第2巻第30話『この警棒野郎が!!」狂犬と鉄槌〜
火喰のボス・土田。その経歴は狂気に満ちていた。
かつては法を守る立場でありながら、その本性はただの獣だった。凶悪犯を苛烈に尋問し、追跡しては、逮捕する前に骨をへし折って病院送りにする。その常軌を逸した粗暴さと暴力性ゆえに警察組織を追われ、そのまま闇に落ちた男。警察仕込みの格闘術と圧倒的な武力、そして手にした特殊警棒だけで八王子を完全支配した恐怖の象徴だ。
「おらよッ!!」
北山の身体がコマのように回転する。
空気を切り裂く凄まじい風圧とともに、土田の顔面へと必殺の回し蹴りが襲いかかった。常人なら視認すら不可能な一撃。
だが、土田の目は冷たく笑っていた。
「良い蹴りだな……。だがよ、蹴りが大きすぎんだよ。初期動作で丸わかりだ」
ドンッ!! と重い衝撃音が響く。
土田は蹴りが放たれる直前、その軌道を完全に読み切り、胸の前に掲げた特殊警棒のシャフト部分で北山の脛を的確にブロックしていたのだ。
「ぐっ、あああ……っ!」
北山が苦悶の声を漏らす。鉄の警棒に全力を叩きつけられた北山の脚に、凄まじい激痛が走った。
「今度はこっちの番だ。頭の中、ブチまけろやァ!!」
防御から攻撃への遷移は一瞬だった。土田の右腕がしなり、北山の脳天を目がけて黒光りする凶刃が振り下ろされる。
万事休す――そう思った瞬間だった。
――ドゴォッッ!!!
「がはっ……!?」
警棒が届くより早く、土田の肉体が真横から凄まじい衝撃を受けて吹き飛んだ。コンクリートの地面を何メートルも激しく転がり、土田が顔を歪めて立ち上がる。
そこには、巨大な壁のように立ちはだかる男がいた。
「……鮫島、さん。すいません、不覚を……」
「おいおい北山ぁ。何勝手にタイマン独り占めしてんだよ。ずるいぞー?」
包帯だらけの身体でニィと凶悪に笑いながら、鮫島が前に出る。
「お前は勝手な真似した罰ゲームだ、後ろに下がってな。よし……土田。次はお前だ、この警棒野郎が!!」
「ははは! いいぜ、まとめて床舐めさせてやるよ。羅刹の『ゾンビ鮫島』がどこまで持つか、試してやる!!」
バチィィン! と土田が警棒を振りかざし、同時に鮫島が地響きを立てて突進する。
技の土田と、不死身の鮫島。東京と横浜の裏社会が震え上がる、怪物二人の壮絶などつき合いが幕を開けた。
土田の振るう特殊警棒は、容赦なく鮫島の急所を捉えていた。
元警察官としての知識に裏打ちされた無駄のない打撃。それだけでなく、人間の可動域を無視してへし折るような警察仕込みの過酷な関節技が、じわじわと鮫島の肉体を破壊していく。
いくら「不死身のゾンビ」と恐れられる鮫島であっても、骨が軋む音とともに徐々に体力が削られ、全身に重傷を負っていった。
だが、鮫島の目が死ぬことはない。
「がはっ……! はは、いい ── いいねぇ、元おまわりさんよぉ!!」
強烈な警棒の打撃を肉体で喰らいながらも、鮫島は狂気的な笑みを浮かべて至近距離からの反撃を繰り出す。その執念の一撃が土田の顔面をかすめ、わずかに後退させた。
その時、廃ボウリング場の入り口から、けたたましい足音とともに大声が響き渡った。
「鮫島さん!! すいません、道迷ってしまい集会遅れました!!」
息を切らせて飛び込んできたのは、羅刹鮫島派の幹部・長浜だった。その後ろには、長浜が率いてきた生き残りの兵隊たちがズラリと並んでいる。
ボロボロの鮫島は、新手の到着にニヤリと口元を歪めた。
「全くよぉ……! おいオマエら、大バカの到着だ!! 気合い入れろォ!!」
「おおおおお!!!」
長浜たちの参戦により、息を吹き返した鮫島派が一斉に咆哮をあげる。
土田はちっと忌々しそうに舌を打ち、引き抜いた警棒を収めた。多勢に無勢とまではいかずとも、これ以上の深追いは被害が増えると冷静に判断したのだ。
「はは……鮫島、このクソが!! おい、一旦ずらかるぞ!!」
土田は背後の羅刹火喰連合に撤退の合図を出す。そして、冷徹な眼光で鮫島を射抜いた。
「鮫島、オマエらに残されたのは破滅の道だけだからな……!」
「何度来ても同じだよ!! この警棒野郎が!!」
鮫島の怒号を背に、土田を皮切りとして羅刹火喰連合は闇の中へと撤退していった。
◇
敵の気配が完全に消え、張り詰めていた空気が緩む。
静まり返ったボウリング場には、立っているのもやっとというほど消耗しきった鮫島派の姿があった。数こそ盛り返したものの、負傷者の数はあまりにも多い。
「鮫島さん!! 大丈夫ですか!?」
長浜が駆け寄り、続いて床に座り込んでいる北山のもとへ駆け寄る。
「北山くん、その足……大丈夫か!?」
北山の足は、土田の容赦ない関節技によって異常な方向に腫れ上がっていた。しかし、北山は不敵に笑ってみせる。
「ははは、こんなんかすり傷だ。唾つけときゃ治るって」
「なわけないだろがバカか!? 完全に折れてるだろそれ!」
「はははは! 北山いいぞ、その意気込みは大事だ。……だが、ちょっとキツいな、この戦いは」
笑いながらも、鮫島の表情にはかつてない陰りが差していた。
武田派と火喰の連合軍の規模、そして土田という怪物の強さ。このまま正面からやり合えば、次こそ本当に全滅する。
(……あいつに、頼むしかねえか)
鮫島の脳裏に浮かんだのは、自分を圧倒的な力でねじ伏せた、あの「遊侠」の男の背中だった。
「長浜、おい」
「はい? 鮫島さん、あいつって誰のことですか?」
「いいから、負傷した奴はみんな病院だ! 動ける奴は手を貸せ、行くぞー!!」
仲間の命を守るため、鮫島はついにプライドを捨てて「遊侠正義」のもとへ向かう決意を固めていた。
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