37話
父ちゃんと一緒に昨日の兄妹の家へと向かう。
クレセントムーンスタイルで。
なんの罰ゲームなのさ!
さすがに恥ずかしい!
けど父ちゃんはあんまり気にしていないみたい。
なんでも正体を隠して正義を行うのはロマンだそうな。
太っててもいいし、痩せててもいい。
赤くても虎でも、はたまた怪盗団のリーダーでもいいらしい。
言っていることはウチにはよくわからないけどマスクは好きなんだってさ。
そんな会話をしていると昨日の兄妹の家へと到着した。
「ごめんくださ〜い」
父ちゃんがノックして住人を呼び出す。
出てきたのはお兄ちゃん。
「どなたですか? ってクレセントムーンさん。昨日はありがとうございます。チェルシーを送ってもらって」
「大丈夫! 気にする必要はない!」
父ちゃんの前でキャラ作りするのも恥ずかしいんだけど、今はヒーローだからね!
「あっ! クレセントムーンだ!」
妹ちゃんも出てきた。
ハイタッチして挨拶を済ませる。
「クレセントムーンから、具合がよくないって聞いて。それで……きっと妹さんが無茶をするから様子を見に行こうという話になって」
父ちゃんが2人に自己紹介をして、ここに来た目的を伝えた。
「そうなんです! こいつ、止められたにも関わらず、また森へ行こうとしてたんです!!」
妹ちゃんはウチから目を反らしてバツの悪そうな表情を浮かべている。
「だって! これからもお薬は必要だし……」
「だから言ってるだろ! 危ない真似はよせって! クレセントムーンさんからも、もう一度言って聞かせてください!」
ヒートアップして言い方がだんだんとキツくなっていくお兄ちゃんに、妹ちゃんはついに泣き出しそうになってしまう。
痩せこけて不健康そうな顔の老婦人が扉を開けて怒鳴り込んできた。
「なんだい、家の前で騒々しいね! ゴホッ!」
不機嫌そうにこちらをギラリと睨みつけ、ウチたちを怒鳴りつける。
彼女を見て兄妹は申し訳なさそうに謝罪する。
「ごめんなさい、チャトリさん」
「ふん! 謝るぐらいなら最初から騒ぐんじゃないよ!」
「申し訳ない、騒ぐつもりはなかったんだ。ちょっとこの兄妹に用があってね」
父ちゃんもチャトリさんって人に謝罪したけど、値踏みをするような視線を向けたあと、何も言わずに扉を締めてしまった。
そんなに気に触ったのかな?
扉はどん、と大きな音を立て閉められた。
「昔は優しい人だったんですよ」
閉ざされた扉を辛そうな目で見るお兄ちゃん。
妹ちゃんも悲しそうだ。
「チェルシーも良く遊んでもらっていて懐いていたし、お菓子を作ってもらったり……」
「チェルはチャトリさん、好きだよ!」
あんなに強く当たられたのに……妹ちゃんは笑顔を浮かべてそう言った。
表情を見るに本当に好きなんだろう。
「僕と同じ病気になってから、おじさんが亡くなって…… かなり体調を崩してしまったんだけど……そのあたりから人が変わってしまったんだ」
「環境で人が変わってしまうのはよくあることだ、仕方ないよ」
父ちゃんも2人を慰めるようにそう言ったけど、それでも二人には暖かい思い出が多かったのだろう。
今では希薄になってしまった付き合いを残念だと言っていた。
「それで今日はどのような要件でいらしたんですか?」
「そう! 今日はプレゼントを持ってきたんだ!」
「えぇ! チェルに?!」
「2人に……かな! なんだと思う?」
「う〜ん、わかんない!」
「じゃーん! 魔法薬だよ! これがあればお兄ちゃんはきっと良くなる!」
「えぇ?! ほんとに? わ〜い!」
妹ちゃんは無邪気に喜んでくれている。
けれどお兄ちゃんは……
「そんな高価なもの、受け取れません!」
声を大きくして拒否した。
「なんで?! くれるって言ってるんだよ? これがあったらお兄ちゃん、元気になれるんだよ?」
「あの薬がいくらすると思ってんだ? そんな高価なもの、もらえるわけないだろ!」
言い争いになり妹ちゃんはギャン泣き。
それでもお兄ちゃんは頑なに薬の受け取りを拒否する。
「別に高価なものじゃないよ。作れる人がたまたま……」
「騒ぐんじゃないって何回言わせんだい! ゴホッゴホッ!」
また隣の家の扉が大きな音を立てて開いた。
お隣さんが怒って玄関口から出てきた。
「いい加減にして欲しいさね! 毎日こううるさくちゃおちおち眠ることもできないんだ! それとも何かい? そうやって私を殺そうっていう算段かい?」
「そんなわけないじゃないか、チャトリさん。いくら何でも酷いよ……」
「ごめんなさい、チャトリさん……」
妹ちゃんをかばうように彼女の前に立つお兄ちゃん。
妹ちゃんは彼の裾をぎゅっと握りしめて怯えた目でお隣さんを見上げていた。
「だいたい何なんだい、あんたらは? あんた最近噂になってるクレセントなんとかいうやつさね? 正義の味方だったら、近所で騒ぐ輩も成敗してくれないもんかね」
お隣さんは舐めるようにウチを一瞥して手に持ってる瓶に視線を固定した。
「それが……あたしの眠りを妨げる元凶ってわけかい?」
ウチと兄妹へと視線を行ったり来たりさせてからお兄ちゃんを睨みつける。
「薬……なんです。病気の……」
「クレセントムーンがプレゼントだって持ってきてくれたんだよ!」
妹ちゃんは嬉しくて、つい薬の事を話してしまった。
お兄ちゃんは、ハッとした顔を浮かべ……
お隣さんは目を見開いて瓶を睨みつける。
「こんな高価なものをもらえなくて……それで声が大きくなってしまったんです、すいません……」
「くれるってんのにいらないならあたしが貰ってやるよ。これで病気が治るなら儲けもんだ」
お隣さんは喜々としてウチが持ってる瓶に手を伸ばしてくる。
ウチはそれを制して、できるだけ落ち着いて話すように一呼吸おく。
「これはウチが妹ちゃんにプレゼントするために持ってきたの。あなたのものじゃない」
「そいつらがいらないって言ってるんだ! あたしが貰ったっていいさね! だいたいあんた、正義の味方を気取ってんだろ? じゃあ、あたしの事も助けてくれても良いさね!」
お隣さんはそう言って顔を真赤にして怒り出す。
父ちゃんも間に入って仲裁してくれてるけど……
「やめて!」
妹ちゃんがスカートの裾をぎゅっと握りしめて涙を目にいっぱいにためながら叫んだ。
ウチはその声にハッと我に返る。
ウチはいつの間にか冷たくお隣さんを睨んでいたことに気付いた。
ウチはただ妹ちゃんの喜ぶ顔が見たかっただけ……
こんな悲しそうな顔をさせるためじゃない。
「ごめんなさい、クレセントムーン…… この薬、チャトリさんにあげていい?」
俯いて貯めた涙をこぼしながら妹ちゃんは言う。
視線を妹ちゃんからお兄ちゃんへ向けると、彼は頷いて辛そうに笑った。
ウチに、昔この兄妹とお隣さんがどんな関係だったかはわからない。
だけど、2人の様子から想像する事はできる。
だからといって、命の危険まで犯して薬を取りに行く妹ちゃんと、それを心配するお兄ちゃんが自分達の事を置いてそんな事を言うのは納得ができない。
父ちゃんは厳しい目でウチをじっと見つめている。
まるでこうなることがわかっていたように……
「この子達だってそう言ってるんだ。コイツはあたしが貰っていくよ」
そう言って、お隣さんが瓶に手を伸ばしてきた。
妹ちゃんやお兄ちゃんの気持ちがわからないの?
許せない!
「これはまだウチのものだ。お前は泥棒なの? この手は何?」
老女の手を冷たく払いのける。
「ひ、ひいっ!」
怯えて地面にへたり込み後ずさる彼女にゆっくりと近づく。
「あ、あんた正義の味方じゃないのかい?」
「あんた、まさか自分が正義の側にでもいるつもりなの? 年端のいかない兄妹から薬を取り上げる……自分の行いが他人からどう映るか……考えてみろ!」
「だ、誰か! 助けておくれ!」
怯えて腰が抜けうまく動けない彼女の前に……妹ちゃんが手を広げて立った。
泣きながら、だけど……しっかりとお隣さんを守る妹ちゃん。
その隣のお兄ちゃんもこちらをまっすぐ見てからウチに頭を下げた。
「チャトリさんを許してあげて! せっかく薬を持ってきてくれたのにごめんなさい! 薬もチャトリさんにあげて欲しいの!」
「こんなことをお願いできる立場じゃないんですが……そこを曲げてお願いします!」
二人の真摯な思いは、お隣さんとの絆を感じさせた。
今は歪んでしまったけれど、それでもその繋がりはこの兄妹とお隣さんをしっかりと結ぶものだと感じることができた。
「あんたたち……」
遠くなってしまった過去を思い出したのか、お隣さんはそんな二人を前に涙を流して立ち尽くしていた。
「えぇ話や……」
父ちゃんは兄妹の行いに感動して泣いている。
何しに来たんだ、この人……
本人がそれでいいっていうならそれでいい。
ウチは薬をこの兄妹にあげるって言ったし、その薬をお隣さんにあげるのも二人の選択だ。
だけど……ウチにははっきり言っておきたいことがある。
お隣さんに向かい合って静かに、だけど強く、しっかりとお隣さんの目を見て告げる。
「過去の自分に感謝するんだね。いまの自分を救ったのは昔の兄妹との絆だよ」
お隣さんの震える手に薬の瓶を握らせる。
「だからこそ、いまの自分の行いをもう一度見直した方がいい。ウチにはこの兄妹の行いは正義に見えるけど、あなたの行動はそうは見えない」
お隣さんは自分に問いかけるような視線を薬の瓶に向け、何度も頷くのだった。
膝をついて嗚咽するお隣さんを、兄妹は優しく抱きしめる。
その様子を見て、さらに号泣する父ちゃん。
泣き声の大合唱だ。
なんだこれ。
「クレセントムーンがチェルを泣かせてるー」
偶然通りかかった近所の少年がウチを指差して言う。
客観的に見ると、あまりに絵面がよろしくない!
「いや、違うから!」
「クレセントムーン、ひっでー」
別の子がウチを指差して囃し立てる。
「正義の味方じゃなかったのか?」
「前から怪しいと思ってたのよ……」
この騒ぎにいつの間にか人が集まってきていてヒソヒソと話す声が聞こえる。
えっ? これウチが悪いの?
あれ?
――
翌日の朝、ウチは兄妹の家の前にいた。
扉の横に見知った魔法薬の瓶が一つ置いてあった。
ウチもその横にそっと同じ薬の瓶を置いて宿に戻った。
宿では父ちゃんがローザに飲み物を運んだり、肩や腰を揉んでいたのだった。
何かお願いごとをしたんだろうね。




