599話「ガーネとミナト」
「さ、わかってんな。女王陛下の御前だ、あんまり派手なことしたくねぇし、貴様ごときのためにわざわざ場所移す時間も惜しい。今すぐ喋れ、『いつから張ってた』『誰の指示だ』『どこまで上が来てる』『対象は俺か、ディアマントか、全員か』。普段はそこそこ気が長いが今日は長くねぇさっさと喋りな。頭踏み潰されてじわじわ死にたくねぇだろ」
「…ッ、…く…!は、…はぁ…ッ」
「痛いの大分頑張って『我慢』はしているようだが、尋問にあたっての訓練も受けてないようだな。あんまり素人が頑張るもんじゃねーぞ、ただ苦しいし怖いし痛いだけだ。先に結論から言うが、俺の経験上『どうせ喋ることになる』んだから無駄に痛い思いする前にさっさと喋った方がお互いのためだぞ。お前は必要以上に痛めつけられることもない、俺らはさっさと片付く。ウィン・ウィンだ。俺が優しくしてる間に喋った方が身のためだと思うけど。3分だ、3分あれば俺はお前を喋らせられる。その3分の間に痛い思いしたいならそれでも構わんが」
ガーネに頭を踏みつけられている男が、両足の痛みと頭を踏みつけられる痛みと、耳のすぐ内側で骨が軋む激痛と『みしっ』という嫌な音に恐怖し、喘ぐように浅い呼吸をしながらガーネを見上げた。
頭から足を退けてやったガーネがそのまましゃがみ込み、無遠慮に髪を鷲掴みにして頭を引っ張り上げる。革手袋を嵌めているお陰で滑りが一切無く、頭皮からは『ぎしっ』とも『みちっ』ともつかない音が鳴り、これも男の頭蓋を通じて鼓膜に直接響くようだった。
「これは余談だが」
「…っ、…は、は…ッ…?」
痛みを耐えようと必死に短く浅く息をしながら男がガーネに視線を向けた。
「なに、単純な算数の問題だ。ちょっとだけ雑談しようや。……さて問題です、俺は最初に2匹射殺しました。その後、岩陰から出てきた連中を4匹追加で射殺しました。次に何か道具の発動をしようとした奴も射殺して、ついでに近くにいた3匹も射殺しました。その後1匹は殴り殺して、もう1匹は首を折り殺しました。で、最後に3匹出てきたので1匹はナイフでダーツの的になってもらい、もう1匹は頭に1発ヘッドショット。そしてお前の膝と足の甲に1発ずつ撃ち込みました。さて問題です、俺は弾を何発『無駄に消費』させられたでしょうか」
「……、…ッ」
「はい時間切れ、答えは『13発』でした。じゃあ次の問題。『俺の銃の残弾数はいくつでしょうか』」
そう問いかけたと同時に、男が何かを喋る前に右手に握ったままの銃は男の肩に押し当てられ躊躇無く引き金が引かれた。ドン、というくぐもった音と共に耐えきれずに男の口からは絶叫に近い悲鳴が上がった。
「正解は今一発撃ったから『残り3発』でした。あ、あと3回痛い思いさせられたら終わりだと思わねぇ方がいいぞ、マガジンはまだある。俺の銃の装填数は17発だ。あと20回の苦痛と、弾が無くなったらナイフで順に関節抉っていってやる。関節は約260個らしいからな、あーでもその前に耐えられなくて死ぬかもな。何のために俺が途中、『弾を節約して素手で殺したところを見せてやった』と思ってる。『見てた』だろ?俺は銃が無くても10秒あれば殺せるぞ。…ちなみに関節潰しで運良く死なずにいたらまだ削れるところはいくらでもあるから安心しろ。次は耳。その次は瞼。鼻も無くても『喋る』には支障ねーな。それが終わったら頭皮から順番に皮膚削いでやる。ああ、その前に弾残ってるな膝。取ってやろうか?」
「ぎ、あっ!やめ、やだ!やめ、あああああ!!!」
「うるせーな大の男がみっともねぇ」
ガーネの親指が膝の銃創を抉り、男の反応を見て手を離してやった。
「あー、これは俺も『同じ男として可哀想だからやりたくない』けど、去勢ってのも選択肢にあるな。もちろん麻酔なんてないぞ」
「し、しら、しらない!名前はわからない!序列『中位』の男に!上に上がれるっき、機会だと集められて、こ、ここ、でッ待機、して…っじょお、ッと、その『犬』が来るから!『犬』を始末しろと!『女王はあわよくば』!そし、そしたら!俺らの中で成果がよかったのが!序列『中位』に上がれると!!」
「引率は誰だ」
「知らない!わからない!そいつも、上に気に入られたいからって俺らを集めて!成果、がっ成果があればあの男も『上位』に!!ッそれでっ!!」
「そいつはどこに行った」
「わからない!昨日のよる、にッここに来てっ!気付いたらいなく、なっててっ!!」
「ふーん」
ガーネは男の怯えきった涙の滲んだ双眸を見つめ、息遣いや瞳孔、眼振を観察して雑に地面に頭を投げつけた。
脳震盪を起こしかけた男が一瞬息を詰めると、ガーネはゆっくりと眉間に銃口を押し当てて引き金を引いた。
「死体は全部で15だ、『処理』しろ」
「…へ、えっ」
「さっさとしろ、女王の前に豚の死体をいつまでも転がして置く気か。お誂向きに、すぐ近くに崖があんだろ。落とせ」
すっかり冷えたようなガーネの声音に、一同動作と思考が連動しない。
スメイラがやっと小さく息を飲むと、震える声で「とくむ」と発したところで、エーリックがスメイラの肩を叩いた。
「特務の連中は『陛下の傍』についてろ。死体触り慣れてる俺が行く」
「…衛兵総監、私も行く」
「儂らも行こう。特務は皆若い、たまには年寄りも働かんとな」
エーリックに続きジェレイドが名乗りを上げ、巫術官長と魔導師長もそれに続いた。
「アミュもいく!ぶたをころがすところ、アミュみたい!わくわく!ごろごろ!」
「相変わらず悪趣味ねアミュ。……アミュが落ちたら面倒だから、わたしも付き添うわ。この子がごろごろ転がって行きそうだもの」
純粋な興味本位でアミュも動き、リエーブも意外と平気そうな様子で特務とディアマントから離れ死体処理に向かった。
残された特務の面々は、淡々と死体を崖下に投げ転がすガーネを遠巻きに見つめていた。
震える手を握り込み、何度目かわからない生唾を飲む音が小さく鳴った。
「……あの男、『上手い』な。思えば妾は、ガーネが『働くところ』を初めて見たかも知れぬ。戦闘が強いのは知っておったが、あそこまでとは思わなんだ。まずはあの人数をあの速度……純粋に圧倒された。それよりも、喋らせるのが『上手い』。尋問も…計測はしておらぬが、5分、いや、宣言通り3分かかっておらぬな」
「ああ、陛下は初めてご覧になったんでしたっけ」
「ヘルソニアが前見たときはどうだったのじゃ」
「あれは王城で『捕縛して投獄していた』均衡教徒でしたからね。その時は今とは少し違った揺さぶり方をしていましたね、昨日の公国への白々しいパフォーマンスみたいなものですよ。事前にある程度詰めた状態で『答え合わせ』をしていただけなので」
怯えているのかと思われたディアマントが、存外淡々とガーネの『仕事』を評価しヘルソニアと講評をする姿に、スメイラは震える声で問いかけた。
「…陛下」
「なんじゃ、スメイラ」
「……ガーネくんの、前職、いえ、『前世の仕事』って」
スメイラのその言葉に、ディアマントの眉が動いた。
そして真っ直ぐにスメイラを見つめ、どこか意外そうな顔を向けていた。
「…陛下…?」
「ガーネが、何か申したのか。『そこまで』あの男が言ったのか」
「………」
スメイラが思わず隣のラズリと視線を絡ませ、そのまま特務の面々へとゆっくり何かを縋るように視線を投げてから覚悟を決めたように、ディアマントへと戻した。
「…いえ。『さーな、ディアマントに聞けば』と」
「ふん、そうか」
ディアマントもガーネの後ろ姿を少し目を細めて見つめてから、風に靡く横髪を耳に掛けて目を伏せ、小さく溜息を漏らした。
「…妾も、『当時は』あの男が具体的に『どういう仕事をしているのか』は聞いたことがない。教えてくれなかったのじゃ」
澄んだ水晶のような、軽やかで美しい声が小さく前置きの言葉を紡いだ。
それから短く「ふう」と吐息を漏らしたディアマントがゆっくりと目を開き、特務の一同にその蜂蜜色の瞳を向けた。
「『赤坂ミナト』……28歳、防衛大卒、所属は陸上自衛隊、階級は三等陸佐。防衛省や市ヶ谷に行ったり、海外にも突然連絡もなしに行って平気で数ヶ月連絡もなかったりしておったわ。陸上幕僚監部の情報部門所属としか、当時の妾は聞いておらぬ。『守秘義務だ』と言われた。だから妾も『それしか知らぬ』が、後から思い返せばあの語学力と今のあの仕事の仕方を見るに…諜報だとか、そういう仕事をしておったのかもしれぬ」




