12話「掌の上で」
大衆食堂の暴動未遂事件の翌日。
その後事件らしい事件も起きず例の事件が女王の『予知』であったとガーネは結論付ける。
何事もないのであれば、と町を立ち去る前に少し早めの昼食がてらその店を訪れることにした。
「いらっしゃいま────…あ!昨日の!」
看板娘のロサリーがガーネに気付くと笑顔で店内へと案内する。
「昨日はありがとう、食事も提供出来なかったから気になってて」
「さすがにあの空気で飯食って帰れる程厚かましくねーんだよ俺も、で?今日のオススメは?」
昨日食べられなかったものを注文するか、改めてメニューを見て決めてもよかったが、またどうせ優柔不断に悩んでしまう可能性が高かったことと多少の会話をしたいが為に敢えて注文内容を委ねた。
ロサリーは先日と同じように、ペン先を口元に当てながら少し悩むようにメニューを眺める。
「…そーだなぁ…お兄さん好き嫌いとかある?」
「あ?うーん…辛いのとか苦いのとかは好きじゃねーかな」
「じゃあこれは?日替わり具材のグラタン!」
ならそれで、と注文を通し、提供された水を飲みながら厨房に目を向ける。
昨夜と同じように店主と女将が鍋を振るう傍に、こちらに気付いたらしいコーチェンがコック服に身を包んで気まずそうに会釈をしてくる。
紆余曲折あって店に復帰したのか、と察するも、ガーネはさして興味も無さそうな様子で形だけ会釈を返すと、空になったグラスの中の氷を口に含んでがりがりと噛み砕きながら近くにあった新聞を手にして記事に目を通す。
特段目新しい記事も無く、一応斜めに記事を読み進めているうちに料理が運ばれてきた。
「お待ちどうさま!熱いから気を付けてね」
「おー、うまそ……いただきまーす」
いい塩梅に焦げ目のついたチーズが食欲を唆る。スプーンで一口分掬い上げると、とろりとソースとチーズが絡みあってほわりと湯気が立つ。
口に頬張っても支障がなさそうな程度まで息を吹きかけて適温に冷ますと口の中に運んだ。チキンやじゃがいもなどの具材が絶妙にソースに絡んで口の中でほどけていった。
「……ん、うまい」
「ふふっ、よかった!ゆっくりしていってね」
半分程食べ進めたところで、後から「こっちはサービス」と追加で配膳されたコロッケにも手を出す。
店が繁盛しているのは、ロサリー筆頭に『人柄』もあるのだろうがやはり味だろう、と思うほどにどれも美味かった。
「はー、食った食った。ごちそーさん、お勘定して」
「はーい、お粗末さま!じゃあグラタンが…950ヴェルね!現金と証書払い、どっちにします?」
「証書、これで頼む」
昨夜調子に乗って高級焼肉で散財したのを思い返し、今日の昼食は可愛い金額だなと他人事のように考えながら左手の親指に嵌った指輪を見せる。
指輪型の証書を見せてくる客はたまにいるため、ロサリーは手慣れた様子で会計をしようとする。
しかし、会計処理をしようとしたところでふと何かに気付いたようにまじまじと指輪を見つめる。会計用の証書読み取り端末を近付けると浮かび上がる『女王直下』であることを示す特殊な紋章を見て、ロサリーは慌てて頭を下げた。
「……え、っと、ごっごめんなさい、これ…っし、失礼いたしました!女王陛下直下の方とは知らずに…!」
「え……いや、べつにそんな…一般人だし俺…一応…」
しまった、と思ったも時は既に遅く、急にかしこまってしまったロサリー相手に再びこの立場になってから何度目かの『やりづらさ』を思い出し、面倒でも現金を下ろして現金払いにすれば良かったかと今更後悔をした。
店主や女将、昨日ある意味打ちのめしたコーチェンも、ロサリーのあからさまな狼狽に傍にやって来てガーネの素性を知ると当然のように恐縮しきってぺこぺこと頭を下げる中、『無事に』会計を済ませ店を出る。
ガーネは思わず、広い空を仰いで深いため息を漏らした。「来づらい店が増えた」と独り言ちながら、もうさっさと町を出ようと一旦宿泊していた宿屋に戻って地図を広げる。
「さて、と…これからどこ行くべきか…大体どこ行きゃいいんだよクソが」
地図の中央に記された城を起点に、大まかな主要都市や街道沿いの宿場町、線路と駅が記載されている。今いる町の場所を確認してはみるも、ここからどこへ向かうべきかもわからずがしがしと頭を掻いた。
宛てもわからずに現在地周辺の町や村をなぞってみるも、到底小指の爪ほどの大きさの金の欠片を見つけるには手がかりがなさすぎる。成果を上げずにタダ飯喰らいをする訳にもいかないだろうと一応のモラルを垣間見せながら、一度『お遣い』を済ませた報告がてらもう少し情報をもらう必要があるなと判断をし、また半日かけて王都へ戻ることにした。
────それが、想像以上に面倒な帰路になるとも知らずに。




