11話「観測者は笑う」
「……コーチェン、違うの」
「…ロサリー…?」
恐怖や、それ以外の色々な感情が入り交じって双眸に涙を滲ませたロサリーが、掠れた声で小さく呟いた。
その呟きはしんと静まり返った店内によく響き、小さく鼻を啜る音も聞こえてくる。
「ちが、ごめん、ごめんね…ちがうの、プロポーズ、嬉しかったの。結婚、したかった。でも、コーチェン、私と過ごす時間作ろうとしてくれてるの、私知ってたけどっそしたらコーチェン修行なんてそっちのけに、ッひっく……せっかく美味しいご飯作れるのにっもっと…夢だった料理人になるのもっ一生懸命して欲しかったぁー…ッひぐっ…」
嗚咽混じりのロサリーの訴えに、釣られた周囲の啜り泣きが伝播していく。
いつの間にか店の店主とおかみも店頭に出て来ており、店主はコーチェンに近寄ると肩をそっと撫でた。
油と玉ねぎの匂いの沁みた大きな手に包まれ、コーチェンは堪らず涙を零す。
「……も、申し訳…ありませんでした…!」
「コーチェン、オレらは別にオメェを認めてねぇわけじゃねぇ。仕込みも丁寧だし、腕も確かだ。娘と店を任せるには、それじゃ足りねぇよって言ってるつもりだったんだ。言葉が足りなくてすまねぇな」
──── なんだこの茶番は。
ガーネは周囲の感動劇場を一人蚊帳の外で眺めているような心持ちで溜息を漏らした。
食事どころでは無さそうな雰囲気に、警棒をしまって肩を竦めながら立ち上がる。
「おいコーチェン、俺の飲んだジュース代は迷惑料としてテメェが払えよ。あとさっき俺が伸した兄ちゃん、肋折れてるだろうから後で病院連れてってやれ。ついでに…俺がやったってチクったらボコすからな」
なんとも言えない空気を背中に感じながら店を後にしたガーネは、空腹を訴えるように小さく鳴る腹をさすりながら別の店を探す。
「…………予知ってこれ?」
確信は無いが、自分が『たまたま』居合わせた先の『事件』としては恐らくこれが正解かと腑に落ちない何かを抱えて腕を組む。
焼肉、と書かれた看板と漂う匂いに釣られガーネの足の向く方向が変わった。
「俺めっちゃ頑張ったし、女王の金でめっちゃ良い肉食ってやろっと」
足取りの軽いガーネの後ろで、ひとつ風が吹いて草花が靡く。
どこからともなくふわりと舞った一枚の小さな紙切れが、風に攫われて夜の空に消えていった。
*****
「あっはっははははは!」
「ディアマント様、はしたのうございます」
「ふ、ははは、すまん…ふふっ」
王城の一室、女王の執務室にて。
ディアマントは水晶玉を眺めて大層面白そうに腹を抱えて笑っていた。
隣に控えるヘルソニアが、ぱちんと指を鳴らして執務室の窓を開けると中に風が吹き込んでくる。
室内に侵入する風に乗ってふわふわと漂う紙切れを指先で捕まえると、ディアマントはもう一方の手で笑い過ぎて滲んだ涙を拭った。
「はぁ、なかなか良いものを視れたわ。ご苦労じゃった」
指先の紙切れにふ、と息を吹きかけると、紙切れは一瞬にして小さな炎になって消えていった。
「妾の予知がいい娯楽になったものよ。のう?ヘルソニア。式神をガーネにくっ付けて良かったわ」
「さようでございますね、私も想定以上の結果を見れてようございました」
一頻り笑って満足したディアマントは、愛用の水晶玉を棚に片付ける。
「妾は初めてあの男が好きになれそうじゃ」
ディアマントは棚に鎮座する水晶玉に反射して映り込む自身の顔を見て、小さく息を吐き出して笑った。
「……初めて。そう、初めてじゃ」




