#1
「無双やスローライフはいいんですけどね、契約書はちゃんと読んでくださいよ、お客さん。え?お仲間に追放された?お気の毒ですけど、それはそちらの都合でしょう。ともかく、返済できないなら続きは事務所でお話ししましょうや」
オレの言葉に絶望の表情を浮かべた自称勇者は肩を落とし、コーディリアに事務所の中へと案内されていった。
債務を理由にした労務返済の契約を締結し、借金奴隷同然の立場に堕ちた自称勇者。
それはここ最近、ラーゼンの街では珍しくない存在だ。
「……最近、増えましたね」
「ああ、そうだな。おかげでオレのビジネスも好調だ」
「そっちもですけど、自称勇者も」
「そうだな」
オレが信用払いを介した冒険者の搾取スキームを動かし始めてから二月ほどが経過した。
これまでに借金奴隷としてオレの傘下に加わった冒険者パーティは6組で、今回は……調子に乗ったせいで仲間から追放されボッチになった冒険者が一人、手駒に加わった。
最初に傘下に入った「黄金の獅子」をはじめとしたいくつかのパーティは既にダンジョン資源の採掘と換金によって少しずつだが債務を返済し、オレに多大な利益をもたらすようになっている。
そのこと自体はオレの計算通りだったが、ひとつ予想外の要素があった。
それは3週間ほど前に流布された、マーネイ王家が抱えるある予言者の言葉だ。
『この地に魔王はおらず。されど勇者は既にあり』
その予言が流布する少し前から、隣国に勇者が誕生したという噂は一部の事情通の間で囁かれていた。
だがこの世界の人間が信用するスポークスマンである予言者――オレから見れば噴飯ものだが――が、公的に勇者が存在すると告げたことで、世は一大勇者ブームとなった。
コーディリア曰く、勇者とは人々から絶大な信頼を得る代わりに、先陣を切って魔王と戦うことを宿命づけられた存在だそうだが、言うならばそれは権利と義務がセットになった面倒な立場だとも解釈できる。
だが、既に魔王が討たれている今回に限って言えば、勇者の権利と義務のうち、義務の部分が存在していないことになる。
つまり勇者を名乗り、それが周囲に認められれば……一方的に旨い汁を吸うことが出来る訳だ。
その結果、各地に自称勇者が現れた。
本来なら人間鑑定を行えばそれが勇者か否かは明らかになるはずだが、勇者であるという証拠が鑑定結果にどのように表示されるのかを知るものはいない。
そのため、戦士であろうが盗賊であろうが、常人よりも高い資質を持つ者であれば誰であれ「我こそは勇者である」と宣言さえすれば、他人はそれを頭ごなしに否定することが出来ない。
……そんな勇者バブルとでも言える状況にマーネイという国全体がざわついている。
オレのビジネスにも、もちろん影響は出た。
自称勇者が何人も優遇を求めてラーゼンの街へ群がってきたのだ。
すでにクレジットによる装備の調達は冒険者の間でそこそこ話題になっているらしく、各地から自称勇者達が与信枠と装備を寄越せと言ってきやがった。
だが連中が勇者ではないことをオレは知っている。
なぜなら勇者であるなら、人間鑑定に「勇者」と明記されることをオレだけは知っていたからだ。
その理由は極めて簡単だ。
オレ自身の鑑定結果に「クラス:勇者/ヤクザ」と明記されている。……要するにオレ自身が勇者だという、笑えない事実に基づく情報独占というやつだ。
とはいえオレは、勇者を自称しているという理由だけで群がってきた連中を追い返したりはしない。
なにせ連中はオレから見れば立派なお客さんだからだ。
ただ、連中が「勇者である自分の与信枠が少ない」とゴネることだけは少々鬱陶しかったのは事実だが……。
「コーディリア。勇者ってのは基本的に1人しか誕生しないのか?」
「勇者様が2人なんて聞いたことないですよ」
「……そうか。なら隣国の何とかという勇者を引っ張ってくれば、有象無象の自称勇者が湧いてくる可能性は少なくなるか?」
「まぁ、その勇者様が誰から見ても勇者らしく見えるなら、そうでしょうね」
コーディリアの言葉に、オレは隣国の勇者を招くことを決めた。
それが、より大きな面倒ごとを招く愚行であることにも気付かずに。
勇者がいる隣国までは早馬を飛ばしたとしても3週間近く掛かるらしい。
そして仮に勇者が移住を即決したとしても、馬車でラーゼンの街まで出向いてくるにはそこからさらに5週間は掛かるだろうとコーディリアは言った。
「要するに勇者が出向いてくるには最低でも2ヶ月ほど掛かるということか?」
「普通の移動手段ならそうですね」
「普通じゃない手段ならどうなんだ?」
「高位魔法には長距離を一瞬で移動出来るものがあると聞いたことがありますけど、それを使えば一瞬で来るんじゃないですか?」
「ふむ……。勇者の一行ならそんな術者がいてもおかしくないか」
「まぁ、本物の勇者様なら……ですけどね」
コーディリアは隣国に現れた勇者も、最近ラーゼンの冒険者ギルドでたむろしている自称勇者の同類だと考えているようだ。
もし予言者の言う「既に在る勇者」というのがオレの事を指すのだとすれば、有象無象の勇者は皆偽物ということになる。
だがオレ自身は勇者として活動する気はさらさらない。
誰か適当な人間を勇者と祭り上げ、勇者ビジネスで旨い汁を吸えればそれでいいと考えていた。
オレは勇者を招き、支援を行いたい旨を記した手紙を早馬を使って勇者のいる隣国へと使者を走らせた。
結果が出るのは早くて3週間後、遅ければ8週間後だ。
その間は自称勇者の相手を適当にしながら、オレはオレのビジネスを続けるだけだ。
勇者招聘を行った翌日。
日課となっている業務報告をするために事務所を訪れたマールは、自称勇者達と、それに伴う与信枠の増加についての報告を行ったあと、コーディリアにおずおずと声を掛けた。
「あ、あの……お姉様……。もう一つ報告が……」
「まだ何かありましたか?」
「あの、与信記章の件で……。その、予想していたよりも数が多くて、たぶんこのペースで増えると製造が間に合わなくなる……その、可能性が……」
マールの言う与信記章というのはグレイディア商会で与信枠を得た冒険者に貸与しているドッグタグ状の会員証だ。
これがあると提携している酒場やレストラン、宿で優遇が得られるものだが、同時にこれは高い信用スコアを持つ冒険者……つまり名声を得ている証でもある。
それ故に最近では与信記章目当てに与信審査を受ける冒険者も増えているとマールから報告を受けていたが、どうやら自称勇者が雪崩れ込んで来たことで記章を製造する工房のキャパシティを越える可能性があるということのようだ。
だがこの与信記章に関する事業はコーディリアが発案したものだ。何か問題があってもオレが軽々しく口を出すのではなく、こいつに判断させた方がいいだろう。
そう考えたオレは黙って二人のやり取りに耳を傾ける。
「マルレイン工房の生産体制はどうなっていますか?」
「……お父さんが職人をやめて……お兄ちゃん達と、見習いさん2人で作っています」
「お父上が引退を?」
「は、はい。お父さんとお母さんはお兄ちゃんに工房を任せて、経営に専念するって」
「そうですか……。ちなみに、現状のペースで与信希望者が増えるといつ頃に遅延が発生しそうですか?」
「たぶん、6週間か、7週間です」
マールの告げた期間は微妙なタイミングだ。
オレが先ほど決めた「公認勇者」の招聘が叶うのが8週間後だとすれば、その少し前に記章の発行遅延が発生することになる。
当然コーディリアもその事には気付いているのだろう。少し思案してからオレの方を向いて言った。
「ボス、とりあえず当面は新規希望者に記章発行のタイミングを告げない形で乗り切ろうと思います」
「記章目当ての連中はせっついて来るんじゃないか?」
「そうですね……。マール、その場合は通常の引き渡し予定より1週間後の日付を伝えるようにしてください」
「は、はい」
「後は……ボス?」
「お前の言いたい事は判る。リスクヘッジだな?」
「はい」
同じ事を考えていたのかオレの言葉にコーディリアは頷くが、マールは小首をかしげてこちらを見ている。
マールもそれなりに優秀だがまだコーディリアの域には達していないし、戦略的なことはこいつの職務領域外だから仕方がないんだが。
「記章を作れる、他の工房を探しておいた方が良いということだ」
「……え?」
「ボス、言い方。マール。今後は他の街にも事業を拡大する可能性がありますから、貴女の実家だけに頼るといずれ手が回らなくなるということです」
コーディリアは瞬きを繰り返すマールに優しく微笑むとそう言った。
なんだ、こいつはマール相手ならそんな表情もできるのか。
オレはやや憮然とした想いを抱えながら、実務的な話に舵を切る。
「それで、提携工房を増やす話のタイムリミットはいつ頃になる?」
「仕様のすり合わせや試作期間を見込むと……4週間後が目処ですね」
オレの問いにコーディリアは具体的な目安を提示してきた。
なら当面は4週後にこの勇者フィーバーが少しでも落ち着いていることを期待しつつ、どこか提携先を見繕うようにするしかないか。




