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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
14/116

今孔明

どん、どん、どん


敵との距離を知らせる太鼓が打ち鳴らされる。

「寄せてきたぞ。……放てっ」

一斉に矢が放たれる。

鳴海勢の先手がバタバタと倒れる。まだ距離があるし、目立った損害は与えていない。

矢合わせでは今のところこちらが有利だ。距離を詰めてくるのは鳴海勢なのである。

こちらは矢楯を置き、最初からじっくり狙える。

距離がもっと詰まれば、組頭や物頭などの下級指揮官を狙い射ち、相手に統制の取れた攻撃をさせないようにする事も出来る。

一方鳴海勢は、


止まって、弓を引いて狙いをつけ、放つ。そして移動。

 

を繰り返さなければならない。その間も織田方の矢は飛んでくるのだ。細かい狙いをつける事など無理に等しい。


どんどんどんどんどんどん…

距離が詰まってくる。


「火蓋切れーっ。…まもなぁーく」

「…放てっ。防ぎ矢致せっ」

矢合わせが始まってから、百人程も射ちたおしただろうか、鳴海勢の足が遅くなった。

が、止まらない。変わらずゆっくり進んでいる。こちらも犠牲が出はじめている。敵味方の距離はそろそろ一町をきるだろう。


「わ、若旦那、本当にこのままいけるのかな」

俺は圧倒されていた。千人以上もの人間が、意志を一つにして自分の方に向かってくるなど経験したことがない。膝が震える。


普通、無いよねえ。……死ぬかもな。


「判らぬ。ま、今のところ上手くいっておる。これからが本番よ」

「そ、そうだな。そろそろ本陣に向かうよ」

「気をつけてな。使番は狙われるからの」なんだと、おい。


笑ってそう言うと、若旦那は右手を空に向かって高く上げた。


鳴海勢を見ると、最前列にいた弓手鉄砲組は後ろに下がり、足軽長柄が前列に出てきた。

突撃の準備だ。が、思ったより損害が大きいのか、隊列がバラバラで準備は完了していないようだ。


こちらも敵に合わせて弓鉄砲が下がりだし、長柄の横隊が前にでる。こちらは手筈通り、準備万端だ。

「かかれ」

若旦那の右手が振り降ろされる。

長柄に突撃号令をかけたのは、敵より若旦那のほうが先だった。


マジかっけえ。おれもああなれるんかなぁ。







 「若旦那どの。何か策があるか」

野口兄弟の政利だった。意外な気がした。


「策と言われてものう」

若旦那は笑った。

「般若介ごときが、小競り合いとはいえ、差引出来ると思うか」

「あはは、政利叔父にはばれておったか」

「当たり前じゃ。まだまだ目は黒いわい」

敵の物見との小競り合いで、俺と般若介に策を授けたのは若旦那だ、ということを政利は見抜いていたのである。


「じゃが政利叔父。その般若介にならえば勝てぬまでも負けはせぬかも知れん。内藤のオトナどのも聞いて下され」




 


 俺は本陣に来て、若旦那の策を信長に説明していた。

「あと半刻もすれば、内藤勢と平手勢の間を敵が抜ける手筈になっておりまする」

「わざと突き破らせる、と申すのか」

信長は、ほほう、といった顔で聞いていた。

「はい。若旦那は、大殿におかれましては、1町ほど陣を下げて頂けますれば、鳴海勢は練り雲雀、と申しておりまする」


「練り雲雀のう」

練り雲雀という表現が気に入ったらしく、しきりにうなずいている。そして、

「佐久間。どう思うか」

と側にいる佐久間半介に問いかけた。

「繋ぎを密にさえ取っておれば、練り雲雀に出来ぬ事もありますまい。陣を下げてみてもよろしいかと。されど、少し危のうござる。我等は数が少ないゆえ、早く囲まぬとこのまま本陣が抜かれまする」


 信長は人差し指で額をトントンやっている。


 「左兵衛、急ぎ戻って五郎右衛門に伝えよ。ぬしの策に乗ってやるゆえ雲雀の群れを連れて参れ、と」

「はっ。伝えまする」

一礼し、幕内を出ようとする。

「待て、左兵衛」

「は」

「これで勝てるか」

やはり心配らしい。


「若旦那はこう申しておりまする。『勝てぬまでも負けはせぬ』と」

「よし。これを五郎右衛門に渡せ」

と、信長は手に持っていた軍扇を俺の手に握らせた。





山口教吉は苛立っていた。

「わずか四百の敵を破れぬのか。歯痒いのう」

兵たちの士気が低いのだ。それもその筈、元々味方同士なのだ。士気が上がるはずも無い。

報せが入る。

「お味方、那古野の先手を突き崩し、本陣に打ち掛かっておりまする」

よし。




鳴海勢に打ち破られた先手の内藤と若旦那は、陣の立て直しを急いでいた。

「軍監どの」

「何でござろう」

「手柄を立てとうござらぬか」

軍監の佐々内蔵助はそう問われて面食らった。

手柄は欲しい。同輩の蜂屋般若介は名を上げた。しかし佐々内蔵助は軍監、先手全体の働きぶりを見なければならないのである。

「軍監どのにも働いてもらわねば、織田は負けじゃ」

「相判った。ところで平手どの、もう軍監と呼ぶのは止めてくだされ。儂はまだ小童じゃ。荷が重うござる」

「では内蔵助。五十騎やるゆえ、般若介と共に敵に横槍つけてこい」

「五十も」

「ぬしに渡せるぎりぎりじゃ。無理に戦わず敵陣を駆け抜けるだけでよい。死にもの狂いで、行け」

「心得た」


鳴海勢は大混乱になった。信長の本陣に夢中になっているところに横槍をいれられたのである。

勝っている、と思っていると、心に余裕が生まれ、無駄死にしたくなくなるものだ。

皆命は惜しい。少人数とはいえ、死兵と化して突っ込んで来る敵になど、誰も近寄りたくは無い。


「若、横槍にござる」

「小勢じゃ。気にするな」

「しかし、横槍だけで無うて、後ろの衆は打ち破った筈の織田の先手に囲まれておりまするぞ」

「なんだと」

敵の先手は崩した。我が方はそのまま敵の本陣に打ちかかる。我が方が来るゆえ、敵本陣は逃げる為に下がったのではないのか。


……しまった。前後ろから囲むためか。


「退くぞ」

「何故でござるかっ。味方は勝ってござる」

「このまま行けばいずれ勝てよう。が、囲まれておっては勝ったとしても味方も半分以下になっておろうの。それでは勝ったとは云えぬ」

「まだ今川の後詰めが居りまする」

「今川か。やつらは笠寺から動かぬ。桜中村に居る親父は人質のようなものよ」

「されど」

「今ならまだ言い訳も立つ。なぜ始めから動かなんだか、とな。功の立替えか、と」

山口教吉は唇を噛み締めていた。彼も家臣の言うようにこのまま戦いたい。

しかし、山口家だけで勝っても今川の加勢で勝っても、結局山口家の戦力は半減どころの話ではなくなる。

勝っても戦力は無くなるに等しい、となれば今川にすがるしか道はない。

また、たとえ今川に加勢してもらって勝っても、戦力は残るかも知れないが、今川に物言う事は出来なくなる。

加勢してもらうのだ。結局は家臣になるしかない。

だが今引けば今川にもまだ文句が言えるのだ。今川に屈することなく、地位も発言力もある。

今川にすがりはしたものの、今はまだ盟友だ。屈してはおらぬ。

 

 織田は追うては来ぬだろう。やつらにはそんな余裕はない。

今川も文句は言うまい。後詰めとは言うても見とるだけだ。

「 引け。鳴海に戻るぞ。ぬしは2百ほど連れて桜中村に行き、親父を守ってくれ。今川に渡すでないぞ」



 鳴海勢の後方を攻撃していた先手勢は、そのまま鳴海勢の左側面を移動して、本陣と合流していた。鳴海勢が引き始めたのである。


「おい。引いていくぞ」

「その様じゃの。疲れたわ」

「俺達は勝ったのか、若旦那」

「勝ってはおらぬ。が、負けてもおらぬ。やつらが勝手に引いただけよ」




「…お互い、よう生きとるの」

「おう」

「ぬしが物見をやっつけた、というのはまことの様じゃな」

「それはもうよせ。平手どのにしたがっただけじゃ」

「分かっておるわい。武者ぶりを誉めたのよ」

「おう。そこはもっと誉めてくれ」

佐々内蔵助と蜂屋般若介は生きて還ってきた。二人とも、全身に矢が立っていた。が、二人は何も無かったように笑いあっている。


般若介は、言った。


「それにしても、平手どのは今孔明じゃな」







ちょと気に入らないとこがあったので加筆・訂正しました。 


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