72話
深い蒼が空を覆い始め、地を照らす紅い光が陰りを見せ始めた。
崩れた岩山、抉れた雪原、隆起する大地。
激戦の跡が静かに降り始めた雪を受け止めていた。
無音の世界に巨大な龍が佇んでいた。
その顎門から白く輝く吐息が漏れ出し、空へと消えていった。
「あ、あぁ……」
ファングは膝を着き、雪原を見つめていた。
地平線まで続く白い地を追うように流れるような真っすぐ伸びる漆黒の線。
古の龍が放ったブレスは、彼の願いを打ち払うように、そこにあるべきと信じた姿をかき消していた。
「なんということだ……」
月の灯りが世界を静かに包み始めた。
古龍が翼を広げると、舞い上がった雪が月光を受けて煌めいた。
ファングはその姿を見つめていた。
古龍と視線が交差する。
無機質な瞳はファングを一瞥すると、空へと浮かび彼方へと飛び立っていったのだった。
「陽は落ちた……」
誰に告げるわけでもなく、そう口の端から零れ落ちた言葉と共にファングは歩き出した。
はらはらと落ちる雪の中に、重い足跡だけが残っていった。
――
ポツリ、ポツリと水が岩を静かに叩く。
見覚えのある碧に輝くクリスタルが、暗い洞窟内を淡く照らしていた。
ここは元レティ城近くの洞窟。
エキシビションマッチの前に作っておいたゲートクリスタルに移動魔法で飛んで来たのだった。
「負け?」
「うむ」
「マヂか」
「チビ助に負けるとはのぅ。あやつもやるようになった」
俺はもはや原形を留めていない盾を床に置き、座り込んだ。
「負け?」
「諦めが悪いヤツじゃのぅ。あのまま続けても耐えられたかもしれん、それは間違っとらん」
「だろ?」
「じゃが、命を賭してどうするんじゃ? 今回はそういうのではないと闘う前に決めとったじゃろが」
「むぅ、それはそうなんだが」
「ワシの魔法で仕留めきれんかったのと、レズンの策に上手く乗せられた、それが敗因じゃ」
「ミルズ、黙って座っていて下さい」
ローザの魔法が焼け爛れた身体を癒す。
「父ちゃん、なかなか酷い様になってるよ! 半面だけ焼き過ぎた焼肉状態!」
「お前、よく父のそんな姿を見て笑ってられるな」
「だって、治るからいいじゃん。だいたい毎回戦闘後に髪の毛が、焼けてアフロになってるの超面白い」
ケタケタと笑うメイ。
「たしかに髪の毛がもとに戻っていく姿は名物みたいなもんだね」
釣られてニナが笑い、ローザの回復魔法にも揺らぎが発生する。
「ローザも顔を伏せてないで、ちゃんとやりなさいな!」
「すみません、ですが……」
チリチリアフロがしゅるしゅるとストレートヘアに戻っていく様を見てローザが吹き出す。
自分のことだから分からねぇ。
俺も見て笑う側にまわりたい……
「しかし、あれじゃの。もう少し装備のことも考えんといかんようになってきたな」
レティがボロボロの盾を見て言う。
騎士団長のフェイから、良いものを見繕って装備を貰ってはいるが、たしかに今後の相手を考えると役者が不足している感が否めない。
「ワシの杖の魔石もそうじゃしな」
レティの杖――原初の霊環も真ん中に埋まっていた魔石は砕けてなくなったままだった。
「ほぅ? じゃあ、あれか? レティの時代の伝説の武器防具とか探しに行く流れか!」
なかなか胸をトキメかせる展開じゃないか。
RPGで最終決戦前に最強装備を集めに行くアレか!
えぇな!
「いや、ヌシが持ってた盾もそうなんじゃが、数打ちのもので、この闘いに耐えられる程のものが作られているとなると、現代の技術はかなり高いんじゃろ」
「えぇ?」
「なんじゃ、不満顔で。だいたいヌシらの世界でもそうなんじゃろが。ヌシ、千年も前の武器で近代の武器と闘えると思っとるのか?」
なんという現実味。
たしかに火薬武器すらない。
鉄の剣と盾ではお話にならない……んだが、浪漫に欠けるなぁ。
「じゃが、素材の面ではまだまだな気がするの。オリハルコンやらアダマンタイトとかも超レアっぽいしの」
「それは国宝レベルでしか聞いたことないね」
「ならばその辺りの素材を集めつつ、腕の良い職人を探すとするかのぅ」
「素材に心当たりがあるのですか?」
「うむ。ここらにもえぇのがあるしの」
「ファングさんたちに俺たちの死亡説を流してもらっている間、派手なことはできんしな」
「間に連邦に行ってロザリカ・ナザリカに話をしに行ってもいいしね」
この闘いのあと、ちょっと暇になるかなぁって思ってたけど、全然そんなことはなかった。
良い感じに暇つぶしが出来て良き良き。
「レティちゃ〜〜〜ん」
ボロボロのショタ龍が情けない声を上げながら洞窟に入ってきた。
「ここじゃ、ここじゃ!」
レズンに手を振るレティ。
俺はその姿を見て、思わず吹き出した。
レズンの頭はアフロになっていた。




