オーディン②
街は荒れ果てていたので、空き家は割とすぐに見つかった。もともと若い男性が住んでいたのだろう乱雑な部屋は少し躊躇われたが、それでも路地裏にいるよりはマシである。
勝手にお邪魔させてもらい、女性を椅子に座らせて人ごこちつかせた。
「話、できる状態になったかい?」
女性はゆっくりと息を吐いて頷いた。
「ありがとうございます。助けてくれて」
「いやまぁ助けたってほどじゃ……」
私はポーションを渡しただけである。
「というか、ごめん、何があったんだい……? 言える範囲でいいからさ」
「……私は、間違ったんです」
「間違った?」
「はい。この街でやってはいけないことをしたので」
「やってはいけないこと?」
それは街の規則とか条例とかそういったものだろうか。
私達が聞きたそうにしているのを見て、彼女はぽつぽつと話してくれた。彼女自身に何がこの街に何があったのかを。
「この街はもともと、冒険者が多く住むところだったんですけど……」
ダンジョンに挑む冒険者が多く住むところだったこの石畳の街。
彼女はここに昔から住む住人だったようだ。冒険者はダンジョン攻略のためにこの街か、さらに奥の下宿屋のどちらかに長期滞在するという。
だが彼女は少し暗い顔をした。冒険者というのは――最悪なんだそうだ。
もともと破落戸崩れも多い。街の人間に暴力を振るったり無体を強いては知らん顔をする輩が本当に多いという。滞在しておきながら金を払わない者も多いとか。
前に居たギルドの面々を思い出した。
そういえばあいつらもどっちかといえば悪い部類だったな。小悪党なんで大したことはできてなかったけど。
ゴメス、元気かな。
私への誤解、ちゃんと解けてるといいけど。
「それはあのギルドも同じでした」
女性の言葉で引き戻される。
「あのギルド」。
「魔導師エルザのギルドです。私の友人はエルザに襲われそうになりました。でも、エルザは隠すことが上手かったから、多くの人は騙されてしまって」
「なるほど……」
それがエルザの本性だ。私は感情が冷えていくのを感じた。
そして兄貴が死んだあと――
エルザ達は失踪したという。それが自主的なものか、誘拐されたのかは分からないが。
なんにせよ遺されたのは終焉だけだった。
そして暫く経ったあと、一人だけが現れたのだ。
「オーディンが現れました。そして街のみんなの前で言ったんです。『自分は終焉魔術から逃れる方法を知っている』って」
「な――!?」
「でも教えるには、なんでもいうことを聞けと命令されて、それで――」
「……!?」
ルチアがはっきりとこちらを見た。その視線から私は思わず目を逸らす。
「助かる方法があるかもしれない」。
その希望が少しだけ見えて、私は暗澹たる気持ちになる。兄貴はそんな馬鹿じゃない。
「いや――それはない。兄貴がそんな間抜けなことするはずがない。多分そいつはオーディンの嘘だ」
「えっ」
ルチアはちょっとだけ傷付いたような顔になった。
「そうなんですね……でもそんな嘘つくなんて酷いですね」
ルチアの言葉すら遠くから聞こえるようだ。
遠まわしに責められているのは兄貴だ。仕方ないと分かっていても辛いものがある。
「最悪じゃないですか。そうやって街の人を騙すなんて」
「オーディンに魔術の素養はないし、そもそも存在を知ってたかどうかも怪しい。嘘ついて威張ってるだけだ。……どうせもう終わりだからって、好き勝手やってるんだろうな」
「はは、何ですかそれは。……クズすぎて笑えますね」
と言いつつルチアは一切笑っていなかった。
私も笑える気分じゃなかった。あの遺書にはオーディンは「ハリボテ」と称されていたが、まったくその通りだ。
多分嘘つきとか考え無しとかそういう意味だったんだろうけど。
ただの嘘つきで考え無しならまだいい。その嘘を信じさせて好き勝手やるなんて許されることじゃない。
「シャロンさん、これも何かの縁ですよ。今からそいつを一緒に殴りに行きましょう」
「よし乗った。二度と見られない顔になるまでボコボコに……」
「ま、待ってください!」
女性の制止に、私達は振り返る。女性は必死な顔をしていた。
「あの人に逆らうのだけはやめてください……教えてくれなくなったらどうなるか」
「最初から知らないもんを教えられるわけがないだろ。どっちにしたって変わらないよ。それにアンタも知ってるだろう? 例の遺書のことは。オーディンに魔術の素養なんてない。騙されてるだけだ」
「分かってます。でも、分かってても誰も逆らえないんです」
「なんで――」
「縋ってる人もいるんです。だって『あのギルド』の唯一の生き残りなんですから」
私とルチアは、今日何度目かわからないが再び顔を見合わせた。
唯一の生き残りって、アルファルドは生きてたけど。
「……絶対嘘ですよね」
「わっかりやすい嘘だ。全部終わるからって適当こきやがって」
ハリボテのくせに、と心の中でも毒づいておく。
そしてやっと燃えて来た。兄貴への仕打ちや兄貴の覚悟を何もかも全部無駄にしやがって。
ミーシャとかいう女がきっかけで起こった誤解――それが悲劇の発端だ。
もしそれに少しでも思うところがあるのなら、こんな非道はしないはずなのだ。嘘をついて希望を持たせて惑わすようなことは。
「いいことを教えてやろう。私の一族は代々魔力が極端に少ないが、代わりに魔術理論はかなりいいものが受け継がれてるんだ」
魔術理論のいくつかは頭に入っている。即座に構築する技術も。
もちろん、オーディンなど足下にも及ばない。
「奴のハリボテぶっ壊して、その中身の無い頭にたっぷりと絶望を味わわせてやろうじゃないか」
「……シャロンさん、たまに怖いときありますよね……」
「そうか? このくらい普通だよ」
無抵抗の女性に手を挙げる奴にはこのくらい普通だ。そしてオーディンは兄貴にも随分なことをしてくれた。おまけに絶対改心も反省もしていない。
さて――たっぷりと御礼をしてやろう。
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