襲撃計画と挟撃
一時的に日本に戻った比呂とアレクシア、エマは秀明の鉱山の事務所の下にある作業場に運び込まれている大量のケーブルやアンテナなどを軽トラの荷台に積んでいた。
ケーブルはLANケーブルと電源ケーブルの2本であったが、これを丘の上の秀明のトレーラーハウスから、丘を降って延々と畑のある広場を横切り、小川を渡り、林道沿いに関所跡の前線まで電波が届く所まで引き、アンテナを見晴らしの良い所に設置する必要があった。
これはエマが村に帰ってきていた関所跡で当初防衛をしていた槍隊や弓隊の女の子たちをフル動員して作業を行う段取りをしていた。
軽トラでは全ての資材を一度に運べないので比呂たちは何度が日本とミッテレルネを往復しながら資材を補充していき、その間にケーブルを伸ばしてながら、保護チューブに納めたり、防水テープで接続部分を保護したりという作業を行った。
エマは現場で村人たちの先頭に立って、テキパキと指示を与えていく。
それを見ながら比呂は「うーむ、委員長キャラやな」などと思うのであった。
これらの作業は基本的に本格的なアンテナを設置するまでの一時的なものである。
異世界でのネット環境の整備は、川北電機が全面的にバックアップをしてくれていて、機器の設置も彼らが行ってくれるという話になっている。
ただ、これには一つ問題があり、「日本と異世界が秀明の鉱山で繋がっている」というのはトップシークレットに当たる話であるので、川北電機の中でもセキュリティレベルの高い人しか現時点では存在を知らされていない。
そこで、ミッテレルネに行く人間については徹底した身辺調査と、秘密情報へのアクセスを許可出来るかどうかの審査が今、川北電機内で行われているそうなのだ。
人さえいれば機材はすぐ用意出来るので設置は出来るのだが、人の選出に時間がかかるという話しであった。
前にも書いたが、ミッテレルネの存在がマスコミ等に漏れるのは最も避けねばならないことだ。
アカに染まったマスコミがどんなネガティブキャンペーンを張るか想像出来ないし、同じくアカに染まった政治家が我々から異世界へのアクセス権を奪うことも考えられるからだ。
まぁ、全てのマスコミや政治家がアカとか売国奴って訳ではないのだろうが、慎重にしてもし過ぎるということはないだろう。
これらの事情は川北電機側もよく理解していた。
なぜなら彼らは軍需産業の側面もあり、普段から外国勢力の影響下に置かれている国内のマスコミから目の敵のような扱いを長年にわたってされてきていたからだ。
それら売国勢力は、とにかく日本国にとって国益になることには反対する。
反対するだけではなく、容赦なく潰そうと画策する。
だからこそ、川北電機側としても情報の秘匿性が極めて高い異世界の存在には大きな可能性を感じているのであった。
彼らは将来的にはミッテレルネに開発研究の拠点を構築する予定でいた。
先にも書いた通り、ミッテレルネの存在は極秘中の極秘扱いがされているし、また部外者の侵入は極めて困難な環境だからだ。
残念ながら日本国内では大量の産業スパイが跋扈しているし、空は監視衛星で常に敵国から見張られ、ドローンなどで監視されていたとしても防ぐのが困難だ。
しかしミッテレルネは監視衛星はもちろん無いし、ドローンを飛ばすにしても日本側から飛ばしても、ミッテレルネに行くことは不可能だ。
つまり情報の機密を守るには最適な環境なのだ。
また、ミッテレルネはドラゴニアという野蛮な侵略国家が暴れ回っているのだが、開発中の兵器のテスト使用は、敵の存在があるということはある意味、ありがたいことだった。
日本ではどんな兵器を開発したとしても、自衛隊は基本的に戦闘をしない軍隊なので実戦証明を得るのは極めて困難だ。
だが、ドラゴニアって国は勝手に攻めて来るので自然と実戦で使うことになっていくわけだ。
まあ、ドラゴニア相手には使えない武器や装備も多いだろうが、ドローンなどはもちろん有効に使えるわけだし、音響兵器やスタンガンなどという暴徒鎮圧用の非殺傷兵器などは敵の撃退に使える。
あまり一般には知られていないが、川北電機は海外の有名メーカーの地対空ミサイルのライセンス生産なども行っており、川北電機独自開発の同ミサイルなどを計画していて、それらの試射場としてミッテレルネに白羽の矢が立ったのだ。
ただ、これらの使用はあくまでも開発に向けた物に限られ、異世界といえども「軍」や「人」に向けての使用はしない事となっていた。
ひとまず、異世界でのネット環境の整備については川北電機に任されることになったが、現時点では先方の準備が整っていないため、全てを日本人と村人と味方となった傭兵隊で賄わねばならない。
作業の流れとしてはこんな感じである。
まず、電源ケーブルの束を軽トラに載せて、丘の上から車で移動しながらケーブルを延ばしていく。
運転が出来る比呂が運転しながら、荷台に村人が乗り、ケーブルの束を回転させ、歩きながらついてくる村人がケーブルを引くことでどんどん先まで進んでいった。
エマとアレクシアは予め丘の上に持ってきていたLANケーブルの束やケーブルを収めて保護する大量の保護チューブを作業がしやすいように梱包などを解きながら準備を進めていた。
ケーブルは丘から畑のある広場を抜け、橋に到達し、橋を越えて林道にまで達した。
ここで余ったケーブルを置いて、皆を荷台や助手席に乗せ、丘の上まで帰り、LANケーブルも同様に延ばしていった。
この段階で夜となってしまったので日本人3人は久々に夕飯を共にとることにして村の食堂に集まることにした。
因みに前線には見張り役で以前から交替で張り付いていた村の女の子と、傭兵隊を丸ごと残してきていた。
見張りの子には何か異変があればすぐ無線で連絡を入れるように指示している。
秀明は弟の秀二を自宅に送り届けて帰って来たので三人が揃った。
ここ数日というもの、それぞれがかなり活発に動いていたので、ここら辺で一旦、お互いのもつ情報を交換して、更にどういう方向にこの世界を持っていきたいのか話し合いをすることにしたのだ。
まず、ここ最近、最も大きな変化は「傭兵隊の加入」であった。
これに関しては、徹底的に追い込み降伏させ寝返るように導いたマルレーネ達 特殊作戦隊のお手柄であった。
秀明「彼女たちがここまで化けるとは正直、思わなかったな。
最初は森の守りにライフルを渡そうかとも思っていたが、彼女たちのスタイルには静粛性の高いクロスボウやアーチェリーなどの方が合っているみたいだな」
雅彦「マルレーネは相変わらず和弓を使ってるみたいやな。
降ってきたゲルハルトの部下達が『あれはマジで凄すぎる』と泣いてたよ。
太ももをやられた傭兵が三人ほどいたけど、わざと致命傷にならない処を寸分違わず真夜中に狙うとか、ナイトスコープ使っていたとしてもあり得ないよ」
秀明「今現在、傭兵隊も含めてマルレーネがダントツで強いかもしれないな、もちろん戦う場所を選ぶがな。
あの部隊があれば、ドラゴニアがたとえ5000人の部隊を送り込んできても、防ぎ切れるんじゃないかな。
もっとも森を全て刈られたら防ぎようがないかもしれないがな」
比呂「親父は知ってたかな?
ドラゴニア軍は前線から見えない場所で大量の木を切り倒しているので、森が消滅している場所が現れ始めたよ。
ここの森は温帯から亜寒帯辺りの森林地帯なんで、亜熱帯などの森と違い、復活するのは遅いハズよ。
奴らにこのままあそこを荒らすのを許していたら、ここら辺一帯の森を全て刈り取り尽くされる可能性もあるよ」
秀明「うーむー、やっぱり恐れていたことが起こり始めたかな。
このテトラ山の麓一帯に広がる森は、見渡す限りの平原の中では結構珍しいだろ?
もしかするとドラゴニアには巨大な針葉樹林帯などもあるかもしれんが、少なくともここら辺一帯には巨大な森はあまり見当たらない。
今、ドラゴニアはパイネに圧力をかけ始めているみたいだけど、城塞都市を攻略するのには巨大な攻城兵器が欠かせないのよ。
もし、奴らがここら辺の森に目を付け、攻城兵器を量産するためにここに押しかけたとしたら、早晩、ここら辺一帯の森は姿を消すかもしれないな」
雅彦「ゲルハルトたちが言うには、敵第二大隊の本隊はかなりの量の攻城兵器を本国から運び込んでいる最中なんだと。
その為に大量の牛や馬や奴隷が動員されているらしい」
比呂「俺が思うに、奴らの一番の強みってあの異常な兵站の強さなんじゃないの?
前線で戦う専門の傭兵隊がどこまで知ってるのか分からないけど、陸上輸送で安定した量の食料などを輸送するのは、この時代ではかなり困難なハズだよ?
馬や牛を使ったとしてもそれらに食わせる飼料も運ばないといけないし、略奪するにしてもそんなに大きな村があったようにも思えないんだけどな」
雅彦「パイネ付近とドラゴニア本国とは運河が通されているらしいぜ。
元々、ビスマルク王国とドラゴニアは交易が盛んだったんで運河で交易をしていたそうだわ。
傭兵隊も船で近くまで来ていたらしいで」
比呂「騎馬隊が多いからてっきりモンゴル軍みたいな騎馬民族征服王朝なんかと思っていたら、意外にも兵站を中心に進撃ルートを選んでくる軍隊だったか。
どちらが厄介かと言えば、兵站をキチンと組み立ててくる敵の方が厄介かもなぁ。
略奪中心の軍から、略奪出来なくなったらどこかに行くけど、本国からの兵站が水運で整ってるとするなら、基本的に時間無制限で駐屯出来るからなぁ」
雅彦「ドラゴニアってのは国内に穀物の一大産地を抱えているんだよな?
あと、牧草地も」
比呂「そうだよ、ドラゴニアは元々は放牧騎馬民族らしいんで、馬や羊などの家畜を養う牧草地がやたらと広範囲にあるらしいわ」
秀明「ある意味、チートな奴らよな。
国内に巨大な食料生産地を持ち、周辺諸国を集めても足りないくらいの人口と巨大な領土を持ち、その上、馬などを養える広大な牧草地や鉄や石炭の鉱山まで持ってるんだよな。
普通に戦うと勝てるハズのない敵だよなぁ、しかも侵略国家でこっちの言葉は通じないときた。
で、森を守る方法は何か考えたか?」
比呂「防衛線を押し上げるか、もしくは…」
秀明「もしくは?」
比呂「もしくは、敵を撃滅させてしまうしかないかな。
やっぱり防衛戦ってのは敵に主導権を握られるので、選択肢がなくなるのが欠点だよな。
それが今回の戦いで改めてよく分かったわ」
秀明「ヒロはどちらの作戦がいいと思うか?」
比呂「前線を押し上げるってことは森に近付く敵を全て撃破しようということだよな?
個人的にはソレはオススメ出来ないよな。
敵からしてみれば我らが森から攻めてくるってことになったとしたら、我らが森を守りたいと思っていることがバレてしまう。
バレないにしても敵兵が目前の森の中に隠れているのなら、離れた所から火矢などで森ごと焼き払う攻撃を仕掛けてくることもありえるからな。
今、マルレーネが焼き討ちされないのは、攻めている側も森の中にいるからだからな。
森の中を主戦場にさせるということは、少なからず森にダメージを及ぼす可能性もあるので俺もしては敵の目を森からこちら側に向けさせてやりたいんだよな」
雅彦「ということは敵を殲滅することか?」
比呂「そうだ、関所跡の防衛ラインをあえて手薄にさせて敵をおびき寄せ、一気に敵を殲滅される方法だ。
掘っている空掘や鉄条網は一時的に撤去する必要があるし、撤退戦を繰り広げる林道にも罠を再度設置する手間があるが、まぁそれはなんとかなるんだけど…」
雅彦「なんか問題あるんか?」
比呂「ああ、殲滅するとなると当然、挟撃する必要があるんだけど、それを誰がするのか?って問題があるんだよ」
「あっ…」
一瞬、言葉を失う秀明と雅彦であった。
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