44、アプルゴルド星 〜パナシェ風味のポーション
「神殿の中庭に遊びに来た人は、門番から、ポーション屋さんの試供品を受け取って、それを飲んでから入ってください」
(あっ、なるほど、分けるのか)
「空き瓶は、門の内側で回収します。そのときに、もう1本試供品を渡します。空き瓶は貴重みたいなので、飲んだら門兵に返してください」
水の魔帝クラリス・ロールさんは、拡声器のような魔道具を使って、獣人さん達に指示してくれた。飲む順番を間違えると困るから、こんな仕組みにしたようだ。
(めちゃくちゃ賢いな)
僕が適当に並べてあったポーションを分け、モヒート風味の体力10%回復ポーションを門の外で配り、その空き瓶と交換で、パナシェ風味のクリアポーションを渡すことにしたようだ。
「あれ? 昨日買ったものとはラベルが違うな」
「だから試供品なんじゃないか? 説明書きも違うぞ」
「行商人さんは、2種類のポーションを売りに来たんだな。おっ、これは……頭がスッキリしたけど、身体が重く感じる」
門の内側で、クリアポーションを飲んだ人達からは、いろいろな声が聞こえてきた。
クリアポーションには『C10』というラベルが付いている。Cはクリア、10は体力を1,000回復するという意味だ。
このクリア効果は、弱い毒、弱い細菌、弱い呪いをすべて消すことができる。だけど、中程度のものには改善が期待できる程度。強程度のものには効果はない。
伝染病や呪具を利用した呪いは、弱い程度に分類できる。だから、大抵の伝染病や呪いに効果があるんだ。
「門の外でもらったポーションの方が元気になるよな。これは、身体が重くなる。俺達には合わないのかもしれないね」
「俺達には毒耐性があるのに、こんなに身体が重くなるのは、このポーション自体が強烈な毒として効いているのかな」
「かわいい行商人さん達の見た目に、騙されている? だが、神殿の中庭で……まさか、神アプルゴルド様も騙されて……」
(なんだろう? なんだか、みんな別人みたいだな)
昨日は、獣人さん達はハイテンションだったし、すっごくデレデレしていたのに、今は、疑り深い視線を感じる。
すると、クラリスさんが、再び拡声器のような魔道具を使う。あっ、クマちゃんマークが付いている。ベアトスさんの魔道具だ。
「皆さん、門の内側で飲んでもらったフルーツエールのような香りのポーションは、非常に貴重な、クリアポーションという物です。伝染病を治したり、呪いを解く効果があるんです」
クラリスさんの言葉に、獣人さん達はザワザワし始めた。
「行商人さん達をこの星に連れてきたのは私です。このポーションを作っているのは、女神イロハカルティア様の側近のライトさんなんです」
(えっ? それをバラす?)
シーンと静かになってきた。
あっ、そうか。クラリスさんは、そのライトがここにいるとは言ってない。クリアポーションの効果を疑う人達が多いから、こんなことを暴露したんだ。
獣人さん達の表情が変わった。それまでは、クリアポーションが毒なのではないかと疑っていた人達も、クラリスさんの言葉を信じているようだ。
「水の魔帝、俺達は、伝染病にかかっていたのですか」
「いや、呪い? まさか、呪われるようなことをしたのか」
互いに不安そうに顔を見合わせ、その原因を探ろうとしているようだ。
クラリスさんは、僕の顔をチラッと見た。彼女自身が、神竜の仕業だと言うべきか迷っているようだ。
(僕が話すべきかな)
「皆の者、どの星にも毒と伝染病と呪いは、溢れておるのじゃぞ? 他の星との交易をすると、そういう害は避けられないのじゃ」
猫耳の少女が、ポーションを並べた台に飛び乗り、話し始めた。小さな種族が好きな獣人さん達は、フニャリと表情を緩めている。
「そうね、ティアちゃんは、ほんと賢いわね。皆さん、彼女は、女神イロハカルティア様が飼っている猫さんなんですよ」
(びっくりした)
一瞬、クラリスさんが猫耳の少女を、女神イロハカルティア様だと言うのかと思った。でも、クラリスさんは、猫耳の少女の正体は知らないはずだ。神アプルゴルド様と神竜には、バレているようだけど。
「妾は、それくらいのことは知っておるのじゃ。イロハカルティア星の行商人じゃからなっ」
(行商人に、なりきってる)
「ティアちゃんは、かわいくてお利口さんなのよね」
「ふむ、妾は、かわいくて利口なのじゃっ」
あちこちから、あたたかな笑いが起こった。もう、さっきまでの疑わしい不穏な空気感は消え去っていた。
(さすがだな)
少年の姿をした神アプルゴルド様も、台の上に立った。彼は一瞬、戸惑いの表情を見せていたから、たぶん女神様が強制的に移動させたんだな。
神アプルゴルド様の姿が見えると、獣人さん達は、皆、一気にヒートアップしている。ワーワーと大喜びだ。
クラリスさんが、神アプルゴルド様に拡声器を渡した。この熱狂の中では、必要だね。
「皆さん、神殿へようこそ。イロハカルティア星から、2組の行商人さんが来てくれました。ポーション屋さんは、もう皆さんご存知ですね。ポーション屋さんと同じくらい有名なクマちゃんマークの魔道具屋さんも来てくれています。この声を届ける道具は、クマちゃんマークの魔道具なんですよ」
その紹介に合わせて、なぜか魔王サラドラさんが、ふわりと空中に浮かんだ。赤いワンピースのチビっ子の登場に、獣人さん達は、デレデレのトロトロだ。
『あたしは、名探偵もやってるのっ。謎解きなら任せなさいっ』
(なぜ、念話? なぜ、探偵?)
魔王サラドラさんの行動自体が、深い謎だよね。
すると、猫耳の少女は、神アプルゴルド様から拡声器を取り上げ……。
「クマの宣伝をしに来たのではないのか。おぬしの言動の方が、謎だらけではないか」
『あら、猫ちゃんってば、わかってないわね。困りごとを解決するのが魔道具なのよっ。まだまだ甘いわね〜』
「のわっ? とってつけたような言い訳をしおって。いま、たまたま思いついたのじゃろ。困りごとなら、妾のポーションの方が、お役立ちじゃぞっ」
(女神様のポーションじゃないよ)
『ふふん、じゃあ、競争ねっ。あたしの方が、絶対にお役立ちなんだからっ』
「妾の方がお役立ちに決まっておるではないか。うぬぬぬ、わかったのじゃ。そのケンカを買ってやるのじゃっ」
(はぁ、面倒なことに……)
だけど、二人のケンカは、ショーが何かだと思ったのか、獣人さん達は、パチパチと拍手してくれる。
「じゃあ、クマちゃん工房さんは、あちらのスペースを使ってください。ポーション屋さんは、こちらね」
クラリスさんが、空間に仕切りのような物を出してくれた。彼女は、結界操作の能力が高いみたいだな。
「わかったわ。あっ、もし宇宙海賊が紛れ込んでるなら、おとなしくしていなさいよっ。暴れたら、あたしの炎で消し炭にするからねっ」
魔王サラドラさんは、何かを察知したのか、突然そんな宣言をした。そういえば、獣人以外の人も入ってきている。
「アホのサラドラ! 炎なんか使うなよ。売り物が燃えたらどうする気だ。宇宙海賊くらいワシが捕獲する」
冷静に叱ってくれる魔王ノムさん。そして、ゴーレムを数体登場させた。しかも、戦闘用のゴーレムだ。この星の鉱石を利用したのか、めちゃくちゃ硬そうだな。
(ちょ、みんながビビ……らない?)
ノームの魔王ノムさんにも、獣人さん達はデレデレとした顔を向けている。魔王ノムさんもゴーレムも小さいから、いいのかな?
一方で、宇宙海賊かもしれない人達は、その表情を引きつらせていた。魔王ノムさんのゴーレムの強さをサーチしたのだろう。
「皆さん、神殿を楽しんでいってくださいね。あちらの水場は、プールという物だそうです。飲む水ではなく、身体を浸す水らしいですよ。クリアポーションが溶けているそうです。これで伝染病も安心ですね」
神アプルゴルド様はそう言うと、ふわりとやわらかな笑顔を浮かべた。獣人さん達がデレデレでトロトロな顔をしたのは、もう言うまでもないことだよね。




