01
「きゃあーーーーーーーーー!!」
会社からの帰り道、地下鉄に乗るため駅の階段を降りようと足を踏み出したところで、誰かに背中を押された。
ほんの一瞬、後ろを振り返ったらそこにいたのは、会社の嫌われ者の社長の甥っ子だった。
(アイツ……っ!)
ーーー「俺は社長の甥だぞ!お前らみたいな無能とは違うんだ!黙って言う事を聞けっ!」ーーー
毎日コイツの尻拭いで、私はヘトヘトに疲れていた。堪りかねて社長に直訴して、アイツは窓際部署に追いやられた。
私は刺し違えるつもりで特攻を掛けたから、何かしら処分されると思っていた。
それを他の社員達が同じ様な苦情を申し立ててくれたから、私は処分されなかったようだった。
ありがたい。
会社に雇われる身として、覚悟はしていた。誰も庇ってはくれないだろうと思っていたけど、存外に仲間意識を持たれていたみたいだ。
社長から「皆、申し訳無かった。私はずい分甥を甘やかし過ぎたようだ」と、謝罪を受けた。
社長がマトモな人で良かったよ。
さぁ、明日からも一生懸命働こう、なんて意気込んで足を踏み出したのに……
体が宙を浮き、石の段差に叩きつけられ一番下まで転げ落ちた。
頭の中が揺さぶられ、体中に激痛が走る。
私の意識が遠のく中で、最後に見たのはあの“バカ甥っ子”のニヤけた顔だった。
(アイツ…、絶対に許さない…!)
私が最後に心の中で叫んだ言葉だった。
◆◇◆◇◆◇
「お前なんか大嫌いだ!死んじゃえっ!!」
胸をドンッと押され、後ろ向きに体が倒れていく。
(アレ?何でまた階段から落とされているの?)
目の前には、銀髪で赤紫色の瞳をした7〜8才の男の子が、私の体を両手で押した。
「キャーーーッ、お嬢様っ!!」顔にソバカスをいっぱい付けた10代半ばの女の子が、私に手を伸ばして来る。
赤茶色の髪を二つに分けて、三つ編みにしている。カワイイ。
その服ってもしかしてメイド服?なんで私にお嬢様って?私、もうすぐアラサーなんですけど?
後ろに体が倒れていくのに、私はのんびり見た物の感想を心の中で述べている。
って言うか、待って。
私、駅の階段で突き飛ばされたハズ。死んだんじゃないの?
何でまた階段で突き飛ばされてんのよっ!私が何したっていうの!あの男の子誰よ!
ゴロゴロと転がり落ちながら男の子に目をやると、自分でも不味い事をしたと思ったのだろう。顔を真っ青にして泣きじゃくっていた。
メイド?の女の子の手を掴みそこねた私は、下まで落ちた。
体中が痛い。頭も打った。もうイヤだ。
私は静かに眠りたい。邪魔しないで。
今度こそ、私の意識はプツリと切れた。
◆◇◆◇◆◇
死んでも夢って見るのかしら?男の子に階段から突き落とされる夢を見た気がするんだけど…?
それにしても体中が痛いわね?まさかアレは現実だった?
ハッと意識が浮上して瞼が開いた。
目に飛び込む景色は見慣れぬ天蓋。
どうやら私はベッドで横になっているようだ。フム。なぜ?
頭をしこたま打ったから、てっきり駄目だと思ったのに。
少し手を動かす。肩や腰、膝に鋭い痛みが走る。
骨折してるわね。ヤレヤレ。まだ生きていたなんて…
「姉上っ!アゼリア姉上!大丈夫ですか?……ごめんなさい、僕こんなつもりじゃ…、グスッグスッヒック…」
横を向くと、あの銀髪の男の子が泣きながら私に謝罪していた。
「あなた誰?」
声を発すると思ってた声色ではなくて、自分が一番ビックリする。
「えっ?姉上、僕のこと忘れちゃ「うえ〜〜〜!?何この声ー!えっ?えっ?声が高くなってるー!?」」
思わず大声を出してしまい、体に響いてしまった。
「イタタタッ!声出したら体中に痛みが……くっっ」
「姉上、落ち着いて下さい。すぐ人を呼んで来ます。待ってて下さい!」
男の子が部屋を飛び出そうとするのを、寸でのところで押し留める。
「待って!誰も呼ばないでっ!お願い、今は私の言う事を聞いてくれない?」
男の子は目を大きく見開き、トコトコと戻って来てくれた。
「姉上が僕にお願いなんて…」ちょっと嬉しそうだね?
「ごめんね?喉が渇いているの。お水もらえないかな?」
男の子は一つ頷くと、ベッドの脇にあった水差しからコップに水を入れてくれた。
受け取ろうにも腕が動かない。体も起こせない。この幼い男の子では、私の体を支えるのは無理だろう。
う〜ん、困ったな…
「ちょっと待ってね」男の子はそう言うと、手際良く私の背中にクッションを挟み、体を起こしてくれた。
「お〜、手際が良いね。ありがとう」なるべくニッコリ微笑んで、敵意が無い事を示す。
「姉上が僕に笑ってくれた…っ」男の子は顔を真っ赤にしながらコップを渡そうとしてくれる。
ガマンすれば手は動きそうだけど、どうしよう?
私がコップを凝視しながら悩んでいたら、目の前にゲーム画面のようにピコンッと音がして半透明の画像が浮かんだ。
《鑑定:水・睡眠薬・少量の麻痺薬入り》
ハァ?色々有り過ぎて頭がパンクしそうだけど!
落ち着け、私。
今は冷静に対処しなければ。




