三菱ジープ復活計画とヴィルマの誘惑
影山家が代々経営する総合病院は中規模の地域病院としてそれなりの地位を確立していた。
病院にはそれぞれ得意分野があるとは言われているが、影山の所は整形外科の腕が良い医者が多いという事でローカル的には定評があった。
秀明が異世界側(MITTELERNE ミッテレルネ)への医療支援として白羽の矢を立てたのは古くからの友人で敵でもあった影山が責任者をしていた以外にも外科を得意としていることも関係していた。
で、院長をしている影山本人はと言うと、50歳を過ぎた辺りから診療や手術などは他の医者に任せて、もっぱら経営の方だけをしていた。
が、それも優秀な部下がかなりの部分をやってくれるのでハッキリ言って「暇」なのであった。
趣味であるジープもそこそこやり尽くした感もあり、付き合いのゴルフだとか学会だとか飲み会だとか、うんざりするほどやってお腹いっぱいだったのだ。
特に三菱ジープは最近、部品の供給が途絶えてしまっていて、ちょっとした修理ですら苦労するようになり、クロカン走行に耐えれなくなりつつあるので、アメリカ製の本家ジープに鞍替えしようかどうか悩んでいる最中だった。
そんな時、久しぶりに顔を見せたのがかれこれ45年近くライバル関係である小畑(秀明)で、彼に連れて行かれた「異世界」で主に外科の病院を立ち上げることになったのだった。
まずミッテレルネでの「足」はこれまで彼の四駆人生を支えて続けていた三菱ジープでなんとかする事にした。
アメリカのジープと影山の操るジープの最大の違いは「エンジン」であった。
米国製ジープは大排気量ガソリンエンジン。
かたや影山の三菱ジープは最終型の55型なのでディーゼルだ。
ガソリンとディーゼルでそんな違いがあるんか?と思うかもしれないが、影山や秀明たちの走り方では雲泥の差が出てくる。
秀明たちが難所を走る時、いや這い回る時、重要になってくるのは「いかに車の移動速度を遅く調節するか」なのだ。
つまりタイヤの回転速度を極限まで遅く調整しようとする。
タイヤの回転が遅ければ遅いほど、タイヤの凸凹を地形に食い込ませてグリップを得やすくなる。
逆に雑に回してしまうと簡単にグリップが外れ、タイヤは空転してしまう。
「タイヤを極限まで遅くさせる」にはデフやトランスファーなどでギア比を落とせば簡単なのだが、それでは面白くないと思っているのが秀明や影山など古くからクロカンをやっていた「ディーゼル使い」に多く居たのだ。
ゆっくり走ろうとする時、普通に考えるとアイドリング回転のままで進む速度が最も遅い速度だと思うかもしれないが、実はそうではない。
クラッチを繋げたまま、ブレーキを踏み込んでいくと当然アイドリング回転より低い回転に落ちていく。
ガソリンエンジンの車でそれをすると割とアッサリとエンジンは停止してしまうのだが、ディーゼルエンジンだと「ガタガタガタ」と振動はするがすぐにはエンストしない。
その微妙な回転域をいかに維持して這い回るのか?というのがディーゼル使いの腕の差であり、腕の見せ所なのだ。
秀明のランクル70は、ランクルのエンジンとしては実は「エンストし易い」タイプになる。
排気量がそれほど大きくないこともあり、他のモデルより軽量で一部マニアに長年愛されてきた玄人向けのモデルであった。
だから軽さを利用して飛んだり跳ねたりさせる走らせ方をするマニアは多いのだが、秀明みたいに「異常にエンジンを粘らせながら這わせる」ことに執着したマニアはごく一部中のごく一部であった。
一方、影山の乗るジープはアイドリング以外の極低回転で回しても「バタタン、バタタン、バタタン」と独自の振動は起こすが、意外なほどエンストせずに粘る傾向がある。
だが、その振動が絶妙なグリップを生み、割と脚速いクルマではあるのだが腕次第で極低速で這わせることが可能になるクルマなのであった。
また、ディーゼルジープにはパワステやブレーキのアシストなんていう「余計な物」は付いていない。
ハンドルに伝わってくる情報はタイヤと直結しているし、ブレーキペダルに伝わる情報はタイヤのグリップが直接伝わってくる。
パワステ等に慣れた現代の人では分からないかもしれないが、それで得られる「人馬一体感」こそがディーゼルジープの最高のご馳走であったわけだ。
だからこそガソリン車に乗り換えることを最後まで躊躇していたわけだ。
走らせ方というか、ジープを操っていて得られる幸福感のポイントがガソリンとディーゼルでは全く違うし、ディーゼルジープで磨いてきたスキルはガソリン車では役に立たないのだ。
秀明のランクル70も、影山の55型もどちらも「エンジンを粘らせると楽しいのだが、それを実現させるのはかなりの腕が要求される」という点では共通している。
だからこそ全く別のクルマであってもクロカン走行を通じて張り合い続けることが出来ていたわけだし、それぞれがそのクルマを捨てれない理由でもあったのだ。
と言うことで、日本に戻った影山は医療体制の構築以外にも「三菱ジープの確保」に乗り出した。
部品の供給に限界があるなら、今、中古市場に出回っているジープをかき集めて部品取りにしてやればいい、そう考えたのだ。
また、古くからのジープ仲間に声をかけて、メンテナンスの協力をしてもらうよう手を打った。
ジープ乗りの中には凄い人がたまにいて、見た目は農家なのだが、自宅の納屋の中で一通りの整備どころか大改造まで出来る人なんかが存在していたりする。
中には部品が得られないなら現行車から取ってくればいいって感じでトラックやランクルなどから使えそうな部品を適当に持ってきて無理矢理取り付けて遊んでる人なんかも割と大勢いたりする。
そういう古くからの仲間の協力を最大限得て、三菱ジープを何とか「極地使用可能な戦闘車両」として復活させようとしたのだ。
また、日本刀の入手についても早速動いた。
昔、剣道をしていた頃、よく通っていた武道具屋には実戦で使えそうな実用刀はなかったが、刀剣の専門店があったので、そちらで40万程で良さそうな一振りを選んだ。
こちらは昭和の末に作られた肥後拵の一振りで、購入後、登録証を地元教育委員会に提出して所有者変更があっという間に完了した。
日本刀の購入と所有方法は秀明から聞いていたが、予想以上に簡単であった。
どうやら秀明も最近、いくつか日本刀を買ってミッテレルネに持ち込んでいるようだった。
さて、話はスピスカ=ノヴァ防衛戦に戻る。
3日目、森の中ではドラゴニアの傭兵部隊がマルレーネたちが仕掛けておいたトラップと待ち伏せ攻撃であえなく撤退した。
本隊の方では森から木を切り出して塹壕と鉄条網で構築した防衛ラインを突破する準備がほぼ終わっていた。
その日の晩は遠くから木を叩くような音と奴隷たちを大声で怒鳴りつつ指揮している騒音が遅くまで辺りに響いていた。
前線に張り付いていた雅彦は、無線でマルレーネたちが敵の部隊を無傷で撃退したことを聞いていた。
その報を全員に伝えると一堂は歓声を上げた。
雅彦「よっしゃ!親父がハンターたちに教えた戦術はちゃんと使えてるんだな」
現地時間で翌日の朝の3時になり、騒音が一旦止んだのを確認し、自分も見張り役を交替してもらい仮眠を取ることにした。
親父は日本に帰り、比呂は丘の上にある雅彦のトレーラーハウスで寝ていた。
代わりに雅彦は、前線付近まで引っ張ってきていた比呂のトレーナーハウスで寝ることになるのだが、ハウス内に入り、照明を点けて驚いた。
ベッドの手前にヴィルマが蹲って寝ていたからだ。
雅彦「うわっ!ヴィルマじゃねぇかよ、ビックリした!」
雅彦が帰ってきたことに気付いたヴィルマは目を開けたが、目の辺りが腫れ、何やら先程まで泣いていたような様子であった。
普段は気丈に見えるヴィルマの様子に思わずアタフタしてしまう雅彦。
女っ気がないように見える雅彦も高校生までは彼女がいた。
まあ、雅彦も「来るもの拒まず、去るもの追わず」のタイプに近いので一人の女性に固執した経験はほぼ無いのだが、それでも一応女性との付き合い方くらいは知っているつもりでいた。
だが、今 目の前にいる女性は過去に付き合ったどの女性より圧倒的に美しく、ツンツンしている様に見えて、常に雅彦の行く処について来て何かと手伝ってくれている女性であった。
そう言えば、そんな彼女も一度だけ様子がおかしかったことがあった。
場所は正にココ、関所跡でだ。
初めてここに下見に来たとき、ヴィルマが真っ青な顔をして震えていたことがあった。
よく考えてみると、ここは彼女の元フィアンセが惨殺された場所ではないか。
敵が攻めてきているとはいえ、もう何日もそんな場所に張り付いていて、今日みたいに敵の攻撃がふと止んだタイミングで張り詰めていたモノが切れてしまう事もありうる話であった。
「しまったな」
村を防衛することに熱心になる余りに、ヴィルマへの配慮を欠いていたことを後悔した。
以前、ここに来た時に真っ青な顔をして震えていたくらいなので過去の経験をまだ消化し切れていないことはわかり切っていたことではないか。
雅彦は彼女の上着や腕に付けた皮製の鎧を外させ、ベッドの中に導き、彼女を優しく抱きしめてながら、布団を掛けてやった。
こういう時、言葉が通じないってのは本当に歯痒いもんだ。
日本語がバッチリ通じる相手ならこういう時は何か優しい言葉でもかけて慰めてやれば収まるのかもしれないが、まだドイツ語の日常単語程度しか話せない雅彦にはそんな気の利いたことは出来なかった。
出来るのはただ一つ、彼女が寝るまで胸の中で彼女を抱きしめてあげるだけであった。
こうして雅彦は初めてヴィルマを抱きしめることになったわけだが、この時のヴィルマは何というか、猛烈にいい匂いがした。
雅彦たちはなんやかんやで湯船に浸かる生活を送っていたが、よく考えてみたら村の女の子たちは風呂に入る習慣がない。
せいぜい濡らした布で体を拭くだけだ。
それと体質の違いというものもあるのかもしれないが、日本人女性と比べると割と体臭がキツめの女性が多かったのだ。
比呂などは気にならないのか何も言わないが、匂いに敏感というか、どちらかと言うと匂いフェチの気がある雅彦は普段から「うっわー、何この楽園?ご馳走、アザマース!」などと思うことが多かったのだ。
村の女の子の間では、やはり体臭を気にする子が多いみたいで、ムスクっぽい動物系の香水を付けている人もいたのだが、それがまぁなんとも野生的というか何というか男の狩猟本能を刺激するというか、まあ辛抱堪らんといった感じなのであった。
あ、そうか。
戦闘が一旦落ち着いたら、女性用の香水とかも探してきて買ってもいいかもな、と思った。
いやいや、それよりここはやはり「風呂」でしょう!
水は村の近辺に小川が流れているのでそれを引っ張れば良いとして、湯を沸かす熱源はどうしたもんかな?と思う。
現段階では日本側の事務所の給湯器を動かしているのはプロパンガスなんで、ボンベをミッテレルネに持ち込んで既存の給湯器を繋げれば一応、風呂の湯は入れることが出来る。
だが、大衆浴場みたいな物を造成するのであれば、ハンパな工事では出来ないので、ここは日本から業者を招いて工事させたい処ではあるのだ。
実はこの話は以前、親父にも相談していて「誰か信頼出来る業者はいないかな?」と聞いてみたら、「一人心当たりがある」と言っていた。
村自体の防御力アップもそうだが、スプリンクラーなどの防火施設の増設や、道路の舗装、正門の補強、教会内のミーティングルームの近代化、Wi-Fiのアンテナの増設、水道施設の増設、下水施設の増設、などなどやりたいことは大量にあるのだ。
今の処、こうやって戦うことは出来ているが、ここから先、村の近代化を図るのであれば土木業者の協力が不可欠となってくるのだ。
…などと思考を少しでも今 腕の中にいるヴィルマから逸らそうと必死になる雅彦であった。
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