102話「疑似座標」
「大変、起きてくださいませ!ガーネ様がおりません!!」
カルセの慌てた声に、一同目を擦って身体を起こした。
一番に起きたカルセがガーネがいないことに気付いて風呂にでも行ったかと少し待っていたものの、戻る気配もなく確認に行くと浴場は『清掃中』の札が掛けられており客が入れる状態ではない。他、売店等も見て回るもガーネの姿がなく、慌てて部屋に戻って声を掛けた次第だった。
アメジがガーネの布団に触れると、温もりは一切無く長時間いないことを裏付けていた。
「ど、どうしましょう…ガーネ様になにかありましたら、わたくし、わたくし…!」
泣きそうなカルセの肩をラズリが軽く叩く。
「心配するな、あのクソガキに『なにか』なんてそうそうないわよ」
そうは言ってもラズリの視線も、僅かながら不安が滲んでいた。ガーネが相当強いのは知ってはいる。が、『万全』ではない。医者として、彼の身体の状態を一番に知っているからこその不安は正直あった。
「…とりあえず、手分けして探そう。カルセさんは連絡用に部屋に残って、二手に分かれて…」
「なんだ、はえーなお前らもう起きたのか」
そんな緊迫した状況で、ガーネが呑気に戻って来てカルセは堪らず涙を零した。
「が、ガーネ様のばかぁーっ!」
「はぁ!?な、なんで泣くんだよ!」
さすがのガーネも泣かれるとは思っていなかった様子で、泣かれた理由もわからず困惑したようにカルセに近寄った。
「…ガーネ様が悪いわ、あたしも心配したんだからね」
「…心配…?なんで?」
「アンタがいないからでしょーが!」
「散歩だよ散歩、『朝早く目が覚めたから』ちょっとぷらっと」
サイフィルが小さく首を振り、ガーネの言葉が『嘘』だと理解する。しかし、それを問いただしたところで今回の『散歩』に関しては口を割らないであろうことも経験上全員わかっていた。
「あー。ほら今日はなんだっけ、観光行くんだろ。朝飯食って出かけるぞ」
ガーネがカルセの頭をぽんぽんと優しく撫でる姿は、少し意外ではあった。しかし、その手が頭に置かれた状態でガーネの動きが止まった。
「…ガーネ?」
サイフィルがガーネの名前を呼ぶと、ガーネは人差し指を口に当てて「しっ」と小さく返した。
何かを探るように、ガーネの視線がゆっくりと周囲に移動していく。
「…ここも気付くか」
小さく舌打ちを漏らした所で、ガーネはラズリに視線を投げた。
「ラズリ、結界は張れるか」
「え、うん。出来る」
「阻まなくていい、『入ってきたらわかる』やつを旅館の周りとこの離れの周り、二重に張れ」
「わかった。対象は、『この前みたいな連中』でいいのね」
「そうだ、話しが早いな」
そのやり取りだけで、スメイラとカルセはおおよそを理解した。
「スメイラ、一泊延長の手配」
「一泊でいいの?」
「多分な。駄目でもチンタラ長居するつもりはない。見極めたらさっさと王都に引き上げる。アメジお前はラズリの警護」
「はぁい」
「ガ、ガーネ僕は?ていうか僕だけ状況わかってないんだけど」
「全員多くはわかってねーよ。話してねぇし」
「…話さない、の?」
「『今は』な。正直、この案件は女王とヘルソニア様と筆頭の魔導師・巫術官両名しか知らないレベルS案件だ。お前らには悪いが今は話すつもりはない、その上で『働け』。いいな」
「わかってるわよ、じゃあさくっと結界張ってくるわ」
ラズリとアメジが戻ってきたタイミングで、部屋の布団も整えられ朝食の配膳がされていた。
「ガーネくん、一泊延長…ちょっと正規よりお金大分かかっちゃいそうで…」
「俺の証書使え、言い値で決済していい」
「わかった」
スメイラが再び受付に走って行くのを見届け、「あーつかれた」と配膳された朝食の前に座ったラズリの隣にガーネが歩み寄った。
「ラズリ、もう一個。お前、式神使えるか」
「……ご側近様みたいな精度の高いやつ期待してるなら、あんなの無理よ。せいぜい子供だまし程度ならってとこかしら」
「十分だ、飯食ったらそれも頼む」
「…なにするの?」
「後でな。スメイラどうだった」
戻ってきたスメイラから証書を受け取り正規金額の三倍ふっかけられたと返答を聞いた所で、「ここもぼったくりの街か」と嫌な思い出が蘇った。
しかし、背に腹は代えられない。
証書を財布にしまい、ガーネは朝食の膳の前に座った。
「…カルセ」
「はい」
「魚の骨取って…」
朝食後、ラズリは人形に切った紙をガーネの指示通り二枚用意した。
「わたくし、ヒトガタってちゃんと拝見するの初めてかもしれませんわ」
術の性質が根本異なることから、カルセが物珍しそうにラズリの手元を覗き込んだ。
「アタシだってあんまり使ったことないわよ、こんな古い呪法。だから上手くいくかわかんないけど」
「いや、大丈夫だろ。元々『実験』みたいなもんだし」
ガーネは用意された人形を二枚取ると、まじまじとそれを見つめる。
おもむろに持参していたナイフを取り出し、柄の部分に収納された刃を露出させて自分の指先を切って血を滲ませる。
「…え、なに。まさか『アンタ』の人形?」
その行為でラズリもガーネが何をしようとしているか理解した様子で、少し驚いたように声を上げた。
「そ、『俺』の疑似魂座標」
前回の『実験』は成功。今回の実験の目的は別のところにあった。
「…一枚はガーネ様のお名前だけど、もう一枚は?」
「内緒」
魔法に精通しているアメジにも、長く生きている聖女のカルセにも『古い魔女だけが扱う文字』は読めなかった様子で、ガーネは少しだけ安堵した。
一枚には、『ガーネ・ディーム・ロット』と本名を。もう一枚には魔女由来の古語で、ガーネの真名である『ガーネ・ソフラト・グリーチェウト』と記した。
どちらもガーネの名前であることに変わりは無いが、興味本位も半分あった。
連中が、『どちらを追うのか』。
「ラズリ、お前の式神城まで飛ばせる?」
「……わかんない」
「ちょっと鳥形作って」
言われるままにラズリが新たな式神を作るのを見守る中、アメジがガーネの横顔を見つめた。
「ガーネ様」
「あん?なんだ」
「まほ、」
ガーネが珍しく、アメジの肩を抱いた。アメジは硬直して至近距離でガーネの顔を見て一気に赤面し、大人しくなった。
「『その話し』は、俺とお前だけの二人だけの秘密…だろ?」
「きゅーん!!!」
アメジの懐柔はとんでもなく簡単だった。
そうこうしているうちに、ラズリが愛用のラピスラズリの数珠飾りを手に小さく呪を唱えて作成した鳥形に霊力を込めた。
「…作ってはみたけど、城まで飛ぶかわかんない」
「いや、『飛ばせられる』ね」
「………あっそ。なんか伝言は?あんまり長文は『重くなる』から無理よ」
ラズリが、『ガーネが実験的に自分が飛ばす』のだと理解して肩を竦めながら鳥形を掌に乗せた。
「女王に、『俺頑張ってますご褒美ください』って」
「……………舐めてんの?」
「わりと本気…」




