移住
川北マテリアルとの交渉を終え、鉱山に戻った秀明は比呂が事務所に住み着いているのを見て驚いた。
比呂「会社、辞めてきた」
と簡潔に言う比呂に対して、一瞬何か言ってやろうかとも思ったが、まあ彼も二十歳にもなっているし、彼の人生は彼が決めればいいので特にそれについて何も言わなかった。
…言ったのは倉庫に転がっている大量の箱に関してだった。
秀明「比呂、倉庫の大量の箱は何だ?」
箱を見たら何が入っているか知っていたが敢えて聞いてみた。
比呂「有刺鉄線だよ、取り敢えず1km分あるわ」
とのことだった。
うーむ…、有刺鉄線に目を付けるか、相変わらず抜け目のない男だ。
秀明は最近、比呂と戦略系のネットゲームなどを一緒にするようになっていて、彼の抜け目のなさというか、要領の良さを痛感することが多かった。
試しに比呂に有刺鉄線の使い方を聞いたら、「接近阻止戦略」という言葉まで出てきた。
この言葉は割と最近になって軍事の世界で頻繁に使われるようになった言葉で、元々は中共軍のアメリカに対する海上戦略の事を現す言葉なのだが、まあ言わんとすることはなんとなく分かる。
Anti-Access、A2などとも言われることがあるのだが、有刺鉄線をまず用意したということは、それを有効に使い、敵との距離をとって戦うということを最優先に考えるということだ。
比呂「村の人たちは女性でしかも戦闘向きではない人が大半なんで、接近戦になれば大量の死傷者が出てしまうでしょ?
だから有刺鉄線で敵の動きを拘束し、遠距離からチクチク攻撃するのがベターだね」
ふむふむ、確かに理に適っている。
さらに比呂は倉庫の端に置いている箱を指差して「父さん、あの箱の中、見てみた?」と言う。
蓋を開いてみたら、瓶と布の切れ端が入っていた。
秀明「俺は全共闘世代じゃないけど、これが何か分かるで、お前はつくづく抜け目がないなぁ」
そう、秀明より十歳以上年長の安保闘争だの中核派だのとガチャガチャやっていた世代の人ならよくご存知の「火炎瓶」だ。
それにしてもまあ、ミレニアム世代の二十歳の男がまず思いつく戦術が、有刺鉄線による接近阻止と、火炎瓶による範囲攻撃とは恐れ入った。
村長のエマも言っていたが、襲撃してきた敵国の騎馬兵は鉄製の鎧兜で完全防御しているのだそうだ。
その敵に対して腕力の弱い女性が放つ弓矢などは効果が薄いだろう。
それならば威力の弱い弓矢に頼らず、最初から爆発力や殺傷力のある弾を使って敵を攻撃した方が効果的だ。
また、敵に直接ぶつけなくても敵の手前に火炎瓶を落として引火させることで、炎の力で敵を一定時間寄せ付けないような使い方もある。
敵の動きを拘束しさえすれば、どんな攻撃も自由に行える。
秀明「火炎瓶もいいけどもっと面白い攻撃方法があるぜ」
そう言って、比呂を事務所の裏に連れて行った。
そこには水道の蛇口があるだけだった。
比呂「えっ?敵に水を掛けるの?」
秀明「半分正解だねぇ、だが半分は不正解だ」
比呂「水に何かを混ぜるの?」
秀明「お、正解だ。例えば水にカラシや唐辛子、ワサビなどを大量に混ぜたものを敵にかけたらどうなると思う?」
比呂「目に入ったりしたら最悪だろうね、多分悶絶して戦えなくなるわ」
秀明「そうだ、敵を殺すより"戦えなくする"ってのが肝心なんだよ」
比呂「えっ?どういうこと?」
秀明「お前でも知らなかったか。
近代戦では敵を殺すより、敵を効率よく戦闘力を削ぐ方が重要だとされているんだ。
殺してしまうと敵の戦力は単純にマイナス1だが、怪我をした味方がいると、その負傷兵を後送したり怪我を治療したりと敵の戦力を余計に多く削ることが出来るんだ。
また、後送した兵士が戦場の恐怖を周囲に流布することで敵の士気を落としたり、負傷した兵士に対する治療や年金支給などで敵により多くの金を使わせることも出来る。
だから近年の戦争では敢えて殺傷力を落とした兵器なども登場しているくらいなんだぜ」
なるほどなぁと感心する比呂。
秀明「中世ヨーロッパなどでは当然、ゴーグルやガスマスクなど存在していないだろうから当面は効果絶大だろう。
開発するにも時間や金は当然かかるから、時間稼ぎにはなるだろうな」
秀明は比呂を鉱山で使う重機の給油所に連れて行った。
比呂「とうさん、まさか火炎放射を使うつもり?」
秀明「いやいや、それもアリかもしれんがここにあるのは引火性が低い軽油ばかりだから火炎放射器の燃料には不向きやで、それならガソリンの方がええやろな。
じゃなくて、俺が見せたいのはアレだ」
秀明が指差した先には消火器があった。
比呂「消火器?確かに使えるかもな!」
秀明「消火器も敵の顔面を狙えば戦闘力を奪えるかもしれないが、俺が見せたい物はちょっと違うんだな」
そう言って彼が指差したのは、消火器の横に設置してあった大きめの赤い箱だった。
秀明がその箱を開けたら、なんとそこには「インパルス消火銃」が入っていた。
比呂「えっ、何これ?タンクが二個と銃みたいな物が付いてるけど?」
秀明はそのタンクを背負いながら比呂に言った。
秀明「今はタンクに水や圧縮空気が入ってないけど、試しに使ってみるか?」
秀明は重機を置いてる作業場の横に置いている大型のエアコンプレッサーを動かし、インパルスのタンクにエアを充填していき、もう一つのタンクには水を入れた。
秀明「よっしゃ、久々に使うけどちゃんと動くのかな?」
そう言うと彼は一斗缶を広場に置いて、そのインパルス放水銃で撃ってみた。
すると、バシュ!!という大きな音と共に銃の先から水が超高圧で噴射された。
その水は一斗缶を軽々と吹き飛ばし、一斗缶をベコッと凹ませたのだった。
比呂「うわっ!?凄くね?とうさん、こんなの持ってたの?」
秀明「ああ、面白そうだから買っていたんだ。
火事になったことがないので一度も活躍してないけどな」
ホント、この人は四駆といい、サバゲといい、マジもんの猟銃、ユンボやブルドーザーの運転、ネットゲームなどあらゆることをやってるんだな、と思った。
このリストに更にインパルスまで加わるというわけだ。
このインパルスは圧力調整も出来るから敵の騎兵とかに使えば近距離なら落馬させたりも出来る。
秀明「まだ試したいことがあるから、少してつだってくれ」
秀明は比呂を事務所の隣に連れて行き、自分の寝床になっているトレーラーハウスをランクルと繋いだと思ったら、仮固定や電源を抜いて異世界へと引っ張っていった。
いつもの丘の上に着いたので建物の跡の中にトレーラーハウスを押し込めて仮固定をした。
さらに比呂に取り出した水道のホースを日本側の事務所の横にある水道栓に繋いでもらっている間に、以前設置していたWi-Fiのアンテナを入れた箱をトレーラーハウスに引っ張り込み、外部アンテナをトレーラーハウスの天井に付けてあったアンテナと接続させた。
いつのまにか用意していた様だが、これで更に少しは電波が飛び易くなっただろう。
比呂は水道のホースを日本側から引っ張ってきて、トレーラーハウスの横にホースリールを置き、水道を繋いだ。
「さて、一応出来たな」
なんのことはない、自分一人だけ異世界側にさっさと「移住」してしまったのだった。
異世界に移住した秀明でしたが、それにはちゃんと理由がありました。
その理由や更なる準備などはまた次回、お伝えしていきます!
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