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4-1

「……………………………………………………………………………………」


 僕の心は燃え尽き灰のように真っ白になっていた。

 何も考えられず、何をする気にもならない。

 今までのことは全て水の泡と消えた。

「あはははははははははははははははははははははははははははははは」

 僕の心は燃え残った灰のようにハイになって舞い上がっていた。

 何も楽しくないのに笑ってみる。

 でも全然楽しくならない。

 僕の心は……。

「笑っちゃうね」

 笑えやしない。

 学生としての資格を失った僕は近々寮からも撤退しなければならない。荷造りの手伝いを頼もうにも、ロックくんはどこかに出かけてしまったようだ。ひとりで作業をしなくちゃ。

 故郷に帰る準備をしなくちゃ。

「目標があろうとなかろうと、絶対的な現実の前には皆平等なんだよ」

 一流の魔術師になって田舎の家族にいい暮らしをさせてあげたいという願いは、僕の身の丈に合わない願いだった。

「笑われるだろうなぁ。バカにされるだろうなぁ」

 ここに来てから何も成し遂げてない。何の成果も得られないままの帰還。

「帰りたく……ないなぁ」

 思い返すのはイオンさんのこと。解決しないまま去らなければならないのが悔しい。

 気持ちではどうにもならない現実に、僕の心は真っ白になった。

 燃え尽きたように、真っ白になった。


「いつまでしょげてるんですの、ライト・アングル!」

 バン、とドアが勢いよく開かれた。

 心臓が飛び出るかと思った。

「え……フランさん?」

 部屋にずかずかと乗り込んできたのはフランさんだった。その後ろで引きずられるようにイオンさんも入室してくる。

「ど、どうしたのさ、二人とも?」

「どうしたの、じゃありませんわ! あなた、何を退学になんてなってるんですの!

「……」

 情報の早いこと。耳が痛い。

「ロック・ソルトに聞きましたわ。あなた、わたくしとの決闘に勝っておきながらその体たらく。わたくしの品位にも関わりますのよ。わかってますの、二人とも!」

 不思議なことを言う。二人とも? どういうことだろう。

 疑問に思っていると、イオンさんがおずおずと口を開いた。

「実はね。私も不合格だったの……」

 落ち込んだ様子。

 イオンさんも不合格? そんなバカな。

「……とわたくしも怒りたいところですけど、これはちょっと不自然ですわね。わたくしも初級冥府魔術の授業は受けてますけど、イオン・テオルの実力ならまじめにやれば不十分なんて判定は出ないはずですわ。あなた、この期に及んで手を抜いた、なんてことは言いませんわよね?」

「もちろんだよ。実力試験ならともかく、追試験では私の全力で挑んだはずだよ」

「ならばよし。ライト・アングル。あなたは失敗なんてしてませんわよね」

 失敗はなかったはず。それどころか、好調だったと言ってもいい。

「これは納得しかねますわ。何らかのミス、手違いがあったに違いありませんことよ。さあ二人とも、行きますわよ!」

「い、行くってどこに?」

 わかっていない僕とイオンさんに向かって、高らかに言った。

「ミスがあったなら責任を取ってもらいませんと。学院で一番の責任者。学院長にね!」



 学院の先生は研究棟と呼ばれる建物に研究室を持っている。塔のように高い建物で、『研究塔』などと言ったりもする。授業がない時にはそこに引きこもって、皆魔術の研究に勤しんでいる。そんなインドア派の先生を『研究党』と揶揄する者も、中にはいるようだ。先生に師事している学生も出入りするので、研究棟へは自由に入ることができる。目的のない人が入るところでもないけど。僕も実際に入るのは初めてだった。

 初めて入った研究棟、その最上階。偉い人は一番上に居を構えるのはどんなところでも同じで、学院長の部屋もそこにあった。

 大きな、両開きのドアの向こうに偉大なる魔術師がいる。一介の学生がおいそれと話しかけられるような人物ではないとわかっているだけに、緊張してきた。でも、『フクロウの儀』をやったのはあの人なんだよな……。そう思うと、別の意味で近寄りがたくなった。


「ほ、ほんとに行くの?」

 イオンさんも同意見なのか、しり込みしている。

「こんなところで怖気づいてどうしますの……。さあ、行きますわ」

 僕らの狼狽を意に介さず、扉に手をかけた。

「学院長! お話があって参りましたわ! お時間をいただいともよろしくて?」

 相手が誰であろうと尊大な態度を崩さない。見習いたい胆力だ。

 身分相応の広い部屋。壁際には本棚があり、多くの本が詰まっている。奥には、執務に使う重厚な机が鎮座しており、その手前に彼はいた。

 僕らに背を向けている彼、学院長は――――


「おええええええ!」

 吐いていた。


「…………」

「…………」

 カビ臭さに混じり、酸っぱい臭いがしてきた。

 そっと扉を閉めた。

「――む、今誰か来ておったかな?」

 間を挟む。

 少し時間を置いてリトライ。

「学院長! お話があって参りましたわ! お時間をいただいともよろしくて?」


「ああ! 窓を開けたら紙が散らばってしもうたわ! おお、君たちちょうどいい。拾うのを手伝ってくれ!」

 床に散らばった紙を、這いつくばって拾う老人の姿があった。

 偉大なる魔術師にしてムルナ魔術学院の学院長その人だった。


「……手伝おっか」

 とりあえず、このままにしておくわけにもいかないので手伝った。

 幸い、外に飛んで行ったものはなかったので集めるのに苦労はなかった。

「いやぁ、助かった。この紙には太古の邪悪な神を封じたものもあってな、もしも誰かが持ち去って封印を解いてしまったら大変なことになってたかもしれん。…………神なだけに、紙に封印じゃ」

「うっさいわ!」

 ぐーぱんち。

 最後の余計な言葉は僕の中の何かが許さなかった。つい手が出てしまったけど、そういえば『フクロウの儀』の時にもこの老人を殴ってやりたいと願ったことがあったっけ。思いがけず遂げてしまった。人生何が起こるかわからない。

「こ、こんないたいけな老人に何をするか! ……んん、ライト・アングルくんにフラン・メルカリーくん、それとイオン・テイルくんか。わしに何か用かね?」

「学院長、僕らの名前を知ってるんですか?」

「当然じゃ。わしを誰と心得る。偉大なるムルナ魔術学院学院長なるぞ。学生のひとりひとりを覚えられんでどうする」

 偉大な、という部分に若干の陰りが生じていたけど、やはり学院長は偉大な人物で間違いないようだった。

「ま、せっかく来たんだからこれでもどうじゃ。スタンプが持ってきたパンなんじゃが、なんと、中にカエルが入ってるそうでな。わしの口には合わんかった」

 僕らは口を揃えて辞退した。

 クロテちゃんのパン屋に断られたから、自作したんだ……。

「それよりも学院長わたくしたちのお話を聞いていただきたいのです」

 フランさんは、僕とイオンさんの処遇が不当だということを訴える。その際に、いかに自分が有能なのかをアピールしつつ、決闘のことを交えて話し、相対的に僕たち二人の価値を高めるという話術を用いていた。自分に絶対の自信と信頼があることがうかがえる。

 僕とイオンさんは時折振られることに頷くだけだった。

「わかった、わかった。大体わかったぞ。お主の話から、この二人の退学処分は不当なものと言えるかもしれん」

「ええ、ですから」

「じゃが、わしにはどうにもできん」

「な、なぜですの? 学院長は学院長でしょう」

「判定を出すのはわしじゃないからじゃ。特別に教えてやるが、まず試験科目の担当の先生が採点をする。それを基に学年主任が合否を決める。最後にわしが印を捺す。そうやって成り立っておるんじゃ。わしひとりで覆せるものじゃないんじゃよ。そして何より、誤りだったことをわしに証明する手立てがなければどうにもならん」

「そんな……」

 僕ら以上にフランさんが落ち込む。

「フランちゃん、やっぱりダメみたいだよ。諦めた方が」

「いいえ、そういうわけにはいきませんわ。これはあなたたちの問題であると同時にわたくしの問題でもありますの。わたくしが認めて差し上げた方たちが、退学という形でいなくなるなんて、わたくしの目が節穴だったということになってしまいますわ。そんなことは認めない。せめてわたくしがリベンジを果たすまでは学院にいてもらわないとなりませんのよ。その、同志……同胞……」

「友達?」

「そう、それですわ! 拳で語り合えば皆友達……って違いますわー! ちがくて、その、あの……ライバル! わたくしたちはライバルですのよ!」

 体が青く輝き、顔は火が出るように赤い。

 イオンさんだけでなく、僕のことも認めてくれている。

 それが僕は、嬉しかった。

「でも、私たちだけじゃどうにもならないよね。どうすればいいのやら」

「ふむ。試験は担当の先生が見てるわけじゃから、直接聞いてみたらどうじゃ。成績結果に不服があると言えば話ができるじゃろう」

 悩む僕らに、学院長が助け舟を出してくれた。

 担当といえば、キューク先生。

「行こう、イオンさん。まだ繋がってる。まだ終わってないよ」

「行きましょう。善は急げですわ! 学院長、感謝しますの!」

「わわっ! 引っ張らないでー!」

 学院長の部屋を後にする。目指すはキューク先生の研究室。

 まだ終わりではないのだ。

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