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セカンダーズ、現実(リアル)が2つ?  作者: はまち矢
セカンダーズ、少女を救う?
1/39

01

 ――なりたい自分に、ナレますカ? Personal「***」with ANIMATION。


 拡張壁紙レイヤに埋め込まれたアニメのポスターPVが、キャッチフレーズと共に月夜に溶け込むように輝度を落としていた。

両親に、起きだしているのがバレないようにだろう。部屋の主である少年は、電灯も付けず暗いままの部屋の片隅で、今春に型落ちしたタイプのC-VRガジェットを装着している。

几帳面なのか、それとも繰り返されるいたちごっこの成果か、光の漏れる扉の隙間を掛け布団で埋める徹底ぶりであった。


『はぁー、夏休みだってのにバイト三昧でさぁ。旅行の一つも行けそうにないよ』

『ほんと? なら一緒に行かない? 「剣と魔法の世界」に!』


 若々しい役者ビアターのチープな演技の声と共に、短く切り取られたオープニングテーマがヴァーチャルモニタと一体化したヘッドホンから微かに漏れ出た。

続けて、そのどちらでも無い有名声優が、凡庸な売り文句をさぞ素晴らしいもののように読み上げる。


『16種類の職業から選び、ウェザールーンを冒険しよう! ミラージュ&ヴィジョンズ・オンライン!』


 VRと言いながらも、このコマーシャル自体は単なる映像に過ぎない。

15秒間の短い宣伝は、動画サイトを視聴する際に1時間おきで流されるものだ。

少年は常々邪魔くさいと感じているが、仕方がない。彼がどれほど主張しても、彼の家庭はまだ月額制のメンバー登録を行っていないのだから。


『飛ぶ! 落ちる! 回る! C-VRだからできる、幻想的なジェットコースター・エクスペリエンス!』

『自分でクラフトもできるぞ! お友達も乗せちゃおう! あっ、すごい、すごい、きゃーっ!』


 短い宣伝が終わったのを確認し、すぐさまサイトに仕込まれたスクリプトが、プロトコルアドレスに併記された個人情報データから関心度の高そうなCMを導き出し再生する。

IP代わりのLnP(レイヤー・ネットワーク・プロトコル)アドレスには、氏名年齢からあらゆるサイトの視聴履歴までが紐付けられ、普段はよりユーザーの関心の強い情報を検索するのに使い、有事の際には即座に然るべき所へログを提出できるようになっていた。


 ……だとしても。

もし、部屋の中を覗きこむ者がいれば、普段なら15秒でスキップされ、小さく野次を飛ばされるだけの存在であるCM動画が、これほど連続再生される状況は「どこかおかしい」と分かったであろう。

少年は椅子に深く腰掛け、眠り込んでいるかのようにダランと俯いて……少なくとも息があることを証明するかのように、小さく胸を上下させ続けている。

一見では「深夜にVR機を付け、うっかりそのまま眠りに入ってしまったのではないか」と他人に思わせるような姿勢のまま……


『君を信じたその日から、僕は、英雄をめざ――……』


 一定時間操作が行われなかったC-VRコンピュータが、節電のため、自動でスリープ状態へと移行して、ループされ続けていたコマーシャルもついに途切れた。

脳の休眠状態を察したCPUが定期的に覚醒のための微弱なパルスを送り、しかしそれでも、少年は微動だにせず眠り続ける。

そして明朝になっても、少年……いや、日本中でおよそ5000の人々が起きること無く、C-VRコンピュータを身につけながら眠りに入った姿が発見された。

ガチガチに法規制された、全ての異常感知センサにすら引っかからず。それこそただ"寝落ち"たままの姿で、彼らは未だ眠り続けている。



 ――体感仮想現実セネステシア・ヴァーチャル・リアリティ



 五感に訴えかけるVR技術を個人使用のレベルで実現させた世界初の夢のコンピュータが、若者達の期待と興奮、そして少しばかりの失望と共に世に受け入れられてから、既に10年が経過した時代。

映画・ゲームなどの娯楽分野は、とある脳科学分野のパラダイムシフトを契機に指数関数的にスリルと臨場感を増してゆき。

しかしそれでも、そうそうアニメや漫画のような出来事は起こらないのだと――それは、ちょうど2010年代の人間が人工知能や二足歩行ロボットの発達に思いを馳せるのと同じく――諦めにも似た感情と共に、受け入れられていたと思う。


 『7月15日』。奇しくもあの、伝説的なゲーム機が発売したのと同じ日に。

「人の意識がゲームの中のような異世界に吸い込まれる」という人類未踏の惨事が起きなければ……おそらく、永遠にそのまま。



 □■□



 青い空へ向かって、香ばしい臭いを抱えた煙がまっすぐに伸びていく。

パチパチと爆ぜる火花が淡水色の鱗に飛び、熱かったのだろう、棒で火を弄りながら呆けていたリザードマンが慌てて上下に手を振った。

小川で釣った魚に塩を振り内蔵ごと串にさして焼くシンプルな料理だが……空きっ腹にはこの臭いが実に堪える。

今は歩哨に立つ仲間達も、きっと完成を心待ちにしているだろう。そう、胸いっぱいに魚が焼ける臭いを吸い込もうとして、彼は異変に気が付いた。


 ――どうやら、ごちそうはまだお預けらしい。


 そう思ったのかは定かでは無いが。彼は一息に焚き火を吹き消すと、羽根飾りのついたヘルムを被り、使い慣れた戦斧を手に取る。

鈍色が頼もしいそれは、アイスブレス能力を身に付け〈リザードウォーリアーアデプト〉の位階まで上がってきた者のみに支給されるエリートの証でもある。


「グォッグォッグォッグォッ!」


 歩哨に立つ仲間達から警戒の声が響いたのは、ちょうど彼が準備を終えた時だった。

声に答えるように一鳴き返し、飛び起きた弓兵達と共に草むらをかき分けてゆく。

目を半分に細め凝らした先に見えるのは、"ニンゲン"達か。眼鏡をかけた、魔導師風の女が1。全身を重鎧に身を包んだのが1。不格好にカートを引くちまっこいのが1。


 合計3人。対するこちらは弓兵が2に戦士が2、そしてアデプトである自分が1だ。


 数の差では有利。武装した相手とはいえ、普段ならば楽な獲物に喜び勇んで突撃の号令をかける所である。……かける所であるが、彼はすぐにはそうしなかった。

ここ数日起きた、多数の"ニンゲン"狩り部隊の未帰還。何か見慣れぬモンスターが住処を変えたのかとも噂されていたその理由が、奴らであったとすれば。


「クェッ?」

「……」


 仲間の一人が、訝しげに号令を催促したのだろうか。アデプトの彼は黙って首を振り、それを嗜めた。

不気味である。歩哨が上げた警戒の声は、あのニンゲン共も同じ様に聞いていたはずだ。であれば、怯え身体を竦ませるか……そうでなくとも、警戒姿勢を取るくらいの事はするのが普通であろう。

だと言うのに奴らはずっと何かを喋りながら、普段と変わらぬペースで歩みを進めているようであった。まるでリザードマンの存在など、警戒にも値しないと言うように……


 ――とは言え、ずっとこうして居る訳にも行かぬ。


 自分はアデプトだ。アデプトであるからには、相応しい行動を取らなければ示しが付かない。少なくとも、カートを引くちまっこいのだけは確実に自分より格下のはずだと、上級戦士である彼は考えた。


「グォォォー――ッ!!」

「ギャーッ!」

「ギャーッ!」


 号令一括。前衛が後衛をかばうそぶりも無く、並び立って歩いているならば弓兵の的にしてやれば良い。

まずは魔法使いらしき女へ攻撃を注ぐように指令を出し、鎧野郎は自分が引き付けよう。

例え奴らが自分よりも格上だったとしても、数の利で勝った上で前衛後衛をかき乱してやればニンゲンは容易く仕留めれる。彼は、そう考えていた。


「ギャッ……」


 パスン、と。耳元を、空気が破裂したような音が掠めていく。

恐る恐る視線を振り向けると、弓兵――〈リザードマンアーチャー〉の額に、杭のような矢が突き刺さり、どぐりどぐりと闇色の粘体が漏れて鱗を汚していた。


「『クイックショット』」


 男としてはやや高い、少年の如き声にアデプトは微かに狼狽し木の上の気配を探った。

敵の弓使いが伏兵として隠れていたならば、まんまと罠にハマった形になる。だが幾ら探そうと、それらしき影は見つからず。


「『ダブルショット』」


 仰け反った弓兵に、さらに二矢が叩きこまれ。完全に息絶えた段階になって、ようやくその正体を捉えることができた。

バリスタだ。鎧を着込んだ重騎士が、本来盾と剣を持つべき両手に化け物のような弩を構え、フルフェイスヘルムの無機的な眸に冷たくリザードマン達の姿を映し込んでいた。

騎士が弓を運用する、と言うのは確かにあり得る事だ。威嚇射撃や飛ぶ鳥に矢を射かけるなど、近接武器だけでは対応出来ない場合のサブウェポンとして持つ物は多い。

だが、あのように杭の如き矢を撃つ弩を、全身を重鎧で身に包んだ騎士が小隊戦で運用するかと言われれば?


「グォッ……」


 馬鹿な、と声を上げる事も許されない。とにかく、ならば相手は後衛2人に足手まといが1人だと言うことだ。鎧の方は硬いだろうが、組み付いて武器を取り上げてしまえば少なくとも負けはしないはず。


「グォォォッ!!」


 作戦変更だ。アデプトは加速する体感時間の中で、すぐにそう結論づけた。取り回しの悪い弩弓持ちに残りの三人で囲んで攻めさせ、魔法使いは即座に自分が仕留める。

どんな熟練の魔法使いであっても、鉄の塊で殴られながら詠唱出来る者など居ない。ニンゲンに比べて屈強な肉体を持つリザードマンでさえ、リザードマジシャンは庇うべき対象なのだから――


「悪いけど」


 だと言うのに。

独特の魔法帽以外、妙に布面積が少ないローブに身を包んだ魔術師は、さも当然と言わんばかりに"一歩前へと踏み込んだ"。


「そんなノロマな攻撃に当たってやるほど、アタシは優しくないわよ!」


 白革のブーツで横薙ぎに振るった戦斧を足場に、魔術師は太陽を背とし高く跳ぶ。

速い。目で追えぬ程の三次元機動にアデプトの視線は一瞬空を掠め、その隙に魔術師風の女は三発の蹴りを食らわせていた。


 ト、ト、トンッ


「……?」


 蚊に刺されたような、とまでは言わないが、彼の恵まれた体力を削り切るには百発あっても足りないだろう。その程度のダメージである。

それが分かっているのか居ないのか、女はペチペチと至近距離で拳を当て続けている。


「グァッ」


 思わず、嘲笑の声が漏れる。アデプトは歴戦の戦士だ。リザードマンの中にもモンクと呼ばれる拳闘主体の戦士は居るし、幾度となく戦った経験もある。

型こそ真似ているものの、女の拳はそれと比べてあまりに弱い。何のつもりかは分からないが、ただ少し動きが速いだけだ。攻撃しようと思えばさっと距離を取られて避けられるとはいえ、ブレスで凍てつかせてやれば自慢の足も凍りつくであろう。


 念のため、チラリと弩弓持ちの方を見る。弓兵の矢が鎧で弾かれ、戦士の内の一匹が、接射で腹を穿たれ仰向けにもがいていた。あまり時間はかけられないか。

アイスブレスの予備動作として、彼が大きく息を吸い込んだ。その時だった。


連環オートスペル


 バチリ。女の手を包んでいた籠手についた四色の宝石の内一つから蒼雷が迸り、女の口角が吊り上がって歪んだ。


「『サンダーボルト』ッ!」


 刹那に展開された魔法陣の中央から、右ストレートと共に電光の矢が飛ぶ。

不意に魔力雷に腹部を貫かれ、ホワイトアウトしそうになる意識の奥で、アデプトは今起きた事を必死に理解しようと努めていた。


 ――『魔法』を使用するためには、『呪文』を練り上げなければならない。


 魔術であろうが、聖術であろうが、そこだけは絶対に変わらない点だ。

無論、多少手順を短縮させる方法はある。例えば、魔法陣が描かれたスクロールなんかがそれに当たる。リザードマン達の砦にも備蓄は有り、有事に備えて何名かのリザードマジシャンが持ち歩いていた(のドロップ品だった)


 電光を放ち終えた翠の宝石が輝きを止め、水晶のように透き通った宝石のもう一つが、白光と共に凍てついた空気を纏う。

ウォーリアに属する彼はあまり魔法には詳しく無いが、ここまで来ると既に一つの仮説が出来上がっていた。落ちかけた意識を牙を噛みあわせて引き戻し、叫び声を上げて吶喊する。推測が正しければ、次の呪文は自分にとって無視出来る範囲のはず。


「『アイススパイク』!」


 予想通り、詠唱無しで放たれた氷属性下級呪文を、アデプトは鱗で散らしながら突き進む。本人の魔力故か、氷の刺というよりもはや槍と言った方が相応しい代物であったが、属性が氷であるならばこの身体には通らない。

恐らくあの籠手が、何らかの仕掛けでスクロールと同じ効果を発しているのだろう。アデプトは目を細めた。残る宝石は二つ。色は、紅と黒。


「ガァァッ!」


 紅は避けねばならない。半ば本能に近しい所で、彼はそう判断した。女の動きは速い。次々と魔法を発動させて居るにも関わらず、なおも手足を振り上げ軽い打撃をこちらに与え続けている。

何か意味があるのだ。此処に至って、アデプトは己の甘い考えを完全に閉め出した。意味のない挑発ではない。拘りでもない。一見価値のないこの打撃こそが、奴の完成されたバトルスタイルである。

紅の宝珠が熱を持って輝いた。凍てつく空気を深く吸い込む。


「『フレイムアロー』!」

「コオォー――ッ!!」


 炎の矢と氷の息――『アイスブレス』が相殺しあい、視界が白い霧に一時的に閉ざされる一瞬に、ガラス越しに驚愕に見開いた女の瞳と目があった気がした。

口元を歪めている暇もない。彼のアイスブレスには本職の魔導師と撃ち合える程の威力は無く、それでも随分力を弱めているとは言え、矢の幾つかが霧を抜けて目標を焼こうと迫ってくる。

戦斧を盾に、肉の焦げる痛みに耐えながら彼は霧中へと突っ込んだ。女は、速さはともかく筋力は、そして恐らく耐久力も並以下だろう。この霧の先で、捉えきれるか。

みしり、と何かが軋みを上げる。霧の中、突き進んできた女の肘が自身の腹部に突き刺さっていた。


 ピシ、ピシと空気が軋む。


 籠手の作用ではない。四つの宝玉は今、紅の石が輝きを失おうとしている最中である。

連環オートスペル。アデプトには知る由も無いが、それは本来自身の習得している魔術を体さばきや他の呪文の痕跡から発現させる、「詠唱短縮の為の〈賢者〉の技術」。

システム的に言えば、「攻撃時、一定確率で魔法による追加攻撃を行うパッシブスキル」であろうか。

まぁ、便利と言えば便利である。しかしその発動率は決して高いとは言えず、〈賢者〉と言う存在自体、バッファーとアタッカーの中間に位置しているためパーティの後衛が足りていれば普段はあまり攻撃する機会の無い職だ。

無論前衛としての適正など無いし、〈賢者〉の強みはむしろ『連環』の先にある『瞬唱』にあると言っていい。


 しかし、その低い発動確率を"手数"で補えば――?


 女の掌底が、アデプトである彼に軽くたたらを踏ませた。「魔術師ならば距離を取るだろう」という先入観から脱しきれなかった己を、彼は歯噛みして悔やんだ。



「『ボール・ライトニング』ー――ッ!!」



 空を甲高く震わせて、紫電の檻が顕現する。

球状に留められた魔力雷と空気の枷が、呻くリザードウォーリアーアデプトの身体を捉えて離さぬ。

籠手に込められたものではない。幾ら伝説級の装備であろうと、〈風〉の上級呪文は他の魔術と共に永続的に込められるような物ではない。

ならばこれは籠手で補佐する物ではなく、正真正銘、『連環』による彼女自身の呪文。


「『アースバレット』ッ!」


 雷電に捉えられた相手へと、オマケとばかりに石の礫が飛ぶ。籠手に残された最後の一つ、黒の宝玉の力である。

伝説級の装備――この〈エレメンタルガントレット〉とて決して生半可な物では無い。かつて妖精郷を騒がした〈鋼鉄龍〉が溜め込んだ、押しも押されぬ宝物ボスドロップの一つである。

マジシャン系統が装備できる唯一の〈拳〉装備であり、高い魔力(INT)補正、時間ごとの精神力(MP)活性、属性攻撃力ブーストに「下級呪文が複合して『連環』する」と言う〈魔導師〉の最終装備としても候補に上がる一品なのだ。



 ――『連環』は発動率が低く、『瞬唱』の前提スキルに過ぎない?


しかし、全身を連環が発生する装備で固め、速度(AGI)幸運(LUC)で補えば?


 ――〈賢者〉は敵モンスターと殴りあえる性能では無い?


しかし、モンクをサブ職に、バッファーとしての魔術を全て前衛能力の強化に使えば?


 ――〈賢者〉では広域殲滅呪文である大魔法を覚える事が出来ない?


……しかし、『連環』で大魔法を発動する装備があるとすれば?



 女の、唯一マジシャン系統らしさを残す帽子に付けられた、赤紫色の輝石がギラリと光を放つ。

〈モンスターハート〉――全てのモンスター達が持つ核とも言われ、装備に装着する事でモンスターによって様々な効果を発揮する輝石である。

あらゆるモンスターが万に二つの確率でドロップするそれは、仮にボスモンスター、それも魔王ロードと呼ばれる存在であっても例外ではない。


 〈シャドウロードのモンスターハート〉。


 それは、ほんのひと月前までVR-MMO「ミラージュ&ビジョンズ・オンライン」であったこの世界「ウェザールーン」の地に置いて、最も入手が難しいトップレアの一つであった。


 ――そのゲーム内効果は、「四属性の大魔法の内どれかが『連環』で発生する」事。




連環オートスペル……『メテオ、スォォォー――ム』ッ!!」




 風の牢獄から脱しようと藻掻くアデプトに、輝石から発せられた〈炎〉の隕石が迫る。

大魔法の中でも最も攻撃範囲と持続時間が長いその呪文は、弩持ちに向かわせていた部下達も巻き込んで容赦なくリザードマン達を燃やし尽くした。


 かくして、ここに一つの"極み"が為る。


 普通は『瞬唱』の前提として取るだけの『連環』を戦術の要に置き、

 普通は『後衛』として支援を行うの賢者で『前衛』として立ち回り、

 普通は揃えられないような『レア装備』を、努力と運で揃え切り。


 "最高"で無くとも、尾根の一つを登り切った"頂点"として。

ネタをネタとして終わらせぬまま、〈殴り賢者〉としての解答に至った女が燃え盛る隕石の雨の中嬌笑していた。


「ふふ、ふふふ……あーっはっはっはっは!」



 『0715』。四周年を目前にしていた「ミラージュ&ビジョンズ・オンライン」を介し、ウェザールーンの地に取り込まれた五千人の日本人たち。

――その"化身アバター"の中には、決して己が時間で磨きあげた「メインキャラ」では無い姿も少なからずあった。


 例えば真っ当なプレイに飽き、メインで培った財産を背景にネタビルドに走った者。

例えばたまたま拾ったボスレアを元に、自身のロマンを追求しようと考えた者。

あるいはただ単に、倉庫整理を兼ねたキャラで露店を広げたまま巻き込まれた者。


 彼らには決して、強さの最前線に立てるほどの力は無い。しかして――現実のMMOでしばしばそうであったように――他者に馬鹿にされ、蔑まれるほど弱いわけでも無い。

ここは異世界だ。剣と魔法と魔物の血で出来た、科学ならざる法則で動く"人の住む場所"である。


 老若男女、全て坩堝とし放り出されるように立たされた5000のアバター達。

その中に少数紛れ込んだ、廃人達が血道を上げて作る「道楽のようなビルド」のキャラクター……



 人はかつて、彼らの事を「セカンドキャラ」と呼んでいた。





第1話は毎日更新を目指します。

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