129 祈りと舞
エリンは泉の女神として、遥か昔と同じように舞っていた。
指先まで美しく、幻想的で、多くの神々を虜にした舞だ。
リリスとマリアとメイリアが出会った祭りのときと、ほとんど変わらない美しさだった。
でも、瞬きすると消えてしまいそうなくらい、脆く感じられる。
時折、隠しきれない哀しげな表情を見せるからだろう。
エリンを見つめる魔法少女たちの時間は止まっていた。
誰も、怖れも、嫉妬も、喜びも、怒りも、抱かない。
ただ、消えたカマエルへの奉納と、魔法少女たちの浄化のために充てられた時間だった。
サアァア
舞が終わったエリンが、こちらに降りてくる。
周囲は魔法少女アカデミアの教室に戻っていった。
「サマエルの時間は止まらなかったのね」
「俺は魔法少女じゃないからな」
冗談っぽく言う。
「じきに、魔法少女たちが我に返る。全ての魔法少女の成れ果ては防げなかったかもしれない・・・ごめん、自分の舞がどこまで通用するのかもわからない・・・」
エリンが胸に手をあてて俯いた。
「ごめんね」
「そもそもエリンは悪くないんだから気にするな」
「でも・・・まさか自分が魔法少女の成れ果てになるなんて・・・」
エリンの目はまだ腫れていた。
不安そうに魔法少女たちのほうに目を向ける。
「・・・"えりえり"としての日々も楽しかったな。踊りながら、いろんなことを思い出していた。カマエルは、いつも踊りを見に来てくれてたんだよね」
目を細めながら言う。
「カマエルも度胸の無い奴だよな。一方的に気持ち伝えて、エリンの答えを待たずにいなくなるんだから」
「本当だよ」
エリンが苦笑いしていた。
「私・・・これから、カマエルがしてくれたこと、やってきたこと、思い出を辿ってみようと思うんだけど・・・やっぱり、遅いかな?」
「いいんじゃないか? あいつが知れば小躍りするよ」
「うん」
エリンが目を擦りながら窓の外を眺めていた。
「・・・・・・・」
エリンを成れ果てに追い込んだのは、デウスエクスマキナだ。
あのボードに並べていた人形が何を意味していたのか・・・。
どこまでデウスエクスマキナの想定内なのか。
「・・・もう、魔法少女じゃなくなった。女神になったから見守る存在にならなきゃね。今度こそ泉が枯れないように」
しゃがんで魔法少女の鍵を拾い上げる。
「サマエル」
「ん?」
「ちゃんと、気持ちは素直に伝えなきゃ駄目だよ。私みたいにならないでね」
「無理だな」
声を低くして、魔法少女たちを見つめる。
「時に心を隠さなきゃいけないときもあるんだよ。人間は、な」
「相変わらず屁理屈を・・・でも、サマエルらしいね」
エリンがため息をついて、地面を蹴る。
「いろいろありがとう。もっといたかったけど、魔法少女が今の私の姿を見たら驚くと思うし、もう行くね。何かあったら呼んで」
「あ、エリン。花音を見なかったか?」
「ううん」
エリンが首を振った。
「そうか・・・・」
腕を組んで、黒板に寄りかかった。
エリンが出ていくと、止まっていた時間が動き出す。
カチッ
「わっ、さっきまで泉? みたいなのがあったよね? 夢だった?」
「夢じゃないよ! 私も見たもん。ここ・・・教室だよね・・・戻ったってこと? もしかして、さっき見たのは幻だったのかな?」
「誰かが幻を見せていたとか? でも魔法少女アカデミアの禁止事項だよね。どうゆうことだろう」
魔法少女たちが混乱しながら、情報交換をしていた。
「アウレイス先生に連絡してみようよ」
「うーん、連絡がつかないの。さっきから呼び出してるんだけど」
魔法少女の1人が、小さなモニターを表示しながら唸っていた。
周りの魔法少女たちが、彼女のモニターを覗き込んでいる。
「ティナ、大丈夫?」
「フィオーレこそ・・・」
ティナとフィオーレが元に戻ったのを見て、ほっと胸を撫でおろしていた。
穢れの抜けた魔法少女たちが、記憶を手繰り寄せていた。
成れ果ての気配は、感じられない。
さすが、泉の女神エリンだ。
「よかった! みんな元に戻ったんだね。ティナとフィオーレも!」
リリスがふわっと教室の中に入ってきて、隣に立った。
「リリス」
「泉の女神エリンの舞、綺麗だったでしょ? 私も見たかったな。メイリアも、きっとマリアも見たかったと思う・・・」
さっきまで、エリンが立っていた場所を見つめながら言う。
「つか、どこにいってたんだよ。急に消えて・・・」
「ごめんごめん、メイリアとルナリアーナに状況伝えに行かなきゃいけないって思って・・・そうそう! 美憂が怒ってたよ。『おにいがメイリア連れてくるって言ってたのに、かっこつけて、約束破ってばかり』って」
「っ・・・・・!?」
「忘れてたんでしょ?」
図星だった。
美憂にメイリアを連れていくと約束したことをすっかり忘れていた。
いや、メイリアは無事って聞いてたし、成れ果ての拡大を防ぐのにそれどころじゃなかったんだが・・・。
「メイリアがなだめてた」
「・・・・!!」
リリスが追撃してくる。
「あ、ダメージ受けてる?」
リリスが茶化すようにこちらを見て笑う。
「・・・・そりゃそうだろ。美憂に言われるのが一番心臓にくる」
「ふふ、やっと認めたね。シスコンだって」
「シスコンでもなんでも、美憂の前で面子が保てればいい。現実世界にいたら、おいしそうなお菓子買ってくれば機嫌良くなるんだけどな・・・」
頭を掻いた。
「メイリアに美憂取られそうだね」
「うるさいな。どうやって機嫌を直してもらうか・・・リリス、何かないか?」
「素直に謝ればいい」
「・・・・・・・」
リリスがいたずらっぽく笑っていた。
「カイト! リリス!」
ティナとフィオーレがこちらに駆け寄ってくる。
「何があったの? カイトはどうしてここに?」
「まぁ、色々とあるから順を追って説明するよ・・・とりあえず、2人が無事でよかった」
「うんうん。どこも痛くない?」
リリスが2人の顔を覗き込む。
「別に・・・ねぇ?」
「うん」
「よかった。顔色もいいし大丈夫そうだね」
「?」
ティナとフィオーレが顔を合わせて首をかしげていた。
ジジジ ジジジジ
シュッ
『こんにちは。AIのルルです』
「!?」
ルルが魔法少女1人1人の前に現れた。
がやがやしていた魔法少女たちが、急に静まり返る。
『ただいま皆様の主をログインさせるのに時間がかかっております。4日遅れとなり、全員の転移が完了するのは3日後となります』
ルルがお辞儀をする。
『3日後、魔法少女戦争は再開します』
リリスが両手に力を入れる。
「待って、魔法少女アカデミアは?」
『これを持ちまして終了となります。皆様には魔法少女アカデミアで、魔法を学び、配信で力をつけていただくことを目的としていましたが、このまま授業を続行するのは危険と判断しました』
淡々と話す。
茶番だ。
デウスエクスマキナが、全て仕組んでいたくせに。
「納得できない。急に魔法少女アカデミアに入れられて、最初に言ってることと違うじゃない! 卒業したら魔法少女戦争再開するって言ってたでしょ?」
魔法少女の1人がルルに突っかかっていく。
「せっかく、普通の女の子みたいに学校生活を送れたのに・・・」
「うん・・・・」
「楽しかったね・・・」
消え入りそうな声で話していた。
『詳細は伏せます。3日後、魔法少女戦争は再開します。これは決定事項となります。では、各自魔法少女アカデミアから出るように。12時間後、この建物をを削除(Delete)する予定となっています』
ルルが一方的にしゃべって、頭を下げた。
『疑問点かありましたら、明日以降に"AIルル"とお呼びください。では、皆様にロンギヌスの槍の祝福がありますように』
「あ・・・・」
シュッ
ルルが消えていった。
「は・・・始まっちゃうね」
「私たち・・・こんなに急に、敵同士になるってこと・・・?」
魔法少女たちのざわめきが徐々に静かになっていく。




