354話「当主」
「い、て…ッくっそ…」
翌日の夕刻、ガーネが多少回復したために全員で揃って夕食に出た誰もいないタイミングを見計らって、数日振りに身体を起こして激痛の走る胸元を押さえた。
簡易的に固定された痕跡と汗で寝着が張り付く不快感に相変わらず浅くしか呼吸が出来ないながらも、無理矢理ベッドから降りて立ち上がった。
気合いと根性でどうにかなるか、と据わった目付きのまま壁に手をついて息を整えた。
たったの数日なのに異常に身体が重だるく、半ば無理矢理姿勢を整え一番楽に息が出来る姿勢と呼吸の仕方を探り、比較的ましと思える塩梅を見つけると自室の洗面台に歩いて向かい顔を洗った。
ついでにシャワーでも浴びたいところではあったが、さすがに今は無茶かとタオルで顔を拭いて部屋を出た。
無理矢理『平気』な方向に意識と身体の動かし方を調整すれば意外となんでもないような感覚になり、ガーネはそのまま前日深夜に目を覚ましたと報告を受けたリエーブの部屋へと向かった。
ノックもせずそのまま部屋に入ると、ベッドに横たわるリエーブは人の気配でうっすらと目を開き碧眼の瞳をガーネに向けた。
「……ガーネ?」
「はい」
「…大きく、なったわね」
「はい」
「…いくつになったの」
「19。…今年20歳です」
「……そう、…どうして…封印を解いたの」
「必要だからだ、それ以上の理由がいりますか」
「…ガーネ」
「『リエーブ』、嚆矢の魔女。どのくらいで身体の調子は戻せる見込みだ」
「…………1ヶ月もあれば」
「そうか。なら、ウェイゼとシャルヴィアに託す。ここは『俺の家』で『俺が当代当主』だ、いいな」
ガーネはそれ以上のことは言わずに踵を返すと、真っ直ぐに自室に戻り寝着を脱ぎ捨て自力でシャワーを浴びて身支度を整えた。
しかし、突然シャワーを浴びるという行動の暴挙具合にさすがに身体がついていかなかった様子で浴室内で咳き込み床一面が真っ赤に染まった。
「…っはぁ、…はぁ…、…クソが…魔女風情が…!」
忌々しそうに小さく漏らして口の中の血痰を吐き出してからシャワーで床に散った血を流した。身体を拭う姿勢がとにかく胸部に響き、痛みに耐えながらせっかくシャワーを浴びて流したはずの汗が嫌な感じで滲むのを感じながら身支度を整え、ネクタイを締めて肩にホルスターを装着してから官服を羽織った。
髪はまだ濡れてはいたが、構うことなくそのまま部屋を出て一同が食事を取っている食堂へと向かったガーネは、あくまで『いつも通り』の動作でドアを開けた。
「……は?え、あ、アンタ…なにしてんの…」
「王都に帰るぞ。全員食ったら支度しろ」
「バカじゃないの!?アンタ、自分の状態わかってんの!?…ハァ!!?シャワー浴びた!!?」
「治った。帰る」
「治ってないわよ!!!」
「これ以上陛下を『こんな所』に置いておけるか。今日で王都を発って8日。今帰ったら帰城は9日目。ギリギリのラインだ、これ以上はいれない。命令だ。支度をしろ」
「アンタが無理だって言ってんの!!!」
「わかってるっつの。だったら尚更帰った方がいいだろうが。陛下、いいですね。帰りますよ」
「……わかった」
ガーネがこうなったら手足がもげようが何があろうが強行するに決まっているとわかりきっている特務の面々は渋々と言った様子で頷き、ラズリも仕方がなさそうに溜息を漏らした。ガーネの言う通り、王城に戻ってからきちんとした医療設備で診察と治療をした方がいいかと判断は一応した。
「全員さっさと飯食え、食ったら陛下の荷物も全部まとめて召し替えを手伝え。それとウェイゼとシャルヴィア、話がある」
部屋の中を歩くガーネの声も息遣いも足取りも、比較的いつものように見えた。
一同が食事を取るテーブルの中の敢えて一番上座の席に腰を下ろし、使用人である管理人夫妻を呼び寄せた。
「……坊ちゃま」
「坊ちゃまはやめろ。…ウェイぜ、シャルヴィア。俺はこの後王都に戻る。そこでお前らに命令だ、リエーブを見張れ」
「…お…奥様を、ですか」
「変な動きをさせるな。…とは言え、相手は魔女だ。それはお前らも知っているな。見張るだけでいい、逐一俺に報告を入れろ。当代当主としての命令だ」
「…承知いたしました、…御当主様」
「……ガーネ」
ディアマントのどこか不安そうな声に視線を向けるも、「早く食え」とだけ短く返されガーネはそれきり視線を向けなくなった。
「ウェイゼ、馬車の手配を。スメイラは食ったら先に駅に行って車両の調整依頼。シャルヴィアとラズリは陛下の支度。サイフィルとアメジは荷物の整理。カルセは王城に『聖印王命緊達』出せ」
「かしこまりました、内容はいかがなさいますかガーネ様」
「『国家秘匿案件は完遂により秘匿から通常案件へと切り替え。本日21時出立予定につき翌12時王都着見込み』これだけでいい。俺の名前で出せ」
「ガーネ様のお怪我の件は」
「いらんこと書くな、指示した文面だけ出せ」
「…失礼いたしました、仰せのままに」
いつも以上に横柄でどこか余裕のない指示出しを受けた一同はガーネに視線を向けるものの、ガーネはその視線から逃げるようにテーブルに手をついて立ち上がった。
一番近くの席にいたディアマントからは、テーブルについたその手が僅かに震えていたことに気がついてしまったが、ガーネの矜持を考えて敢えて黙って食事を再開した。




