約束〉クエストを開花させること無く原因を断った。

そのキーとなる【約束の誕生日】が、たまたまクァーティーたちが滞在する日程の近辺に存在していた。それは本当に、"偶然"だったのか?

現実的に考えれば、偶然のはずだ。人は生まれた瞬間に誕生日が決まり、それが他人の行動によって左右されることは無い。


 だがもしそこに、ゲームの"システム"が未だ介入していたとしたら?


(……まるで猫箱なんとやらデスね。観測しなければ、事実は確定しないという)


 それにYESと答えられる根拠も、NOと否定できる根拠も無い。いかんせん、ケースが少なすぎるのだ。

下手をすればアバターの行動によって変化するものもあれば、絶対に不変なものも有るのかもしれない。

だが一つ間違いないのは、「我々(アバター)が居るのは纏めて一つの世界である」こと。


 キャラを変え、ストーリーのやり直しなんて存在しない。

 伝説の剣が、一人につき一本行き渡るようにあるわけがない。

 〈冒険者〉なんて職業も、瞬時に瀕死から回復する蘇生薬も元々はこの世界に無かった。

 「死んでも生き返る」なんてズル(チート)が許されたのは、我々だけに違いない。


 当然ながら、怪我をすれば治療に時間はかかるし、死ねば失われるのだ。この世界の〈人類種マニオン〉たちは。

正確に言えば回復呪文にも栄養剤や鎮痛剤程度の効力は有るのだが、プレイヤーキャラのような劇的な回復は起こらない。

そして世界が「みんなでひとつ」である以上、重要NPCの死亡が意味することは。


(シナリオ上重要な【シード】そのものの喪失ロストもあり得る、という事……!)


 決して変わらない要素ばかりならば構わない。今がサービス開始前の年代である以上、この世界において少なくとも1年は猶予が有るということになる。

クァーティーが狙う「Story2.0 ギィン=サリル浮上」には、幾らかのNPCとキーアイテムが関わっているようだ。

1年も猶予が有るならば、カリンに対して行ったように"ストーリー"そのものの進行を断ち切った上で、キーを対応したNPCにぶん投げていくショートカットとて可能であろう。


 だがもし、各地に散らばったアバターたちが連携も取らぬままに好き勝手に"ストーリー"を進行し、あまつさえ失敗すれば?

話の進行に必要不可欠なはずのキーアイテムが、本来の流れから外れ野盗や物取りといった類の手に渡ってしまったら?

その恐れはない、仮にそうなったとしても"ゲームのように"必ず都合よく行くはずと楽観できる根拠など、クァーティーは何も持ち合わせていないのだ。


 ――『0715』から一月半が経った現在でも、"世界ウェザールーン"と"化身アバター"の関係は見通せぬ霧に包まれ続けている。




「……わかりました。多少無理を通してでも、私は急がなければならないようデス」


 しばしの思索から向き直り、確信に満ちた表情でクァーティーは言った。

薄く笑いながら給仕された紅茶に口をつけていたミルドニアン司教が、微かに眉を上げる。


「無理を通してでも、ですか」

「通らぬようならば、札束で……あ、いえ、金貨を束ねて殴りつけましょう。むろん、比喩表現デスが」

「ふぅむ、成る程。それは痛そうです」


 相槌を打つ司教の口調は、あくまでおどけたものだ。

つい札束と口にしてしまったが、この世界はまだ貴金属本位制の貨幣経済。お札と言われても通じないだろう。

その結果、妙に物理的攻撃力を持ってしまったのはなんとも言えない所だが。金属貨を細長い袋に一杯にして殴りつければ、立派な凶器の出来上がりである。


「ですが、痛いということは同時に反感を買うということ。相手も商売人なので売らぬということはないでしょうが、次はもっと高くなりますよ?」

「覚悟の上デス。それに、元はあなたたちから買う予定だったんデスよ?」

「あぁ、それを言われると弱いですねぇ……なので、こうしましょう。少しばかり、殴りつける先を変えませんか?」


 にこりと、ミルドニアンの笑みがいっそう深くなる。

なるほど、どうも余裕があると思っていたが、最初からそっちに切り出すつもりでいたのか。


「先を変える、とは?」

「何もライダーズギルドで無くとも、お探しの人材は居るでしょう。

 狗竜車の運転が務まり、野外での活動に慣れて、いざという時自衛くらいは可能な方々。つまり――」

「〈白犬騎士団〉デスか」


 要するに、「軍部から人を引っ張ってみせる」と言っているのだ、この青年は。

当たり前だが、司教である彼は別に騎士団に属する人間ではない。むしろシド枢機卿派とでも言うべき文治の人間であり、そう折り合いが良いとも思えないが。


「本当にできるんデス?」

「もちろん、私一人では残念ながら力が及ばないでしょう。ですがあなた方が狩ってきたベヒモスという獣は、敵としては強大ですが素材としても非常に有用なのです。

 今や伝承でしか聞きませんが、盾にすれば鋼の矛を弾き、幌にすれば火矢をも物ともしないと伝えられるほど。騎士からすれば、喉から手が出るほど欲しいでしょうね」

「ま、それは分かるデス。〈ベヒモスの皮〉と言えば我々ですら最高級の鎧の修理に錬金にと引っ張りだこなくらいデスからね」

「いやぁ、豪盛な話ですねぇ」


 そして当然、"余り"で法衣やらマントやらを作れば贈呈品としてこの上ないわけだ。

まぁ、クァーティーにも殊更そこを責めるつもりはない。それで気持ちよく仕事をしてくれるのであれば、なめられない程度に暗黙の了解としておくべきだろう。


「でも、あれだけ大きい獣の皮となったら結構な量があるデスよ。いったい、どの位あれば何とかなりそうデスか?」

「ふむ……そうですね。欲しいのが人だけであれば1単位あれば問題ないと思いますが……

 狗竜車やそれを引く狗竜など、何かと物入りでしょう? あればあるだけ、早く動けると思いますよ」

「ほほう、"あればあるだけ"」


 そう、ここに到るまでミルドニアンの交渉に隙らしい隙は無かった。

権謀術策渦巻く大聖堂の中で若くして司教にまで歩を進めた能力は伊達ではなく、クァーティーをして、ある程度彼の思い通りの方向に舵を切らされたほどである。


 ……彼に誤算があるとすれば、2つ。


 確かに〈ベヒモス〉はリザヌール港のボスMOBであり、ゲーム基準でのリポップ時間は30時間ほどだが……〈ベヒモス種〉全体を見れば話は別であると言うこと。

更に修理に錬金にと言うのは嘘ではなく、アバターたちにとって〈ベヒモスの皮〉は――それ専門の金策が成り立つほどに高価で、要求Lvも高い代物であるが――「消費財」のカテゴリに過ぎないと言うことだ。

特に最高級の消費アイテムが湯水の如く融けていくギルドバトルなどでは、破壊された鎧の修理に使う〈ベヒモスの皮〉もまた需要数が多い。

そして紛れも無く〈Qwerty〉は、その中でも第一線、かつて栄華を誇ったギルド【Black Legacy】の最前線に立っていたトッププレイヤー……の、倉庫キャラであり。

『0715』が起きた時点でも、3回は軽くギルドバトルをこなせるだけの財を蓄えていた。


 故に。卓の上に「ダース単位で」積み上げられた〈ベヒモスの皮〉を前に、ミルドニアン司教が滅多に流すことのない冷や汗をかいたとしても、仕方がないことなのである。

クァーティーの浮かべる「してやったり」の表情は、控えめに言って、悪魔の微笑みか何かに見えたことだろう。


「それじゃ、"あればあるだけ"のお仕事……よろしくお願いするデス♪」

「……多少は、お時間を取らせていただきますよ」

「えぇ、えぇ。そうでしょうとも。急いては事を仕損じると言いますしね」

「アバター様がたの警句ですか? ありがたく、心に刻ませて頂きましょう。しかし、それではしばらくこの聖都に滞在なさることに成ってしまいますが……

 あぁそうだ、今、街では1つ物騒な噂が有るようですので、そちらにもご注意下さいね。騎士団も対応に困っているのだとか」


 しかしそこは、この若き司教もさるものだ。

恩の押し売りを拒否するのが不可能だと見切りをつけるがいなや、むしろ借りれる限りの恩を借り切るつもりのようであった。

騎士団が困っている。それはつまり、その件が片付けばよりスムーズな交渉ができると言うことでもある。

〈白犬騎士団〉の面子を潰すような案件ならば、このように話を振る筈も無い。どうやら本気で苦慮しているようだと、クァーティーも思い至る。


「何でも今、アバター様を狙った通り魔が多発しているそうでしてね……」


 その内容を聞き、クァーティーの顔が顰められた。

どうやら、準備が整うまで悠々と休日を満喫するとは行かなそうなのであった。



 □■□



「おっやすっみだー!」


 酒場の一席で、リッツが思い切り背筋を伸ばし、歓声を上げた。


 "聖都"バーデクトの建物は、意外なほど高い。

建物は石造りでありながら3階建て4階建てが当たり前であり、生活用の路地まで家屋が圧迫してひしめき合うように立っている。

例外は街の各所にある礼拝堂の入り口、そして裏手くらいなもので、特に裏手側は実質周囲の建物との中庭のようになっていて、日の差す憩いの場として親しまれているようだ。


「いやー凄いわね、こうして見ると。異世界と言うか、異文化と言うか……異邦?」

「海外とか、行ったことねーけど。この辺はヨーロッパがモデルになってるんだろ? こういう感じなのか?」


 オープンテラス、と言っていいのだろうか。アルとリッツの二人はどう見ても道にまではみ出しているテーブル席に座らされ、何をするでも無く目の前の往来を眺めていた。

この道路は路地とは違い、都市の西から東までまっすぐに伸びる大動脈である。ゆえに、間近を大荷物を括りつけた狗竜車がガタゴトと通って行ったりもする。

揺れる丸テーブルを二人がかりで抑えていると、狗竜車の御者が何やらジェスチャーを送ってきた。恐らくだが、すまないとでも言っているのだろう。


「……オレ、旅行いっても道路に面した席には絶対座らない」

「まぁまぁ、これはこれで風情あっていいものよ。景色も良いし」


 リッツの言うとおり、ゲーム的な制約を受けなくなった街の景色は実に広々として、異国情緒をくすぐってくれる。

周りに見える建物は全て外壁は白、屋根は赤に統一されており、大道路の両端を見れば入国門から大聖堂までが微かにくすんで見えた。

道を行き交う人々はこれまた多種多様であり、純人オールドマン夜人族ヨアルーリだけでなく山の民(ギガノス)小人族ポクルといった、観光客や巡礼者とおぼしき者もそれなりの数がいる。

これが本当に旅行だったとしたら、実に良い思い出になったのだろうが。リッツはため息を一つ。


「……ん、wis(個人間メッセージの意)来た、キュー子から」

「あら、なんて?」

「交渉、長引くってさ。まぁ、先に飯食ってようぜ」


 興味なさ気に端末を弄っていたアルフォースは、クァーティーから送られてきた「タフになりそうデス ><」と言うメッセージを確認し、そっと画面を閉じた。

国の偉い人を相手にエンヤコラするのは、アル自身やりたいともやれるとも思えないので任せきりにしている。

クァーティーとしても、そこは自分の役割だと考えている節があるから、構わないだろう。

それにしても、彼女のセンスは古い。こうもあからさまだと、いっそ逆に同年代なのではないかと勘ぐってしまうほどだ。


「いや、絶対ありえないとは思うけどな……」

「んー? どうかした?」


 実際大したことでは無いので、アルはリッツの問いには答えず黙って首を振った。

まぁ、あの場慣れとコミュ能力で同年代だったらそれなりにショックを受けるのも事実である。三人の中では最年長だと思っておくのが、一番平和なはずだ。


 待つこと数分。


 大きな木の器に山と盛られたジャガイモ(ゲーム内だと実際にはパルムイモという表記だが、三人は認識に面倒なのでジャガイモと呼称することにした)のニョッキが食卓の上に現れた。

かかっているソースは塩漬けにされた鯖(ゲーム内ではバーディマカレル、同上)を、イモの実(要するにトマトである)の水分と白ワインで煮ほぐしたラグーである。

領土が満遍なく海風に晒されるバーデクトでは、海産物こそ豊富なもののあまり麦の発育が良くはない。

代わりに主食として食べられるのが芋とその実であり、特に実は色の鮮やかさから乾燥させて交都にも運ばれるほどのようだ。


「んー……! 海産物とトマト、王道よねぇ……ワインが欲しくなるわー」

「……トマトに、鯖?」

「どしたの? 食べないならアタシが食べ切っちゃうわよ。今なら幾らでも入る気がする!」


 アルフォース的には不審な組み合わせであるが、一口食べてみれば魚の生臭さをトマトの酸味が中和していていい具合であった。もちもちしたニョッキの食感も嬉しい。

まぁ、トマトの酸味とジャガイモの甘みが相性良いのは、アルからしても自明の理だ。そこにややクセはあるが良い出汁の詰まった鯖を導入しても、不味くなるはずがないのだろう。

何よりリッツは、久しぶりに酸っぱ固いパンから開放されたのが嬉しいらしく、目尻を蕩けさせてもっしゃもっしゃと頬袋に詰め込んでいる。


 ちなみに、この世界の大衆食堂では一人分ずつ皿に取り分けるなんてお上品なことはしてくれない。

注文とはすなわち、3~4人前を大皿にドン! のことであり、仲間内で酒を酌み交わしながら分け合って食べるのが、当たり前の文化のようだ。

ソースに含まれる細かく砕かれた鯖の身を、口蓋と舌で押しつぶせばほろりと身が解けて中から溶けた脂が染み出してくる。

リッツもついには我慢しきれなくなったのか、柑橘系の実を漬け込んだワインをボトルで注文して飲み始めていた。

炭酸水ペリエをちびちびと舐めながら真っ昼間っから酒を飲み始めた仲間を半目で見つめるアルフォース、15歳である。



「なぁ、兄ちゃんたちって"アバター様"か?」



 それは、空腹故に吸い込まれるように消えていたニョッキも大分数が減り、匙の進みも緩やかになってきた頃であった。

声変わりも未だなのだろう、ヒバリのようなボーイソプラノで問いかけられた二人が、テーブルの脇へ僅かに視線を動かす。


「な、な、兄ちゃんたちアバター様なんだろ? いい事教えてやろっか」


 笑顔を浮かべて話しかける少年は、丁度アルフォースより3~4ほど年下な風に見える。

赤茶けた毛にそばかすを浮かべ、夜人族ヨアルーリであることを示す獣耳だけがバンビのように広がっていた。

呆気に取られる二人をよそに、少年は近くの席から勝手に椅子を引き、同じ卓に肘を乗せる。


「……いや、別にいい」

「なんだよぉ~、聞いてけよぉ~。今ならここのベーコンエッグだけで良いからさ」

「しかも対価取るのか、なおさら知らねーよ」


 厚かましいというか、図々しいというか。少なくとも、日本では絶対に受け入れられないノリだなと、アルは眉根をよせた。

リッツもきょとんと目を瞬かせ、口に詰め込んだニョッキをもごもごと咀嚼し続けている。この調子だと、飲み込むにはしばらくの時間がかかるだろう。


「まぁ、マジな話さ。兄ちゃんたち、あんまりここじゃ見かけない顔だよな?

 少なくともここ2~3週間は街に居なかったろ。なら、知っといた方がいいぜ」

「……なんで分かるんだ」

「なんつーのかなー、顔色とか、雰囲気とかさ。アバター様って言われる度に顔を顰めて、街でくすぶってる連中とはやっぱ違うねーって感じ」


 「違う」か。そう言われるのは、アルフォースとしては悪い気分では無いが。

なにせ〈ボス〉であるベヒモスを倒しての堂々の帰還である。誰に祝って貰えるわけでも無いが、心の内では凱旋気分だ。

クァーティーがこの場にいれば「見事におだてられてるデス……」と呆れ混じりのツッコミがきたのだろうが、生憎彼女は別の場所で丁々発止の交渉中であった。


「でも、だからこそ"化身殺し(アバターキラー)"の白仮面には気をつけなよ。何人も死に戻りさせられてるって、噂になってるからさ」

「"化身殺し"?」

「ぶぶー。こっから先は有料でーす。俺は最低限の忠告はしてあげたもんね」

「なんだそりゃ」


 良くわからないが、この少年がホラ吹きでなければ"化身殺し"とか言うユニークエネミーがこの街をうろついているということだろうか。

"M&V"であれば町中に敵対MOBが湧いて出てくるなど、何らかのイベントでもなければ在り得ないことである。だが、この世界でそういう縛りが効かなくてもおかしくはない。

嘘をつかれるという可能性も無いでは無いが、まぁ、幸い"M&V"時代に稼いだ金額は、ベーコンエッグ程度1万個頼んでもお釣りが来る量だ。


「……分かった。好きに頼めよ」


 白仮面とやらへの興味に負けて、アルはため息混じりに貨幣を数枚取り出すと、卓の上に放り投げた。

途端、少年は目を輝かせ、メニューの書かれた黒板上に目を滑らせる。


「マジ!? おばちゃーん、じゃあベーコンエッグと、トーストと、あと白チーズのビネガー漬け!」

「なっ、お前」

「えー? 『好きに』って言ったじゃん?」

「んぐっ……ごくん。格好つけるからよ? 店員さん、ならアタシもエール追加で頂戴。あ、少年。白チーズはアタシも手を付けるけど文句ないわよね」

「うぇー、仕方ないな……」


 木のカップを掲げながらリッツが更にアルコールを重ねるのを、アルは苦い顔で見送った。

ピクルスと一緒に盛られた白チーズは食感がモッツァレラのようで、獣臭さが抜けた代わりにビネガーの酸っぱさと微かな甘みが突き抜けるクセのある味だったと追記しておく。

リッツはうまいうまいとエールを飲んでいたが、アルには良く分からなかった。


「それで、化身殺しって何なのかしら、ええっと……」

「あ、俺ハリス。〈耳売りハリス〉って呼ばれてるよ」

「……聞いたこと無いわね」

「そりゃ幾らなんでも、アバター様にまで目をつけられるようなこと、俺何もしてないよー」


 ハリスと名乗った少年はケラケラと愉快そうに笑ったが、リッツのつぶやきはそのような意味を持ったものではない。

つまり、"M&V"に彼が関連したクエストがあるかどうか。もっと言えば彼がゲーム内のNPCであったかどうかだ。

しごく当然の話だが、この世界にはかつてゲーム内でNPCだった者以外にも人が居る。この少年も、おそらくはそういった描写されなかった者の一人だろう。

アルもリッツも設定の全てを把握している訳ではないので、ひょっとしたら彼の存在もどこかで語られて居たのかもしれないが……無視して良い可能性のはずだ。


「で、結局何者なのよ、白仮面とか言う奴は」

「それが分かってたらこんな騒ぎになって無いってば。分かってるのはここんとこ毎日夕方辺りに現れるのと、ちょっと目を離した隙にどこかに消えてしまうこと。

 後はまぁ、今のところはアバターしか被害にあってないってことかなー……」

「『今のところは』ねぇ」

「そ、今のところ。だから俺たちの中でも怖がってる人が居るんだよね。アバター様は死んでも死なないとは言え、物騒だしさ」


 相手が何の目的でアバター殺しを繰り返しているか分からない以上、いつその凶刃が〈人類種マニオン〉に向けられないとは限らない、と言うことか。

なんでも、白昼でこそ無いものの人目をはばからぬ堂々とした犯行らしい。

だとすれば、いくら仮面で顔を隠しているとは言えとっくに正体が割れててもおかしくなさそうであるが。


「そいつ自身もアバターなのか?」

「多分ねー。アバター様が言うには『こすぷれ野郎』だったらしいよ? 意味は分かんないけど」


 こすぷれ。まぁ、コスチュームプレイのことであろう。証言するにしても、衣装に目が行くせいで特徴がつかめて無いと言うことか。

それにしても白い仮面を被り、コスプレをした上での辻切りまがいとは。二人の脳裏に浮かんだ想像図が酷く変態じみていたのは、仕方のないことであった。


「目的とかは一切不明。なまじ被害者も容疑者もアバター様だから、仮に捕まえるにしてもどういう罪で裁けばいいのかさっぱりなんだよね。

 まぁ、騎士団詰め所でも注意を呼びかけてるから、詳しい話はそっちに聞いても良いんじゃない?」

「成る程な……ん? だったら最初から、そっちから話聞いとけば良いんじゃ」

「へへっ、ご馳走様!」


 アルフォースが気付いた時には、ハリスは既に煤けた上着を翻し大道路の雑踏へと消えようとするところであった。

当然、椅子に深く腰掛けていたアルに追いすがれるわけもなく。憮然とした顔で食べかすしか残ってない皿を見やり、小さな円卓に肘をついた。


「一人歩きには気をつけなよ~!」


 どうせ既に見えもしないだろうが、渋々と遠ざかる声に手を振り返す。

木製ジョッキに注がれた2杯めのエールを飲み干したリッツが、レンズに青々とした空を照り返し感心するように息を吐いた。


「カラスみたいな子ねぇ、シカなのに」

「……どっちかと言えば、オレたちがカモかウマだったんじゃねーの」


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