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最終話・後:〜After story〜天国の海で

あれから三十年余りが経った。

彼からもらったこの心臓をとうとう止めないといけない日がきたようだ。

私は高校を卒業し、大学を出て、就職し、結婚して、普通の幸せな家庭を築いていた。

それでも、今の旦那には悪いが、彼のことは一時も忘れたことはない。だって、彼はいつも私のそばにいてくれたのだから。

私が過ごした四八年という人生は、他人から見れば、まだ短いほうなのかもしれない。

しかし、心臓移植をして二五年以上も生きた例は今までなかったのだそうだ。そう思えば、私の三十年という期間は、実に奇跡とも呼べた。

でも、私はそれを別に奇跡だとは思わない。だって、この心臓は拓海がくれたものなんだから。

私の眠っているベッドの周りでは、たくさんの人のすすり泣く声が聞こえる。こんなに大勢の人たちが、私の最期を看取ってくれるのだ。私はなんて幸せ者なんだろう。


「おばちゃん」


耳元で、誰かが私を呼ぶのが聞こえた。そこにいたのは、親戚の子だろうか。五歳くらいの男の子だった。


「しぬってなに?」


その子の顔は、ただ知りたいことを尋ねている純粋なものだった。


「死ぬっていうのはね、誰の心の中からもいなくなるってことなのよ……」


「ふーん。しぬって、こわいの?」


「怖くなんてないわよ。だって、おばちゃんには、こんなにたくさん私のことを思ってくれる人がいるもの。それにね―−」


「それに?」


「私には、向こうで待ってくれてる人がいるの。だから、怖くなんかないの」


「そのひとだれなの? ぼくのしってるひと?」


「ふふ。秘密」


そう言うと、その子はほほを膨らませた。

向こうに行ったら、彼に何て言おう。何をしよう。まあ、時間はたっぷりあるんだ。ゆっくり考えよう。

だんだん、視界がぼやけていく。今度こそ、お迎えがきたようだ。

力が抜けていくのを感じながら、私のまぶたは閉じていった。


  ◆


ここはどこだろう。私は死んだのだから、あの世には違いない。でも、三途の川もなければ、死装束を着た人間もいない。代わりにあるのは、白くて広い道がどこまでも続いているだけだった。


「予想してたところとだいぶ違うわね」


私は足元に広がる白い道を歩き出す。

まず彼を見つけようと思った。いくら時間がかかってもいいから、必ず見つけようと思った。

広い道は途切れることなく、ずっと私の前に続いている。その先に何があるのかは、まだわからない。


「どこにいるのかな、拓海」


歩きつかれた私は、その場に座り込んだ。死んでも疲れるんだと思った。


「とうとう来ちゃったか」


背後でそんな声が聞こえた。

懐かしい声。温かくて、優しい響きだ。

後ろを振り返ると、やはりそこには、あの日と変わらない、拓海の姿があった。


「よ、千瀬。三十年ぶり、だっけ」


「拓海……」


彼は私の前まで歩み寄ると、私の手をとった。その手から、彼の温もりが感じられた。


「行こう。千瀬に見せたいものがあるんだ」


「でも、私もうこんなに歳とっちゃって……」


私が少しためらうと、彼は首をかしげた。


「何言ってんだ。自分の姿、よく見てみろ」


そう言われて私は驚いた。手のしわも、顔のしわもなくなり、私の自慢だった黒い髪も、昔の若さを取り戻している。

そこにいたのは、拓海と出会った頃の私だったのだ。


「さ、行こう」


私は彼に引っ張られるように走り出す。子供のような彼の背中を見ながら、私は目を細めた。


「ほら、ここだよ」


拓海が連れてきたのは海だった。

白い砂浜に、コバルトブルーの海が広がっている。潮風が、優しく私をなでた。


「こっちにも、海があるんだ」


「すごいだろ。俺と千瀬のプライベートビーチだな」


そして、二人でその場に腰を降ろす。波が穏やかに、砂浜を濡らしていた。


「楽しかったか? 向こうでの生活は」


「うん。とっても楽しかった」


「そっか。じゃあ、今度はこっちで、第二の人生だな」


「そうだね」


私たちは手をつなぎ、ずっと海を眺めていた。波と風の音を聞きながら、ずっと。


「ねえ、拓海」


「ん?」


「大好きだよ」


私の言葉がよほど恥ずかしかったのか、彼は急に顔を赤らめた。


「めんと向かってそう言われると、何か恥ずかしいな」


そして彼は咳払いを一つして、


「俺も大好きだよ。千瀬」


それ以上の言葉は、もうなにもいらない。二人でこうしているだけで、幸せを感じることができるのだから。

彼に話したいことがたくさんある。大丈夫、私たちには、時間という制約はないんだ。三十年の空白を埋めるのには充分だ。

それから二人で、笑い合った。握った手を離すことなく、ずっとずっと、笑っていた−−。

今までこの作品を見てくださった読者のみなさま、ありがとうございました。おかげで、こうして作品の完結までたどりつくことができました。まだまだ作者として未熟な部分もありますが、この作品を読んで、なにか少しでも感じるものを持っていただけたら、作者としてこれほど嬉しいことはありません。これからも、精進していきますので、よろしくお願いします。また、感想・評価・アドバイスなどありましたら遠慮なく書き込んでいただいてけっこうです。今は、時間と要望があれば、拓海側からの視点で話をかこうかな、なんて思っていまして……あくまで予定ですが(笑)最期まで長文・駄文ですいません。それでは、ありがとうございました。

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