474話「営業許可」
「干し肉1枚!」
ディアマントが嬉々として自分で店主に声を掛け、ガーネが自分の財布から紙幣を1枚取り出してディアマントに持たせた。
メイジーエ人の店主が目の前の女性が周辺の騒々しさや警備の物々しさから、本日視察予定でこの地を訪れている『女王陛下』であると気が付くと、緊張したような面持ちで干し肉を包装紙に包んで差し出された紙幣を受け取った。
手提げ金庫から釣りを取り出そうとしたところで、ガーネは店主に声を掛けた。
「ラジ二ヤーハ・サムカ・アスティ、アヴァマァーナム・マー・クル」
メイジーエ語で伝えられた言葉に店主は驚いたように顔を上げてガーネを見て、再び驚きのあまりに目を見開いた。
「よぉ久しぶりだな。営業許可はきちんと取り直してんのか」
「あ、アンタ…あの時の観光客、いや、警察官…?」
「警察官も嘘では無いが、きちんと名乗っておこうか。『王室近衛騎士兼特務総監』のガーネ・ディーム・ロットだ。俺がこの肩書きを名乗った理由はわかっているな」
「な……何が、聞きたい」
「お前に以前聞いた鉱石店だが、あそこの店主が昨夜緊急逮捕されたのは知っているか」
「は?た、逮捕!?……いや、キナ臭いのは知ってはいたが、逮捕は知らない」
逮捕と聞いて驚いた顔をした男にガーネは腕を組んで店主を見つめた。
「鉱石店の店主が『キナ臭い』と言っていたが、貴様はあの男とグルか。正直に話した方がいいぞ」
「グルではない!……そりゃ、オレだってあんまり正しいことして生きてるわけじゃねぇ、アンタの国の女王陛下の前で到底言えたもんじゃない。けど、やっとあの国から逃げて来たとは言えやっぱり他所の国じゃスネにキズがあると生きづらい。そうなると必然的に付き合いは『悪い連中』になっちまう」
「お前の身の上なんか興味ねぇ、鉱石店の店主と繋がりが無いのもわかった上で聞いてる。もう一つ聞くが、お前の母国の宗教の施設がこの区にもあるだろ。あそこの一番偉い男、『導師』はどこに行けば会える」
「導師様か?……さぁな、俺らみたいな『奴隷』には、『霊能者階級』様だなんておいそれとお目にかかれる機会なんか存在しねぇから。ただ、礼拝所を拠点にしているとは聞いたことはあるが、どんな人物なのか、若いのか年寄りなのかも含めよく知らん」
経験から男の言葉が嘘では無さそうだと言うことがわかると、ガーネはディアマントの腰を抱き寄せて一歩下がった。
「アヴァーシ・ダナム・マー・アパルパ。営業許可きちんと取り直せよ、まじで地元警察に通報すんぞ」
再び通りを歩きながら、ディアマントはガーネの肘を取り声を掛けた。
「先程、メイジーエ語でなんと言ったのじゃ」
「うん?ああ、『女王陛下の御前だ、失礼のないようにしろ』と、『釣りは要らない』ですね」
「言語を覚えるのにどのくらいの期間が必要じゃ」
「メイジーエ語は発音が難しいくらいでそうでもないですよ。シェマードン古語とほぼ文法同じだし。事前に単語とかさえ勉強しとけば、あとは直接耳で聞いて喋った方が覚えます」
「普通は覚えぬぞ」
「これは方々に言ってますけど、外国語覚えたかったらとにかくそこの環境に飛び込んで『適当でもいいから喋ってみる』ことですね。運良く世話焼きな外国人に当たると、『この言い回しはこうだ』とか『発音はこうだ』って勝手に教師してくれるんで」
ディアマントが紙袋の中の干し肉を物珍しそうに見つめ、食べていいかと訴えるように隣のガーネの顔を見上げると、視線を受けたガーネは小さく溜息を漏らして紙袋の中身の干し肉をごく小さな一口サイズにちぎって念の為毒味をしてから、同じ位の小ささにちぎりディアマントの口元に差し出した。
ディアマントは口を開けてガーネの指先から直接干し肉を頬張ると、想像していたよりも硬く塩気の強い味にすぐに噛み切れずにもごもごと咀嚼し眉を寄せた。
「まずい?」
「まずくはない、食べたことが無い味じゃ。とにかくしょっぱいのと、硬い」
「保存肉だしな、アンタこういうの食ったことないでしょ。遠征とか僻地とか行くと便利なんですよ。あとこういう土地とか寒い土地とかは、保存利くし。端的に言えばジャーキーなんだから酒のアテにいいんじゃねぇの」
「妾、ジャーキーなぞ食べたことがない。こういう味なのか」
興味深そうに口の中で干し肉を転がしながらガーネの肘を掴み歩き、依然として視線は珍しそうに周辺へ忙しなく流れていた。
「ガーネ!あれはなんじゃ!川に船がいっぱいじゃ!」
「水上商店かな。湖のお陰で水路が発達してるから、ああいう小舟で移動しながら商売してるんですよ」
「あれは?煙!火事か!」
「煙草屋」
「あれはなんじゃ!壺がいっぱいある!!糸がいっぱいぶら下がっておる!」
「染色屋ですかね。多分染料が壺の中にあって、あの中で糸を染めてアレは干してるんですよ」
「干してどうするのじゃ!」
「干して乾いたら、こういう織物に加工するんですよ」
ガーネがディアマントの羽織るショールに手を触れ教えると、ディアマントは一層目を輝かせて街中を見た。
「すごい!見たことがないものがたくさんじゃ!」
「行きたい店決まりました?」
「うーん、うーん…目移りする…!」
「なら、陛下が絶対喜ぶところ1軒お連れしていいですか。下見で立ち寄ってこのショール買った店なんですけど、品揃えもいいし布だけじゃなくて陛下が見たがってた硝子工芸品とか含めて色々置いてあったんで1軒で色々済むんでお得ですよ」
「ならそこに行く!案内せよ!」
「『ついで』にその店で俺も用事あるんで」
ガーネが後方に指で『対応に入る』と合図を送り、再度聞き込みに入ることを知らせながらディアマントを件の店に案内した。




