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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
31/116

転機

 わたくしは今、堺から九州に向かっている。

南蛮の船を学ぶなんて、私に出来るのかしら。

でも、学んで、作って、乗りこなしたい。南蛮というても、私達と同じ人間なんだし。

左兵衛さまは言っていた。


南蛮の船を知らぬから、作れぬだけだ。一から学んでいけば、やつらの船より立派な船が作れるようになるよ。


確かにそう、と私も思う。九鬼に居た頃も南蛮の船など、話に聞いた事はあっても、見た事はなかった。


独りでは危なかろうし、道中寂しかろう。気をつけて行ってきな。

と、左兵衛さまは、新九郎どのを付けてくれた。少し愛想は悪いけど、頼りになる人らしい。

いつまで九州に居ることになるのか、分からないけど、頑張ってみよう。






 しばらくほとぼりを冷まさないと。


「召し抱えてもよい。が、しばらくは、このお蓉どのと一緒に九州に行ってもらう。お主は裏切り者で、今川のお尋ね者じゃ。名前も変えてもらうが、よいか」

望んでもいないのに名前も名字も変えなきゃいけないなんて、かなりの屈辱で、苦痛だろう。

が、やってもらわないと彼が困る。俺も困る。

「…御意にござる」

山口九郎二郎。

教吉……


思いついた。

「鳴海新九郎一吉、とか、どうでござろうか」

「鳴海新九郎一吉、のう…」

山口教吉は納得いかない顔をしている。

…そりゃそうだよな。

「一の文字はそれがしの一寿から取った。名まで変えて済まぬ」

山口教吉は俺の顔を見つめている。俺はさらに続ける。

「お主を守るためだ。九州へ行って貰うのも、お蓉どのの身を護る為もあるが、害が及ばぬ様ほとぼりを覚ます為。分かってくだされ」


 「名を変えるのは承知致した。が、何ゆえにその様な優しき事を言うて下さるのか」

山口教吉は不審な顔をしている。 俺の好意的な態度に、戸惑っているようだ。

「やま…鳴海どのは今川に恨みがあるのだろう。俺は鳴海城主で、今川相手に踏ん張らねばならん。潮が来ればこちらから三河、駿河、遠江と行かねばならんし、逆に寄せてくれば、ここから下がる訳にはいかん。那古野の大殿は今、守護代との戦で手一杯。良からぬ仲の弟も居る。ゆえ、この鳴海には助勢は来ぬだろう。我等だけでどうにかせねばならん。差引、兵の指図が出来る者が欲しいのだ」

「なるほど」

「それに鳴海どのを山口どのとして那古野に報せれば、殺せと言われるか、再び謀の駒にされてお仕舞いだ。余計な人死には、見とうないしな」

俺は隠すことなく打ち明けた。…まあ、隠す必要もない。

「余計な人死には、見とうない、か。戦の差引でも人は死ぬのではござらんか」

「…戦ゆえ仕方なき事。仕方なき、とは言いたくないが、仕方なき事にござる。せめて身近に居る人の死んでゆく姿は見とうない。出会ったのも何かの縁。縁は大事にせねば」


 戦争をしているから人が死ぬのは当たり前、とは言いたくない。でもこの時代に生きて、生き抜く為にはその当たり前のことを受け入れ、時にはそれを加速させなきゃならない。

だからこそ、せめて見知った人間には死んで欲しくない。

伝わるかどうか判らないけど、分かってもらえたら、と思った。

 「畏まりましてござりまする。今日より大和左兵衛尉が家臣、鳴海新九郎一吉にござりまする。誠心を以て奉公致しまする」


「そんな大袈裟にしなくてもいい。これからよろしく頼む。先ほども言うた通り、お蓉どのと九州に行ってくれ」

新九郎は一応、分かってくれたらしい。







 「大殿。守護さま、御屋形様が参られてござりまする」

小姓が信長に報告する。守護が来るとは珍しい。もう陽も暮れているのにどうしたのか。


 斯波義統は守護である。清洲の守護所にいるが、毎日ふてくされていた。

守護代織田信友の専横が日に日に強くなっているためである。隙を見て、意趣返しのためにここ那古野に馬を飛ばして着ていた。毒殺の実行は防げなかったが、洗いざらい信友の事をぶちまけてやろうとしていた。

「済まぬのう、我等がもそっと早う動いておれば、そなたに毒を盛るなどと防げたのにのう」

斯波義統は本当に済まなそうな顔をしている。

「いえ、あれしきで死ぬ上総介ではござりますせぬ、わざわざこちらに出向いて頂き有難き次第にござる」信長は頭を下げる。

 

 「信友の代わりに守護代にならぬか」

上座に座っている斯波義統は、手にした扇子を広げ、そう言った。

「守護代、にござるか」

信長は動きが止まる。

「そうよ。あれはちとやりすぎる。ま、やりすぎるのは、坂井大膳たち、じゃがの」

義統の表情は苦々しいものにかわっている。

「でござりまするか。されど、それがしが守護代になるほうが、もっとひどいかも知れませぬぞ」

信長は笑いながら言う。義統は、その笑いに釣られること無く、

「ハハ…それも考えた。が、同じ守護代にしてやられるのであれば、そなたの方がいいと思うての」

と言った。そのまま続ける。


 「わしの家は、室町三管領筆頭の家柄じゃ。が、斯波家の分国であった三河は今川づれに奪われ、尾張におっても、何の思案もない信友ごときにいいようにされておる。不甲斐無い、悔しゅうて堪らぬ。分家の家督に口を出し、身内に戦をしかけ、彼奴は何がしたいのか。今川を防ぎ戦うておるのは、そちの家じゃ。弾正忠家の中がばらばらでは、今川づれに引っかき廻されるだけじゃ。和合し、尾張をまとめねばならぬ」

「ははっ」

「自ら分家に戦をしかけた挙句、家臣を失い、清洲の田畑には火をかけられ、信友は大和守家当主として、面目丸潰れじゃ。で今回の毒喰らわせになった。そなたの弟もいい迷惑じゃろうて、ハハ」


 信長は、尾張守護・斯波義統を見直した。

守護自身は力がない。国をまとめる事も出来んかも知れぬが物はよく見えておる。


 「せっかく来たのに愚痴ばかりになってしもうて済まなんだの。とにかく、信友は焦っておる。なにをするか分からぬゆえ、気をつけよ」

「ははっ。お言葉、肝に命じまする」

もう夜になり、清洲まで夜道を走らせるわけにもいかない。その晩守護は那古野に泊まった。






 「義銀どの。お父上はどちらに参られたのか」

坂井大膳が青筋立てて訊いてくる。しつこいなこいつ。

「…黙れ。陪臣ふぜいが俺に口を聞くとは。何時の何時から直答許された。問答はまずそこからよ。直答差し許す。言うてみい」

坂井大膳は俺に掴みかからんばかりの勢いだ。…物狂いか何かか、こいつ。

「…言わぬと為になりませぬぞ」

聞かぬとすぐ人を脅す。まことに守護代の家来か。大和守家も仕舞いだな。

「大方、清洲の町女房の所にでも行っておるのであろう。何ゆえ俺がいちいち守護さまの行き先を知っておかねばならんのか」


 「大膳、控えよっ」

坂井大膳は自分の部下に促されて廊下を見た。守護代がやってくる。坂井大膳は逃げるようにその場を去っていく。

「義銀さまもそれくらいになさいませ。あまり茶化すと、まことに斬られまするぞ」

「守護代どの。あいつはどうなっておるのか」

俺は守護代に文句を言う。…あんな奴表に出せぬではないか。

「忠実なだけが取り柄にござりまする。お耳汚し、まことに申し訳ござりませぬ」


 父上は今自ら那古野に行っている。上総介との繋ぎを付けておく為だ。

守護所の中もあのような坂井大膳ふぜいが我が物顔で歩いておる。家臣も押さえられんとは、もう信友も仕舞いかものう。

「が、義銀さま」

「なんでござろう、大和守」

「一人で那古野まで遠乗りなど、身体の毒にござりまする。義銀さまからも御屋形さまにきつく、言うて下され。もうお歳ゆえ、無理なさると命を落としかねませぬ、と」


 「…わ、わかった。それがしがきつく、言うておくわ」

俺はそう言うのが精一杯だった。

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