52、湖上の街ワタガシ 〜打ち明けられない相談ごと
「ライトの浮気相手が現れたわっ!」
テーブルの上で立ち上がっている赤いワンピースのチビっ子。テーブルに並べて整理中だった大量の土産が、蹴落とされている。
「アホのサラドラ、テーブルに乗るとまたライトに出入り禁止にされるぞ。それに、あの二人を知らぬのか?」
猫耳の少女は、彼女をテーブルから引きずり下ろした。女神様は、魔王サラドラさんがいると、とても常識人に見えるから不思議だ。
「うーん? あの女性客二人? あっ、ミューじゃない。こんなとこで何してるのーっ」
ミューと呼ばれた可愛らしい女性は、パッとテーブル席の方を振り返ると、手をパタパタと振り回して百面相をしている。
「うわぁ、なんて豪華な集まりなのですかぁ。不思議すぎるメンバーですぅ。お祭りですかぁ? ひゃあぁ〜」
(祭り? あぁ、女神様が浴衣姿だからかな)
彼女は、テーブル席の全員と知り合いだろう。魔王サラドラさんを見て顔をひきつらせ、魔王ノムさんがいることにホッとして、女神様にはニカニカ笑顔を向け、ベアトスさんには媚びるような営業スマイル、最後にシャインを見て首を傾げている。
「ちと、遠くまで行商に行っておったのじゃ。今は、売上金で買った土産の整理中なのじゃ」
猫耳の少女がそう説明すると、二人の女性客は真逆の反応を示した。ミューさんは大げさに驚き、もう一人の凛とした女性ローズさんは納得したような表情だ。
「ティアさん、他の星に行かれていたんですね。不思議なオブジェが見えましたが」
「うむ、ローズ、よく気付いたのじゃ! じゃが、オブジェではなく、ただの石じゃな。鉱物系の神が治める星の石じゃ」
「なるほど、それでクマさんも一緒だったのですね。珍しい鉱物が手に入れば、新たな魔道具が開発されるのかしら」
(鋭いな。あっ、リュックくんから聞いてたのかも)
「クマは、これとは別に大量に採掘したようじゃ。ここに並んでいる石は、露店で買ったものじゃ。厄除けとして家の入り口に飾るものらしいぞ」
「厄除け? そんな風習のある星なんですね。なんだか懐かしいわ」
「え〜? 厄除けって何ですかー?」
頷くローズさんに、ミューさんは問い掛けた。ローズさんは、僕と同じく日本からの転生者だ。僕よりも少し後に、転生してきたが、女神様の転生者ではない。いろいろあって、後天的に神族になったんだけど。
「ミュー、この世界には無い概念かもね。あぁ、そうだわ。ミューが怖がるアンデッド達が近寄らないようにする、いわゆるお守りのような物かな」
「ええっ! それなら、その石、ミューはたくさん欲しいですぅ」
「私の知る厄除けグッズは、魔道具ではないから、効果はよくわからないわ。そもそも魔法が存在しない世界だから。この石は、魔道具のような効果を秘めているのかもしれないわね」
(確かに、厄除けグッズって効果は不明だよね)
「ミュー、この石は、家が壊れにくくなる効果があるようじゃぞ。その星の神殿近くから切り出したらしいから、神の加護が備わっているのじゃ」
猫耳の少女がそう話すと、ミューさんは、あぁと残念そうに息を吐いた。そういえば、ミューさんはアンデッドが苦手だったよね。
彼女は、人間だけど妖精族の血が混じっているそうだ。だから、とても長寿だし、見た目も20歳前半くらいから変わらない。ほとんどの妖精族は光属性だから、闇属性の種族を苦手としている。
「建物を強化する加護ですか」
ローズさんは、何か言いたげに口を開いたけど、すぐに閉じてしまった。そういえば、僕に用事があるんだよな?
猫耳の少女は、そんなローズさんの顔をジッと見ている。きっと頭の中を覗いてるよね。だけど、それを悟られるようなことは言わない。女神様がむちゃくちゃなことを言うのは、本当に親しい人にだけだ。
「ふむ、あの星の神は、ちと特殊なのじゃ。この石も、ある意味、神の分身だとも言えるからのぅ。地震があっても、神の住む街の建物は壊れない。その程度の加護じゃな」
「地震ですか。なるほど」
ローズさんは、少し落胆したみたいだな。僕に会いに来た理由と関係あるのだろうか。
「カウンター席でよかったら、どうぞ」
そう促すと、二人はカウンター席に座った。僕は、二人が気に入っている飲み物を用意する。ローズさんは久しぶりだから、好みが変わっているかもしれない。だけど、懐かしく感じてもらえるだろう。
「お待たせしました。どうぞ」
「わぁっ! 虹色ソーダだ。マスター、わかってるぅ」
ミューさんの好みは変わらないな。ジョッキに数種類のフルーツジュースの氷を入れて炭酸水を加えた、子供に人気のソーダだ。ストローで氷を突きながら飲む子も多いけど、色とりどりのフルーツジュースの氷を先に食べる子もいる。飲み方に個性が出るんだよね。
「あら、なんだか懐かしいわね」
ローズさんは、ふわりと笑った。彼女に用意したのは、モヒートだ。このカクテルには、前世でも、いろいろな思い出があるそうだ。
「はい、お久しぶりなので。アマゾネス国には、カクテルを出すバーは無いと聞いていますから」
「それなら、最近できたのよ。でも……」
ローズさんは、ミントをスティックで押さえるようにして混ぜ、そして一口飲むと、ふわりと笑顔を浮かべた。
「やっぱり、ライトさんが作るカクテルは、全然違うわね。私の国にできたバーのカクテルは、美味しくないのよ。アルコール度数ばかりが高くて」
(寒い国だもんな)
「僕は、バーテンダー歴100年ですからね。アマゾネス国のバーも、少しずつ成長しますよ」
「そうね、成長……する前に……」
ローズさんは、そこで口を閉ざしてしまった。
(これは、国としての相談ごとかな?)
チラッと猫耳の少女に視線を移すと、女神様は微かに頷いて僕の疑問を肯定してくれた。
ローズさんは、女尊男卑の国、アマゾネス国の女王だ。50年ほど前の王女だった頃、この街の学校に留学してきたことで、僕達と知り合うことになった。
彼女の存在は、リュックくんの成長に大きな影響を与えたんだ。そして彼女も、リュックくんによって救われた部分が大きいそうだ。二人は、僕にそう説明した。だけど、ちょっと違うんだよね。
ローズさんはリュックくんの初恋の相手で、そして、リュックくんはローズさんが初めて伴侶に選んだ男なんだ。
「ライトさん、久しぶりに顔を見れて嬉しかったわ。ミュー、帰るよ」
(彼女は、やはり弱音を吐かないな)
「ローズ様ぁ、ライトさんに相談しに来たのにぃ〜むむむ」
ミューさんの口を塞ぐ彼女は、まだ迷っているようだった。だけど女王として、簡単に助けを求めるわけにはいかないんだろう。
チラッと猫耳の少女に視線を移す。すると、女神様はニカッと満面の笑みを浮かべた。嫌な予感しかしない。
「ローズにも、土産をやるのじゃ。うーむ、じゃが、壁を見てみないと似合う色がわからないのぅ。そうじゃ! 今から行くのじゃ。ライト、妾は、土産の配達に行ってくるのじゃっ!」
(はい? ちょ、ちょっと待って)
「それなら、僕が行きますよ。ティア様は、ハロイ諸島以外は勝手にうろつかない約束でしたよね? それに、そろそろ迷子の宇宙船が草原に戻る頃でしょう?」
「それは、まだまだじゃ。カースが、数ヶ月は現れないと言っておったのじゃ」
(また勝手にカースを使ったのか)
「お土産を地底にも持っていくのでしょう? 竜紐をみせびらかしに」
「のわっ!? なぜ、それを知っておるのじゃ。じゃが、その前に、砂絵をローズの屋敷に飾ってやりたいのじゃ」
(砂絵? あの豪華な肖像画?)
「では、僕が預かります。ティア様よりは、僕の方がセンスは良いはずです」
カランカラン
「妾の方が……あっ……」
突然、隠れる猫耳の少女。
「もうっ! 何日も勝手に何してるの。ライトくん、ごめんねぇ」
「あはは、ナタリーさん、それって……」
隠れていたはずの猫耳の少女は、透明な不思議な檻の中に捕獲されていた。
「イタズラ猫の捕獲器よぉ。城に強制転移できるのよ〜。この出口は、イロハちゃんの私室にしかないのぉ」
(捕獲器……)
ベアトスさんの方にジト目を向ける猫耳の少女。そっか、ベアトスさんが作ったのか。だけど、捕獲器って……。
「じゃあね〜、お邪魔しましたぁ〜」
ナタリーさんが、その不思議な檻に触れると、檻と共にパッと消え去った。女神様は、城に強制送還されたようだ。




