47、アプルゴルド星 〜ファジーネーブル風味の魔ポーション
「ライトっ! 朝ごはんは?」
翌朝、一番に飛び起きてきたのは、魔王サラドラさんだった。
「おはようございます。もう起きたんですね」
「ふふん、あたしが一番?」
「はい、まだティア様は眠っておられますよ。すぐに朝食の準備をしますね」
(あれ? なんだか変だな)
魔王サラドラさんは、チラッと女神様のベッドがあるテントに視線を向けたが、何も言わない。てっきり、いつもの調子で勝利をアピールするかと思ったんだけどな。
僕が朝食の準備を始めると、赤いワンピースのチビっ子は、ベアトスさんが出してくれたミニキッチンの上に浮かんでいた。
何を作るのかを見張られているような気もするけど、いつもとは様子が違う。はちゃめちゃな雰囲気はなく、妖精族なのだと思わせる可愛らしさというか……。
「ライト、いろいろとマズイ感じなのね」
魔王サラドラさんは、小声で囁いた。
「魔王カイさんから、聞いたんですか」
「聞かなくてもわかるわよ。イロハちゃんの様子が明らかにおかしいもの。あんな雰囲気って、イロハカルティア星に、大きな亀裂が見つかったときみたいだよ」
「そう、ですか。サラドラさんは、やはり名探偵ですね。よく状況観察をされている」
「あたしは、最古の魔王だからね。ずっとイロハちゃんの様子は見てきたから、わかるよ」
(えっ……名探偵にも反応しない)
そうか、これが魔王サラドラさんの本来の素顔なのかな。いつも、はちゃめちゃだけど……妖精族は、女神様と似た部分が多いのかもしれない。
女神様も、はちゃめちゃだけど、あんな道化を演じるようになったのは、星の綻びが見つかってからだと、女神代行をしているナタリーさんが言っていたっけ。
朝食を作っていると、その匂いに誘われて息子のシャインが起きてきた。水色の狼は、寝ぼけ眼でキョロキョロしている。この場所がどこなのか、忘れちゃったみたいだな。
「父さん……あれ?」
「シャイン、おはよう。ここは、神アプルゴルド様の神殿の客室だよ。ベアトスさんが出してくれたテントで、みんなで泊まったんだよ。シャインは、床で寝てたけど」
そう教えると、シャインはハッとして、人間の姿に変わった。思い出したみたいだな。
「ぼくのテントは……」
「うん? シャインはテントを使わなかったから、ベアトスさんが片付けたよ。僕も使ってないけどね」
「父さんも床で? あっ、寝なかったんだ」
「ふふっ、魔王カイさんも僕も、眠らなくても大丈夫だからね〜。さぁ、テーブルを片付けてくれるかな? ティア様の私物は、端に寄せておいて。ご飯できたよ」
「はいっ!」
キラキラな笑顔で良い返事をするシャイン。ご飯って言うと、この顔になるんだよね。
こんな話をしていても、魔王サラドラさんは無反応だ。いつもなら必ずと言っていいほど絡まれるシャインは、首を傾げている。
「朝食をどうぞ」
魔王サラドラさんの分もテーブルに置くと、やっと彼女はシャインの存在に気づいたかのように、絡みに行っている。
「シャインのポテトサラダは塩からいの?」
「えっ、わからないです。あっ、父さんが塩だれを置いてくれているから、辛くないと思います」
「ふぅん、塩からいのばかり食べると、お腹痛くなるよっ」
「ひぇっ、それは困ります」
魔王サラドラさんにそう指摘され、シャインは塩だれを使わずに、ポテトサラダを食べている。ふふっ、微妙な顔してるなぁ。
騒がしくなってきたことで、ベアトスさんや魔王ノムさんも起きてきた。だけど、女神様はまだ寝てるみたいだ。
魔王カイさんは、女神様のテントの前に、白く小さなスケルトンの姿で座っている。ほんと、離れないよね。でも、魔王カイさんが女神様に張りついてくれているから、僕やベアトスさんは自由に動けるんだよな。
僕がパンケーキを焼き始めると、やっと女神様が起きてきた。だけど、その表情は疲れているようにも見える。ほとんど眠れなかったのだろう。
「ライト、土産を買ったら、イロハカルティア星に戻るぞ」
「はい、かしこまりました。ティア様、朝食はパンケーキとポテトサラダでいいですか?」
「パンケーキだけでよい。甘いパンケーキがよいのじゃ」
「猫ちゃん、きちんとご飯を食べないとダメだよっ」
「ふん、おしゃべりじゃな。ライトに余計なことを言いおって」
魔王サラドラさんの囁きを、女神様は聞いていたみたいだな。女神様は、白い小さなスケルトンを睨んでいる。あぁ、昨夜のことか。魔王カイさんの念話は、バレてたんだ。
白い小さなスケルトンは、ショックを受けたのか、カシャリと崩れている。たぶん、女神様からのツッコミ待ちだよね。だけど、スルーされている……。
「ティア様、どうぞ。パンケーキと紅茶です」
「なっ!? なぜ、肉球を描いてないのじゃっ」
(へ? パンケーキにも?)
「ティア様、パンケーキにも描くんですか? あいにくチョコレートのペンは持ってきてなくて」
「クリームで描けるではないか」
(生クリームが欲しいってこと?)
「ちょ、ちょっとお待ちください」
僕は、魔法袋の中を探す。リュックくんがいればすぐに出してくれるんだけどな。
だけど、探している間に、猫耳の少女はパンケーキを食べ始めた。待てと言ったから、食べているのだろうか。
すると、肩にリュックくんの気配が戻ってきた。
(リュックくん、生クリーム、どこにあるかな?)
『は? んなもん、持ってきてねーだろ。アイスならあるぜ。デカイ魔法袋の中の10キロ入りの魔法袋の中の小袋だ』
(魔法袋の中の魔法袋って、中身が表示されないんだよね。どれ?)
そう尋ねると、僕の手に魔法袋が触れた。
『バッグインバッグは、常識だろ』
(魔法袋の中の魔法袋の、さらに中の小袋なんて、バッグインバッグって言わないでしょ)
『じゃあ、バッグインバッグインバッグ』
(わけわかんない)
『は? 人間の女なんて、カバンの中に小さなカバンを入れて、その中にもっと小さなカバンを入れてるじゃねーか』
(それって、どこの女の人?)
『さぁな、忘れた〜』
(はぁ、もう、ほんと、いつまでチャラ男してんの)
『は? モテ男と言えよ。探偵より宇宙海賊の方がモテるみてーなんだよな』
(あっそ)
僕が、アイスクリームを取り出したときには、猫耳の少女の皿の上のパンケーキは、小さくなっていた。だけど、ちゃっかり残して、待っていたみたいだな。
「ティア様、アイスクリームしかありませんが……」
「ふむ、バニラアイスか。妾は、チョコアイスの気分なのじゃがのぅ」
(わざとワガママを言ってるな)
「猫ちゃんがいらないなら、あたしが食べるよっ。アイスは食べるとゾクゾクするもんっ」
(身体に悪くないの?)
魔王サラドラさんは、火山に住む炎を纏うサラマンドラだ。身体が冷えると、体調が悪くなるらしいけど。
「アホのサラドラに、アイスは無理じゃ。腹が痛くなるのじゃ」
「これくらいなら、大丈夫だもんっ」
そう言って、皿に出したアイスを丸飲みする赤いワンピースのチビっ子。たぶん、女神様を元気付けようと、無理してるんだよね。
「のわっ!? 妾のアイスを丸飲みじゃと? アホのサラドラは、大アホのサラドラに進化しよったのじゃ!」
「ふふん、猫ちゃんがグズグズしてるからよっ」
そう言いつつ、ちょっと涙目の赤いワンピースのチビっ子。ベアトスさんが、そっと差し出したアツアツの紅茶を一気飲みしている。
「ぬぉぉ、ライト、妾のアイスは?」
「もう、ありませんよ」
「な、なんじゃと!? ぐぬぬぬ」
女神様は、魔王サラドラさんに乗せられたフリをして、悔しそうにしている。励まそうとするサラドラさんと、それに合わせる女神様、いい関係だね。
「じゃあ、ティア様にはこちらを。アイスっぽいものは、今はこれしかありません」
リュックくんがすぐに渡せと言ってきた小瓶を渡した。
「アイスではないのじゃ、フルーツパフェじゃっ」
目を輝かせた猫耳の少女は、すぐさまその小瓶を飲み干した。そんなにも魔力が減ってたんだな。
僕が渡したのは、ファジーネーブル風味の魔ポーションだ。魔力を30%回復する。僕が今作ることができる魔ポーションの中で、最大の回復量のものだ。数を作ることができないから、女神様は、危機的な状況のときにしか使わない。
(なのに、今、飲んだよね?)
てっきり、魔法袋に収納するのかと思ったけど……。
『ライト、来るぞ!』
リュックくんの声が聞こえた直後、魔王カイさんが輝き、黒くキラキラとした強い魔力が放たれた。




