後編
特務室の扉を勢い良く開き、その騒々しさに一同はびくりと肩を竦めた。
「お、おはようガーネ」
「……おはよう」
「どうしたのアンタ、今日休みにするのかと思ってたけど。ていうか、そんなことよりなに、顔真っ青だけど」
ラズリの言葉通り、顔面蒼白のガーネが特務の面々を見て震えた溜息を深く吐き出した。
「やばい、どうしよう」
「…?ガーネくん?」
「やらかした」
「ガーネどうかしたの?」
「どうしよう」
「ガーネ様?」
特務の面々が初めて見るガーネの様子にさすがに茶化しもせずに心配そうに次々と声を掛ける中、ガーネは膝から崩れるように床に座り込んだ。
「なに、どうしたの」
「………………は、……孕ませたかもしれない…」
「え」
「避妊ミスったかもしれない」
「……え…」
「どうしよう普段めちゃくちゃ気を付けてたんだけど心当たりがとてもあるどうしよう」
「落ち着きな。あんまり同僚のそういう生々しい話聞きたくは無いけど、いつの話よ。計算してあげるわ」
「外遊中にあまりにも可愛くて可愛くてたまらな過ぎてサカりましたどうしよう」
「アンタ外遊中にナニしてんのよ。まぁいいわ、………3週間と少しか。月経は?わかる?」
「来てないって言ってたから、予定日から4日遅れてる。アイツ管理された超絶健康な生活してるから毎月28日周期でぴったり来てるどうしよう」
ガーネが淀みなくディアマントの周期的なものまで即答する様子にスメイラは引き気味に口を挟んだ。
「彼女の月経周期そこまで把握してるのもちょっと引くんだけど…私の元旦那だってさすがにそこまで把握してなかったけど」
ラズリはカレンダーを見て確認しながら小さく唸るものの、さすがにそうなれば医官が検査やらなにやらで忙しないのではないかと考え改めてガーネへ視線を向けた。
「ガーネ、可能性はアンタの懸念通り確かにあるかもね」
「どうしようまた順番ミスった、ただの貴族平民ならともかく女王だぞどうしようどうしよう」
「アンタ台詞を『どうしよう』でサンドイッチするんじゃないわよさっきから。珍しく動揺してんのはわかったけど落ち着きな。外遊で消耗してる中で忙しなくアンタも留守にして気も張ってただろうし、アンタが帰ってきて安堵して……って、聞いてる?」
ラズリが慰めのつもりではなくまだ確定していない状況で焦ったところで事実は覆らないと話している最中で、ガーネの頭の中はすでに別のことで思考が埋め尽くされていた。
「名前。そうだ、名前」
「な、なまえ?」
「ディアマントのネーミングセンス、安直過ぎるから。『赤ん坊だから赤ちゃん』とか平気で名付けそうだし。赤ちゃんて、大人なったらどうするんだ。改名させるのか。大人ちゃんか。その前は幼児ちゃんからの思春期ちゃんか。え、変な名前。キラキラネームの方がマシじゃねぇのか。待て俺は一体なにをここはどこ」
「はぁ???」
「そうだよガーネくん、落ち着きなよ」
突如名付けの話をしたかと思えば立ち上がってスメイラに掴みかかったガーネは、妙に据わった目付きで威圧した。
「新生児ってのは、肌着がたくさん必要なんだろ。何枚用意するんだ、3枚か」
「し、知らないよ子供いないし!怖い!でもどう考えても3枚じゃ足りないんじゃないの、赤ちゃんってよく吐き戻しするって聞くし!ってそうじゃない!落ち着きなさいガーネくん!」
「そうだ。役場。役場に行って出生届を…いや王族って戸籍ないのか、いや、俺の戸籍か。待て、出生届出すには名前だ、赤ちゃんなのか、大人ちゃんなのか、どれが最適解なんだ」
「どれも拙劣解だよ!!落ち着きなバカクソガキ!!」
「そうだよなラズリ。そうだラズリ、お前、赤ん坊取り上げの経験は」
「あるわけないでしょ!!アタシは魔障・霊障の専門医なんだってば!!みんなその設定忘れてアタシのこと便利外科医みたいに扱ってるけど!!!落ち着け!!!」
「あ、ねぇガーネ!僕、生まれたら抱っこしたいなぁ」
「俺のガキにさわるな32点が感染るだろ!!」
「ひどい!」
「ガーネ様〜あたしも!エイミーも抱っこしたーい!母性本能ギュンギュンになっちゃう!」
「お前も俺のガキにさわるなゴリラが感染るだろ!!」
「ひどい!」
「ガーネ様、わたくしも抱っこしたいですわ」
「お前はそういやクソヘタレどうなったんだよ俺の留守中!とんでもスキャンダルポイントでお約束のような場面に出くわされたけど!」
「あーもうとにかく落ち着きな!!」
ラズリが分厚いファイルで容赦無くガーネの横っ面を殴打して強制的に落ち着かせたところで、とにかくまずは確認をすることと、その上で本当に女王が懐妊していた場合は一緒にどうしようか考えようとラズリが言い含めてガーネはようやく静かに頷いて再び顔を青くさせた。
翌朝、緊張した顔で気が早くも妊娠初期の指南雑誌を数冊とグレープフルーツのゼリーなどとつわりの時に欲しがりそうなものを素人知識で買い漁ってディアマントの執務室を訪れた。
しかし、ディアマントは1日ゆっくり休んで体調も戻った様子らしく、けろりとした顔をしていた。
「なんじゃガーネ、お前も体調が悪いのか」
「俺は悪くない。お前は寝てろ」
「なぜじゃ、妾はもうよくなった」
「よくない。侍女長!」
「は、はい」
「ベビーベッドってのはどこに行けば買えるんだ」
「は…はぁ?」
「女官長!」
「…はい」
「離乳食ってのはいつからするんだ、生後何日だ!」
「い…一般的には、生後何日ではなく大体5、6ヶ月頃ではないでしょうか」
「なんじゃお前、知人に赤子でも生まれるのか。それとその大荷物はなんじゃ、妾の土産か」
「お前!変な名前はだめだからな!」
「は???」
*****
「ふ、ふふふふ…ッふ、はは、うふ…」
「笑いすぎなんだけど」
腹を抱えて笑うディアマントと、明らかに笑いを耐えて肩を揺らしているミモゼとジステルとヘルソニアに、ガーネは居心地が悪そうに真顔で大量のグレープフルーツゼリーを机に並べていた。
結果、前日にディアマントが言っていた通り純粋にただの疲労だったらしく、妊娠の兆候は全くないと告げられガーネの勘違いに部屋にいた女性陣は堪らず笑っていた。
「ふー、はぁ、笑った。…ガーネ、お前、もし仮にそうだったとして一体なにをそんなに心配したのじゃ」
「順番間違えたことです」
「じゅんばん」
「あと、お前がガキに変な名前付けないか心配だった」
「なんと無礼な。妾の素晴らしい名付けの感性がお前にはわからぬのか」
「『ゆきちゃん』やら『おこめちゃん』やらの安直な名前しか付けられない小娘には言われたくない」
即答されたガーネの返答の意味がわからないほど、ディアマントも小娘ではない。
思わず先程までとは別の笑いが込み上げ、ふわりと幸せそうに笑いかけた。
「……でも」
「うん?」
「妾、子供が出来ていなくて少し残念じゃ。お前がそんなに喜ぶと思わなかった」
「………俺、そんな喜んでた?焦り散らかしてただけだと思うけど」
ミモゼとジステルも顔を見合わせて再度笑みを零しながら、ガーネへと視線を向けた。
「喜んでいらっしゃいましたよ」
「わたくしどもも、正直少し意外に感じるほどに喜んでおりました」
「そ…そう、なの?」
少しだけ訳がわからなそうな顔で首を傾げたガーネだったが、ディアマントの傍で膝をついて華奢な下腹部をそっと撫でた。
「…でも、まだ駄目。まだ、『俺の』だけでいて欲しい」
「ふ、…ガーネの甘えん坊」
「うるせー…」




