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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
12/116

初陣たち

 「五郎様。三の山まで出ましょう」

公の場では若旦那を立てねばならない。言葉に気をつけなければ。


「そうじゃの。あそこなら辺り一面見渡せる。我等に気付いて鳴海勢も出てくるかも知れん」


俺は若旦那と出会った小高い丘を思い出していた。

あの丘は三の山と呼ばれている。あの丘が全ての始まりだった。

今となってはすごく昔の事に感じる。


平手勢主力の百五十は、吉兵衛と少々不安だが野口兄弟に任せることにした。

いくら信長が嫌いでも、本人の近くでは何も出来ないだろう。

 

さあ、出発だ。物見頭(ものみがしら)は若旦那、介添(かいぞえ)は俺。蜂屋般若介も加え、数は三十騎。

しばらく進むと、見覚えのある道が見えてきた。

三十騎全部で固まっていると敵の弓矢鉄砲のいい的になるので、3隊に分かれて進む。

中央の、三の山に続く道を進むのは、若旦那。

俺の集団は道から外れ、若旦那の右手後方を馬を降りて林のなかを徒歩で進む。

俺の集団の馬は、道の途中にあった農家の人に理由を説明し、全て繋いである。


そして蜂屋般若介は最も後方に位置し、若旦那左手後方の林に馬乗りのまま待機。

若旦那か俺から合図があれば、若旦那の位置まで全速で駆けつける事になっている。

三の山まで何も起きなければ、この位置関係のまま進み、山上で合流する事になっていた。



 

 万見仙千代が幕内に入ってきて片膝をついた。「大殿。先手の内藤どのより、使番(つかいばん)が参っておりまする」

「おう、ここへ通せ」


「恐れいりまする。内藤勝介が家人、米津甚八郎にござりまする」

「使い、大儀。何かあったか」

「あるじが口上、申し上げまする。『三の山の景色はようござる。幸先よし。若も早よ来られよ』との申し様にござりまする」

「それだけか」

「はっ。それがしが、他はありませぬので、と問うても『若ならそれだけ言えば解るわい』と」

 なるほど。


「確かに解った。仙千代、甚八郎に水をやれ。握り飯も喰わせてやれよ」

「はっ」

「それと」

「何にござりましょう」

「佐久間を呼べ。三の山に向かう」




 

「お、あれは織田の物見ぞ。数は少ない、押し包め」


丘の上の鳴海勢が、大声で丘の向こうの味方に合図を出していた。

その味方に合図を送った騎乗(うまの)り連中は、先を争いながら久秀たちに向かっていく。数は五、六騎。

先頭の者は鑓ではなく古風な大長巻(おおながまき)を振り上げていた。

 

ここからはまだ山の向こうが見えぬ。教継め、先に寄せておったか。

大長巻の若者に鑓を繰り出し、突き伏せながら、久秀は考える。 


今引くか。もそっとこちらに引きつけれるか。


考えているうちに鳴海の新手が丘の向こうから現れた。

みるみるうちにその数は五十人ぐらいになり、坂を駆け下りてくる。


左兵衛、般若介。手筈通りに頼むぞ。


久秀とその手勢たちは、鳴海勢にくるりと背を向け、元来た道を駆け出した。

久秀の顔には、強張った笑みがある。




 若旦那は俺に説明し始めた。

「いいか左兵衛。ぬしは初めての戦ゆえ、多くは言わぬし、手柄も望まぬ。生きのびよ」


若旦那は、まるで小さい子供にでも話しかけるようにして俺を見ている。

その屈託のない笑い顔が、ズキリと胸に染みた。

「お、おう。任せとけ」返事はしたものの、俺はすっかり青びょうたんに戻っていた。

…はあ、無いわー。


「我等が駆け戻ってくるときは、敵が居る証と思え」

「判った」

「ワシらがぬし等の居る林の脇で止まったら、敵は小勢じゃ。ぬし達とワシらで押し戻せよう。が、ワシらが止まらず駆け抜けて、道に手鑓を突きたてたならば」


「…敵は大人数ってことか」



 

鳴海の者に呉れてやる首はないわい。追いつけるものなら追いついてみよっ。


色んな売り言葉で鳴海勢を挑発するのが聴こえてくる。どどどっ、とどどっ、というひづめの音とともに売り言葉が駆け抜けて行く。

鈴鹿のホームストレートみたいだ。メインスタンド特等席。

そして駆け抜けざまに最後尾の者が手鑓を地面に投げつけた。頼むぞっって聴こえた。

若旦那だ。





やべえ、超かっけえ。

……あれいいねぇ。




 

 走り去る若旦那を見て、少し落ち着く事が出来た。

青びょうたんに変わりはないが、こっち来てから生き抜く為に散々特訓したんだ。何とか生き延びてやるよ。

 

道の両側に兵を伏せる。

右側に俺を含め鉄砲が5丁、左側に弓5張。

馬や槍の扱いが下手な俺が猛練習したのは鉄砲だった。


鉄砲なら個人的な武力は関係ない。弾を撃った量がそのまま技量に比例する。

狙撃一発で射殺、とかいうレベルの技量も必要ない。向かってくる相手の集団に向けて皆で撃てば、相手の足は止まる。

止まらずとも遅くなる。怖いからだ。誰かを狙撃するときだって、体のどこかに当てさえすれば、怯ませたり落馬させたりできる。


あまり相手が、死ぬ、とか、殺さなければ、という事は考えないようにしていた。

俺が欲しいのは相手を怪我させたり、びっくりさせたりというレベルの射撃技量である。

撃たれて相手が止まってるうちに、他の味方が反撃してくれればいいのだ。


これがかなり甘い考えってことに気付くのは、随分先のことになる。


小走りくらいの速さで、先頭の騎乗りが…一、二…三人通り過ぎる。少し遅れて物頭(ものがしら)と思しき徒歩(かち)立ち、そして足軽の隊伍が通っていく。そして。



…その大勢が逃げたワシらを追ってくる。やりすごして一斉に撃て。



だあーーん だだーーだんだん


俺達は物頭たちに向けて五人で一斉に鉄砲を放った。

五人が倒れる。

目標が近いので外しようがないのだ。

発砲と同時に左側から足軽に向けて防ぎ矢が放たれる。

鉄砲は次発装填に時間がかかる。装填している間に襲い掛かられればそれで終わりだ。

弾を込めている間は、速射にすぐれる弓で防ぐのである。

至近だし、場所がばれるのは仕方ない。が不意を突いた効果は大きかった。

俺達が弾を込めている間にも、防ぎ矢で相手の足軽達が倒れていく。

弓は鉄砲に比べ殺傷能力が低いが、至近距離で雨あられと射ち込まれてはたまらない。


相手は混乱が止まらない。先頭だった三騎の騎乗りも急いで引き返してきた。

今度は引き返してきた連中に向けて一斉に二射目を放つ。馬も人も倒れた。


すげえ。不意を突くってこんなに効果があるのか。


そこに輪をかけて、若旦那達が突っ込んで来たから相手はたまらない。

よし、成功した。

人数はまだ相手が優勢だったが、鳴海勢はついに崩れだした。指揮を取るべき物頭たちが殆んど撃ち倒され、統制が取れないのである。

どんどん逃げていく。

が可哀想なことに、彼らが逃げ出した先には蜂屋般若介が先回りして待ち構えていたのである。

完全に形成が逆転した。

般若介も俺と同じように戦は初めてである。俺と同じように若旦那から作戦を授かっていたのだ。


「そのうち鉄砲の音が聞こえてくる。大和左兵衛の鉄砲じゃ。音が固まって二度三度と聞こえたらワシらには構わず間道を駆け抜け三の山の手前まで行くのじゃ。

着いたらワシらと左兵衛が戦っている最中ゆえ、頃合を見て、後ろを取っても、横槍でもよい。好きに致せ。何もなければすぐ使いをやるゆえ、すぐ皆で集まろう」



般若介に退路を絶たれ、戦いは終わった。鳴海勢は敵とは言え、元は同じ織田の兵同士だ。残ったものは皆降伏してきた。



よし、生き延びたぞ。しかし若旦那は敵に回したくないな。



三の山に上ると小鳴海も見える。見ると、先手勢と本陣が合流していた。



戦いはまだ、これからだ。

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