生徒会長はうつむかない
少女が教室の窓辺に佇んでいる。黒く艶やかで長い髪…白い教室のカーテンが、ゆっくりと風をまとい、それを覆い隠そうとする。彼女は白くしなやかな手で、そのまとわりつこうとするカーテンを窓辺に押し返す…。ああ、俺は夢を見ているのか?こんな美しいシーン。いいや、きっと現実なんだ。そして窓には見慣れない蒼い小さな虫。こいつはきっと居場所を間違えて、きっとオロオロしているんだ。まるで俺みたいだ。彼女はもう片方の手をそっと動かす…。
…あんたはどうしてここにいるの…しね
そう呪文のような言葉が彼女の可愛らしい唇から、まるで囁くように注がれる。ゆっくりと窓の景色の色が変わる。夕日で真っ赤に。きっと彼女の瞳も赤く染まっているんだろう。そしてその手には、よく見る市販の殺虫スプレー。そのノズルから、勢いよく白い霧が噴き出していく。夕日に染まる町の景色と、その気の毒な蒼い虫がゆっくりと溶け込んでいくと…彼女は少し、笑った。
「達樹、ほうきと塵取り。もちろん見えないところに捨ててきて」
俺は嫌々掃除具ロッカーからそれらを取り出し、そのまだヒクヒクとしてるやつを、そっと塵取りに乗せた。
「おまえもついてねえな」
それが俺がかけてやれる唯一の弔いの言葉だった。ああ、あいつがあの呪文のように囁く言葉が、俺の頭の隅々まで染み渡り、そしてそれは俺を蒼い色に染める。その俺に、彼女はその冷めた瞳を向けた。思った通り、真っ赤な色をしていて、やはり…少し笑っていた。
「じゃあ生徒会の役員会議はじめるわね。議題は、最近女子生徒のスカート丈における風紀上の問題、だっけ?却下ね、これ。バカじゃないの?かわいいんだから問題あるわけないじゃない」
それはあまりにも理不尽な締め方だったが、生徒会長の、そうこいつには誰も文句は、言えなかった。
楡崎市にある官民共同運営の高校、『楠南学園』に通う三年生の俺、宮川達樹は去年の暮、生徒会選挙でいやいや選ばれた生徒会副会長である。べつに人気があるわけじゃなく、とくに女子からなんとも思われていない俺がそんな役職に就いたのにはわけがある。まあ話の見えないやつにそんなこと説明してもわからんだろうし、する気もない。それよりこの生徒会にはとにかく変わったやつがいるのだ。
「こーろーすー…」
そう上目遣いで言うのが口癖の生徒会書記、小曾見千佳。美人だがどこかホラー寄りな美貌を持つ彼女は、自身では美少女だと自負している。だからどうあろうと「恐い」とか面と向かって言ってはいけない。それが彼女の地雷であり、踏みぬけば祟られる。じゃあその祟りって?それは自分で試してみるのだな。ちなみにこいつはみんなから『死霊ちゃん』と呼ばれてる。つまり、俺的にはあまりかかわっちゃいけない存在と認識してる。
「佐藤君、石本君、吉田君、ねえヒマ?」
「俺たちあんまヒマじゃないんだけど…」
「じゃあわたしの宿題、やっといてくれない?わたし忙しくって」
「話聞いてる?だいいちそんなの自分でやるもんだろ」
「あらあ?じゃ二年生のときあんたたちがわたしに寄こしたラブレター、公開しちゃおうかな?」
生徒会会計で男子の人気断トツの彼女は大場真琴。美少女キャラでありながら、でたらめと嘘と横暴をコンプリートさせたとんでもないやつだ。まあほかの女子から『腹黒天使』というふたつ名を与えられているほどだ。
とんでもないやつと言えばもうひとりいる。山内譲二だ。生徒会広報担当のこいつは、はっきり言っていけ好かないやつだ。顔がいいことを鼻にかけ、いつも自慢たらたらでほかの男子たちの顰蹙を買っている。いつか誰かに消されるだろう。あだ名は『イヤミ王子』。俺もそれを支持している。
そして極めつけが生徒会長で、全校生徒の上に君臨していると自負している勘違い娘がこの眉目秀麗で成績優秀の才女、楢崎妃乃だ。こいつはどうにも性格に難があり、すべての生徒は自分の家来だと思っているふしがある。おまけにこいつは絶対めげない。困らない。悩まない。それはみごととしか言うほかない。唯一の弱点と言ったら、極度の虫嫌いということだけ。じゃあ陰でこいつが何て呼ばれてるか知っているか?そう、こいつのあだ名は『暴虐の女帝』。じつにしっくりするあだ名だ。いつかこいつがぎゃふんと言い、うつむきながら下校する姿を、俺は見たいと思っている。
そんなやつらがこの学園に起こるさまざまな事件に首を突っ込み、迷惑にもかき回していくのだ。まったく頭が痛い。え?俺?俺は何もしない。したくもない。めんどくさい。だが誰もほっといてくれない俺こそが被害者だ。そしてもちろんこいつらと、そうしてこれから起こる学園のミステリーの、その最大の犠牲者なのだ。




