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戦国異聞  作者: 椎根津彦
邂逅の章
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出る杭

「政秀じゃ。面を上げよ。楽に致せ」

吉兵衛の言うとおりに足を組み、姿勢を正し、近習が政秀が来る事を伝えるのと同時にこうべを垂れ、政秀が入室して着座し、言葉がかかるまでずっとそのままの姿勢でいた。

正直窮屈で疲れる。

正座でないのだけがありがたかった。


 ここは志賀城。

尾張国春日井、としか判らない。

正確な場所も、標識とか無いからまったく判らない。

だが、これで今がいつなのかは大体は判るようになった。

…本人を目の前にして失礼な話だが、まず政秀が生きている。

という事は天文年間だ。

西暦だと…大体

1540年代から50年代くらいだ。


この時代に来て初めて見た戦いでは鉄砲が使われていたから、日本に鉄砲が伝来した

1543年以降で、

1553年の政秀が自刃するまで、のいつか、

ということになる。

天文12年から同22年。


信長が大殿と呼ばれているという事は、家督を相続しているという事だから、1551年の家督相続以降で、政秀自刃以前、って事か。


「吉兵衛から知らせがあっての、倅が新参者を召し抱えたと。吉兵衛は儂と懇意にしておってな。ちと顔見るついでにお主にも来て貰った。足労かけたの」

吉兵衛は俺の後ろで平伏したままだ。


 吉兵衛はただの豪農ではなく、政秀に近い存在で、若旦那にとってのオトナなのかもしれない。

その証拠に、俺の世話をしろと命じたのは若旦那・久秀だが、俺を連れてこい、という使者は直接吉兵衛のもとに来ている。

久秀を通じて言わなかったのは、倅といえども波風立てたくなかったのだろう。


それに俺は形式上若旦那の家臣で、親父どのの家臣ではない。

自分で召し抱えた家臣の事で、若旦那だって親父どのにあれこれ言われたくないだろうし、いちいち報告もしない筈だ。

それを親父どのが知っているとすれば、若旦那の家臣が報告したのだ。それがこの吉兵衛という訳だ。

…苦労性というか、主家想いというか。


「…それがしはこれにて」

「おう、足労かけた。母屋で膳でも貰うがよい」

「はっ。馳走有り難く」

吉兵衛は出ていった。

…政秀と二人きりだ。

「大和とやら。倅は息災か」

「はい。先日は夕食を共にしました」

「夕食…。夕げの事か。妙な訛りがあるというのはまことらしいの」

「はあ…」

「なぜ倅に仕えておる」

俺は若旦那と出会ったいきさつを話した。

気を失っていた事。

小競り合いを見ていて若旦那に出会った事。

未来から来た、とは言わず、最初に若旦那に説明した内容で話した。


 「若旦…若殿に斬られかけましたが、自分より若く見える者を斬るのは虫が好かぬ、と助けられました」

「若旦那でよい。家中も、あれをそう呼んでおる。斬られかけたか、済まなんだ」

そう言って親父どのは笑っている。

俺は軽く頭を下げた。

… 俺を呼んだ理由は一体何なんだ。


「ところで」

親父どのは縁側を見ながら話を続ける。

「儂と会うのに、大殿と会うと勘違いしておったそうだの」

「それは」

自分の主の親父の名前すら知らんのか、みたいに怒られるのかと思ったが、違った。

「何ゆえ殿様と聞いて大殿・・三郎信長様だと思ったのだ」


 そう。正確には信長はまだ大殿、屋形様と呼ばれる存在ではないのだ。

失念していた。


信長は織田家中の弾正忠家の家督を継いだに過ぎず、その弾正忠家の中ですら信長派と、主家の織田大和守家、織田信友と組んだ信長の弟・信行派に別れて争っていたのである。

しかも織田家は守護代と呼ばれる存在であって、尾張の大殿、屋形様といえば形式的には斯波氏なのである。


まったく失念していた。

だって斯波なんて信長の野望じゃただのヘボ武将じゃないか!

登用することすら躊躇うのに…トホホ。


「大殿と呼ばれるお方にはしたいと思うておる。まだ叶わぬが。大殿と呼ぶことも禁じておる。信友どのと信行様が、大殿とは誰の事よ、大殿とは守護様しかおらぬではないかなどと難癖つけてくるのは判っておるからの」

…実際に難癖つけられたのだろう。

苦虫を潰した様な顔をしている。


 「弾正忠家にとって、大殿とは三郎様しかおりません。信行様などただの世間知らずに過ぎません。信友どのに踊らされているだけです」

俺は思わず力説する。

「ぬしは信友どのの間者ではないのか」

「違いますよ。ただの拾われ者です」


 …この先の歴史を知ってるよ。

と全てしゃべってしまいたかった。

だが全く相手にされないか、もし用いられても、話す出来事が的中するにつれ、他国に走られたりとって変わられる事を警戒され、最後には殺されるだろう。


 勘違いではあったが、信長に会える、と思って道すがら考えた事だ。

出っぱった杭になってはならない、という事だ。

…出る杭はどんな形であれ、必ずうたれる。

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