486話「ポリグロット」
「ヘルソニア様、少しよろしいですか」
大広間前室で侍女長がディアマントの身なりの最終確認と口紅を整えている中、ガーネがヘルソニアへと声を掛けた。
「なんだガーネ、どうした」
「貴女相手に腹の探り合いしても仕方がないので、単刀直入に。向こうの皇子皇女、随分と公用語が流暢と侍従長から報告を受けています。その上でお聞きします」
「なんだ」
「英、独、露、中だったら…貴女どの言語がわかりますか」
「………中」
「わかりました」
室内にいた一同は、特務とディアマント以外はガーネの提示した内容の耳馴染みが無く意味もわからず、ややぽかんとした顔を見せた。
「なぜだ」
「万が一です。向こうに知られたくない内容があった時に公用語だと向こうに理解されるので」
「其方、言語堪能なのはこちらだけではないのか」
「うーん、あ、仏も少し。ほんとこっちは簡単な挨拶と道聞く程度ですけど。それも換算していいならポリグロットですかね」
「末恐ろしい男だ。『相変わらず』頭のいい男だとは思っていたが」
「はは、ドーモ。褒めてもらって」
「ガーネ!妾にも!妾にも聞け!何がわかるって!!」
「なんでそこでやきもち妬いた??…別に陛下はいいんですけど仕方ないな。……一応聞きます。何ならわかるんですか」
突然話に割って入ってきたディアマントに、可愛いやら呆れるやらで小さく笑って肩を竦めたガーネが一応ディアマントの前世での対応言語を聞くと、ディアマントはものすごく得意気な顔で返答した。
「わからぬ!!」
「…えーと……なんで聞かせた?」
少しして、給仕・侍従・衛兵・近衛が会場内の持ち場につき、侍女や衛兵に扮した特務もそれぞれ配置についた。カルセのみ事前に指示していた場所で控え、報道の記者や関係者が指定の場所へとついて落ち着いた頃合いに両国の侍従や随行員、通訳や書記官が入室しに向かった。
「……ジェレイド、カルセ頼むぞ」
「ああ、任せろ」
ガーネとジェレイドは互いに小さな声で言葉を交わし、最後前室に残った数名の警備とディアマント、ガーネのみの部屋の中でディアマントはガーネの袖を引いた。
「どうしました」
「外に出るのは大変だと思ったのじゃ。妾、ずっと城の中だったからの。でも外は知らないことがたくさんある」
「逆に聞くけど、今までで外出たのは何目的だったんだ」
「実の祖母の葬式で、ティエフ大樹海の方へ行ったのと……500年に1回の国境結界の『締め直し』。あとは大司祭の任命と、聖女の任命で…ただこれは外遊ではなく王都内のゴテス大聖堂じゃ。あとは、お前とともにゲルブ辺境伯のところに行ったのと、王都を一緒に散策したのと、ノルデンに行ったのと、今回のみじゃ」
「フーン、4000年でたったそれだけって本気で引きこもりじゃん」
「だから、妾いまとても楽しい。外に出たことがないわけではないが、知らないものがたくさんある。美しい、そして珍しい」
「陛下の国ですよ。……次、どこ行きましょうね」
「外遊の予定もあるが、妾、またあのぱりぱりの紙で包んだクレープが食べたいのと、小さくてまるいケーキも食べたい。ふわふわの白くて甘いものも、あと、あんまり美味しくはなかったがあのかたくてしょっぱい肉もまた食べたい」
「ははは、全部食いもんじゃん。……なら、また王都視察でもしますか」
「うむ!」
「あ、……俺、いっこオネダリしてもいい?」
「?なんじゃ」
「ディアの焼いたクッキー、また食いたい。焼いてくれる?」
「……あんな捏ね回して固くてぼそぼそのがいいのか」
「バカか、世界一美味かったよ。俺はあれが食いたい。あんな美味いの、食ったことなかった」
「…そ、……そう、…わかった」
ようやくそれぞれの国の支度が整い、侍従が呼びに来てガーネはディアマントへと手を差し出した。
侍従が扉を開き、ガーネがエスコートするように半歩先導して会場内を進みディアマントがそれに続いた。
数拍遅れて相手国の皇子、皇女、通訳と護衛が数人ぞろぞろと部屋に入って来ると、ディアマントと皇国を代表して皇子が歩み寄り互いに一礼をした。
「遠路はるばるようこそ参られた。本会談が両国のため実りあるものとなることを願う」
「歓待に感謝する。我々も建設的な対話を望む」
ディアマントが声を掛けにこりと薄く笑みを浮かべると、皇子ラヴィハも人当たりのよさそうな笑みを浮かべ、互いに握手を交わした。
形式的に「道中何事も無かったか」や「用意いただいた昼食をとても美味しくいただきました、お心遣いに感謝します」と言葉を交わす中で書記官が交わした言葉を記録し、報道の記者が簡易的にスケッチを取った。
「ここから先は非公開といたします」
侍従長が声を掛けると、報道の記者たちはそのまま案内に従ってぞろぞろと大広間を退室し、完全に関係者のみとなったところで改めて侍従長が口を開いた。
「それでは、ヴェルーティン王国・メイジーエ皇国の両国首脳会談を開始いたします」
ガーネがディアマントの席の椅子を引き、ディアマントが腰を下ろすと隣に側近のヘルソニアが着席して、近くに通訳が控えた。
ガーネは定位置であるディアマントの斜め後ろに立って『エスコート』から『近侍護衛』にスイッチを入れ替え、視線だけ周辺に投げて各人の配置を確認した。
侍女に扮したスメイラとラズリの立ち位置、衛兵に扮したサイフィルとアメジの配置、そしてかろうじてガーネからは視認できて皇国側陣営の位置からは確認出来ない絶妙な位置に隠すように控えたカルセと、その近くでかつ会場全体を見渡せる位置にいる警備最高責任者であるジェレイド、有事の際に一番前後左右どこにでも飛び出せる位置にエーリックが、それぞれ緊張と警戒を孕んだ顔で立っていた。




