36、アプルゴルド星 〜井戸から中庭へ
『驚かせたかな? キミ達の案に乗るよ。私は本来の姿に戻って、井戸の底に行く。私にはキミ達の気配を察知できないから、迎えに来ておくれ』
(へ? 僕達の案? 僕達の話が聞こえていたのかな)
そう考えてみても、神アプルゴルド様からの返事はない。
『ライト、早く井戸へ戻れ』
(リュックくん、神アプルゴルド様に何か言った?)
僕は、井戸へと向きを変え、真っ暗な土の中を進んでいく。『眼』のチカラを使うことで、井戸の底が淡く光っているのが見えた。もう、神アプルゴルド様は移動したのかな。
『あぁ、オレ達が地上に雨を降らせて、川や湖を復活させてやると言った』
(そんなこと、できるの? 女神様?)
『クラリスは水の魔帝なんだろ? 楽勝じゃねーか』
(えっ? クラリスさんはそんなことできないでしょ。できるなら、水不足になってないよ)
『補助があれば、可能だろ。水を操るチカラはあるみてーだぜ。獣人達の飲み水のために、神アプルゴルドは邪竜に従ってんだよ』
僕には、クラリスさんの能力はわからない。だけど、この星に雨を降らせることは、狭い範囲なら、たぶん今の僕にもできる。赤ん坊からやり直す前の僕なら、あり得ないことだけど。
(そっか、じゃあ、急ぐよ)
井戸へ戻ってくると、ワープワームのクッションが僕の足元というか下方に現れた。
僕が、霊体化と透明化を解除すると、僕の足がクッションに触れた。
(族長さん、さすがだね)
その次の瞬間、僕は井戸の底にワープしていた。
◇◇◇
「お、おぉ、キミか? 二人居たのではないのか?」
広い井戸の底には、淡く輝く小さな男性がいた。僕よりも背が低い。だけど子供には見えない。顔は大人の……老人の顔をしていた。
「神アプルゴルド様でしょうか。僕は、ライトと申します。アプルゴルド様と話していた彼は、ここに居ます」
僕が左肩の小さなポーチを指差すと、彼は目を見開いた。
「あぁ、私がアプルゴルドだ。そうか、魔道具から進化した魔人だと言っていたな。そんな小さなカバンの姿をしているのか」
「はい、普段はこんな感じです。今は、魔力切れ気味らしくて、魔人の姿にはなれないみたいですが」
「ほう、そうか。イロハカルティア星の魔人と聞くと、強く恐ろしいモノを想像していたが、こんなに小さなモノなら親近感がわくよ」
キラキラと目を輝かせる神アプルゴルド様は、何というか、純朴な印象を受けた。彼が、老人のような見た目をしているのは、おそらく星の寿命が、もう残りわずかだということだ。神の命は、星と繋がっている。
「魔人の姿だと、僕より少し背が高いですけどね」
「なるほど、そうなのだな。面白い種族だ」
(リュックくんも、挨拶すれば?)
そう問いかけても、リュックくんの返事がない。返事代わりなのか、肩ベルトをグイッと引っ張られ、僕は前のめりに倒れそうになった。
(ちょっと、リュックくん! あー、そういうことか)
神アプルゴルド様の手には、僕が井戸に落とした赤い竜紐が握られていた。もしかすると、神竜に話を聞かれるかもしれないからか。取り返す方がいいな。僕が持っていれば、きっと話は聞かれない。
「あの、それは……」
「あぁ、井戸の底に落ちていた。私の配下の気配がするから、彼の落とし物だろう」
(神竜の試練のことも知らないのかな)
だけど、今は、下手な話はできないか。
「アプルゴルド様、とりあえず井戸から出ましょうか」
「あぁ、そうだな。魔人の彼の言葉を信用していいのかわからないが、私には他に選ぶ手段がなかったのだよ。この星に雨を降らせるというのは、本当なのかな」
神アプルゴルド様は、僕を真っ直ぐに見つめて、そう問いかけた。見知らぬ者の言葉に従うことへの言い訳のようにも聞こえた。
「彼がそう言ったのなら、信用してもらって大丈夫です」
「そうか。雨を降らせる対価が、私には理解できなかったのだが、この星の土壌から育つ果物が欲しいということだったが……雨が降り、川に流れが戻っても、すぐには果実は得られないだろう。そんなにも先の対価というのは……」
(ちょっと疑心暗鬼になってるな)
神アプルゴルド様は、おそらく相手を疑わない性格なのだろうと感じた。すべての者を信用して受け入れてきた、その結果が今の状態なんだ。
こんな状況でも、リュックくんの提案を受け入れると言っていた。だけど、その決断に自信が持てないのかもしれない。
「そんなに先の対価ではありませんよ。僕達には連れがいます。神殿に招かれたのは、僕の息子を含むポーションの行商人ですが、もう一組、この星の珍しい鉱物を求めてきた魔道具の行商人が来ています。妖精族の魔王もいますからね」
「なんと! 妖精族というと、黄の太陽を創造した女神イロハカルティア様と同じ種族か。あぁ、なぜか星の綻びが異質なモノで埋められたのは、その者達の所業か」
(その女神様が来ているとは、言えないな)
「はい、そうです。鉱物の採掘の障害となる地割れなどは、彼らが塞いでいるのだと思います」
「そうか、そうだったのか。異質な土に、敵意は感じなかった。だが、あちこちが塞がれていくことに、気味の悪さを感じていたのだ。何かが埋め込まれたのかと、私の一族の者が調査しているが、爆発物もなく、意図がわからなかった」
神アプルゴルド様の表情は、心底ホッとしたのか、穏やかなものに変わっている。星と命が繋がっている神には、綻びの修復は、わかるんだな。
(まぁ、当たり前か)
「彼らは、アプルゴルド様を心配させていたとは想像もしてなかったと思います。なんだか、すみません」
「いや、謝る必要はない。星のあちこちに大きな亀裂が入っていたことは……いや、まぁ、助かったよ。星の住人を危険に晒していたからな」
(星の綻びとは言わないんだな)
「じゃあ、とりあえず、井戸から出ましょうか。重力魔法を使います」
「うむ、だが、その必要はない。壁に触れてくれ」
神アプルゴルド様が井戸の壁に触れた。僕も、それを真似て触れてみた。壁の冷たさに、僕は少し驚いた。壁が氷より冷たく感じるのは、アプルゴルド様の寿命が残りわずかだからなのかな。
「では、上へと移動するよ」
身体に重力を感じた次の瞬間、僕は、神殿の中庭に立っていた。小さな老人も、僕のすぐそばにいた。
「ふふっ、驚いたかい。ワープでも転移でもない。私は鉱物系の種族だからね。こういう置き換えができるんだよ」
「びっくりしました。貴重な経験を……あっ」
神アプルゴルド様の気配を感じたのか、どこからか見知らぬ団体が現れた。すると、小さな老人は、僕を庇うように僕の前に立った。
「まだ動けるのか、爺さん。星と一体化したと聞いていたが? 星を乗っ取った竜が作っていた兵は、生まれる前に燃やしておいたぜ」
「ここは、黄の星系だぞ。赤の神は、これが侵略行為だと理解できていないのか」
(赤の神? 宇宙海賊に紛れた神か)
僕は、ゲージサーチをしてみた。確かに、体力が……えっ? 体力ゲージが4本もある。魔力は1本。明らかに、武闘系の赤の星系の特徴だ。
「ふん、俺がおまえに代わって、この星を治めてやるよ。俺の星は、宇宙のもくずと化したからな。ここは、いい星だ。住人は頭が悪いから命令しやすい。豊富な鉱物は、おまえを生かしておけば、無限に採掘できるからな」
「星を失った赤の神か。気の毒だが、この星を明け渡すわけにはいかない。イロハカルティア星に行け。女神イロハカルティア様は、星を失った神々を受け入れてくださる」
神アプルゴルド様がそう言うと、赤の神らしき男性は、表情を歪めた。イロハカルティア星で嫌な経験をしたのだろうか。
「うるさい! おまえが、さっさとこの星を俺に明け渡せば……ぐふぉっ」
赤の神らしき男性は、突然、体勢を崩して倒れた。
カコーン
彼の足元に、白い小さな枝状のものが落ちた。
(うん? 何?)
「にゃはははっ、カイのロケットパンチじゃっ!」
振り返ると、片腕のない白く小さなスケルトンの胴体を握りしめた猫耳の少女が……にゃはにゃはと笑っていた。




