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5-1

「そっちに行きましたわ!」

「ライトくん動かないで!」

「え? ……ぎゃあああ!」

「藪に逃げられてしまいますわ! とりゃあ!」

「ちょっとフランさん掴んでるの僕の手……うわあああ!」

 無慈悲に放り投げられた僕が、逃げようとしているウサギの退路を断つ。その隙に、イオンさんが捕まえた。

「……この子じゃないね。ほら、耳の付け根が白い。あのウサギは全部黒い毛だったはずだよ」

「そうでしたか。では次を探しますわ。……驚かせてしまってゴメンなさいね」

 ウサギが放たれると、すごい勢いで遠ざかって行った。

「行くよ、ライトくん」

「いつまで寝てるんですの。置いていきますわ」

「…………はい」


 かれこれ数時間探し回っただろうか。黒いウサギの背を見つけてはその度に、追いかけ追い回し追い詰め、確認し続けた。両手で数えられないくらい捕獲しては逃がしての繰り返し。今までただの一度も正解に辿り着いていない。学院内にどれほどのウサギがいるかわからないけど、その中からたった一匹を見つけ出すのは想像以上に骨が折れる。

 手分けして探せればもうちょっと楽になるかもしれないけど、一匹を捕まえるのに多大なる労力を必要とするので、ひとりでやると逆に効率が落ちる。こうして三人が固まって出会ったウサギを片っ端から捕まえる作戦を取っていた。


「策でもなんでもないけどね」

 野山にいるウサギと違って人と近いところで暮らしているウサギなので警戒心が薄く、近寄りやすいのが唯一の救いか。人工物の多い学院内で、僕たちにとって追いかけやすいのも利点といえそうだ。

「三人だけっていうのは想像以上にハードだった……。せめてロックくんに頼んで手伝ってもらえないかな」

「それができればいいのですけどね。あいにく、あなたの現状を伝えに来た後はどこかに行ってしまいましたわ」

「さいで……」


 こういう時は猛禽類の目が羨ましい。獲物を見極め、捕捉し、捕獲する、ハンターとして優秀な目を持っている。そういえばフクロウも猛禽類だっけ。『フクロウ堂』にたくさんいるんだから、一羽くらい貸してくれないかな。いや、明るいうちじゃ動いてくれないか。

「ウサギといえば、月にウサギがいるって知ってる?」

 イオンさんが気分を変えようと、話を振ってくれた。

「へえ。初めて聞いたよ」

「嘘くさいですわね。いったいどこの誰があんな空高くまで行って確かめて来たというのですの」

「ホントだよ。お母さんが言ってたもん」

「あなたいくつですの……。そんなの、おとぎ話に決まってますわ。ねえ、ライト・アングル」

「信じてくれるよね、ライトくん?」

「え? ああ、ええ?」

 二人に詰め寄られ、答えに窮する。はいかいいえのどちらかしかない選択肢ながら、どっちを答えても角が立ってしまう。

進むはトラ、後ろはドラゴン。ここは、明言を避けてはぐらかす術の使いどころだ!

「その答えは一概に言えなくもないもので僕の意見では何も解決しない類の問題で」

「はっきりして」

「ですわ」

 失敗した。進退窮まる。前も後ろも行けないなら、空に逃げられたらなあと切に願う。ああ、鳥が羨ましい。

「き、きっとあれだよ。月の模様がウサギっぽく見えたんだんだ。だから、月にウサギがいるっていうのもあながち間違ってないっていうか」

 我ながらいい思いつきだった。双方の意見に対立しない逃げ道ながらロマンチックな話にすることで、どちらの角も立たない意見を生み出した。

「なんだ、そんな話ですの」

 フランさんには呆れられ、

「ホントなんだって……」

 イオンさんは拗ねてしまった。

……どうしろと。

「さ、無駄口叩いてないで探しますわよ」


 それから。

 ずっと同じことを繰り返す。ウサギを見つけては、捕まえる。サーチ・アンド・キャッチ。一匹捕まえるごとに疲労は溜まっていき、次第に口数が減っていく。遭遇するウサギの数も減ってきた。警戒させてしまったか?

 本当はあの黒ウサギなんていないんじゃないだろうかとすら思えてくる。

 月のウサギを探しているような、そんな気さえしてきた。

 そんな時だった。


「ねえ、あれ……ウサギ、かな」

 イオンさんが指さす方向。芝生の上に黒い塊がいくつもあった。

 黒いウサギだった。

 一匹や二匹じゃない、二十、三十はいる。皆ぴくりとも動かず、打ち捨てられたように横たわる。

 近づいて確かめてみると、どうやら死んでいるのではなく、眠っているようだった。

 生きていてほっとしたけど、触っても起きないでこんなところで寝ていることはどうも腑に落ちない。不自然だ。

「誰かが眠らせた……?」

 自然でなければ、誰かの手によって作為的に引き起こされたことになる。誰が、何のために。

「そのウサギ、触っちゃダメだよ」

 茂みの奥から声がした。がさがさと草を掻き分け、男の人が出てくる。


「スタンプ……先生」

 頭にはっぱを乗せた、スタンプ先生だった。魔術師のローブを着て、手にくねくねと曲がった魔術杖とウサギも持っている。

「そのウサギは儂が眠らせたんだ。逃げられると厄介だから、触らんでくれ」

「先生はこんなところで何を?」

「最近ウサギが増えてきてなぁ。処分してくれと学院に頼まれたんだ。まとめて処分するためにこうしてまずは眠らせて、一か所に集めてるんだよ」

 朗らかに答えてくれたけど、処分と言う言葉にフランさんは顔をしかめる。

 この町にウサギの天敵はいないので数が減らず、どうしても増えすぎて困った場合は人の手で減らすとは聞いたことがある。

「……ねえ、ライトくん。あの手に持ったウサギって」

 イオンさんが小声で耳打ちする。その視線は先生が持っているウサギに注がれていた。

 どのウサギよりも大きい体で、全身が黒い毛で覆われている。なにより、目に傷があった。間違いない。探していたウサギだ。

「先生、その黒いウサギ、僕たちに渡してもらえませんか?」

「これか? 何でまた」

 不思議そうに聞いてくる。

「このお二人の未来がそのウサギにかかってるんですの。お願いしますわ」

 しかし、先生は首を横に振った。

「申し訳ないけど、渡せない決まりなんだ。ウサギは学院で管理するもので、所有権はウサギにある。たとえ学生だろうと、処分が決まったウサギは渡せないんだよ」

「そこを何とかお願いしますわ。少しの時間だけでいいんですの」

「すまない。例外は認められないんだ」

 悲しそうに目を伏せる。同情はしてくれているようだけど、決してルールは曲げない意志を感じる。

 だけど、僕は疑問を持った。

 ウサギを使うことを教えてくれたのはキューク先生だった。ウサギが学院の管理下にあって、僕たちが勝手に使うことができないということを知らなかったのか?

 それから、処分しなければならないほどウサギは増えていたのか、ということ。ウサギが多い町と言っても、被害が顕著に表れることは滅多にない。減らさなければならないほど増えているようには見えない。

 そして、もうひとつ。ウサギの毛の色は白、黒、ブラウン、いろいろと入り混じっている。なのに、先生が眠らせたウサギはどれも黒い毛のものしかいない。明らかに偏りがある。不自然なほどに。まるで僕たちが黒ウサギを探しているように。

 自然でないなら、そこに意図があるはず。

 僕はある考えを確かめてみる。

「確かにウサギも多くなりましたよね。僕も、追試のときに見かけましたよ。先生が今持っているウサギによく似ていて、右目じゃなくて左目に傷のあるウサギを」

「ラ、ライトくん?」

「ど、どういうことですの?」

 二人には構わず、先生だけを見る。

 果たして、先生は。

「………………そう、なのかい」

 暴れるウサギが手から離れ、逃げ出しても反応しなかった。

 黒ウサギが一直線に僕のところへ走り寄ってくる。それを抱え上げた。

「いいんですか。逃げてきましたよ」

「ああ、そうだね。逃げたなら仕方ない。目を瞑ってあげるから、好きにするといいよ」

「ありがとうございます。…………ああ、よく見たらこのウサギ、昨日僕が見たウサギでした。僕とイオンさんの試験を見ていた、黒いウサギですよ。左目じゃなくて右目に傷、でした」


「…………………………………………………………………………それを返してもらおうか」

 今までの優しそうな風貌は一転、殺意の満ちるものに変わった。

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