98、バナバナ星 〜壊れた女神イロハカルティア
「おぉぉ! こっちじゃ!」
星の門をくぐり薄暗い空に宇宙船が現れると、いつの間にか起きてきた女神様は、ぴょんぴょん飛び跳ね、手を振り、大騒ぎだ。
女神様が起きてくると、タイガさんは逃げるようにテントに入っていった。まぁ、いつものことだ。
「ここじゃぞ! おーい!」
女神様が騒いでも、巨大な宇宙船からは見えないみたいだな。女神様は、猫耳カチューシャの魔道具を使って獣人の少女に化けているから、ちっこいもんね。
宇宙船は、僕達の上をスーッと通り過ぎていく。
この付近は、ひらけた草原になっている。だけど、こうして見ると、宇宙船はかなり大きいな。ここに降りられるだろうか。
「はぁぁ、かわいいのじゃ。やっぱり、搭乗口に描いた大きな肉球が一番かわいいのじゃ。底にも描く方がいいかのぅ。見上げたときに、たくさんの猫の足跡がある方がワクワクするかのぅ」
通り過ぎた宇宙船を眺めて、惚けている女神様。腰に付けた魔道具ホウキは、本物の猫の尻尾のようにピコピコと動いている。完全に使い方をマスターしたみたいだ。
「ティア様、いいんですか? 宇宙船は、あらぬ方向に行ってしまいますよ?」
「のわっ! それはマズイのじゃ。思わず見惚れてしまったのじゃ。ライト、はよ、ぶわっとするのじゃ」
(ぶわっとって何?)
女神様が引き寄せればいいのに……。あー、この高温多湿な大気に女神様が魔力を放つと、女神バナバナ様にバレるからかな。仲が悪いみたいだし、バレない方がいいよね。
「でも、僕の闇を使っても気づかれませんよ? リュックくんは……」
「リュックは、子供達の世話をしておる。妾も子供達の……いや、じゃが、宇宙船が……」
女神様がオロオロしている間に、宇宙船は大きく旋回して戻ってきた。たぶん、リュックくんが合図をしたんだろうな。
そして、ひらけた草原にゆっくりと降りてくる。
(ギリギリかな)
宇宙船が木々を踏み倒しそうになると、なぜか木々が避けていくように見えた。植物の星の木々は、僕達の常識では理解できないよね。
「宇宙船で来たよー」
巨大な宇宙船の搭乗口が開くと、ドラゴン族のマリーさんが飛び降りてきた。高温多湿な大気にひるむ様子はない。ドラゴン族の彼女には平気らしい。
「マリー! 肉球を底に描いてなかったのじゃ。底にも猫の足跡がある方が、かわいいかのぅ?」
(いきなり、何を聞いてんの?)
女神様からの予期せぬ問いかけに、マリーさんは首を傾げ、僕に助けを求めるような視線を向けた。
「マリーさん、お疲れ様です。あぁ、ティア様は宇宙船が現れてからオカシイので、スルーで大丈夫です」
「のわっ? ライトには、肉球のかわいさがわからぬのか。どこかで頭でも打ったのか?」
「打ってません。ティア様こそ、どこかで頭を打ったんじゃないですか?」
「妾は、そんなドジっ子ではないぞっ!」
女神様は、フンッと拗ねて、宇宙船に駆け寄っていく。珍しく嫌味が通用しない。女神様は完全にテンションがおかしなことになっているようだ。
「ティア様、不用意に触れて、魔力を注入しないでくださいよ? また宇宙船が迷子になりますよ」
僕がからかうと、女神様は、まるで静止画のようにピタッと動きを止めた。そして、今にも触れそうになっていた手を慌てて引っ込めている。
(ふふっ、真顔になってるよ)
まるでギギギと音がしそうな、人形のような動きで、女神様は僕の方を振り返った。うん、完全に人形だな。血の気が引いたらしい。女神様の白い肌が、青ざめて見える。
「あぶなかったのじゃ。ついつい肉球の魅力に惹き寄せられて、うっかり触りそうになっておった。搭乗口付近は危険なのじゃ。こんな危険な場所に一番かわいい肉球を描いたのは誰じゃ。罪深い肉球なのじゃ」
(はぁ、自画自賛だね)
「ライトさん、ほんと、ティアちゃんは壊れてるね。他の星に来て、疲れたのかな?」
マリーさんは、獲物を探すかのような鋭い視線で、キョロキョロと辺りを見回している。いや、威嚇しているのかな。この付近にいた動物や魔物が、逃げて行くのが見える。
「いえ、宇宙船を迷子にしてしまった後悔からの再会で、ちょっとおかしなことになってるみたいです」
「あはは、そういうことね〜」
僕達が悪口を言っていても、全く気にしない女神様。ちょっと気味が悪い。
「ねぇ、ママ、このバケモノは何?」
宇宙船が現れたことで離れていた黒い女神は、そろそろと近寄ってきた。黒い女神は、女神様の魔力を怖がる。妖精族である女神様は、植物の様々な種族よりも圧倒的に上位らしい。宇宙船は、女神様が魔力を注入してしまったから、やはり怖いんだろうな。
「ライトさん、いつ子供を産んだの? バケモノって、何よ。私にケンカ売ってる?」
(はい?)
黒い女神の視線の先には、確かにマリーさんがいる。だけど、その後方に巨大な宇宙船があるんだよね。
「マリーさん、僕は子供は産めませんよ。彼女は、女神バナバナ様から生まれた黒い女神さんです。僕が女神バナバナ様と会ったときに花粉が付いたみたいで、それからママと呼ばれています」
「ふぅん、女神バナバナ様かぁ。植物の神って生態がよくわかんないよね。だけど、私にケンカを売ってくるなんて……」
「いやいや、マリーさん。たぶん、黒い女神さんがバケモノと呼んだのは宇宙船のことです。僕達のことなら、動物って呼ばれますから」
そう補足しながら、黒い女神に視線を向けると……あれ? いない。あっ、いつの間にか、霧のような姿に変わって空に浮かんでいた。確か、これって攻撃形態だよね。
(僕が返事をしなかったからか)
「黒い女神さん、アレは宇宙船です。宇宙海賊達も乗ってきてますよね?」
僕が慌てて返事をすると、黒い霧はスーッと僕を包むように降りてきた。嘘か否かを確認しているのだろうな。
しばらくすると、小さな女の子の姿に変わった。小さな女の子というより、ほぼ赤ん坊じゃないかな。
「ママ、まーま」
僕の足元で、両手を広げている。
(抱っこか?)
「どうしました? 黒い女神さん」
小さな女の子の前にしゃがんで、視線を合わせる。
「まーまっ」
(痛っ)
黒い女神は、僕にダイブしてきた。顔面に頭突きをくらって、目がチカチカする。
「むっ? ちびっこいのぅ。新しい花が咲いたようじゃな」
女神様は、黒い女神に反応した。さすが子供好きだな。
「新たな花ですか?」
「うむ、そのようじゃ。黒い女神は、花が開かぬつぼみがいくつかあったようじゃが、これで一安心じゃな。枯れた死花を捨てられる」
「枯れた死花を捨てるんですか?」
「そのようじゃぞ。新たな花のエネルギーによって、新たなつぼみが生まれるそうじゃ。黒い女神の花の数は一定らしい。役目を終えた枯れた死花は、黒い女神から離脱し、土に還るようじゃ」
「へぇ、よかったです」
「まぁ、ライトは、完全にママになったようじゃがの」
「どういう意味ですか?」
「新たな花は、女神バナバナの前で開くらしい。そのちびっこい子にとって、ライトが女神バナバナというわけじゃ」
(意味不明だし)
「まぁ、黒い女神さんからは、ママ呼びされているから、今更もういいですけど」
僕がそう答えると、女神様はニヤリと変な笑みを浮かべていた。やっぱ、宇宙船を見てテンションがおかしなことになってるから、いろいろ変だよね。
「マリー、宇宙船には運転手は乗っておるか? まさか、放ったらかしではあるまいな?」
女神様は、小さな黒い女神に黒いクッキーを与えて餌付けしながらも、心は宇宙船でいっぱいらしい。
「うん、スチーム星の竜人さん達が乗ってるよ。また宇宙船が迷子になると困るから、客室のひとつを彼ら専用にしたよ」
「おぉっ! なんとマリーは賢いのじゃ! それなら安心して、肉球を堪能できるのじゃっ」
ぴゅーっと凄い勢いで、宇宙船に駆け寄る女神様。残された赤ん坊はポカンとしている。ちょ、黒い女神さんの餌付けは、もういいの?




