case2 時既に遅し
いいバイト程危険は高い…かも
「なんかいいバイトないかな~」
現在一人暮らしの大学生、高橋 翔護は求人バイトサイト見ながら呟いていた。するとある項目で止まった。
「何々。『犬の散歩の手伝いや赤ちゃんのお守りなど、誰でもできる簡単なお仕事やってみませんか!』か。面白そうだな」
その項目をクリックすると時給は時給1500円~。週1~と書かれ、写真には犬の散歩や赤ちゃんと猫が戯れている姿が映っていた。説明文を読んでいくと一つだけ条件があった。それは「一人暮らしの大学生以上」。実際翔護は一人暮らしなので条件はクリア。やってみようと応募するボタンを押し、必須項目を記入していき、応募ボタンをクリックした。
翌日。大学から帰り、パソコンを点けるとメールが来ていた。送り主は昨日応募した会社からだった。
「高橋 翔護様。今回は応募して頂きありがとうございました。以下の日程で説明会を行いますので履歴書(写真付)、筆記用具をお持ちの上、私服でお越しください。と書かれ、下には住所が書いてあった。
後日。その場所へと向かう。最寄駅から徒歩15分。周辺は住宅街。スマートフォンを開き、指定された場所へと歩くとそれっぽい建物を見つけた。三階建てのビルで玄関のガラスには今回応募した会社名が貼ってあった。中に入り、靴を靴箱へ入れ、スリッパを履いて自動ドアへと向かい入ると受付人が座っていた。
「いらっしゃいませ。アルバイト応募の方ですか?」
「は、はいそうです」
「でしたらこちらの廊下を進み、二階へとお上がり下さい。すると一室だけ開いている部屋がございますのでそちらへお進みください」
言われた通り、階段を上がりと確かに一室だけドアが開いている部屋がある。部屋の中に入ると横4列に長い机が並ばれ、縦3列にパイプイスが置かれていた。既に10人が座っており、大学生っぽい人もいれば30代っぽい男女もいる。翔護は空いている前の席に座った。目の前には資料が置いてある。
時間になると、スーツ姿の細身の男性が登場した。
「皆さんこんにちは」
「「「こんにちは」」」
「本日はお越しいただきありがとうございます。本日担当します、伊里宮と言います。皆さん緊張しているかと思いますのでどうぞお茶でもお飲みください」
そう言うと部屋に二人ほど女性社員が入り、紙コップに入った湯気がたつお茶が配られた。
「では、説明します。我が社は人助けを行う会社です。と言っても難しくはありません。例えば犬の散歩をお願いできないかしらと言われれば散歩を代理で行い、この時間に餌をと言われれば餌をと、簡単なお仕事ばかりですので安心して下さい。始め方はですね、資料に書いてある通り、まず我が社のサイトに入り、資料に書いてあるパスワードを記入し、アルバイト者専用ページへと入ります。やりたい仕事を選び、決まったらクリックします。締め切り時間がありますので注意してください。複数の場合は抽選を行います。締め切り日の翌日、お仕事が決まった場合のみ我が社からメールを送信しますので『はい』を押してください。万が一その日用事が出来た場合、違反がありますので注意してください。違反内容については資料に書いてあります。当日になりましたらそのお宅へと向かい、作業を行ってください。終わりましたらですね、お配りした資料の最後に書いてあります、携帯サイトあるいはPCサイトで仕事の内容、時間、我が社から依頼者へ事前に伝えたパスワード4桁を記入し送信してくださればお仕事終了です。時間は早くて30分、遅くて1日ですので作業内容をよく確認してからクリックしてください」
説明を終えるともう一枚資料が配られた。それは誓約書だった。つまり先程違反をした場合はこちらの罰をお受けしますという意味だ。しっかり違反内容を読み、一番下に名前の記入欄があり、ボールペンで名前を書いた。次に履歴書を渡すと、次にその後この会社の携帯サイトの登録を行い、最後に仕事する際に必要なネームプレートを渡され、説明会は終了。翌日から仕事が行えるのでと最後に伝えられ、解散した。
解散後会社では伊里宮が廊下で誰かに電話していた。
「私だ」
「ナンバー186の伊里宮です。社長、新たに12名の人体実験者が増えました」
「おぅ伊里宮か。やるではないか。いいか?我が研究の成果を存分に発揮したまえ」
「分かりました」
電話を切ると、後ろから声が聞こえた。
「誰かと電話かい?」
「あ、社長!お袋から電話で」
「そうか。ちゃんと説明できたかね?」
「はい!緊張しましたができたと思います!」
「そうか。ならいい」
と社長は伊里宮の肩をポンと叩いて通っていった。
ここで混乱した方がいると思うので説明すると、電話していたのは本来所属しているHTの社長。そして今話していたのが派遣され仮に勤務しているこの会社の社長で、この会社の仕事をしながら、本題であるHTの仕事を行っているのだ。
一方翔護は家に着き、パソコンを点け、説明受けた会社のサイトに入り登録を行った。どんなバイトがあるのか見ていると、説明通り犬の散歩や赤ちゃんのお守りなど、世の中こんなに代理でやって欲しいのかと驚くくらいあった。
翌日。バイト可能になり、早速合いそうな仕事を見ていく。すると近場で犬の世話の依頼があった。「日時は今週の土曜日。時間は朝(8時)~夕方(17時)まで」。これにしよう!食費まで浮くなんて最高過ぎるとクリックし、締め切り後のメールが来るのを待つ。
締め切り後。スマートフォンを開くとメールが来ていた。どうやら受かったみたいだ。はいボタンを押すと翌日、依頼者の家の地図が届いた。
「そう言えば!」
机から資料を取り出し、翔護は違反が書いてあるページを見る。
「よく確認しとかなきゃ!えーと『これらを行った場合、違反として罰があるので注意してください。罰の内容はバイト剥奪で、場合によっては依頼主が決める場合有り。違反項目は依頼日は必ず訪れる。遅刻厳禁。依頼者から頂いた飲食は不可。休憩は12時~13時。夜は18時~20時間の一時間以外は原則禁止(但し依頼者がいいなら時間通りじゃなくていいとする)。活動時間を偽る』」と書かれていた。
「一日だからご飯食べてとか言われそうだよ!?でもそんな事はないか。まぁあったら結構ですって断ればいいだけだし」
と簡単な気持ちでいたが、これが後に大変な事になるとは思ってもいなかった。
土曜日の朝、アパートから徒歩で僅か4分。
「梅川さん…ここだ」
表札を確認し、ポケットからネームプレートを取り出し、首から下げる。準備が完了し、インターホンを押す。見た感じ、隣の家より大きい二階建ての新築な家だ。
「おはようございます。株式会社〇〇の高橋です」
「あら、おはようございます。ちょっと待ってて」
ガチャ
玄関が開くと一人の30代の女性が出てきた。
「中に入って下さい」
翔護は家の中に入った。ここらへんの家にしては広そうな15畳程のリビング。犬の檻みたいなのはあるが、ここに犬はいない。
「あの…こちらのお宅の犬はどこに…」
「ゆっくりしてって」
女性はお茶を入れ、翔護に渡した。
「あ、はぁ」
翔護は躊躇いなく温かいお茶を飲む。
「美味しいですね、このお茶」
「そう?ありがとね~。少しの間ゆっくりしてって。ワンちゃん連れてくるから」
そう言って女性は翔護に見えないようにニヤッと笑みを溢し、何処か行ってしまった。そう言えばさっきから犬の鳴き声がしない。疑問を持ちながら再びお茶を飲む。
飲み終え、一分程待っていると急に腕が痒くなった。
「なんだ?急に体中が…」
腕だけ痒かったが、次第に体中痒みが生じていた。
「なに!何だよこれ!」
掻いても掻いても痒みは消えない。それを廊下で女性は口角を上げていた。
「今日一日宜しく頼むわよ。高橋君」
一方翔護はと言うと体に異変が起きていた。関節が鳴りながら身長は縮み、皮膚から無数の茶色く長い毛が生え始め、手と足が急速に短くなりつつ、手足を見ると次第に肉球になり、フサフサな尻尾も生えコントロール出来るようになった。
「これは何だよ!何なんだよ!」
毛を毟ろうとするがそれは意味のない行動でしか無かった。
「うがっ!」
突如顔の骨が鳴り出すと、一気に顔も変わっていった。鼻が黒くなり、鼻と口が前へと伸び、時々長い舌を出しながら一生懸命喋ろうとしたが人間の言葉は出なかった。
「ひゃ、ひゃじゅげてぇえ!(た、たすけてぇえ!)…」
最後に耳が垂れ耳へと変わり、翔護は一匹のゴールデンレトリバーになった。翔護は喋ろうと声に出して出てきたのは、
「ワンッ」
と言う犬の鳴き声だった。それを確認したかのようにあの女性が現れた。手には首輪と紐がある。ネームプレートを首から下げている翔護に近づき、ネームプレートを取り外す代わりに首輪と紐が付けられた。
「ごめんね内容違くて。終わったら戻す薬飲ませるから。これから子供たちが起きてくるの。だから散歩の後、一日子供達の面倒を見て欲しいの」
「(はぁ…)」
本人には聞こえていないが取り敢えず女性を見る。
「夕方になったらちゃんと元の姿に戻してあげるから心配しないで。じゃあこれから子供達を呼んでくるからその檻の中に入ってもらえる?」
そう言われるとリビング内にある檻に入った。檻の中は狭く、ゆったり出来なかった。
檻に入れられ暫くすると二階からドドドと廊下を走る音が聞こえるきっと子供たちだ。階段の降りる音が徐々に大きくなり、ドアを開けると6才くらいの男の子と後に小学校低学年くらいの女の子がリビングに入ってきた。
「ワンちゃんだーーーー!!!」
まず声を出したのは女の子の方だった。網目から翔護を覗く。
「ねぇちゃん僕にも見せて!」
横から弟が顔を見せる。
「あんたはダメよ!」
再び視界はお姉ちゃんになった。
「ズルイ!僕だって見たいもん!」
「あんたは見なくていいの!」
大声で喋る二人に翔護はどうする事も出来なかった。
「もうあんた達!五月蠅いわよ!」
後ろから女性の声が聞こえると二人は急に大人しくなった。
「早く朝ごはん食べて。そしたらお散歩するから」
「はーい」
「分かった」
二人は立ち上がりテーブルへと行った。
「行くよ、そら!」
「(うげぇえ!)」
いつの間にか翔護の名前は「そら」になった。檻の鍵が外され、やっと出られると一息吐くと、繋がれた紐を強引に引っ張られる。
「僕が持つ!」
お姉ちゃんが持っている紐を弟が奪おうとする。
「あんたが持ったら逃げるわよ」
「はいはい。喧嘩しないで。紐はママが持つから」
「えー、あたしが持つー」
「僕が持つ!」
「じゃあ仲良く二人で持ちなさい」
「はーい。行くよそら!」
やっと玄関に到着し、外を出て、散歩が始まった。紐を引っ張られ、息苦しくなりながらも散歩する中、翔護は歩くのに少し苦戦していた。普段二足歩行が今日は四足歩行。偶に躓き掛けながらもなんとか歩いていると姉が
「ねぇそら~、ちゃんと歩いてよー」
と言われてしまった。
「(こっちだって頑張ってやっとんだよ!)」
と言いたかったが出てきたのはワンだった。
10分程歩くと広い公園に着いた。
「休憩しましょっか」
女性が言うと、二人は翔護をつれていく。
「そら!このボールをキャッチして!」
お姉ちゃんがポケットから大人の握り拳サイズの緑色のボールを取り出した。
「いくよ!」
お姉ちゃんが翔護に向けて投げる。が、翔護の上を大きく越えそうな程高く投げた。翔護は取れるか!と無視しようとしたが、体が勝手に動き、いつの間にかジャンプし、パクッと口に銜えていた。
「すごーいそら!何であんなボール取れるの?」
お姉ちゃんが近づき、翔護の頭を撫でる。その行為は人間だったら「何コイツ?」とキレるとこだが、今の翔護はこの行為は快感で、尻尾を左右に揺らす。
「返してそら!」
「ウ゛ゥウウウウ(い・や・だ!)」
いつの間にか翔護は人間の時の意識を失い、完全に犬になっていた。お姉ちゃんは銜えているボールを強引になんとか取り出し、戻ると再び投げる。今度は右に大きくそれ、茂みに入っていった。翔護は意識よりもまた体が勝手に動き、茂みの中に頭を突っ込み、ボールを銜えて戻ってきた。
「お姉ちゃーん、僕も投げたい!」
「だったらそらから取ればいいじゃない?」
弟は翔護に近づき、ボールを取ろうとするがなかなか取れない。
「お姉ちゃん!取れないよぉ」
「力無いわねあんたは。ほらっ!」
お姉ちゃんが再び近づくと翔護が銜えているボールと取り出し、弟に渡す。やったーと喜びながら弟もボールを投げるふりをする。すると翔護はボールしか見ず、上下に顔を振る。こんなのもし人間だったら馬鹿馬鹿しい行為だろう。
「えいっ!」
やっとボールを投げるが翔護の前でボールは落ち、転がるボールを翔護は銜える。
遊び終える頃にはくたくたになっていた。翔護は舌を出し息を荒くしている。その姿を弟が見ると翔護をつれて水飲み場の水道を捻ると流れる水を翔護は舌をペロッペロッと出したり閉まったりの繰り返しで水を飲む。
「美味しい?水?」
喋れない代わりに翔護は尻尾を振って答える。
家に戻り、二人は翔護の体を撫でながらテレビを見る。
「二人共ー、お昼ご飯よ」
気付けばもう12時を回っていた。二人は椅子に座る。一方翔護には犬用の皿に盛られたドッグフードが置かれた。すると翔護は抵抗なく食べ始める。
「凄いねーそら。かなりお腹が空いてたんだね」
お姉ちゃんの言う通り、翔護は休む事なく食べている。と、その時急に翔護は我に返った。
「(あれ?俺は何を…)」
視界の先にはドッグフードがあり、口の中にもドッグフードが入っていると気付く。
「(え?何で俺…ドッグフードなんか食べてんだ…)」
まるで一部前の記憶が無くなったかのように翔護は戸惑い、目を大きく開け、ある記憶を思い出す。それは違反項目にあった。
「依頼者から提供された飲食は不可」
「(あっ!!!)」
しかし時既に遅し、翔護は既に食べてしまった。怯える様子を遠くから女性は笑みを見せる。
「残念ね。高橋君」
翔護はガタガタ震えながら恐る恐る女性を見る。
「あなたは違反項目を守れなかった。罰を受けなきゃね。あなたも知ってるでしょ?罰は依頼者からも出来るって」
そう言えばそんな事が書いてあったと翔護は冷や汗を掻く。
「けどね。既にあなたは違反を犯したのよ。朝、あなたお茶飲んだでしょ?」
「(!!!)」
翔護は朝の事を思い出した。朝だからそんな事思わず飲んでしまった事を。
「だから食べてもいいのよそれ。もうあなたは戻れないんだから」
「(そ、そんな…)」
「あなたみたいな人って結構いるのよ。私が依頼した会社、あなたから見ればバイトとして雇わさせて貰った会社はね、裏では人気なのよ。だってたった一万円でこうしてペットが手に入るんですもの。恐らくあなた以外にも日本のどこかであなたみたいに恐怖に陥ってる可哀想なペット達がいるんでしょうね。でも大丈夫。死ぬまであなたは一年前に死んだそらの代わりになるだから」
「ねぇママ。さっきから何言ってるの?」
「ママはね、そらが今日から家族の一員だって言う事をちゃんと伝えてるのよ」
「何言ってるのママ~。来た時からそらは僕らの家族だよ」
「そうね。その通りね」
三人笑う中、一頭震えが止まらなかった。
夜になると早朝出かけていたパパが帰り、梅川家は二代目そらと幸せな家庭生活を送っているのであった。
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